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幕間・鴉と狐

「あるじさま、あるじさま」

「どうしたんだ?」

「きょうは、ばれんたいんでぇ、なるものだと、おききいたしました。ごゆうじんさまがいうには、したしいものに、かんしゃとともに、ちょこれいとを、わたすものであると」

「あー……、そういや今日バレンタインか」

「はい。ですので、あるじさま。つたないもの、ではございますが、ちょこけぇき、なるものをごようい、いたしました」

「ありがとうな、ヤツカ」

「いえ。……おくちにあうと、よろしいのですが」



「………」(手が止まらなくなる漱)

「よろこんでいただけて、なによりでございます」(ごゆうじんさまに、れしぴを、いただいて、せいかいでした)


とある洞穴、壁に並べられた松明の灯りが八畳間程度の空間を照らしている。外に通じるであろう場所には岩が置かれ、外との繋がりは断たれていた。


「……想定外だねぇ、はてさて、困った困った」


山伏装束の鴉天狗、鬼一は座り込んで、薄く斬られた翼を撫でながら顎を摩る。

皺の刻まれた顔に更に皺を寄せて、心底参った様子で呟く。


地べたに敷いた風呂敷、その上に置いた赤い瓢箪を無造作に掴み、飲み口を咥えて傾ける。


一口、口に含むと、また瓢箪を風呂敷の上に置いて、ふぅ、と一息をつく。


「簡単な仕事だと思いはしたが、良くない良くない。魔狩りの人間に目をつけられてたとはねぇ……」


鬼一にとって簡単な仕事の筈だった。『カイキ』した領域を作る、ただそれだけだったのだから。


実際に、鬼一は課された仕事をすんなりと完了させた。十塚村は『カイキ』して、夜の帳が下りてからは同胞たちがはしゃぎまわるようになっていたのだから、それは間違いではない。


「欲を出したのがいけなかったのかねぇ……?1人2人貰い受けた程度で騒ぎ出すとは思わなかったが……」


言いながら、鬼一は傍らに転がした二つの球体にチラリと視線を向ける。


それは、直径は50cm程だろうか、それなりに大きな肌色の球体であった。

よくよく見れば、球状であれど、ところどころ凸凹しており、時折脈動すらしている。


それに触れると、確かな温もりを感じる、奇妙な物体。悍ましい、成れの果て。


「相変わらず趣味の悪い輩ですわね、それに(かま)けて折角の牧場を台無しにされては世話がないのですけれど」


鬼一は愛おしげにそれを撫でていると、声がひとつ、耳に届く。


「お前さんがここに来るなんて珍しいねぇ、狐娘や」


鬼一が視線を向けると、そこには美しい少女が居た。


プラチナブロンドの髪は艶やかで、緩やかなウェーブを描きながら腰あたりまで伸ばされている。前髪は目元近くで切り揃えられている。


気の強さが見て取れるように、髪と同じ色の、細長い眉毛と眦は吊り上がっていて、その中の碧い瞳は、まるで鬼一を射抜くように睨み付けている。


すらりとした手足、俗に言うモデル体型、と言うやつだろうか。150前半くらいの小柄な背丈ではあるものの、全体のバランスが崩れない程度にメリハリのついた体付きだ。


その服装は洞穴には不釣り合いな真っ白なワンピースだった。もう冬だと言うのに、ノースリーブのワンピースを着て、その上からベージュのカーディガンを羽織っている。


特筆すべきなのは、その頭に生えた耳と、腰あたりから生えた柔らかそうな六本の尻尾だろう。


少女__、金毛の妖狐ははぁ、と深い溜息を態とらしく吐き出し、再度鬼一を睨む。


「おいおい、老骨をあまり虐めないでおくれよ。いかに6尾とはいえ、ゾッとしないからねぇ……」


「茶化さないでいただきたいのですけれど?貴方が人間を(かどわ)かさなければ見つかることもなかったでしょうに」


肩を竦めて見せる鬼一に、狐は毒を吐く。


「それを言われれば耳が痛いねぇ……。神隠し、とは言い得て妙だったがねぇ」


そう、神隠し。奇しくも、漱たちが十塚村を調査しにきた理由。


その元凶である鴉天狗はくつくつと、少しおかしそうに笑って言えば、思い出したかのように狐の方へと視線を向けた。


「だが事前にしくじったお前さんには言われたくはないなぁ……。お前さんの管轄の牧場も解放されたんじゃあなかったかい?」


「仕方ありませんわ、あんな化け物骸骨男が来るなんて聞いておりませんもの。それに貴方と違って管理は万全でしたわ。諜報に長けたものでもいたのでしょう」


「鼠を通す隙間があるのは明らかな過失じゃないかと思うがねぇ……」


「趣味に走った挙句全てパァにされた老鴉よりマシですわ」


相手の失敗をほじくり返して有耶無耶にしようとしたのだろう、鬼一がにやにやと笑いながら言えば、ただ淡々とした言葉が返って来る。


取り付く島もない、とはこの事だと思いながら、鬼一は降参とでもいうように両手を小さく上げてみせる。


「返す言葉もないねぇ、次は上手くやるさ。……と、おおそうだそうだ。お前さんに聞きたいことがあったんだよ儂はねぇ」


苦笑しながら言えば、そうだ、と口を開く。


碌なことではない、と感じたのだろうか。狐は嫌そうな顔を浮かべながらも、小さくため息をつく。


「なんですの?」


「いやぁねぇ、魔狩りの中に妙に小器用な陰陽師が居たもんだからねぇ、気になって気になって。お前さんの探し人も陰陽師だった気がしたからねぇ、何か知らないかい?」


その老人のような顔には似合わず、まるでクリスマスプレゼントにはしゃぐ子供のように目を輝かせた鬼一は好奇心を隠そうともせずに狐へと問いかける。


ぴくりと、何かを感じたのか狐耳が動く。けれど彼女の表情は変わらず、口からは冷たい一言だけ。


「知りませんわ。人間の知り合いはおりませんもの」


ふるふると顔を動かして、ゆらりとその尻尾を蠢かせた狐は、忠告はしましたと一言残し、背を向けるとふわりと溶けるようにその場から消える。


「そうかい、そりゃあ残念だ」


心底残念そうに鬼一は呟いた。


呟いて、球体をまた、愛おしむように撫でる。


「お前たちの仲間が増えたかもしれないんだけどねぇ……」


『元人間』であった、2つの球体に、そう呼びかけた。



***



人の気配のない湖、その畔にぽつんと建つ小さなプレハブ小屋、その前に妖狐は立っていた。


月の光を眺めながら、わなわなとその体を震わせる。眦には涙が溜まり、今にも溢れ出しそうではあるが、そこに浮かぶ表情は悲嘆ではない。


「あぁ……あぁ……!喜ばしいことですわ!」


歓喜であった。


頬を紅潮させ、歓喜に身を震わせながら月を見つめる。


己の両肩を抱いて、まるで飼い主を見つけた犬のように、尻尾をブンブンと振り回していた。


「ご主人様、もうしばし、もうしばしお待ちくださいませ!このコン、あなた様への捧げ物を用意したのち、すぐにお迎えに上がりますわ!」


誰に向けたものかも分からない愛を叫びながら、月夜の晩、狐はただ歓喜のままに叫び、悶え続けていた。

次話からしばらくたぶんほのぼのやります。

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