牝馬クラシックの登竜門
時は2005年シーズンの12月1週、場所は阪神競馬場。12月に入り寒さも本格的になってきた。この日は阪神ジュべナイルフィリーズという2歳牝馬女王を決めるG1レースが行われる。このレースには仁藤雄一郎厩舎管理の期待の2歳牝馬リディアスルーンが出走する。リディアスルーンはデビュー戦を圧勝してからその後、重賞レースを2つ使ってきたがいずれも危なげない勝ち方をしてきて3連勝で本番に挑む。ここ2戦のレース内容をダイジェストで紹介。
10月3週 デイリー杯2歳S G2 京都 芝1600M 良
【本編の時期】菊花賞(第41~42部参照)の1週前
【戦評】
格上挑戦で挑んだレース。1戦1勝馬だったリディアスルーンは1番人気こそ出走メンバー中実績ナンバーワンの牡馬トマホーク号に譲ったものの、レースに入っていいスタートを決めた後、道中は先頭をキープ。そして直線に入ってから好位置から抜け出してきたトマホーク号を見計らって二の脚を使い、最終的には2着馬に2馬身差をつけて快勝。
11月1週 ファンタジーS G3 京都 芝1400M 良
【本編の時期】JBCスプリント(第44部)の3日前
【戦評】
前走格上挑戦で快勝してきたこともあり、この日は単勝1.3倍の圧倒的人気に支持される。道中は前走同様先頭をキープして直線に入って逃げ切りに入る必勝パターン。短距離適正馬に迫られるも、最終的には2着に1馬身差で勝利したものの上がり3ハロンの順位は3番目。鞍上の岡西もリディアスルーンに1400はちょっと忙しすぎる距離と乗ってて感じたという。
このようにリディアスルーンは『仁藤調教師が手がける最後の名牝』という期待通りにここまで戦績を積んできた。また鞍上の岡西自身も落馬による怪我から復帰後初勝利を挙げれるかどうかも話題の1つになっていた。阪神ジュべナイルフィリーズの枠順は以下の通り。
阪神11R 阪神ジュべナイルフィリーズ G1 阪神 芝1600M 良 15:40~発走
1枠 1番 スミゾメザクラ 牝2 54.0 松山幹 栗・芦口
1枠 2番 ヘイザンプライム 牝2 54.0 福沢 栗・瀬戸内
2枠 3番 ショウエイヒロイン 牝2 54.0 吉井豊 美・古久保洋
2枠 4番 サトミドナウ 牝2 54.0 中田勝 美・藤枝和
3枠 5番 オートミムッシュ 牝2 54.0 武井幸 栗・武井邦
3枠 6番 アルティメット 牝2 54.0 蛇奈 美・国木田
4枠 7番 ガッツキューティ 牝2 54.0 藤井 栗・谷中
4枠 8番 ナイーブショコラ 牝2 54.0 三井 栗・紺野
5枠 9番 セツイチモリガン 牝2 54.0 安城勝 栗・松木国
5枠 10番 ロックブーケ 牝2 54.0 武井匠 栗・石塚
6枠 11番 サイカイマインド 牝2 54.0 前藤 美・五島
6枠 12番 チェリーロザリオ 牝2 54.0 勝田 美・鴻巣
7枠 13番 フジコウビオレッタ 牝2 54.0 池越 栗・池越
7枠 14番 ライネスパシオン 牝2 54.0 中竹 栗・仲村
7枠 15番 チェリーブロッサム 牝2 54.0 柴畑善 美・小柴
8枠 16番 アヴェマリア 牝2 54.0 横井典 美・堀田
8枠 17番 ケイエムトパーズ 牝2 54.0 十和田 栗・石元
8枠 18番 リディアスルーン 牝2 54.0 岡西 栗・仁藤雄
現時点で岡西が乗るリディアスルーンは重賞2連勝を引っさげての2.0倍の1番人気。今まで逃げ戦法だけで勝ち続けてきただけに阪神芝1600Mの大外からのスタートというのが専門家の間でネックとして挙げられていた。逃げ馬にとって不利な大外枠を岡西がどのように乗るかがレース展開のカギとなる。そのあどけない18頭の2歳牝馬達が『ザ・チャンピオン』の入場行進曲をバックに本馬場入場をするところであった。
《実況アナウンサー》
お待たせしました、本日のメインレース阪神ジュベナイルフィリーズ。来シーズンの牝馬クラシック戦線を占う意味での重要な1戦。まだあどけなさの残る2歳牝馬達がたった1つの頂点を目指してしのぎを削ります。
来シーズン調教師転身を表明してる名手に引退前にG1タイトルを! スミゾメザクラと松山幹久!
前走黄菊賞を快勝。王道ローテで恩師に捧げる2歳女王の称号! ヘイザンプライムと3年ぶりの当レース制覇を目指す福沢祐介!
関東のおなじみの師弟タッグが昨年に続き同じ冠名の馬でこのレースの連覇に挑みます! ショウエイヒロインと吉井豊一!
今年クラシック三冠を達成した名トレーナーが送り出す関東の良血2歳馬。母子2代続けてG1ホースになれるか? サトミドナウと中田勝秋!
こちらは父子タッグの一角。ルーキー時代、初重賞制覇をもたらしてくれた父に今度はG1タイトルという名の最高の恩返し! オートミムッシュと武井幸治!
前走ファンタジーSは3着。1ハロンの距離延長のG1舞台で巻き返しを狙う! アルティメットと蛇奈正俊!
13分の2の抽選をくぐりぬけた1戦1勝馬の一角。逃げの一手で波乱を巻き起こすか? ガッツキューティと男・藤井伸也!
2年目の新鋭馬主・深沢オーナーに初のG1タイトルという最高のプレゼントができるか? ナイーブショコラと三井博康!
強運の日米ダービーオーナー・門口氏がおなじみのタッグで2つ目のG1タイトルを狙う! セツイチモリガンと安城勝臣!
1800Mの重賞で2戦2着2回と決め手を欠くも堅実な走り。自慢の末脚で次こそ重賞ウイナーへ! ロックブーケと天才・武井匠!
13分の2の抽選をくぐりぬけてきたもう1頭の幸運馬。母が現役時代に獲れなかったG1タイトルを娘は奪取できるか? サイカイマインドと前藤浩明!
10月デビューで2戦2勝。人気薄ながら着実にオープンクラスに上がってきた実力馬はG1の大舞台でも発揮できるか? チェリーロザリオと2年ぶりのG1勝利を目指す勝田樹!
メンバー随一の巨漢牝馬でトレーナーの父に6年ぶりのG1タイトルを親子鷹で狙う! フジコウビオレッタと同じ勝負服でG1を2勝してる池越謙介!
新潟2歳Sの覇者、故障明け3ヶ月のブランクでも脅威の粘りを見せれるか? ライネスパシオンと11年ぶりのG1タイトルを狙うベテラン・中竹英次!
チェリーの冠名の2頭目。前走好メンバーが揃った京王杯2歳Sで差のない3着を見せた末脚は阪神の舞台でも炸裂するか? チェリーブロッサムと柴畑善明!
母と同じ芦毛の期待馬が牝馬クラシック登竜門の舞台で才能を開花するか? アヴェマリアと横井典保!
世紀末の競馬会を牽引してきた名馬を管理していた調教師、そして乗り手が今度はこの馬でクラシックを狙う! ケイエムトパーズと十和田竜三!
逃げ馬には不利な大外。名伯楽・仁藤調教師最後の希望の星は蒼き彗星の如くターフを駆け抜けるか? 1番人気・リディアスルーンと数週間前の落馬負傷からスピード復帰した岡西摩那舞!
以上の若き18頭の乙女達の本馬場入場でした。解説の井坂さんにお話を伺いますが…
(ったくお前は相変わらずG1レースの本馬場入場にも関わらず優雅にラチ沿いをに歩いてるんだなぁ……)
岡西はリディアスルーンの2歳牝馬らしからぬふてぶてしさには苦笑いをするしかなかった。デビュー戦以来リディアスルーンはレースの時は常にテレビ中継の解説者や返し馬をチェックする馬券師を泣かせる行動しかとらないという。岡西とリディアスルーンがようやく他の馬とゲート前地点で合流したのはレース発走ギリギリ10分前だったという。
──レース1時間前のリディアスルーン陣営、控え室にて──
「仁藤先生、戦法はどのようにしますか? 大外枠を引っ張ってしまったため今までのような競馬はやりにくいかと思いますけど……」
「たぶん内枠寄りの馬が前を争う形になり、ペースはおのずと速くなるはず。スタートは普通に決めてくれればいい。相手がハナ(先頭)を主張してきたら譲っても構わない。来シーズンの戦いのためにもコイツにどれくらいの柔軟性があるかも知っておきたいので。ハイペースになる故、おそらく前の馬達は直線に入って脚が止まる。頃合を見計らって前に進出すれば勝機はみえてくるはず」
「了解です。仁藤先生の最後の夢の序章、そして僕の復帰後の勝利を同時に満たすG1勝ちというドラマチックな展開を決めてきますよ。確信犯の悪賢いルーンなら余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で勝ってくれそうなイメージがありますので」
「ハハハ、そうだな」
数多くの名牝を手がけてきた仁藤と騎乗制限によりリーディング奪取が不可能になってこの1戦の勝利に闘志を燃やす岡西。これ以上ないタッグに敗北の2文字は微塵も感じられなかったという。
発走時間が近づいてきて正面スタンドの観客達が盛り上がり始めた。ちょうどスターターの係員がスタート台に向かっていくシーンが映った瞬間、歓声のヴォルテージがさらに上がった。そして係員が白い旗を振ったのと同時に関西G1ファンファーレが鳴って手拍子の中、出走馬達が次々とゲートに入っていく。
《実況アナ》
お待たせしました。本日のメイン阪神11レース・阪神ジュベナイルフィリーズ・グレードワン、今年も18頭のまだあどけない2歳の乙女達がここ阪神に集結しました。来年の牝馬クラシック戦線を占う上でも落とせない1戦です。奇数番の馬が入りまして偶数番の馬が次々とゲート入り……。おっと、10番のロックブーケが尻っぱねをしてゲート入りを嫌がっています。16番のアヴェマリアもゲート入りを嫌がっていますが、横井騎手になだめられてようやくゲート入り。どうやらロックブーケのほうは目隠しをしてのゲート入りのようです。18番の現在1番人気のリディアスルーンはすでに18番ゲートの前に微動だにせず待っています。10番のロックブーケようやくゲートに入って目隠しが取られました。さあ最後にリディアスルーンがゆったりとゲートに入りまして体制完了……。スタートしました! おっと10番のロックブーケ、ややダッシュがつかないか? リディアスルーンはまずまずのスタート! さあ最初の激しい先行争い、押して押して7番のガッツキューティ、藤井が先手を取りました。並ぶように4番のサトミドナウ、すぐ後ろ内から1番スミゾメザクラ、3番ショウエイヒロイン、6番アルティメットが並ぶように追走。すぐ外に11番サイカイマインドはちょっとかかり気味か? 半馬身ほど離れまして5番オートミムッシュ、半馬身外に8番ナイーブショコラ、すぐ横に9番セツイチモリガン、1馬身後ろ内2番ヘイザンプライム、その外に13番フジコウビオレッタ、間を挟んで12番チェリーロザリオ、1馬身外に18番のリディアスルーン、今日は中段からやや後ろでの位置、鞍上の岡西は虎視眈々とレースを進めている、その内に14番ライネスパシオンと16番アヴェマリアが並んで追走。お終いから3頭目に15番チェリーブロッサム、半馬身後ろにケイエムトパーズ、そして最後方に10番ロックブーケという展開……。
(やはり仁藤先生の言うとおりハイペースになったな。ルーンに戸惑った様子はなく呼吸もバッチリ! そろそろ進出するぞ!)
岡西は手綱を軽くしごいてリディアスルーンにGOサインの合図を送った。それと同時にリディアスルーンは走る速度をじわっと上げて前を走る馬を抜こうとしはじめた。
《実況アナ》
さあ早くも先頭は中間を44秒フラットで通過! これはハイペースだ! 前の馬にはかなり厳しい展開か? 各馬3コーナーを通過、先頭は依然ガッツキューティ、サトミドナウ、ヘイザンプライムも徐々にポジションを押し上げていく。おっとここでリディアスルーン楽な手ごたえでスッとあがって来た。歓声もどよめいている! 各馬4コーナーを通過! 先頭はあっという間にリディアスルーン、リードを1馬身から2馬身と徐々に広げていく! 2番手はヘイザンプライム、後方からロックブーケも迫ってくる! しかし先頭はリディアスルーン! 後続の馬は追いつけない! 完勝でゴールイン! 後方からでも関係ナシ! そして鞍上の岡西騎手は復帰後初勝利! 2着に後方から伸びてきた10番ロックブーケ、3着に内から迫ってきた2番ヘイザンプライム、以下6番アルティメット、4番サトミドナウと入選! 確定までしばらくお待ちください!
(よし! 復帰後の勝利がG1レースになるとは思わなかった。それにしてもコイツはとんでもない奴だ。はじめての後ろからの競馬に戸惑うかと思いきや俺が軽く追い出しのサインを送っただけであのパフォーマンス……。来年の牝馬クラシック戦線は楽しみだな! ルーン、今日はありがとな! 来シーズンもよろしく頼むぜ!)
岡西はリディアスルーンの鬣を撫でながら着順ゲートへ誘導させていた。1着のゲートには赤石・仁藤・真壁が待機していた。
「見事な騎乗だった。コイツはどの位置でも競馬ができることがわかって収穫のあるレースだったな。来年のクラシックが楽しみだ」
「そうですね、僕もコイツにはいつも驚かされてますよ」
仁藤は馬を降りた岡西とガッチリ握手をした。
「岡西君、復帰後の勝利がG1レースやなんてカッコよすぎやでぇ」
「アイタタタ、ちょっと真壁さん痛いですよ……」
岡西は真壁からガッチリとフェイスロックをされて手荒い祝福を受けた。
「岡西騎手、ありがとうございます。まさかわたしの馬で復帰初勝利をしかもG1の舞台で達成するとはお見事です。今日は祝勝会を開催しようと思います」
「ありがとうございます。喜んで参加させてもらいます。では僕は後検量に向かいますのでインタビュー後の表彰式の時に」
最後に岡西は馬主の赤石とガッチリ握手した後、そばにいたバレットの道明にヘルメットとゼッケン、ムチを手渡して後検量へと向かって行った。そして無事にレースは確定してヒーローインタビューへと入った。
『放送席、ヒーローインタビューです。見事リディアスルーン号で阪神ジュベナイルフィリーズを勝ちました岡西摩那舞騎手にお越しくださいました。おめでとうございます』
「ありがとうござます」
『落馬による怪我からの復帰後の勝利がなんとG1レースということについて今はどんなお気持ちですか?』
「そうですね、久しぶりに勝ててホっとしてます」
『ふたをあけてみれば3馬身差の快勝。これについてはどう思いますか?』
「そうですね、パドックの時から周りを気にせず常に落ち着いてまし道中もキチンと折り合ってましたからいい勝ち方ができたものかと思います」
『今日の勝利により来年の牝馬クラシック戦線が相当楽しみになってきたのではないでしょうか?』
「そうですね、僕自身牝馬限定のG1を勝ったのは今日がはじめてでしたし、来シーズンのクラシックが待ち遠しくなりました」
『なるほど、では最後にファンの皆様に一言お願いします』
「えっと、落馬して戦線離脱してしまった時はファンの皆様に大変ご心配をおかけしました。これからも応援をよろしくお願いします」
『ありがとうございました。インタビューの談話は以上です。本日はほんとにおめでとうございます』
「ありがとうございます」
インタビュー中にいつもの通り岡西に関するテロップが流れたがその内容は以下の通り。
《岡西摩那舞騎手。騎手9年目26歳美浦フリー。今シーズンの重賞制覇は17勝目。阪神JFは初制覇。今シーズンのG1はギガクロスブレイクの菊花賞以来5勝目。リディアスルーンとはコンビ4戦目で初のG1タイトル》
インタビュー席を後にして表彰式の準備に取り掛かろうとした時、菊花賞に続いてまたもや見覚えのある男が満面の笑みで岡西の前に現れた。もちろん押切である。
「いや~、やっぱスケールが違うなぁ。おめでとさん! さすが岡西君やわぁ。復帰勝利がG1レースやさかい」
「あっ、ありがとうございます。あれ? 押切先生。今日管理馬でレースありましたっけ?」
「いやいや、あれへんのやけどこういうG1レースは必ず観ておかなアカンからこうやって自分の管理馬がレースにいなくても競馬場に足を運ぶ癖を日頃つけとるんや」
「な、なるほど……。すいませんけど今から表彰式に向かわないといけませんのでまた後日お話しましょう」
「おうよ! 忙しいときに呼び止めしてもーてスマンなぁ。ほな、また後でなぁ」
岡西は押切との会話を切り上げて表彰式の準備に取り掛かった。その3時間後、大阪府内某所で赤石主催の祝勝会が行われたが、ギガクロスブレイクの祝勝会の時同様狙い済ましたかのように押切が恩樽を持って突如押しかけてきたという。三度続いた押切の押しかけに岡西は明日神社にお払いか厄除けにでも行こうかなと本気で考えたという。また押切はここでも関係者の子供達の人気者になったという。