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怪事件、一旦終息

振り下ろした刀は鋏を断ち切りながらテケテケの体を斬り裂く。上半身だけとはいえ人の姿をしたそれを斬り裂く感覚は、まるで紙や糸、或いは藁の束だろうか、そういったものを斬り裂いてるような感触であった。


鋏の破片を散らしながら、テケテケは斬られた場所から、砂のようにサラサラと崩れていき、やがて、溶けるように消えていく。


図書室を満たしていた夕焼け色は消え、無機質な照明の灯りが戻ってきた。


「……消えた、よな?」


テケテケが生み出した領域も消えたし、大丈夫だと思いたい。

暫く刀を握り締めたまま、キョロキョロと辺りを見渡して見たが、影も形もなく、また図書室内が茜色に染まることもない。


刀を掌に突き刺して取り込むと、俺は安堵の息を吐く。


「ヤツカ、どうだ?」


小さな声で問いかけると、ヤツカはぴょこりと顔を出して、ふるふると首を横に振った。


「にたようなけはいは、ございません。てきいも、がいいも、かんじとれませんから、ひとまずはあんぜんかと」


テケテケの出現、その予兆を察知出来なかったからか、何処か自信なさげに口にするヤツカの頭を、指先で撫でる。


「ありがとう。んじゃ、大丈夫そうだな」


気にしなくていい、と伝える意味も込めて、軽く撫でた後につんつん、と優しく突いてやれば、沈んだ様子からふにゃりと、その表情を綻ばせてくれる。


改めて周囲を見渡して、可笑しなところがないことを確認する。


それなりに暴れたというのに、本にも、テーブルにも影響がないのは可笑しなことではあるが、『学校の怪談』の領域がある間は、どうも故意以外では物を動かすことは出来ず、設備や備品が損壊することもないらしい。


それはゲーム中でも語られていた。他にも、物によっては損壊しても元に戻ったり、領域内の出来事は夢とカウントされたりと、いろいろな処理のされ方があるが、その全てに言えることは『基本的に現世への物理的干渉は起きない』ということだ。


少なくとも、ああいった近代以降の怪異譚がベースになっている化け物は総じて、そういった性質を持つ。


だからこその、周辺の異界化だ。そうやって一定の空間を染め上げなければ人を襲うことは出来ず、物に触れることすらできない。

ただし、これは『人に取り憑く』という工程を省いた場合で起きる事で、有名な妖にもなるとこういった縛りすらないが。


ともかく、だ。そういった事情もあり、これ以上あの化け物の脅威は襲ってこない、と思って良さそうであった。


緊張を解くと、視線を水上先輩へと向ける。


知らないうちにへたり込んでいた彼女は、茫然とした様子で動く事なく、こちらへと視線を向けていた。


俺がテケテケに刺された時のものだろうか、彼女の制服に赤い血がこびりついていた。


この先輩、確か完全に一般人なんだよなぁ、奏に連絡して、記憶を書き換えてもらう必要があるか。


きっと、こういう記憶はない方がいいだろう。


「水上先輩、怪我はありませんか?」


「……」


「水上先輩……?」


「ひゃわっ!?」


問い掛けに先輩は反応せず、なおも惚けた様子でへたり込んだままで、近付いて軽く肩を叩けば、妙な声を上げて飛び上がる。


「だ、大丈夫だよ!」


顔を赤く染めて言えば、慌てた様子でぱんぱん、とスカートについた埃を叩いて、ぞっと、その顔色を青く変えた。制服にこびりついた血を直視してしまったからだろう。


「す、漱くんこそ、大丈夫なの?」


心配するような様子で、いまだに怯えが抜けていない様子。彼女には悪いけど、誤魔化す事にする。


「大丈夫ですよ、ドッキリですしねこれ。ほら」


そういって、鋏で貫かれた腹部を見せる。学ランも、その下のシャツも貫かれたが、それは身に付けているものは『肉体の一部』としてカウントされるかららしい。

そこを器用に隠しながら制服を捲り、刺された箇所に傷がないことを見せる。


「……タチが悪いよ、漱くん」


悪戯が成功した子供のように笑って見せると、水上先輩はむすりと、頬を膨らませそっぽを向く。誤魔化されてくれたのかどうかは分からないが、それ以上追及されないようなので、そのまま話を打ち切る。


「取り敢えず、帰り支度しません?」


「そうだね。でも私の制服汚れちゃったんだけど」


「……ジャージ貸すんで、勘弁してください」



***



あの後、先輩にジャージを貸して着替えてもらってる間に、奏に電話をかけた。

図書室内で発生したテケテケと、水上先輩がその場に居合わせた、ということの報告のためだ。


前世でゲームとしてこの世界を堪能して、今世でもマガツキという裏に関わる存在に変わってしまったとしても、俺はあくまでも専門家ではなく、現状はただの巻き込まれのようなものだ。

であれば対処は本職に任せるのは当然と言える。


記憶処理やら後処理についてそれとなく相談……というよりは丸投げした結果、奏から怪物ホイホイなる汚名を授かったのは、必要経費と割り切るしかないのかもしれない。誠に遺憾ではある。


そんな訳で、すっかりと日が暮れてしまった夜の帰り道を、2人して自転車で駆け降りていた。


こんな時間だし、と送ることにしたのだ。


因みに二人乗りである。


「水上先輩、あまりくっつかないで貰えます?」


坂道を降りながら、俺の腰に手を回す先輩にそう告げる。背中に密着する感触に、顔が熱くなる感覚を覚える。


「ちゃんとくっついてないと危ないでしょ?それに今日は頑張ってくれたから少年にはご褒美がいるかなって」


「もっと自分を大事にしてくださいよ」


化け物に襲われた事実なんてなかったかのような調子で、そんな軽口を飛ばし合う。


思ったよりも引き摺る様子がないのは、あれがドッキリとかいう無理のある言葉を信じてくれたからだろうか。

俺は命の危機の後に別の意味で命の危機を感じてる気がするのだが。


「漱くんには言われたくないなぁ。それに別に安売りしてるわけでもないよ」


「高額なら尚更じゃないですか」


態とらしく押し付けながら冗談めかして言う水上先輩に、呆れた声音で言葉を返す。内心、めちゃくちゃ動揺しそうになってるのが伝わらなければ有難いが。


「あははは、おめでとうございます!漱くんは抽選に当たりました!ご褒美を甘受するといいよ」


楽しそうな声で笑う水上先輩に、思わず苦笑が浮かぶ。


そんなやりとりをしてる間も自転車は進む。坂道を下り、時折顔を出す上り坂を越えて、また下る。

人外の身体能力があればこそ、特に苦もなく、普段は必死こいて通学していた道を通過していく。


程なくして商店街に突入すれば、路地の方へと抜けて、バイト先の古本屋『ミズカミ書店』に辿り着く。


「送ってくれてありがとうね、漱くん」


店の前で自転車を停めると、水上先輩はそう言って降りる。


そちらへと視線を向けても、暗がりのせいでその表情はよく分からない。


「いえいえ。それじゃ、また明日」


「うん、じゃあまた明日!」


軽く頭を下げると、俺はそのまま自転車を走らせる。


今からでも、奏に改めて何を言われるか、それを考えると少し憂鬱になってくるような、そんな気がしながら、漸く、今日という厄日を終われそうなことに、ホッと、息を吐いたのだった。

「あのおなご、あるじさまに、いろめを……。むぅ、あるじさま!まどわされては、なりません。」(頬を膨らませるヤツカちゃん)

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