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転機とノイローゼ

 ここは栗東トレセンの中の押切厩舎。本格的な冬が訪れ、外は一段と冷え込んできた。2004年シーズンのレースも残すところ今日と明日だけになった。厩舎の和室の休憩室に、押切はコタツの中に腰から下全部入れて、上半身はテーブルに寝そべらせてブツブツと独り言を言いながら考え事をしていた。


「あ〜、ホンマ寒いわぁ〜。今日明日で厩舎の運命が決まってまう〜。もし馬房減らされるなってもーたら先代に顔向けできへんわぁ。あ〜、どないしよ〜」


押切はコタツの中で悶えながら来年の厩舎経営の事を考えていた。ユーロステイテッドが5着に敗れてからその後の別の管理馬のレースもいくつかあったが、複勝圏内はおろか掲示板すら確保できずに年末まで来てしまったのである。


「なんやコーヒー切れとるやないかぁ」


テーブルの上の目の前にあるカップにコーヒーが入っていないのを知って、舌打ちを何度もしながらある厩務員に電話をかけた。


「お〜、コーヒー持って来い!」


おなじみの通話時間2秒の電話である。しばらくして増本厩務員(21歳)がコーヒーを持ってきた。


「先生、コーヒー持って来ました」

「お〜、ご苦労さん」


押切は持ってきたコーヒーを手に取り、口にしようとした時にいつもと色が違うのに気づいた。


「孝平、なんやこれ?」


押切は増本にコーヒーの色のことを即座に問い詰めた。


「えっ、普通のコーヒーなんですけど……」

「はぁ〜? ワシはいつもコーヒーはブラックゆ〜とろ〜が!!!」

「いや、その〜。あまりストレートばっかり飲むと体に毒や思いまして……」

「アホンダラァ! いらんこと考えんでブラック持って来いブラック!!!」

「は、はい!」


押切に怒鳴られて増本は慌ててブラックを持ってきた。


「ったく最初からブラック持って来いやぁ……」


押切は舌打ちしながらコーヒーをすすった。


「で、では失礼します……」


増本は逃げるように休憩所を出て行った。


「あ〜、ホンマに落ち着かんわ!」


増本が出て行った後も押切は依然落ち着きがなく、イライラは時間が経つにつれて増えるばかりである。


「ちょっとミカンでも食うか……。ビタミン摂らなアカン……」


押切はそう言ってテーブルの中央にあるミカンを一つ取って食べた。しかし、ミカンが甘くなかった。


「うわ、なんやこれ……。てんでミカンの味せーへんやんけ……。これ買ってきたんは確かアイツやったなぁ……」


そう言って押切は再び通話時間2秒の電話をした。しばらくすると外岡厩務員が入ってきた。彼はさきほど呼ばれた増本と同級生である。


「あの〜、お呼びでしょうか?」

「オマエが昨日このミカン買って来たんやなぁ〜。ちょっと食ってみぃ」


外岡はミカンを一つ食べてみたが特になにも変わった様子はなかった。


「いや〜、普通のミカンなんですけど?」

「はぁ? これ賞味期限切れとるんちゃうか?」

「えっ、昨日買ってた時は新鮮な和歌山みかんって店の人言ってたんですけど……」

「どこがやぁ! 全然甘くないやんけ〜! ちゃんとしたの買って来〜い!」

「えっ、しかし……」

「はよ行って来んか〜! アホンダラァ!」

「は、はい〜」


外岡は慌てて外に出て行った。このように押切のスタッフに対する無茶振りは日に日にエスカレートするばかりであった。ちなみにさきほどのミカンについてだが、商品自体は普通である。ただ、押切が日頃コーヒーのブラックを大量に飲んでいるのが祟って味音痴になってしまったのが原因で、本来のミカンのおいしさを押切は全く感じられないほどストレスが溜まってるのである。


 その頃、土曜の阪神競馬場では滞りなくレースは順調に進んでいた。この日のメインレースは2歳馬限定の『ラジオたんぱ杯2歳ステークス』でこのレースをステップに後にG1ホースになった馬もいる。今年の出走メンバーの中にある1頭の注目の2歳馬が出走していた。馬柱表は以下の通り。


阪神11R ラジオたんぱ杯2歳ステークス G3 芝2000M 良 15:40発走


1枠 1番 ノボルオーキッド  牡2 55 前藤  美・天馬

2枠 2番 サイカイムーン   牝2 54 新川  栗・安井隆

3枠 3番 タイガカルチャー  牡2 55 横井典 美・戸部

3枠 4番 ケイエムメンフィス 牡2 55 熊田  栗・宍戸

4枠 5番 ブラスロックオン  牡2 55 勝田  美・尾畑

4枠 6番 レイピア      牝2 54 大牧  栗・麻美

5枠 7番 マークブリザード  牡2 55 武井匠 栗・石塚

5枠 8番 トキアンブレラ   牡2 55 隅田  栗・作山

6枠 9番 ブレスレットシティ 牡2 55 佐渡哲 栗・笹見晶

6枠 10番 セイテンガルーダ  牡2 55 岡西  美・稲田

7枠 11番 ギガクロスブレイク 牡2 55 岡路  美・藤枝和

7枠 12番 マイルロージス   牡2 55 福沢  栗・西園寺

8枠 13番 パレードランページ 牡2 55 蛇奈  美・国木田

8枠 14番 アルマイヤサンズ  牡2 55 石田  栗・殿道


 このレースの注目は7枠11番のギガクロスブレイク。青毛の毛色が特徴で馬体重は430キロ台と小柄だがデビュー前からクラシックの器と言われてきた逸材で、名門藤枝和厩舎の管理馬。この馬はその期待通り10月の新馬戦、11月の百花草特別(500万下)といずれも2着と0.5秒差で圧勝してきて重賞に挑む。馬もそうだがファンの注目はなんといっても鞍上の名手のラストランであった。彼の名は岡路幸成おかじゆきなり・56歳。これまで関東のリーディングを引っ張ってきた大ベテラン騎手で通算2927勝という勝ち鞍をはじめ様々な金字塔を打ち建ててきた大功労者である。後輩騎手達の間では「騎手のお手本」として常に尊敬されるほどの人柄であった。岡西自身もこの岡路には大変お世話になってる騎手の一人であった。3000勝を目前にしていたが年齢的な体力の衰えもあり今シーズン限りで引退を表明、競馬関係者や数多くのファンは岡路の引退を大変惜しんだ。その影響もあってか応援馬券を含んで単勝1.3倍という圧倒的人気を背負っていた。


(コイツが噂の馬か……。初めて見るけどやっぱ名厩舎の管理馬はすごいなぁ。俺が気にしていたあの馬とはまた違う雰囲気を持っている。こういう馬がクラシックの軸になるんだろうなぁ)


岡西は輪乗りでちょうど前を歩いてるギガクロスブレイクをじっくり観察していた。しばらくして係員のスターターが来てスタート台で白旗を横に振ったとの同時に関西の重賞ファンファーレが鳴った。


《実況アナ》


 本日のメインレース、ラジオたんぱ杯2歳ステークス・グレードスリー芝2000メートル良馬場で行われます。なおギガクロスブレイク鞍上の岡路騎手はこれがラストランとなっています。単勝1.3倍の圧倒的人気のギガクロスブレイク収まりました。続いて偶数番の馬が次々とゲート入り、最後に14番のアルマイヤサンズが収まりまして体勢完了……。スタートしました! 14頭揃ったスタート、まずは押して2番のサイカイムーンと5番のブラスロックオンがハナの奪い合いでスタンド前を通過。3番手は大外からアルマイヤサンズ、内のほうにレイピアとトキアンブレラ、各馬1コーナーから2コーナーを通過、向こう正面に入っていきます。まず先頭はサイカイムーン、その外ブラスロックオン、半馬身ほど離れましてレイピアとトキアンブレラが併走、その外にアルマイヤサンズ、その後ろ内にノボルオーキッド、半馬身後ろにタイガカルチャーとマイルロージス、その後ろ内からケイエムメンフィス、マークブリザード、その外にパレードランページ、お終いから3番手に9番ブレスレットシティ、半馬身後ろにセイテンガルーダ、そして殿にギガクロスブレイク、岡路の手はいつ動くのか?1000メートルを平均ペースで通過、各馬3コーナーを回って行きます……。


(このレースは岡路さんをマンマークだ! 残り800くらいになったらおそらく動いてくる)


岡西が乗るセイテンガルーダはギガクロスブレイクの内にピッタリとマークして岡路が動くのをじっくり待った。残り800の標識を通過してギガクロスブレイクがジワジワと大外から前に進出し始めた。


(来た……。逃がさんぞ……)


岡西はギガクロスブレイクが動いたのと同時にセイテンガルーダに馬体を合わせて同時に捲くりにかかった。そして4コーナーの直線勝負に差し掛かった。岡路・岡西はほぼ同時に各馬に鞭を打った。ギガクロスブレイクはスパートした瞬間、とんでもないスピードと瞬発力でゴールまで向かっていった。


(なんてスピードだ……。全く追いつけない……)


一方のセイテンガルーダは直線に入ってもなかなか伸びない。それどころか捲くりで抜いた他馬に抜かれるばかりだった。セイテンガルーダは捲くって直線に入った時点でスタミナが尽きてしまったのである。無情にもギガクロスブレイクの姿は、岡西の視界からどんどん遠ざかっていった。


《実況アナ》


 各馬4コーナーを通過、先頭はサイカイムーンとブラスロックオン! 間からマークブリザードとトキアンブレラが迫ってきた! マークブリザード先頭! 2番手にトキアンブレラ! サイカイムーンとブラスロックオンは一杯になったか? 大外からギガクロスブレイクすごい脚で来た! 残り200を通過! ギガクロスブレイクあっという間に先頭に立った! 2番手以下を8馬身9馬身と一気に突き放しにかかる! これは強い! あっという間にゴールイン! 岡路騎手、重賞の舞台で有終の美を飾りました! 勝ち時計2分フラット! 上がり3ハロン34.0! 着順掲示板も上がっています。1着11番ギガクロスブレイク、大きく離れまして2着7番マークブリザード、3着に8番トキアンブレラ、4着に3番のタイガカルチャー、5着に14番アルマイヤサンズが入線。確定までしばらくお待ちください。


 場内はギガクロスブレイクの走りに観客は皆度肝を抜かれていた。すでに2歳で2000Mを2分ジャストで走るという破格のタイム。終わってみれば2着に1.5秒差をつけるという圧勝劇。これには他の陣営も全くのお手上げだった。掲示板に入線した馬のジョッキーのコメントは以下の通り。


2着 マークブリザード 武井匠騎手

「本来ならこの馬の時計でも十分勝ち負けになる内容だが、勝ち馬のスピードと瞬発力は飛び抜けていた」


3着 トキアンブレラ 隅田騎手

「先頭を走っていた馬をさばいてこれからという時に大外から次元の違う馬が走ってきた」


4着 タイガカルチャー 横井典騎手

「道中は窮屈な競馬だったけど終いは伸びていた。今日は相手が悪すぎた」


5着 アルマイヤサンズ 石田騎手

「ずっと外目を走らせていたがレース内容は悪くなかった。あんなスピードと瞬発力のある馬は初めて見た」


 みんなそれぞれ自分なりのコメントをしてるが共通してることはギガクロスブレイクがずば抜けて強いということである。しかも今シーズンで主戦の岡路が引退ということで、岡路の跡継ぎは誰になるのかということも競馬サークル内で注目されている。


 こちらは検量室隣のモニタールーム。レース後、各陣営がレースをチェックして反省点などを話していた。岡西もその中にいて、セイテンガルーダの稲田調教師と話をしていた。


「先生、やっぱり格上挑戦は家賃が高くつきましたね。追おうとした時の走りがぎこちなかったですし、まだまだ気性も幼いのでじっくり成長させてから次の条件戦のレースに挑みましょう」

「そうだね、次走は放牧明けの3月頃を予定してるので機会があればよろしく頼むよ」

「はい、わかりました。では僕は次の最終レースがありますので失礼します」

「ああ、ご苦労さん」


岡西は稲田に一礼して次のレースの準備に入った。惨敗した陣営の騎手と調教師の会話はだいたいこのようにサバサバした感じになる。人気馬を着外に沈めたり騎乗ミスが発覚したときは不穏な空気になるのが普通である。岡西の場合、日頃から完璧主義の騎乗を心がけて騎乗ミスもこれといったのがほとんど見当たらないため、少々人気より順位を下げても責める調教師や馬主はいないという。


 その頃、ウイナーズサークルではギガクロスブレイクの口取りが行われた。そこにはたくさんのファンが詰めかけていて、岡路の最後の口取りの写真を記念に残そうとデジカメや携帯の写メールなどで写真を撮る人がごったがいしていた。岡路に「37年間の騎手生活お疲れ様でした」と声をかけるファンもいれば「岡路さん、今までありがとう〜」と声をかける人などたくさんの温かいファンが岡路の引退を惜しんでいた。


 1時間後、最終レースを終わらせた岡西はロッカールームに向かった。中に入ろうとした時、ちょうど岡路と鉢合わせになった。


「あっ、岡路さん。騎手生活ほんとにお疲れ様でした」


岡西は岡路と目が合ったのと同時に声をかけた。


「おお、岡西ではないか」

「岡路さんにはいろんなことを教えてもらいほんとに感謝しています。自分自身まだまだ足りないところだらけでこれからも岡路さんからいろいろとご指導承りたかったんですが、岡路さんが引退してしまうため僕は正直寂しい気持ちです……」


岡西は寂しそうな表情で心境を語った。


「なにを言ってる。これからはお前自身が関東を引っ張っていかないといけないんだぞ。どんな騎手にも引退は必ず来るもの。いつまでも先代に頼ってばかりでなく自分達で道を切り開かないといけない。最近よく言われている『西高東低』をお前が打破してくれることをわたしは信じてる」


岡路は岡西に諭した。その光景はまるで親子のような感じだった。


「はい、少しでも西側に負けないように精進していきます」


岡路のありがたく重みのある言葉は、岡西の表情をを寂しげなものから凛々しいものに変化させた。岡路からの期待が岡西のモチベーションを向上させたからである。


「うむ、その意気だ。これからも頑張るんだぞ」


岡路は穏やかな表情で岡西をねぎらった。その後、しばらく二人は勝負服から普段着に着替えていた。


「そうだ、お前は明日の騎乗は中山と阪神どっちだ?」


岡路は岡西に明日の騎乗会場を聞いてきた。


「僕は明日は有馬記念に騎乗するため中山で乗ります。ここを出たらすぐに中山に向かう予定ですので」

「そうかそうか、ということは明日の昼休みに中山のパドックで行われるわたしの引退セレモニーに参加できるんだな」

「はい、もちろん参加します。僕も騎手の一員としてのスピーチの言葉も考えてますので」

「はっはっは、それは楽しみにしてるぞ」

「すでに引退式の段取りは組まれてるみたいで僕らは順番的にかなり後のほうになると思いますけど」

「うんうん。あっ、それとお前は明日のレースが終わったら何か予定あるのか?」

「予定ですか? 今のところ特にないんですけど……」

「そうか、では明日のレースが終わったらわたしに付き合ってくれ」


岡西は突然の岡路の誘いに驚いていた。岡西は4年ほど前、最終レースで人気薄の馬で岡路の馬を負かした時に、岡路から食事の誘いが来たことがあった。大御所の岡路とのマンツーマンの食事に、当時の岡西はこれまでにないほどの極度の緊張を味わったことがある。その時以来の岡路とのマンツーマンであった。


「あっ、はい。わかりました。交通手段と場所はどちらに?」


岡西は少々戸惑いながら岡路に聞いてみた。


「交通手段はわたしの車だ。場所は明日になってからのお楽しみと言っておこう」

「えっ、場所は秘密ですか?」

「う〜ん、そうだな。お前の騎手生活の歴史を塗り替える出来事の始まりとでも言っておこうか」

「!!!」


岡路に言われた意味深な言葉に岡西は言葉を失った。


「おっと、もうこんな時間だ。ではわたしは先に帰るぞ」


そう言って着替えを済ませた岡路はロッカールームを後にした。


「あっ、お疲れ様でした。また明日」


岡西は丁寧に岡路に一礼した。岡路が帰った後、岡西は残りの着替えをしながら考え事をしていた。さきほどの岡路の意味深な言葉が岡西の頭の中に引っかかっていたからである。


(俺の騎手生活を塗り替える出来事ってなんなんだ? すごく気になる…。あの岡路さんがおかしな冗談を言うような人ではないので多分相当の事だ)




 再び栗東トレセンの押切厩舎に戻るが、押切は和室の休憩室のコタツの中にずっと篭っていた。そして相変わらずの独り言とボヤキの連発だった。


「あ〜、馬房減らされたらどないしよう…。管理馬を馬主さんの意思で転厩させられたらどないしよう…。いい騎手の確保はできへんし勝ち鞍も挙げれへん…。あ〜、アカン! ワシ八方塞がりやわぁ!!!」


押切はすでに極度のノイローゼ状態だった。その時、腹心の小倉橋が押切の元にやってきた。


「先生、先生」

「ん?」


小倉橋の呼びかけに無気力に反応する押切だった。


「馬主の門口さんが来てますよ」

「ば、馬主…。な、なんやて!!!」


押切は馬主が厩舎を訪れたと聞くや否や、人間業とは思えないくらいの猛スピードで身なりを整えて詰め所のほうに向かっていった。そこには白いタキシード姿の『セツイチ』の冠名の競走馬を持つ門口かどぐち節夫せつお氏がいた。この馬主は日米のダービーを両方制覇したことがある強運の持ち主で、セリ市では大金をはたいて高値がつく競走馬を購入する傾向がある。現在、門口は押切厩舎に2頭の競走馬を預けている。


「こ、これは門口さん。いつもお世話になってます。今日はどんなごようでしょうか?」


押切はぎこちない動きで門口を迎えた。


「どうもこんにちわ。突然お邪魔してすいません。実は来年2歳になる牡馬を預託してくれるところを探していまして、わたしの知ってる厩舎はみんな馬房が一杯だということで押切先生のところに来ました。この時期になるとほとんどの新馬は行き先が決まってますけど、押切先生のところは馬房空いてますでしょうか?」

「ええ、今空いていますよ〜。わたしでよければ預かりますよ」


押切は来年の2歳新馬の入厩に疲れが少し取れた。喜びたいのはヤマヤマだが、馬房減らされる危機を門口に悟られないように笑顔でOKした。


「いや〜、助かりました〜。押切先生がだめなら路頭に迷うところでした」


そう言って門口は押切と握手した。


「いえいえ、感謝しないといけないのはわたしのほうですわ〜。ホンマに頑張りますのでよろしゅうお願いしますわ」

「ええ、こちらこそ。ところで押切先生、さっきから思ってたんですけどなにか疲れが溜まってるように見受けられたんですが?」


門口の指摘にギクリとする押切。


「え? そ、そうですか? いや〜、あの。年の瀬が近づいとりますのでいろいろとやる事とか考え事多くて……。まあ毎年のことですから〜。ワハハハハ!」


押切はノイローゼを悟られないように精一杯笑顔を作ってごまかした。


「確かに年末はどこもいろいろと大変ですからねえ。わたしでよければなにかお手伝いしましょうか?」

「いやいやいや、そんな門口さんの手を煩わせるほどのことではありませんのでご心配はいりません」


押切は痩せ我慢しながら必死に取り繕った。


「そうですか、まあ困ったことがあったらいつでもわたしに相談してくださいね。ではわたしはおいとましてますね」

「いや〜、お気遣いありがとうございます。またおこしください」


押切は帰ろうとしていた門口に深々と頭を下げていた。そして門口の姿が見えなくなったのと同時にドっと疲れが出た。


「アカン、ホンマに疲れたわ〜。転厩の話やの〜てよかったわぁ」


押切はよろめきながら再びコタツのある和室に戻った。そしてコタツに入って再び部屋に篭った。今の押切はさきほどの痩せ我慢の影響でノイローゼと疲労がさらに悪化した。


「2歳新馬が入ってくるのはええんやが、馬房が減らされるかどうかがまだわかれへん〜。明日のレース終了後の集計結果で決まるみたいなんやが……。あ〜、アカン〜。今日は眠れへんわ!!!」


押切の嘆きはここからあと丸1日続く。果たして押切厩舎の運命やいかに?

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