今考えても仕方のないこと
「……くそっ」
クリスマス当日。と言っても特別なことはない。既に昨日のうちにそう言ったことは済ませており、であるならばありふれた冬の1日でしかない。
暇潰しでも、と机に広げた工作用の道具を弄りながらも、いまいち集中が出来ず、吐き捨てながらガリガリと頭を掻きむしる。
頭の中をぐるぐると巡っているのは夢での妖刀とのやりとり。
分からないと、そう答えはしたが、魚の小骨が喉にささったかのような感覚が胸に残り続けている。
全身が燃えているような熱さすら感じる痛みは、未だにはっきりと記憶に刻み込まれている。
どうしようもない理由があったから、と言われても、だから苦しんでも我慢しろ、なんてのは道理が通らない。
いや、あいつもそういうつもりで言った訳ではないのだろう。憎悪と殺意と憤怒から生まれたあの化け刀は、それこそが鋼の塊に意思を宿らせたのだから、否定することは出来ない。
許せない。許せないと思っている。けれど、あの質問への答えは、やっぱり、分からないまま。
自分の感情すらうまく飲み込めなくて、苛立ちが募り、不貞腐れたように仰向けに寝転がる。
「もやもやすんなぁ……」
呟いて、嘆息した。
***
しばらく寝そべっていると、急にぷにっとした感触が頬に伝わったかと思えば、目の前が暗くなる。
明かりが消えた、と言うわけではなさそうで、目の前からは鳴き声が聞こえる。
どうやらクロが顔の上を通過しようとして、そのまま立ち止まったらしく、黒い、もふもふとした毛並みが視界いっぱいに広がっていた。
そのまま膝を曲げ、しゃがみ込もうとしている様子が窺える。
なので、クロの身体を両手で持ち上げると、腹の方に下ろしてから上体を起こす。
「にゃっ!」
身を起こして座り直すと、クロはてしてしと猫パンチを繰り出してきて、不満なことをアピールしてくる。
痛みも恐ろしさもなく、ただ可愛らしいだけのその仕草に、ささくれだった心が少し、落ち着くような気がして、ありがとう、と言う代わりに持ち上げてそのまま頭の上に乗せてやる。
「にゃぁ……」
気が抜けるような、リラックスした鳴き声を漏らしたところを見るに、どうやらご満悦の様子。
かと思えば、てしてし、と尻尾で後頭部をペチペチと叩いて何かしらのアピールを始める。
机の上に手を伸ばそうとすれば、またペチペチと、そうじゃないとでも言うよう尻尾で叩かれる。
食事でも要求しているのだろうか、なんて考えつつ、クロを振り落とさないように片手で押さえて立ち上がり、寝室から居間へと移動する。
***
「にゃっ!にゃっ!」
「お前は元気そうだな……」
食事希望か、と思えばそうではなかったらしく、一度肩に降りてきたクロが示したのは玄関の方。
散歩に連れてけ、とでも言うように片方の尻尾で玄関を指し示しながらもう片方の尻尾でぺちぺちしてくるクロに苦笑しながら、防寒着を羽織って外に出たのだ。
「……さむっ」
冷たい風が頬を撫でる、というよりは突き刺すように吹きかけてきて、あまりの寒さに冷たさを通り越して痛みすら感じる。
頭の上に居座り直したクロは、凍えるような寒さだと言うのに嬉々とした様子で、楽しそうに鳴いている。
猫は冬場、暖かい場所で丸まっているイメージがあったが、猫又であるクロには当てはまらないらしい。
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら鼻を鳴らすクロに苦笑して、家の裏の方へと足を向けた。
てくてく、とまだ降り積もった雪が溶けきっていないようで、白一色の道を歩く。
今は胸ポケットにはヤツカは居ない。クロに急かされるままに家を出たので、声を掛け損ねただけではあるが、そこまで遠出はするつもりはないし、問題はない筈である。
と言うわけで今はクロと1人と1匹、家の裏の方に広がる森の中を歩いていた。
軽く周囲を見渡せば、不自然な空白がある。
半ばからへし折れたような形となった木が、ちらほら見受けられるここは、化け物と命懸けの追いかけっこをした、その終着点らしい場所だった。
白に覆われてしまっているが、これより手前……つまりは自宅に近い側は不自然な見晴らしの良さはなく、ここから奥の方へと、真っ直ぐ見える範囲の木々は薙ぎ倒されたかのように、折れた断面があることが窺えた。
「改めて見ると、ほんと……なんで生きてるんだろうな、これ」
呟きながらも、思わず苦笑が浮かぶ。
前世の記憶があるとは言え、あの時までは純粋な、ただの人間だったのだ。
襲われた時点で、既に死が確定していたようなもので、奏が運良く現れてくれなければ間違いなく死んでいたと言える状況だった。
肉体が作り替えられたことでより丈夫になったことも生きている要因の一つなのだろうが、それはそれ。
奏が間に合ってくれていなければ確実に死んでいたのだ。
いくらマガツキ化で頑強になろうが、その前であれば何の関係もないことであるし、あの時の妖刀は、俺に取り憑くのではなく、殺そうとしていた。
だから、遅かれ早かれ俺は死んでいただろうな、と何処か他人事のように考える。
どんな音でも吸収してしまうような白くて綺麗な雪がたくさん積もっているからか、自分達の足音とクロの鳴き声くらいしか耳に届いてこない。
あれだけのことがあったのに、あった筈なのに、そんなことを一切感じさせない程の静けさに、なんだか悩んでいたことがバカらしく感じてくるようだった。
「……わかんねえことを考えても仕方ねえよなぁ」
だから、今は一旦置いておくことにしよう。
そう決めると、なんだか重荷を下ろしたかのように、心がスッと軽くなる。
頭の上のクロを優しく撫でてやり、満足そうな鳴き声に、微笑む。
「ありがとな、クロ」
「にゃっ」
気にすんな、とでも言うように鳴くクロのことをありがたく思いながら、踵を返した。
なお、家に帰った後、ヤツカに説教されたのは完全な余談である。




