トランス
「さて、じゃあさっそく。例の二人、結局どっちが優秀なんだね?」
「それが、人事のほうでも迷っている段階でして…今のところは二人とも、同等の能力を持っているとしか判断できず…」
「だが、君。確かそのうちの片方は、変な性格なんだろう? 同じ能力ならば、迷惑のかからないほうを選ぶのが無難というものではないかね?」
「お言葉ですが…課長。私が言っている『同等の能力』というのは、彼が周りに与えるであろう影響についても考慮の上で話しています。トランスジェンダーな彼がうちの会社で働くとなると、様々な問題が発生するでしょう。彼を雇うとなれば、私たちはその問題を解決するために時間と労力を強いられますが、それ込みで、彼ら二人の能力は均衡しています」
「つまり、なにかね。もし彼がそういった性質を持っていなかったとするならば?」
「はい。単純な生産性で考えれば、やはり彼のほうが優れていると言わざるを得ません。とはいえそれも、現時点では微差ですが」
「それは、ままならないな……」
「はい。課長のように、素直に受け入れることができない人がやはり社内にはいると思います。問題も起きるかもしれません……」
「それは皮肉かね。まあ良い、大目に見よう。しかし、だとしたら会社としては、リスクを避けるためにもノーマルを選ぶべきと思わんかね?」
「リスクを避けるという意味では……お言葉ですが。彼を雇わないことにも重大なリスクがあります。なにせ能力でみれば彼が優れているのは確かです。それは人事でさんざん話し合いました。そんな彼を『トランスジェンダーだから』という理由で落とすとなると、社員からの評判も悪いですし、当の本人も複雑な気持ちでしょう。なによりも、このことが外部に知られたら、うちの会社の信頼は……」
「それは、困る。よし、雇う方針で進めてほしい……」
「お言葉ですが、課長。雇うとなると、準備が必要です。設備の不足は私が対応しますが、社長や経理部に、経費の話をしたり、他の社員への説明も課長からお願いしたいのですが……」
「面倒な……まあ良い。悪いんだが、俺がやることをリスト化しといてくれ。あとは何かあるか?」
「大丈夫です。いえ、いい機会なので、私のことを。実は私も……」