序章6話
「お楽しみのところ申し訳ないが、話を続けていいか? 今後についてだが……」
アルバートは、抱き着いているリーナと必死に抵抗している香月を見て、呆れながら今後について話し始めた。どうやらリーナを止める気はないらしい。
「お前の処遇についてはこれから決める。それまでは俺に大人しく従って欲しいのだが、出来るか?」
「処遇……って、俺はこの後どうなるんです?」
香月は悪魔憑きという言葉のイメージの悪さと、先ほどアルバートから説明された良くも悪くも世界に影響を与えるという内容を思い出して嫌な予感がした。
(まさか、死刑とかではないだろうな?)
現時点の香月は、リーナの魔法が少しだけ真似できる、ただの六歳の女の子である。先ほどアルバートやリーナに簡単に拘束されてしまったように、肉体は完全に子供のそれであり、逃げ出すこともままならない。悪魔憑きはこの世界にない知識や力を持つというが、ただの大学生だった香月に世界を変えられるような力は無い。それなのに、良く分からないまま危険視されて死刑にでもなったりしたら堪らない。
「分からん。何しろ、このマルシア王国で悪魔憑きが出たのは初めてだ。それ故、悪魔憑きへの対処については決まっていない。これから王都にいる陛下が判断することになるだろう。お前の住んで――いや、お前の元の身体の持ち主が住んでいた村は賊に襲われて廃村になっている。どのみちここにいても野垂れ死ぬだけだ」
(悪魔憑きが初めて?)
先ほどまでのアルバートの様子から、悪魔憑きという存在はそれなりにいるのかと思っていた香月であったが、どうやらマルシア王国では香月が最初の一人らしい。アルバートは先ほど、判別方法は帝国という場所で知ったと言っていた。帝国では処遇が決まっているのだろうか?
「さっき帝国がどうのって言ってましたけど、帝国だとどういう扱いになるんですか?」
香月はその疑問をそのまま質問することにした。今後自分の身に降りかかるかもしれない状況を予想する材料になると思ったからだ。
「帝国なら良くて軟禁、悪くて死刑だな……。十年近く前に現れた一人の悪魔憑きが事件を起こしてな。帝国ではそれ以来、悪魔憑きに良いイメージを持っていない」
想像以上に重い答えが返ってきて香月は内心落ち込んだ。もしマルシア王国が帝国の真似したら明るい未来はなさそうだ。
「な、なるほど……。さっきマルシア王国では俺は最初の一人って言ってましたけど、帝国にはそこそこの頻度で現れるんですか?」
こうなっては手に入る情報は一つでも多い方が良い。香月はそう判断して追加で質問をする。
「そう多くない。帝国でも十年に一度あるかないかで、十年前に現れたのが七人目だ。悪魔憑きだと誰にも気づかれずに生きている奴もいるだろうから、実際の数については分からない」
「そうですか……」
「状況については理解しただろう。悪いが、お前には大人しく俺と一緒に王都まで来てもらう。本当なら逃げられないように縄で縛りつけたいところだが、助け出したはずの子供を縄で縛って連れて行くのは部下への説明に困る。今後の事を考えると悪魔憑きについてはなるべく公表したくない」
(だから人払いしたのか)
どうやら、最初に兵士たちを遠ざけたのは香月の事を秘密にするためのようだった。だが、今後の事を考えて公表したくないとはどういう意味だろうか?
「今後の事って?」
「もし、お前がこの国で自由に暮らしてよいと言われた時に、悪魔憑きであるという情報は伏せておいた方が良いかもしれん。事態をなるべく大きくしないほうが良いと判断した」
「なるほど……」
「先ほど、帝国では悪魔憑きは死刑といったが、魔法使いは丁重に扱われることが多い。現にリーナもマルシア王国でそれなりの待遇を受けている。少々効果が劣るとはいえ、リーナの治癒魔法を使うことが出来ることを考えれば、お前にとって悪い結果になる事は無いだろう」
(つまり、もしかしたら死刑や軟禁ではなく、自由に暮らせる未来もあるという訳か)
アルバートの言葉を聞いて、香月の心には一筋の希望が生まれる。まだお先真っ暗と決まったわけではなさそうだ。
「余計なことを企んだりはしないことだ。もし逃げ出そうとしたらお前を殺さねばならない。分かったな」
「はい」
どうやらこれはアルバートなりの慈悲らしい。もしアルバートが香月を殺す気なら、香月の能力について実験なんかせず、さっさと殺している筈だろうというのは香月にも考え付いた。それに、どうやらアルバートはかなり頭が回るらしい。たった二言三言会話しただけで、初めて遭遇した悪魔付きという存在のことを思い出し、かもしれないと疑った時点で、今後に起きるありとあらゆる可能性に備えて兵士を遠ざけたのだ。しばらくは彼に従うのが吉であることは明白だった。
(まあ、下手したら腕を持っていかれてたかもしれないんだけど……)
香月が頭の中で打算的に今後について考えていると、アルバートは未だに香月を抱きついているリーナに声をかけた。
「では、リーナ。王都に帰るまでこいつの監視と世話を任せる」
「分かった」
アルバートからの突然の申し出に対し、リーナは間髪入れずに返事をした。
「え? ちょ、世話って! 俺中身は二十歳の男ですよ! 女の子に世話してもらうわけにはいきませんって」
つい先ほど、従うのが吉と思っていたばかりではあるが、香月は抗議の声を上げてしまう。まさか、見た目十二歳の少女に世話されるとは思ってなかったのだ。アルバートと話すのに夢中になっていてあまり気にしてはいなかったが、このリーナという少女、先ほどからずっと香月から離れようとしない。それ故、男の香月としては非常に落ち着かないのである。
「仕方がないだろう。事情を知っているのはお前自身を除けば俺とリーナだけだ。それに、今回連れてきた俺の部下は男しかおらん。見た目が女であるお前の世話をできるのはリーナしかいない。幸い、リーナもお前の事を気に入っているようだしな。この話はこれで終わりだ」
しかし、香月の抗議の声も虚しく、アルバートは突っぱねるようにそう言って、散っていた兵士たちを呼び戻し始めた。
「そんなぁ……」
香月の受難はまだ始まったばかりである。