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マガツキ・1

ヤツカにとって漱はいなくてはならない、何よりも大切な存在だ。

それは彼女が家に宿り、家に憑く、付喪神の一種であり、『座敷童』として存在するにあたり家だけではなく住人が必要だから、と言うのもあるが、それだけでは弱い。


そもそも座敷童とは家を大切にするものの前に顔を出し、家を大事にする限り幸いを与え続け、家を守り続ける存在だ。


だから、家主だから、だけでは理由としては全く足りていない。

彼女が漱を慕うのはまさしく、自分が救われたからだ。


漱自身は軽く考えているが、彼が家の修繕を行ったことそのものがある種の彼女への信仰となっている。『家を大切にする』という行いそのものだ。


人間で例えるとわかりやすいかもしれない。


明日にも死んでしまうかもしれないほどの重傷、あるいは重度の病。漱はそれを治療したようなもので、それでヤツカは『姿を現せる』程にまで回復できた。


それは、『座敷童』として復活出来たことを示していて、ヤツカにとって、漱は『命の恩人』であり、『全てを捧げる相手』であった。


だからこそ、ボロボロの漱を見た瞬間、彼女は狼狽した。死んではいないとわかっても、不安は拭えなかった。


「ヤツカ、そんなに心配しなくても」


「あるじさま、わたくしはふあんなのです。あるじさまが、いなくなってしまわれないか、ふあんなのです」


重ねていうが、ヤツカにとって漱は大切な存在だ。失いたくない、奪われたくない、そんな存在だ。


だからもう一度同じことが起こるかもしれない、という恐怖がヤツカに生まれた。


結果、化け物に襲われ、傷だらけになった一週間後、どうにか普通に生活出来るレベルまで怪我が治ってきた現在、ヤツカは漱から離れたがらなくなっていた。


「学校には流石に連れていけないんだよなぁ……」


目の前にじっと佇んで、イヤイヤと首を振るヤツカを見て、どうするかなぁと、漱はぼやいた。



「あるじさま、あるじさま」


制服の胸ポケットの中、ひょこりと顔を出す小さな人形のようなもの……誤魔化しが効きやすいよう、存在の一部を分け人形サイズで生み出されたヤツカ自身が、嬉しそうな声音で漱に声をかける。


結局、頑として譲らなかったヤツカに、漱は折衷案を出すことにした。それが現在のヤツカの状態である。


「ヤツカ、約束はきちんと守ってくれよ?」


苦笑する漱に、とてもいい笑顔を向ける。


「はい、もちろんで、ございます!ごゆうじんさまの、ちゅうげんも、ございますゆえ。せいいっぱい、にんぎょうのふりに、てっします」


こくりと頷いてそう答えるヤツカの頭を指の腹で撫でてやりながらも、奏との会話を思い返していた。



***



時は遡り、一週間前。奏によって家に運ばれた漱が目を覚ました後のことだった。


ヤツカとのちょっとした攻防を終えた後、呆れた目でこちらを見ていた奏は、漱の側へと近寄った。


じっと、上体を起こした漱の姿を見つめる。


身体中に巻かれた包帯は赤く滲んでおり、白い箇所の方が少ないくらいだ。包帯を巻かれていないのはそれこそ顔くらいのもので、それが不気味さを演出している。


そのズタボロな姿に己の不甲斐なさを強く感じ、けれど間違いなく生きているといえる姿に安堵する。握りしめた拳と、口からこぼれた溜息が、なんともチグハグな印象だった。


「さて、漱。お前にはもう普通の人生は送れないと思ってくれ」


奏の口から告げられたのは、心配でも労りでもなく、ただ淡々とした、事実であり、警告だった。


それは『この世界』において、怪物、妖、それらに関わるものは秘匿すべきもので、『存在しない、架空のもの』として扱うべき代物だからだ。


当然、それらが絡む事件は隠蔽されるし、助けられた人々にも別の記憶が植え付けられる。本来であれば漱も似たような対処をされるはずだった。


しかし、漱は消滅寸前の妖刀に襲われ、取り憑かれた。この時点で、彼は怪物と成り果て殺されるか、この世界の裏側とも呼ぶべき側面に足を踏み入れるしかなくなった。


そんな事を、奏は淡々と漱に告げる。


「その付喪神だけなら、まあまだ庇えたんだけどな。マガツキになったのなら話は別だ」


やはりというかなんというか、ヤツカがどういう存在かを把握していたらしい奏はそう言いながら、大して驚いてなさそうな漱の様子を観察する。


特に何も言わない、黙って話を聞く漱を、射抜くように見つめる。


「……まあ、『再現者』のお前なら理解してるかもしれないけど、絶対に一般人にその子の正体を晒すなよ?お前自身のこともだ」


そう言った奏は、酷く真剣な様子で漱をまっすぐ見つめる。


細かいことは後で、そう言ってその日は奏は家に帰っていった。


「ところであるじさま、ごゆうじんさまは、なぜだんそうを?」


「あ、そうだ忘れてた」


結局、それから一週間、奏は再度顔を見せることはなかったので、聞く機会を逃したままだったが。



***



そんな事があったなぁ、と一週間、ほぼ寝たきりに近かった故に衰えた体力で四苦八苦しつつも学園へと辿り着いた漱は、自らの席で背もたれに身を預けながら思い出していた。


一週間ぶりに見る奏の姿は、男性のもので、やはり痛みが齎した幻覚だったのではないかと思うも、違和感を何処かでずっと感じていた。


「漱、今日放課後お前の家に行くから」


「あいよー」


しれっと言われた言葉に反射的に答えつつ、ん?と発言を反芻して暫し固まる。


用件は分かりきっている事である。


丁度いいか、と脱力すれば、チャイムが鳴るまで、机に突っ伏すことにした。



***



岐路は越えた、前提は崩れた。


「マガツの唄をうたいましょう。ウツロの調べを奏でましょう。終わるものは続き、(ゆが)むものは(ひず)まず、澱むものは穢れず。果てを見ましょう。果てに見ましょう。


ふふ、楽しみね、愛しいあなた。始まりのあなた」


暗闇の中、琥珀色の輝きを放つ、二つの瞳だけが浮かび上がっていた。

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