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妖しい刃

その姿を認めた瞬間、漱はペダルを踏む足に力を込めた。加速した自転車の勢いを殺さないように、全力でペダルを漕ぐ。


先程まであった、猫を気遣うような余裕は、もう既に漱にはない。勝手に憐れんで、ほっとけないと拾い上げた癖に勝手ではあるが、そちらに思考を回す余裕はなかった。


ぐんぐんと加速していて、化け物から距離を取る。引き離した、かと思えば、徐々に金属音が近付いてくる。


「っざけんなよ!!」


吐き捨てるように、気合いを入れるようにそう叫ぶと、加速を維持したまま商店街を抜けた先で森へと突っ込んでいく。


ある程度道は踏み均された森の小道、けれどそこに光源は月の光以外存在しない。それも、生い茂る木の葉によってその多くは遮られ、隙間から溢れるか細い光しかなく、ほとんど暗闇も同然だ。


そんな森の中を自転車のライトだけを頼りに必死に進む。


木々の隙間を縫うように出来た小道を、速度を殺さないままに駆け抜けていく。

少しでも怪物の速度を落とそうという魂胆ではあったが、気にしたことかと、化け物は、全身から金属を生やしているとは思えない速度で徐々に距離を詰めてくる。


障害になりそうな木々は薙ぎ倒され、更に切り刻まれて無理矢理に道が開けていく。


そうして、死の気配は近付いてくる。


何かが砕けるような、鈍い音が響き、刃の擦れる音はすぐ側で聞こえてくるようになって。そうして。


振るわれた凶刃は、漱の肉体を削ることはなく、けれども自転車の後輪を斬り飛ばす。


「うぉっ!?」


衝撃と、後輪を失ったことにより漱は、籠の中の猫ともども、その場から吹き飛ばされてしまう。

辛うじて、咄嗟に伸ばした手が猫を抱え込み、その姿を守るように体を丸めながら、それでも背中の方から勢いよく前方の木に勢いよく衝突する。


「ガァッ!?うぐぅぅっ!!」


肺の空気が、無理矢理外に出され、痛みに苦悶の声が漏れる。

喘ぐように息を荒げて、失った空気を飛び込みながら、激痛に耐えて立ちあがろうとするも、身体は言うことを聞かない。


もがくその姿を嘲笑うように、ぎゃり、ぎゃりと音を鳴らし、わざとゆったりとした動作で歩み寄ってくる。


そして、首を断ち切らんとその刃が振るわれて、漱は思わず目を瞑る。


直後、パキリと、硬いものがへし折れるような音が耳に届いた。


ぎゅっと、強く瞑った目をゆったりと開ける。覚悟していた死に繋がる痛みは感じず、未だ倒れ込んだまま、視線を上げた。


「漱、生きてるか?動けるならさっさと逃げろ」


耳に届くのは聞き慣れた声だった。


多少見晴らしが良くなった夜の森、また田畑との境界付近まで来ていたこともあるだろう。月の光はさして遮られることなく、その姿を照らす。


そこに居たのは、刀を肩に担いだ、学ラン姿の九十九奏、その人だった。



***



「奏……?」


そう、奏の名を呼ぶ漱の声は、困惑に満ちていた。奏がここにいること……ではない。漱はあくまでゲームとしての設定ではあるものの、奏が怪物退治のプロフェッショナルであることを知っている。


奏がここにいるのは当人が隠していた事情を含めても、まあおかしくはない。


だから漱が驚いたのはそこではない。


「……ああ、動けないのか。はぁ、仕方ない」


チラリと視線を漱に向けた奏は、小さく息を吐く。

その程度で動けなくなるのか、と意外そうな、呆れているような彼の姿は、基本的には特筆べきことはない。

いつものような格好で、学ランだって、漱たちが通う学園の男子制服はそれなのだから、まあ見慣れている。


けれど、普段の彼にはあり得ない『膨らみ』があった。服の上からでもわかる、大きな胸部の膨らみ。全体的に線は丸くなっているようにも見える、臀部も普段よりも大きく見える。


痛みで幻覚でも見えてるのか、と漱は激痛に悶え、漸く体に言うことを聞かせるのに成功しながらも、くだらないことに思考を飛ばす。


「動けないなら回復するまでじっとしてな、直ぐ終わらせてやる」


余裕たっぷりに奏は言う。視線こそ刃の化け物に向けてるものの、問題視などしてないような、そんな様子だった。


嘲るようにすら見えるその様子が、化け物の琴線に触れたのだろうか。

突如激昂したかのように不快な金属音をかき鳴らすと、勢いよく奏へと飛び込んでくる。


何の芸もない、純粋な突撃。けれど、全身が凶器な化け物が、化け物らしい怪力と速度で行うのだ。それは当然、相当な脅威となる。


相手が、普通の人間ならば。


「お前にはこれだけで十分だろ」


ただ、奏がしたことは単純だった。真っ直ぐに向かってくる化け物に対して、その場から動かずに刀を振り抜いた。


ただそれだけで、化け物は奏へと辿り着くことすら出来ず倒れて、無数の破片として砕け散る。


緩慢な動作で、身体を起こしつつ、抱え込んでいた猫が、にゃあ、と鳴きながら頬を舐める様子に、ほっとして、それと同時に目の前の光景に、いまだに理解が及ばない。


こちらを振り返る奏の姿は、やはりいつも通りで、けれど知らないはずの『女性』の膨らみがあって。


(主人公がTSしてる……)


助かった、と言う安堵からだろう。その事実に、困惑が止まらない。


だから、きっとそれが良くなかったのだろう。


「漱!!?」


ちくりと突き刺さる小さな破片に気付いた時には遅かった。

痛みを自覚した瞬間に、漱は猫を抱え込んだまま、蹲って、そのまま意識が闇に堕ちていく。

意識が落ちていく中で、慌てたような奏の声が聞こえて。


その僅かに生まれた奏の隙を狙って、散らばった破片が一斉に、小さな針となり、蹲った漱へと突き刺さっていった。

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