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調伏

気が付けば、漱は燃え盛る戦場に立っていた。

人の姿は既になく、けれど怨嗟の声は耳に届き、怒号は鳴り止まない。

剣戟の音は延々と奏でられていて、生臭い鉄の臭いが嫌に鼻につく。


けれどやはり、燃え盛る炎以外この場には何もない。生命の気配なぞ、まるでない。


空を見上げれば、どんよりとした雲に覆われていて、なのに血のような赤に染まっている。……いや、赤い雲に空が覆われている、というのが正しいだろう。


なんとも不気味な空間だった。


『ナゼ、ナゼダ。ナゼ』


不気味な声が聞こえる。男の様にも、女の様にも、子供の様にも、老人の様にも聞こえる不思議な声だった。


問いかける様に、あるいは問い詰める様に、なぜ、なぜと言葉を繰り返すその声の主は、あたりには見当たらない。


不気味で、不思議なこの状況で、漱は焦りを見せなかった。


(夢……に、近しい何かか?)


或いは、あの妖刀による精神干渉の一種……最後の足掻き、といったところだろうか。

漱が気を失った隙を突いて、『夢』という形で干渉しているのである。


聞こえる疑問の声を無視して、炎を避けることもせず、真っ直ぐに歩く。


夢の中、物理的な炎ではないと分かっているのなら恐れることはない。いくら熱かろうが、それは身を傷つけることはないし、生憎灼ける様な、燃える様な感覚を与えてこないまやかしのものであればなおさら、気にする必要性を感じない。


『ナゼ、ナゼ、ナゼ』


だから、声を無視して、熱さを無視して、ただただ前へと進む。


段々と聴こえる声は大きくなって、炎はその熱さを増す。まるで漱を遠ざけたいかの様に強まっていくそれらに、この選択は間違っていないと確信する。


故に、足は止めない。



そうして、しばらく歩いた先、炎で囲まれた空間に出る。小屋の様なものがポツンと建っているそこは、この世界で唯一、血のような雲がなく、燃え盛る戦場でもない。

その空間だけを切り取るように青い空が見え、足元には草花が茂っていた。


小屋の方はというと、その外観は新品とは言い難いものの、綺麗にされている。古風な、昔ながらの木造一軒家、といった感じだ。


引き戸を開いて中に入ると、中央には囲炉裏があり、その囲炉裏を囲うように4枚の座布団が置かれている。その直ぐそばに置かれた空の器と、漂う出汁と味噌の香りからつい先ほどまで食事をしていたのだと伺えた。


先程までの惨状からは想像が出来ないほどの、穏やかな様子。


『何故、何故なのですか』


『どうして、どうして』


『許さない、許せない』


けれど、怨嗟の声はより強く、はっきりと聞こえてくる。不気味だった声ははっきりと、女のもの、子供のもの、男のものと分かれて聴こえてくる。


「妖刀の記憶ってやつだな」


ポツリと、半ば断定するように呟けば、あとは声がより大きく聴こえる方へと向かう。

部屋の奥、大きな棚の方へと歩み寄れば、声に加えて異臭が鼻に届く。


「ビンゴ」


観音開きとなっている棚の扉を開けば、閉じ込められた臭いが解き放たれる。吐き気を催すほどの腐敗臭と、生臭い血の臭いに顔を顰めて、手で口元を覆う。


棚の中には腐肉が詰め込まれていて、大人のものと思しき頭蓋骨が二つ、小さな、子供のものと思しき頭蓋骨が一つ、丁寧に並べられている。


三つの頭蓋骨の中心には刀が一本。


『どうして、どうして』


『何故、何故なのですか。何故』


『許せぬ、許さぬ。殺せ、殺せ、殺せ』


自分から全てを奪う世界を呪えと、刀は訴えかけてくる。無惨な骸は無念を叫ぶ。それは憤怒であり、怨嗟であった。


どうしようもない、この世界の理不尽の中で生まれた妖刀の叫びであった。


「__五月蝿い。八つ当たりはやめろ」


その怒りをぶつける相手はもういないと、漱は口にして、鬱憤を晴らすようにその刀へと、思い切り拳を叩き付けた。



***



「ってぇ!!?」


暗転、覚醒。


刀を殴り付けた漱は、その瞬間夢の中にあった意識は現実に引き戻された。

身体中の痛みに声を上げながら目を見開く。


ぺろぺろ、と頬を舐める感触と、見慣れた天井、柔らかな感覚に、どうやら猫共々家に運び込まれたらしいことを、あまりの激痛にまともに働かない思考の中、たっぷり10秒ほど時間を置いて理解する。


「あるじさま!??」


直後、聞き慣れた、けれど初めて聴くような焦燥を含んだ声が耳に届いて、パタパタと駆けてくる足音と共に、がらりと寝室の戸が開く。

顔をそちらに向ければ、慌てた様子のヤツカが、まるで親を探す迷子のような、今にも泣きそうな、不安げな表情を浮かべて現れるのが見えた。


とてとてと早足に漱の側へと歩み寄ると、その傍らに座り込んで、小さな手を、漱の頬へと当てる。


「おきづきに、なられたのですね。あるじさま」


安堵のため息をついて、ぽろ、ぽろりと涙を零す。

いつのまにか猫は頬を舐めるのをやめて、漱の顔の横で丸まっていて、ヤツカはそれを気にせず、涙を零しながらも嬉しそうにその頬に添えた手を離さず、その温もりを噛み締めるような様子すら感じられる。


漱も、その様子に何も言えずそのまま数分ほど時間が経過して、ヤツカはその手を離すと、涙の跡を残したまま、笑顔で口にする。


「あるじさまは、おおけがをしておりますゆえ、ゆっくりとごようじょうください。……ええ、ええ、わたくしが、しっかりと、おせわさせていただきますゆえ」


「いや、動けないほどじゃないから大丈夫だって」


にこやかに、安心してくださいと言わんばかりに言うヤツカに、痛む体を無理矢理起こして、痛みに顔を顰めながらも気恥ずかしさと、絵面の問題としても、漱はその提案を拒否する。


そう、その提案を受けてみろ。万一、推定送ってくれたと思しき誰かがこの場にまだ居た場合碌な事にならない。

冷静に、努めて冷静にそう漱は考えて。


「……心配だからまだ残ってたんだけど」


ヤツカに意識を割いていたからか、漱はその声を聞くまで気付かなかった。


いまだ、漱の目には女性に見える奏が、寝室の入り口付近に立っている。


その冷たい視線と、ヤツカからの心配と、安堵と、どことなく感じる不満げな視線を浴びながら、漱は頭を抱えるのだった。

可笑しい、座敷童幼女のぷんぷんタイムするはずだったのに精神世界回をやっていた。。。

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