マガツキ・2
そして放課後。
禍ツ人に襲われた事件は通り魔事件として扱われていたらしく、漱はその被害者として一週間養生していたことになっていた。まあ実際、通り魔の正体が禍ツ人だったことは間違いないのだが、その正体は狂人である、ということにされていた。
まあそんなわけで、未だに怪我が治りきっていないが故か、バイト先の店長からはもう暫く養生してくれ、とのことで、本日のバイトは休みとなり、漱は大人しく家に帰っていた。
「おかえりなさいませ、あるじさま!」
玄関に入ると、ヤツカが、ぱたぱたと駆け寄ってきて、それと同時に胸元のポケットから彼女の分身が本体の元へと戻っていく。
にぱぁと、輝くような笑顔に、つられて漱も笑みを浮かべた。
「ただいま。奏来るまで時間あるし、ゆっくりしようか」
「はい!では、おちゃを、よういいたします」
そう言って、ぺこりと頭を下げてトコトコと居間の方へと向かうヤツカをしばし見つめて、漱も靴を脱いで、家の中へと入っていった。
暫く、ヤツカと2人でお茶を飲みつつのんびりとしていたら、ぴーんぽーんと、インターホンが鳴らされる。
気付いて玄関へと行こうとすれば、それを制止してヤツカがテクテクと玄関の方へと向かい、程なくして奏を連れて戻ってくる。
「お邪魔させてもらうよ」
「らっしゃい、まあとりあえず座ったら?」
「おちゃを、おもちしますので、しばしおまちください。ごゆうじんさま」
漱は、予め用意していた座布団を指差して、奏に座るように促せば、言われるままにそこに座る。
ヤツカはそのままお茶を用意しに厨房の方へと向かっていく。
その後ろ姿をしばし眺めて、漱は奏の方へと向き直る。
やはり、その姿は男としてのそれで、あの日見た女性らしい丸みも膨らみもない。
けれど、違和感は消えないままだった。
「……?なんだよ、じっとこっちを見て」
じっと眺めていたからだろう。
訝しむような目で奏は漱を見る。困ったように眉根を寄せながら告げられた言葉に、漱は我に帰った。
「あっ、あぁ。悪いな、何の用なのか気になってさ」
取り繕うように告げられた言葉に、奏はああ、と口にしながらガリガリと頭を掻く。
大体察しはついていたが、話をするには聞くことは別に不思議ではない。
「『こちら側』の世界の話だよ。予想くらいできてただろ?」
そう口にする奏に、漱は苦笑を浮かべて首肯する。
「おまたせして、もうしわけありません、ごゆうじんさま。どうぞ。おあついので、おきをつけて」
「ああ、ありがとう」
お盆に湯呑みを乗せて戻ってきたヤツカが、奏の前にそれをおくと、礼を告げる奏に「きにしないでください」と告げ、お盆をもったまま漱の隣へとちょこんと座る。
湯呑みを手に持って、ふうふうと息を吹きかけ冷ましながら口の中に含み、喉を鳴らして飲み込む。
ほっと、一息ついたところで、改めて2人の方へと視線を向けた奏は、湯呑みを持ったまま口を開く。
「さて、本題に入るぞ」
特に2人とも反論する様子がないと見ると、奏はそのまま言葉を重ねる。
「端的に言えば、漱、お前は要監視対象者、ってことになった」
「俺がマガツキになったからか?」
「そう。感覚としてわかってるよな?お前の体、もう『普通の人間のものじゃない』ってのは」
はっきりと告げる奏に、漱は頷く。
普通に考えて、『内側から生えてきた刃でズタズタになっていた体』が、僅か一週間で日常生活に支障がなくなっているのはおかしいだろう。
体に残っている傷も幾らかの裂傷にまで減り、染みることはあっても、それらもほぼ治りかけの状態だ。
どう考えても異常であるし、寝たきりで体力は減っていたが、筋力が衰えた様子を感じなかったことも、異常性に拍車をかけている。
「マガツキってのは『妖、怪物に憑かれながらも調伏した、妖や怪物の力を扱える人間』のことなんだが、これは『肉体がそれに適するように作り替えられてる』って前提があってな」
お前みたいな、と漱を指差しながら、言葉を重ねていく。
漱は、その言葉を聴きながら、自分の記憶にある知識、設定を思い返す。
マガツキと禍ツ人は何が違うの、というゲームのタイトル画面から確認できるコラムでは、『人間側の理性、人格が残っているか否か』と書かれていた。
要するに、マガツキも禍ツ人も肉体的には同一であり、ただ『変えられて力を使えるが故に人の側に寄せれる』と言うだけなのだ。
「これによってマガツキは人を超える力を得る。……あんまり前例はないんだけどな、憑かれた人間の人間性によっては無辜の民にも危険が及ぶ。
漱が悪用するとはあんま思わないんだけどさ、悪いな」
申し訳なさそう言う奏に、漱は首を横に振る。実際、『勾一族』として、魔狩りを生業とする奏の立場としては仕方のないことであり、漱は責める気にはなれない。
「まあ、そのうち、僕と同じような人にも会わせるよ。連れてくるように命じられてるしな」
さて、と次の話へと切り替えようとする奏に、ヤツカがゆっくりと口を開いた。
「ところで、かんけいはないとおもうのですが」
漱の方へと目を向けて、その視線を受けた漱の頷きを見て、躊躇いがちにヤツカは口を開く。
疑問があるのだろう、と、ヤツカの発言を止めることなく、聞くように促して。
「ごゆうじんさま、なぜ、だんそうを、なさっているのでしょうか?」
ぶち込まれた爆弾に、奏はその動きをぴたりと、まるで凍りついたかのように止めた。




