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デザート・アマゾネス

 ここからは2005年シーズンの始まりとなります。このシーズンの最初のほうは主人公の押切調教師より、準主役の岡西騎手のほうが出番が多いことを頭に入れて読んでいただけるようにお願いします。2004年シーズン時に運良く馬房を減らされることを免れた押切調教師と次々と有力馬が集まり、G1取りを目指す岡西騎手がどのようにつながるかがこのシーズンの序盤の重要ポイントとなります。

 ここは茨城県稲敷郡美浦村にある美浦トレーニングセンター。1978年4月10日に開設された関東の中央競馬の調教拠点である。1966年初頭、建設予定地として千葉県成田市三里塚の名が挙がっていたが、当時の日本政府が三里塚に成田空港の建設予定地に正式決定されたため、現在の美浦村に建設することになった。建設予定地を探すのに2年近くかかり、さらには「競馬関係者の八百長事件」・「馬インフルエンザの集団感染」・「厩務員の組合によるストライキ」など様々な問題やトラブルが相次いだため、予定よりも大幅に遅れての完成となった。施設の規模としては国内最大級で、調教コースは南北の2ヶ所に合わせて7つのトラックが設置されていて、南側には1600mのウッドチップコース、北側には障害用の調教コースがそれぞれある。さらに場内には馬の足腰の負担を抑えつつ強化するための「坂路コース」、脚部不安を抱える馬のための「スイミング・プール」や「水中歩行訓練装置」、馬のクールダウンやリラックスのための「逍遥しょうよう馬道」、海外レースに出走する競走馬が入る「検疫厩舎」、競走馬に総合的な医療行為を行える「診療所」などが設置されている。このように設備的には世界的にトップクラスの水準と言われているが、現在美浦はあらゆる面で深刻な長期低迷に悩まされ続けている。

 長期低迷の主な理由として、プロローグでも述べた坂路コースが真っ先に挙げられる。美浦村は地形自体が平坦で坂路コースを設置できるような丘がなかったので、人工の斜面地形をゼロから造成するところから始めなければならなかった。それを造る費用は莫大なため、JRAは坂路コース設置の要望については「検討中」としながらも実際にはきわめて消極的な姿勢を数年間に渡って取り続けていた。1990年代に入り、美浦所属馬の不振が顕著になり競馬マスコミやスポーツ新聞などによりクローズアップされる様になると、東日本における競馬ブームの腰を折りかねない要因として危機感を感じ、ようやく重い腰を上げて、栗東に8年遅れの1993年にようやく坂路コースが完成した。しかしそれでも東西の差は開く一方であった。

 この長期低迷の影響は美浦所属の厩舎や騎手にも大きな影響を与えている。厩舎経営さえ厳しい現状では若手騎手を育成できる経済的な余裕は無く、中央競馬に縁故の無い騎手候補生については進んで調教師が引き受けようという厩舎は少なく、所属厩舍の決定を巡って難航する事が常態化している。たとえ引受先が決まったとしても、栗東に比べ有力馬が少ないため、高額の資金を投じて即戦力として育てたはずの騎手が、満足に騎乗馬を集める事が出来ずに、減量が切れてしまうという悪循環が生じている。岡西みたいに競馬関係者との縁故もないにも関わらずルーキーイヤーの1997年に75勝、2年目以降は毎年3桁の勝ち鞍を挙げる騎手は極めて稀なケースで、今年4~6年目を迎える騎手学校第16~18期卒業生からは未だに平地重賞を勝った騎手がいないというのが現状である。では栗東に比べて劣勢の環境の美浦で岡西はどうやってここまで這い上がってきたのか? それは後にある厩務員の調べで、ある程度の事実がわかることになる……。


 時は2005年1月4週の追い切り日。岡西は美浦トレセンに自分のお手馬であるキタノアルタイル号(牝4歳)の最終追い切りに来ていた。このキタノアルタイルは「関東屈指の逸材」と言われた西高東低に抵抗する数少ない関東所属の競走馬だったが、昨シーズンはG2レースは3勝しているものの、G1レース(桜花賞・オークス・秋華賞)ではいずれも2着とあと一歩のところで取り逃がしている。現時点では「シルバーコレクター」という不名誉な称号をマスコミ関係者につけられている。秋華賞後、芝ではあと一歩足りないということでダートへ路線を変更。前走の浦和記念を圧勝してきて、今週の古馬ダート一級戦の競走馬がフェブラリーS(G1)のステップレースとして集まる平安S(G3)に挑む。


「長野先生、アルタイルの最終追切、いい時計が出ましたね。今週の平安Sは勝ち負けまで行けますよ」

「ああ、そうだな。昨シーズンの終わり頃にダートに路線変更して、今のところそれが功を奏している。ここでいいレースが出来れば来月のフェブラリーSが楽しみになる」


岡西は一人の年配の調教師と話をしていた。彼の名は長野良隆調教師(65歳)で主に輸送競馬を得意としている中堅クラスの厩舎の調教師で、岡西が駆け出しの頃からの付き合いがある。実質上最初からフリー騎手で不憫な思いをしていた岡西は、ある先輩騎手から「騎手の営業のイロハ」を教えてもらい、一番最初に紹介してもらったのがこの長野厩舎であった。


「前走は地方所属の馬が相手でしたけど、今回は中央のダートの猛者が相手。関西馬の有力どころをどういうふうにさばくかがカギになりますね」

「まあ今日は出馬投票の日で枠順は明日決まるので、作戦を立てるのはそれからでも遅くはないだろう。それよりも日曜の京都の天気予報はミゾレが降るみたいだ。まあどこも真冬真っ盛りだから無理もないが……」

「え~、マジっすか……。前走の浦和記念の時は大雨で泥んこレースだったのに…。今度はミゾレって……。冬の天候不良ほどタチ悪いのないんだよなぁ。天候不良の原因は多分あの人に間違いないはずなんだけど……」


岡西は左手で頭を抱え、右手を腰に当てて思い悩んだ。


「まあ天気は我々の手では変えようがないからなあ。前走は不良馬場でアルタイルが走ることが証明されたので、関西馬達を負かせる可能性も十分にありあえる。そう悲観することもないだろう」

「そうなんですけどねえ……」


岡西は長野の言葉に納得しながらも頭を掻きながら苦笑いの表情だった。


「先生、摩那舞君。お茶入ったわよ~」


一人の女性厩務員が透き通った声で長野と岡西を呼んだ。


「ん? 星崎君がお茶を入れてくれみたいだな」

「そうですね。今行きます~」


岡西は星崎厩務員に一声かけて長野と共に厩舎の休憩室に向かった。この星崎はキタノアルタイルを担当している女性厩務員で2児の母でもある。さきほど岡西が天候不良の原因の人のことを言っていたが、それは彼女のことである。どういうわけか昔から星崎が担当する馬がレースの時、夏は大雨・冬は雪が降ることが多いという。岡西は星崎を心の中で『雨女&雪女』と思っているが、本人の前ではそれを口に出さないように心がけている。


 休憩室のテーブルの上に熱い緑茶が入った湯飲みが2つ置いてあった。長野と岡西は椅子に腰掛けてお茶をすすりはじめた。 


「ふう、やっぱりお茶は静岡だな」

「そうですね、寒い日にこういう熱い飲み物はいいんですよねえ。ほんと体が温まりますよ」


長野と岡西は一時の癒しを楽しんでいた。しばらくして、星崎がミカンが8つほど入ったかごを持ってきた。


「これ、地元の商店街の果物屋さんで買ってきたミカンです。よかったら食べてみて」

「うわ、うまそうですね。いただきま~す」

「わたしも一つ食べてみるか」


星崎が持ってきた差し入れのミカンを岡西と長野はそれぞれ一つずつ取って食した。


「甘くてうまいですね。あと2・3個は食べたくなりますよ。やっぱ冬はミカンに熱いお茶ですね」


岡西は満面の笑みでミカンに下づつを打っていた。


「星崎君、いつもすまないねえ。確かウチの厩舎に転厩して来てもうすぐ8年経つんだったよね?」


長野はミカンを食しながら星崎に尋ねた。


「ええ、そうです。前の厩舎の先生がひき逃げ事故で急逝して、厩舎解散後に長野先生のところに入りましたから」

「うんうん、あの時は人手が少し足りなかったのでウチに来てもらってほんとに助かったよ」


長野と星崎は当時の思い出に浸っていたが、岡西はその話の内容を聞いてミカンを食べてる時の満面の笑みが消えて寂しい表情に変化した。


「あっ、摩那舞君。ごめん。嫌な思い出を言ってしまって……」


星崎は前の厩舎の話を岡西の前で言ってしまったことに罪悪感を感じていた。星崎は前の厩舎に所属していた時、当時騎手学校2年だった岡西が騎手課程の中の厩舎実習でやってきた時に知り合ってそれ以来の仲で、彼女は岡西の昔を知る数少ない人である。また星崎が所属していた前の厩舎は岡西が騎手デビューした時に所属していた厩舎でもあった。しかし、岡西が所属して二日後にそこの調教師が不慮のひき逃げ事故でこの世を去り厩舎は解散、そして岡西は実質上フリーの身で生きていかないといけなかった。ちなみにその調教師をひき逃げした犯人は8年経った今も捕まっていないという。


「いえ、大丈夫ですよ。気にしていませんので」


岡西は寂しそうな表情から慌てて普通の表情に変えた。


「きっとアルタイルでG1勝ったらそのうち師匠をひき逃げした犯人も見つかると思うわよ。ってこんな非現実的なこと言ってもだめか……」


星崎は自分なりに岡西に気遣った。


「いやいや、星崎さんの言ってることはある意味当たってると思いますよ。僕の師匠があの世から『ワシの心配してる暇あるなら一つでも多くG1レースに勝たんか! 』と激を飛ばされてる気分になる時がありますので」

「へぇ、そうなんだ~」


星崎は岡西の予想外のエピソードに意表を突かれた感じだった。


「そういや僕が厩舎実習で来てた時は、星崎さんに世話になってましたので師匠とはあんまり話したことありませんでした。すごく気難しい人というのは周りのスタッフの人達から話は聞いてたんですけどイマイチぴんと来なくて……」

「そうね、根っからの職人気質の先生だったわよ。今はああいうタイプの先生はなかなかお目にかかれないと思うわ」

「なるほど、そうだったんですか」


岡西自身、厩舎に所属してから師匠に指導されたり叱責されたりという経験は全くない。頼みの綱は師匠の妻に葬儀の後にもらった『秘伝の書』だけだった。この書は師匠直筆のノートで「騎手としての心構え」・「競走馬の扱い」・「騎乗技術に関する項目」・「海外競馬事情」など競馬に関することほぼすべてが書かれているもので騎乗機会がなかった頃の岡西は、いろんな厩舎で下働きをしながらこの書を熟読していたという。その積み重ねが岡西をトップクラスの騎手まで育てたのだが、この隠れた裏話を知ってるのは、とある人物を除いて誰もいないという……。


「あっ、そろそろ京都に向かわないと」


厩舎の時計は午前7時を過ぎていた。岡西は美浦から都内まで車で走り東京から新幹線で京都に向かう予定だった。


「摩那舞、今週は土日共に京都での騎乗なのか?」

「ええ、そうです。だから最低でも昼前には京都に着かないといけないんですよ」

「そうだな、今から出ないと昼前には着かないからなあ。気をつけて向かうんだぞ」

「はい。では長野先生、星崎さん、レース当日に会いましょう。失礼します」


岡西は長野と星崎に一礼して長野厩舎を後にしていった。競馬の規則として騎手は開催日の前日出馬投票の1時間後に、騎乗予定者の全員が各競馬場の調整ルームに入室しなければならない。「調整ルーム」とは競馬の公正確保を目的として、外部の第三者との接触を防ぎ、騎手の体調管理を行う部屋である。ここでは携帯電話などの通話は一切禁じられている。出馬投票は午前10時に締め切られるため、その一時間後の11時には騎乗予定がある騎手は全員調整ルームに入らないと行けないので岡西は京都に向かったのである。ちなみに正当な理由が無く指定された時間までに調整ルームに入ることが出来なかった騎手には戒告、場合によっては騎乗停止などの制裁が課される。



──三日後──


 場所は変わってここは京都府京都市伏見区にある京都競馬場。最寄り駅が淀駅のため淀競馬場と呼ばれたり、あるいは「淀」と通称されている。この日の京都地方は冬の低気圧の影響でミゾレが降っていてなおかつ激しい横風が寒さを一層助長させて各ジョッキーを苦しめていた。この日のメインレースは平安S(G3)で岡西はキタノアルタイルで挑む。枠順は次の通り。


京都11R 平安S G3 ダート1800M 不良 15:40~発走


1枠 1番 トサミドリ     牝6 54.0 三井  栗・白田

1枠 2番 ゼロムビート    牡5 56.0 隅田  栗・西村

2枠 3番 シンダルゼット   牡6 56.0 江戸照 美・石戸

2枠 4番 グラディエーター  牡5 59.0 武井匠 栗・芦口

3枠 5番 カニノレスポンス  牡7 56.0 藤井  栗・河口

3枠 6番 オリモカーディナル 牝4 53.0 佐渡哲 栗・笹見晶

4枠 7番 キタノアルタイル  牝4 54.0 岡西  美・長野

4枠 8番 ヘイザンキャノン  牡5 57.0 福沢  栗・尾崎

5枠 9番 ケイエムヒーラー  牡6 56.0 十和田 栗・石本

5枠 10番 マイルクレッセント 牡4 56.0 柴川  栗・中浦

6枠 11番 ジャガーパフェ   牡4 55.0 柴畑善 美・松川

6枠 12番 ナイトシャーク   牡5 58.0 石田  栗・石塚

7枠 13番 フジコウパルテノン 牡5 56.0 池越  栗・池越

7枠 14番 オートミテンペスト 牡6 56.0 武井幸 栗・外尾

8枠 15番 チェリービースト  牡7 56.0 小野田 美・小柴

8枠 16番 サンセットルビー  牝5 55.0 安城勝 栗・音有



 現時点のオッズでは4番グラディエーターと7番キタノアルタイルが、人気を二分していてわずかにキタノアルタイルが1番人気となっている。予想屋によってはキタノアルタイルの人気が過剰人気と予想する人もいれば、G1ホースのグラディエーターの斥量59キロをマイナス評価としてキタノアルタイルを軸にしようとする人もいる。競馬ファンは競馬新聞やスポーツ新聞の記者や専門家の予想を見ながら、どれを買うか考える。現在みたいにインターネットなどの大量の情報が氾濫していてるのがなおさら馬券師の買い目を迷わせるという。

 レース発走70分前、岡西は前検量を終わらせて長野から作戦を伝授されていた。他の陣営も道中の位置取りなど様々な会話をしていた。


「摩那舞、道中はなるべく前目にポジションを取るように乗ってくれ。このレースは前残りの決着が多く外枠の差し馬はまず届かないだろう。アルタイルは幸い内枠寄りなので競馬はしやすいと思う。しかもこの不良馬場だ。59キロ背負わされているG1ホースを負かす可能性も十分にある。わたしが引っかかってるライバル馬は12番の馬だ。その点を頭に入れてレースに挑んでくれ」

「わかりました。スタートで出遅れさえしなければいい勝負になると思います。僕もパドックで気配のいい他陣営の馬を見つけたら、それらも踏まえて適宜対応します」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「では、そろそろパドックに向かいますので」


岡西は長野から作戦を伝授してもらいパドックへと向かっていった。


(頼むぞ、摩那舞。ここで好結果を残してその勢いでフェブラリーSで勝てば、ドバイワールドカップへ招待される可能性もある)


長野は岡西が去っていくのを見守りながらキタノアルタイルが世界にはばたける日々を思い描いていた。長野のキタノアルタイルに対する思いは人一倍強いものである。もちろん岡西もそのことは知っていて、昨年G1で3回2着続いても自分を我慢して使ってもらってる長野のため、そして「シルバーコレクター」の不名誉な称号を返上するためにはここは落とせない一戦であった。


 こちらは京都競馬場のパドック。時計は15時10分を指していてた。前日からの寒冷前線の影響でミゾレが強風に煽られて吹雪のように降り乱れていた。パドック周辺の客は厚手のコートを着て競馬新聞を片手に熱心に馬の調子をチェックする人もいれば、寒さに手を震わせながらも携帯の写メールやデジカメで競走馬の写真を撮るものもいた。パドックを周回している競走馬を引いている各厩務員は雨がっぱを着ていて、重賞レースの騎乗予定の騎手達は勝負服の上に特殊な雨避けを着ていてパドックに向けて一列に並んでいた。岡西は真ん中寄りの位置でいつものように他馬をチェックしていた。


(なるほど、石田さんの馬は長野先生が言ったとおり絶好の気配で、体つきは締まっていて一歩一歩の踏み込みも力強い。外枠寄りとはいえ要注意だな。匠さんの馬はちょっと元気なさそうな感じだなあ。昨年のジャパンカップダートの時のような迫力が感じられない。本賞金は十分足りてるからここはあくまでも叩き台と言ったところかな…。俺が乗るアルタイルは軽快に周回してるからここは好勝負だな。輸送による馬体重増減もほとんどないし)


「とま~~~~~~~れ~~~~~~!」


降りしきるミゾレの中で透き通った声の騎乗指示の合図が響き渡った。騎乗予定の騎手達は一礼して寒さをこらえながら、各騎乗馬に向けて小走りに向かっていった。岡西は星崎に支えてもらってキタノアルタイルに鞍上した。


「摩那舞君、馬場のコンディションと天気は悪いけど1着で駆け抜けてね」

「あっ、はい。しかし、今日は寒いですねえ。ミゾレでの騎乗ってはじめてかも…」

「そうそう、今日はわたしがホット蜂蜜レモンを作ってきたからレース終わったら飲んでね」

「あっ、ありがとうございます。今日は最終レースでの騎乗予定がありませんので後検量終わったらいただきます」

「ただしこのレースで負けたらお預けよ」

「うわ~、手厳しい……」


星崎は岡西が乗るときはこのように独特のお預け戦法で勝ち鞍を呼び込むようにしている。これまで8年間、担当する馬でそれなりの勝ち鞍は挙げてきたがG1の勝ち鞍だけはなかった。しかも昨年このキタノアルタイルで2着3回だったので4度目の正直でG1取れるようにという星崎の願望もこの独特の激に含まれていた。

 本馬場入場では入場行進曲「ドラマティック・ワン」の音楽に乗って各競走馬が次々と本馬場入りをしていた。キタノアルタイルは返し馬に入り軽快にダートコースを走り始めた。その様子を特別席から長野は双眼鏡でチェックしていた。長野の横にはキタノアルタイルの馬主である吉原晴彦氏も来ていた。この人物は本岡厩舎所属のオンリーゴールドの口取りの時にいた吉原勝美氏の弟である。馬主会では吉原3兄弟が毎年トップを争いをしている。3兄弟の内訳は長男は社来ファーム代表の照文氏で前回出てきたギガクロスブレイク号の馬主、次男はオンリーゴールド号を所有する勝美氏、そしてこの三男の晴彦氏がキタノアルタイル号の馬主というふうになっている。


「長野先生、ウチのアルタイルはダートに路線変更して調子がいいみたいですね。この調子なら本番のフェブラリーSで昨年の雪辱を果たせそうですね」

「そうですね。わたしもそうですが、一番悔しい思いをしてるのは摩那舞自身ですのでその点はヤツも重々理解していると思います」

「岡西君の騎乗に関しては、わたし自身文句のつけどころがありませんのであとは運次第ですよ。彼はわたしの一番上の兄の3歳の超有力馬の主戦を任されたみたいですので、それがウチにもいい影響を及ぼしてもらえればと思ってます」

「あっ、どうやらレースが始まりますね」


 スタート地点では出走馬16頭が正面スタンド前のダートコースで輪乗りをしていた。競馬場内に降り乱れていたミゾレは少々弱まってきたが、不良馬場のコンディションはそのままである。スターターの係員がやってきて白い旗を横に振って関西重賞のファンファーレが鳴った。


《実況アナ》


 本日のメインレース京都11レース平安ステークスグレードスリー、ダート1800M不良馬場で行われます。降りしきるミゾレの中、着々と各馬がゲート入り。続いて偶数番の馬が順調にゲート入り、4番のG1馬グラディエーターも収まりました。最後は16番のサンセットルビーが入りまして体勢完了……。スタートしました! きれいに揃ったスタート! グラディエーターは絶好のスタート。最初の先頭争いは追っつけてシンダルゼット、外からフジコウパルテノンとチェリービーストも先行争いに加わっていきます。各馬1コーナーから2コーナー向こう上面に向かって行きます。まず先手を取ったのは3番シンダルゼット、半馬身ほど後ろにグラディエーター、その半馬身後ろ内ラチ一杯沿いにキタノアルタイル、その外をフジコウパルテノンとチェリービーストが併走、1馬身ほど後ろにヘイザンキャノン、その内半馬身差でゼロムビートとカニノレスポンス、外のほうにサンセットルビー、半馬身後ろにマイルクレッセント、内外にそれぞれケイエムヒーラーとオートミテンペスト、さらにその内にトサミドリ、お終いから3番手にナイトシャーク、その外にシャガーパフェ、最後方にオリモーカディナルという展開。3コーナーカーブ、3.4コーナー中間にかかって先頭はシンダルゼット、半馬身のリード。単独2番手にグラディエーター、キタノアルタイルは内ラチ沿い3番手で追走、フジコウパルテノン、チェリービーストも上がってきた。各馬4コーナーを通過、ここで先頭はグラディエーターに変わってシンダルゼットは2番手、内からキタノアルタイル迫ってきた! 外からヘイザンキャノン、サンセットルビーなどぐんぐん上がってきた。キタノアルタイル抜け出した! キタノアルタイル先頭に変わった! グラディエーターは伸びない! 外からナイトシャークとオートミテンペスト並んで伸びてきた。キタノアルタイル逃げる! ナイトシャークとオートミテンペスト迫る! キタノアルタイル! ナイトシャーク! オートミテンペスト! 広がってゴールイン! 内キタノアルタイル、クビ差で追走馬を退けて勝利! 1番人気に答えて関東馬の意地を見せました!着順掲示板も上がっています。1着7番キタノアルタイル、2着争いは写真判定。4着に4番グラディエーター、5着に8番ヘイザンキャノンがそれぞれ上がっています。確定までしばらくお待ちください。


 1着に入線したのと同時に岡西はキタノアルタイルの鬣をポンと叩いてねぎらった。特別席では長野と吉原がガッチリと握手した。


「いや~、長野先生。見事なレースでしたね。これでフェブラリーSが見えてきましたよ」

「ええ、わたしもホッとしています。吉原さん、もし次走勝てたらおそらくドバイワールドカップでの打診が来ると思いますのでその時は出走のほうをよろしくお願いします」

「もちろんです。世界最高峰のレースを兄達よりも先に獲得できるチャンスですので、打診が来たら迷わず出走させます」

「ありがとうございます。次走G1勝てるように我々も努力していきますのでよろしくお願いします。あっ、そろそろ検量室に向かいましょう。口取りがありますので」


 長野と吉原は安堵の表情で今後のローテーションの話をしながら、検量室へと向かっていった。この後、この二人に岡西と星崎を加えて口取りの写真をウイナーズサークルで撮った。キタノアルタイル陣営は悲願のG1制覇に向けて着々と歩き続けている。

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