分岐路の先へ
漱の肉体に幾多もの金属片が突き刺さる。
それは元々化け物から生えていたものであり、ある意味化け物そのものとも言える。
それらの目的は漱を殺すことではない。
奏に敗北し、破片になった時点で、化け物の目的は変わっていた。
人の肉体を依代にして『虚の庭』からこちら側へと出てきた妖であった、その化け物は、既に器を失っている。
故に、世界に留まるためには新たな器を必要とした。
破片は血肉を撒き散らしながら、ずりゅ、ぐちゅと、肉を掻き分けるような、抉るような音と共に漱の肉体へと潜り込んでいく。
殺す為ではなく、取り憑き、支配するための行動。
「……」
奏は目の前で起きている惨状を、じっと見ていた。今手を出しても漱はもう救えないと理解していたからだ。
『虚の庭』の住人、とりわけ妖の類は人に取り憑く際にその肉体を変質させる。
その手法は妖の種類によって変わることもあるが、無機物系の妖であれば、まず物品に取り憑いた後に、その所有者の肉体に潜り込んで、自分の都合のいいように書き換えるのだ。
それと同時に精神を乗っ取り、肉体の主導権を得る。
そしてそれは、基本的には時を巻き戻しでもしない限り、戻せない物となる。
完全に取り憑く前にそれらを排除出来たとしても、潜り込み始めた時点で、傷付けられた組織は回復が不可能となり、壊された心も戻りはしない。
今引き剥がしても変えられた組織は治らず、一生物の傷となるし、場合によってはその部分から綻び朽ちていく。
奏は悔しそうに唇を噛んで、ただ刀をいつでも振るえるように構えて、たった一つの希望に縋る。
それこそが奏自身と同じような存在に至ること。取り憑いた怪物の類を調伏し、その力を自分のものへとした者になること。
マガツキになることだけが、今もなお、肉体を書き換えられていく少年が、唯一救われる道であった。
***
意識が闇に呑まれた、そう思った矢先、灼けるような痛みを感じた。喰われているようにも、燃えてるようにも、作り替えられてるようにも思える、痛みと熱さが身体中に広がっていく。
黒に染まっていたはずの視界は赤一色。
何より恐ろしいのは、意識はあるのに体が一切動かないという事だった。
叫びたくても言葉は発せず、開こうとしても瞼は開かず、指先どころか己の意志での呼吸すらできない。
体の主導権が奪われているような、そんな気味の悪い感覚。
(■■せ、■ロ■、■■■)
それと同時に、脳内に叩きつけられる濁流のような感情を漱は感じていた。
それはノイズのように不明瞭にも関わらず、明確に悪意と澱みが雪崩れ込んでくる。
(クラ■!■カせ!う■エ!コろセ!!)
段々と、はっきりと、それでいて強く、強くこちらを呑み込もうとする悪意、殺意。
脳裏でガンガンと響くように、声が聞こえてくるようですら……否、漱の脳内には実際に、声が響いていた。
痛みで消耗した心に、追い討ちのように叩きつけられるその声は、心を悪意と殺意で呑み込み、八つ当たりじみた憎悪を自分以外の全てに向けさせる為のものだ。
(うるせえ!!人の身体好き勝手にしてくれやがって!!!!!)
それに対して、漱はブチギレた。口が動かないので言葉を発する事も出来ないが、その心の内、脳に直接言葉を送りつけてくるモノへ、未だ肉体を侵食していくモノにぶつける様に、怒りの感情を剥き出しにする。
一瞬、化け物の干渉が止まる。困惑したかの様な沈黙が生まれて、また直ぐに煩く喚き出す。
殺せ、奪え、犯せ、喰らえ。欲望のまま悪逆を為せ。肉を斬り、骨を断ち、血を啜れと刃と鋼の化け物__恐らくは妖刀なのであろうそれの意思が流れ込んでくる。
あまりにも強すぎるそれは、たとえ心が弱っていなくても、呑み込まれぬよう気を強く持っても、押し流され、意思全てを妖刀に塗り潰される。
(だから、いい加減五月蝿いんだよ!!!何様だテメェ!)
筈であった。漱の精神は消えない。その一片たりとも汚染される事はない。呑まれることなく、許可なく人の身体に住み着こうとする不届き者への怒りをさらに燃やす。
湧き上がる感情と共に、身体はより熱く、痛みはより強くなっていく。押し寄せる悪意はさらに膨れ上がる。
それに対して、漱はさらに怒りを膨らませる。
乗っ取られることも、唐突に襲われたことも、命を狙われたことも、その全てが今、漱の憤怒の燃料と化していた。
或いは、怒りはしても、ただ一方的に殺されただけなら漱にはどうしようもなかった。
彼はあくまで一般人だ。『前世と思しき記憶を持つ』という特殊な要素はあれど、それが彼の肉体に何かの影響を及ぼしているわけではない。
あくまでも人格も記憶も、八束漱としてのものは揺るぎもしないし、前世の記憶があろうと彼の性格に変化が出たわけでもない。
けれど、『前世の記憶を持つ』という事は、それが偉人ではなくても『再現者』という特異な人種になり、記憶に、『前世』と思しきそれに応じた力を持つのは、実は同じなのだ。
ただ、出力が違うだけ。偉人でもなければ、己にしか適用されないだけ。
ただ、漱のそれは、『精神を汚染し、心を奪う』事で肉体を乗っ取る化け物ども、妖怪どもには頗る相性が良かった。
(いい加減、引っ込みやがれ!!!!)
異能というにはしょぼすぎる、唯の個性とも言い換えれてしまう、『強靭すぎる精神性』を持って、漱は、押し寄せる妖刀の悪意を、意志を、己の憤怒で逆に呑み込み、塗り潰した。
***
ぼこりぼこりと、漱の肉体が隆起し、血が噴き出して、刃が突き出す。
徐々に、徐々に増えていくそれに、奏は強く強く、刀の柄を握り締める。
禍ツ人の見た目からして、恐らくは妖刀。それもかなりの殺意と悪意、憎悪を込められたであろう一振りだろうと、奏は見抜いていた。
その上で、漱の肉体を変質させ、異形へと寄せていくその様を見ながら、虚しさと、悲しみを覚えながら、それを殺す覚悟を固めていた。
弱小の怪異譚……近代以降に発生した都市伝説等から生まれた怪異、化け物であれば肉体の制御を奪い返した例はあるにはあるし、妖怪によっては自らその意志を眠らせるものもある。
だが、妖具と呼ばれる、『強い意志、感情を注ぎ込まれながら造られた』道具が変じた妖は別だ。それが正の方向ならまだいい。
だが、妖刀の類などの様に負の感情を多く、強く込められたものに憑かれたものは、例外無く狂い果て、禍ツ人と成り果てている。
だから、か細い糸の様な希望は、ゆらりと立ち上がった漱であった筈の怪物を見て、プツリと切れた。
「やっぱり、ダメだったか」
呟いた奏は、刀を構える。人ではなくなり、禍ツ人と成り果てたのなら殺さねばならない。
それが、彼女の役割だ。
(こんな事になるなら、親しくなるべきじゃなかった)
そう、心の内で呟きながらゆらゆらと、立ち尽くしたままの異形へと、刃を振るう、その瞬間だった。
ぽとりと、異形の体に生えていた刃が地面に落ちる。
一つ落ちれば連鎖する様に全て剥がれ落ちた後、その中に隠されていた漱の姿が露わになる。
その体は裂傷だらけで、とても無事とは言えない。けれど、異形と化して立ち上がった後ですら抱え込んでいた腕の中にいた猫には、なぜか傷一つなく、相変わらずにゃあと鳴きながら、傷口をぺろぺろと舐めている。
「ゲホッ……、ははっ、どんな、もんだ……」
ボロボロの姿で、勝ち誇る様に口にした『八束漱』の、その姿に、振るおうとした刀が手からこぼれ落ちるように、漱に触れる事なく地面へと落ちる。
「ははは……、よかった」
そう言って、奏はへたりと座り込むと、安心したのか、柔らかな笑みを浮かべる。
その姿を最後に、今度こそ漱の意識は闇に沈み始める。
「わわっ!?」
意識が落ちる寸前、ふらりと、力が抜ける感覚と共に、どこか慌てた様な奏の声が、聞こえた気がした。
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