未知(既知)
感想でみんなにバレてて笑いました。
「あるじさま!あるじさま!いけませぬ!!」
「特に何もしないのだけれど……(困り顔)」
「このハンカチは大切なものだったからねぇ……、届けてくれて助かっちゃったわね。有難う、坊や」
背丈の高い女性は、柔和な微笑みを浮かべて、大切そうに受け取ったハンカチをスーツのポケットに仕舞う。
頭を撫でられている泰斗は緊張が解けているのか、犬の鳴き声のような声を溢しながら、幸せそうに目を細めている。
「くぅん……わん、わん!」
「人間の言葉で話せ馬鹿。すいません、ええと……」
巫山戯始めた泰斗の襟首を掴んで引っ張りながら、女性へと頭を下げる。
言葉を詰まらせたのは、名前を知らないからだ。名前どころかこの目の前の女性のことは何も知らない。
今会ったばかりだから当然ではあるが。
困ったように眉根を寄せた俺を見て、女性は口を開く。
「弥栄叶よ、苗字でも名前でも、好きな方で呼んでくれて構わないわよ坊や」
「では弥栄さんで」
「ええ、よろしくね」
そう言いながら、チラリと視線を隣まで引き戻した泰斗に向ける。
だらしない表情をしているか、目を輝かせているのだろうなと、そう思っていたのだが。
「……」
驚愕しているのか、目を見開いて、ただ固まる泰斗の姿がそこにはあった。
ぱくぱくと口を開いて、なにかを言おうとして、何も言えずに口籠る事を繰り返している。
「坊やも言いたいことがあるようだし、ここだと話しにくいわね。……少し付き合って貰えるかしら?」
そう言って、弥栄さんは薄く微笑んだ。
***
商店街の外れ、住宅地の中にひっそりと佇む喫茶店。
こじんまりとした店で、カウンターテーブルの前に5〜6人ほど座れるように置かれ、4人掛けのテーブルが二つだけ置かれている。
余計な装飾はなく、けれど綺麗に掃除が行き届いた店内には、ゆったりとした音楽が流れていて、落ち着いた雰囲気だ。
時間帯の問題だろうか、今は客は一人も居らず、からんころんと鳴る鐘の音と、髪を短く刈り上げた壮年の男の無愛想な彫りの深い顔立ちが出迎えてくれる。
カウンター席の向こうにいる彼は、この喫茶店の店長なのだろうか。
「いらっしゃいませ」
短く、渋い、響くような低音の声を発すれば、視線を今もなお拭いているグラスへと向ける。
それに対して何かを言うこともなく、迷いなく四人掛けのテーブルの方へと向かう弥栄さんに着いていき、そのまま席に着く。
「それで坊や、どうかしたのかしら?」
柔和な笑みを浮かべて泰斗に語りかける弥栄さん。
その言葉に緊張で固まるわけでもなく、嬉しそうに笑みを浮かべるわけでもなく、言葉を探すように目を泳がせて、小さく息を吐く。
本当に、どうしたのだろうか。
この人から感じる異質さは、少なくとも一般人である筈の泰斗では気付けないものであるはずだが、と首を傾げていると、泰斗がゆっくりと口を開いた。
「お姉さんの名前って、こう書きますか?」
ポケットに入れていたのだろう。メモ帳とボールペンを取り出した泰斗は、サラサラと迷いなく『弥栄叶』という文字を記す。
それを見て、弥栄さんは1つ頷くと、残念そうに口にした。
「ええ、そうよ。……すぐに気付いてくれるかと思ったんだけれど、名前を聞くまで気付かないなんて、お姉さん悲しかったわ。泰斗くんの事、あんなに可愛がってあげたのに」
頬に手を当てて悲しげに目を細めて言う弥栄さん。口調からして泰斗の知り合いらしいが、だとすると可笑しい。
雲行きが怪しくなってきたなぁ、とそう思った時、わなわなと泰斗が身を震わせる。
「あ、有り得ねぇ〜〜!叶姉ちゃんワイより小さかったやんけ!!こんな好みドストライクな見た目になるわけ……」
立ち上がって、弥栄さんへと指を向けながら声を荒げるも、段々と勢いが失われていく。
何かに気付いたように目を細めると、手を下ろして、俺の方を見て、口を噤む。何かを言おうとしたようだが、何も言えないと、そう感じたような姿だ。
「泰斗くん、思うことがあるなら素直に言いなさいな、『刀』の坊やもきっと気にしないわよ」
そんな泰斗に、弥栄さんはクスリと笑いながら告げる。
俺を指して『刀の坊や』と呼称した事に俺と泰斗は同時に目を開き、そうして理解する。
「叶姉ちゃん、憑かれたんすよね?」
はぁと息を吐いて座り直し、頬杖をついた泰斗が口にする。
その言葉に、弥栄さんは、変わらず微笑みを浮かべたまま答えた。
「『八尺様』で助かったところはあるわね。……ああ、お家の方にはきちんと伝えてるから安心なさい?」
目の前の女性は自分と同じようにマガツキで、一般人だと思っていた友人は、表側の人間ではなく。
__裏側に関わる人間である、という事を。
***
ゲーム内において虚の庭に関わる家系というのは大きく分けて三つ、ヨリシロの家系、勾の家系、そしてもう一つが『陰陽師』の家系だ。
ヨリシロは神をその身に降ろせる特異体質者。
勾は化け物退治のプロフェッショナル。
それらに対して陰陽師は、『とあるヨリシロから陰陽術を借り受けている』家系となる。
言ってしまえば子機のようなもの、であろうか。
大元である道教由来の神の権能を、その身に神を降ろす必要なく扱えるようにスケールダウンさせ、契約を持って貸し与えてられているのが陰陽師だ。故に、一部例外を除いて、陰陽師という存在は特別な素質というものを持っていない。
と、まあこの陰陽師を含めた三つが、裏に関わる家系の大きな括りだ。
この内、ヨリシロの家系は苗字に降ろす神に関わる文字が必ず含まれる。水上先輩の家であれば瀬織津姫。水の神、故に水上。
咲耶の家であればもっとストレートである。コノハナサクヤヒメから木の一文字を引っ張ってきただけ。
またゲーム中においてヨリシロの苗字だけは実は一通り出てきていたりするのだが、それに平沢の文字はない。だから泰斗は該当しない。
次は勾の家系だ。これはもっとシンプルで、一文字で『マガリ』と読める文字が含まれているか、『マガリ』と読む苗字となる。だからこれも違う。
消去法的に、である。
「泰斗、お前陰陽師だったのか」
「漱くんこそ、妖刀憑きなんてたまげたなぁ……。祓う?祓う?」
「陰陽師にそこまでの力ないだろ」
「いやまあそうなんすけど」
ふざけた口調で言い合いながら人通りの少ない路地を二人歩いていた。
衝撃のカミングアウトが為されたが、彼女がマガツキであり、争う意志がないのであれば大事にすることでもない。適当にドリンクだけ飲んだ後、すぐに解散する運びとなった。
店を出ると、既に日は暮れていたが、冬は日の沈みが早いのだから、致し方ないことではある。
辺りは暗く、少ない街灯が照らしているとは言え、見通しは悪く、薄気味悪い。細い路地なのは、それに拍車を掛けている気がする。
「その気になればすっごいことできますよ、いけるいける」
「俺がマガツキなの気付いてなかったのに?」
「狂いそう……っ!煽りよるわこいつ!」
一頻り巫山戯て見せてから、でもまあ、と泰斗は口にする。
「気にせずこれからもよろしくやで漱くん」
珍しく、好みの女性の話題以外で純粋な笑みを浮かべる泰斗に、つられるように笑みを返す。
「まあ、宜しく頼むわ」
驚きはしたものの、それでも。
この男と友人である事実は変わらない。
「ところで弥栄さんとの関係は?」
「従姉妹やで。3つ歳上なんやけど、あっちは完全に一般家庭なんじゃけどなぁ」




