熱闘!夏競馬in2005(第3週)
主な騎手の騎乗予定
土曜 日曜
岡西 札幌 札幌
鈴木中 札幌 札幌
時は2005年シーズンの8月3週、夏競馬も中盤に差し掛かりサマージョッキーシリーズ・サマー2000シリーズ・サマースプリントシリーズそれぞれの部門での熾烈なトップ争いもピークを迎えていた。現時点で2000とスプリントについてはそれぞれの重賞で違う馬が勝ち鞍を挙げてるためポイントは同数で並んでいるが、ジョッキーシリーズのほうは2000Mの重賞を2つ勝ってる岡西が23ポイントでトップ、2位以下はそれぞれ重賞勝ち鞍を1つずつ持ってる騎手が並んでいるという状態。ちなみに武井匠騎手は現時点でまだ該当重賞の勝ち鞍はないものの、函館記念で3着・小倉記念で2着という成績を残していて、ここで該当重賞を1つ勝つとトップを走る岡西を十分に脅かせる位置にいる。岡西にとってサマージョッキーシリーズのタイトル獲得のためにはまだまだ油断ができない状態が最終重賞のセントウルSが終わるまで続く。
──追い切り日の栗東トレセン押切厩舎内にて──
「う~わ、ホンマにごっつ暑いわぁ……」
押切は休憩所内で扇風機の風に当たりながらソファーで寝そべっていた。栗東トレセン内の気温はまだ午前中にも関わらず30度近くを差していた。押切はかなりの夏バテ状態であった。
「ふう、乗り込み終了」
そう言って休憩所内にタオルで顔の汗を拭きながら岡西が入ってきた。岡西は2週間前に放牧から帰厩してきたユーロステイテッドの中間追い切りに来ていた。
「あぁ~、岡西君ご苦労さん……。ホンマ暑いわぁ」
押切は寝そべったままの気抜け状態で岡西を労った。
「あらら、押切先生ずいぶん夏バテがひどいみたいで……」
「あ~、はよ北海道に移動せなアカンのやが体が言うこときかへんのやぁ」
「なにか冷たい飲み物でも飲んで頭をスッキリさせてはいかがでしょうか?」
「あ~、せやなぁ~。確か冷蔵庫に麦茶あったはずやわぁ~。岡西君も飲むかいな?」
「あっ、ありがとうございます。いただきます」
岡西は押切が注いでくれたコップ一杯の麦茶を受け取り、ソファーに座って麦茶をゆっくり飲み始めた。一方の押切は座ったのと同時に一気に麦茶を飲み干した。
「かぁ、少しは生き返ったわぁ。せや、岡西君。今週はどこで乗るん?」
「今週は土日ともに札幌です」
「おお、ホンマかいな! そらちょうどよかったわぁ。実は1つ騎乗依頼したいのがあるんやが」
「どのレースでしょうか?」
「日曜のメインのクイーンSにメビウスという馬を出走させよう思ってるんや。先月の七夕賞の時に世話になった岡西君にぜひとも乗ってもらえれば思ってるんやがどないやろか?」
「あ~、申し訳ありません。クイーンSは乗り鞍決まってまして……。残念ながら今週のメインは敵同士になってしまいます」
「う~わ、ホンマかいなぁ。やっぱエエ騎手は先約早いわぁ。絶好調の岡西君を背に夏競馬の重賞2勝目狙ってたんやけどなぁ」
押切は両手を頭に抱えて嘆きながらソファーに寝そべった。
「スイマセン、ちなみに僕が乗る馬は松木国明先生のところのセツイチフローラって馬です。オーナーの門口さんの強い要望で先週僕に依頼が来まして」
「かぁ、原因はあのいかがわしい白タキシードの爺さんかいなぁ。いちおうワシはあの爺さんからも競走馬預からせてもらってるんやが、岡西君持っていかれるとやっぱヘコむわぁ」
「ハハハ、僕のことを高く評価してもらえるのは嬉しいですけどもう1人身近なところで最近乗れてる騎手がいることを忘れてはいけませんよ」
「ん? そんなんおったっけ? ワシの目から見て頼りになる騎手は岡西君しか思いつかへんのやが……」
「ちゅん君ですよ。彼は夏競馬入ってから予想以上に勝ち鞍を挙げてますし。そろそろ重賞レースでの経験を積ませないといけません」
「あのアホタレに重賞レースかいなぁ。ヘタレ起こすことしか想像つかへんわ……。でもまあ岡西君が他の乗り鞍がある以上アイツに依頼せなアカンからなぁ。他に思い当たる騎手おれへんし……」
押切は重苦しい気持ちで誰かにしぶしぶ電話をかけ始めた。「おー、休憩所来い……」と言って電話を切った。おなじみ通話時間2秒の電話である。数分後、ちゅんが休憩所に入ってきた。
「あ、あの~、なにかお呼びでしょうか?」
「お~、オマエ今週のクイーンSでメビウスに乗れや」
「ぼ、僕がですか? は、はい……頑張ります……」
ちゅんははじめての重賞での騎乗依頼に最初は半信半疑の状態だった。
「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔しとんのや、岡西君が別の厩舎の馬で出走するさかいしゃーないからオマエに頼むしかあれへんのや~。アホな騎乗したらホンマにシバくでぇ!」
「は、はい……。が、頑張ります……」
「ちゅん君、よろしくね。今週のメインは俺と勝負だよ」
「は、はい……。お手柔らかにお願いします……」
こうしてちゅんの初重賞出走が実現して数日後のレースに挑むことになる。
──夕刻、金曜日の週末にて──
ここは千葉県木更津市内の某所。いつも通り仕事を終えたトメさんが帰りがけに購入した競馬新聞を持って帰宅した。そしていつも通りちゅんが乗るレースを調べていた。
「さて、まずはメインレースのトップから……。ん? こ、これは!」
トメさんはクイーンSの馬柱表を見て真っ先に飛び込んだ名前に自分の目を疑った。3枠3番の馬の騎手の名前に『鈴木中』と書かれていたからである。
「おおお、ちゅん君が重賞レースに出てくる。これは絵師の知人に頼んで完成させた最新の応援幕をぜひとも持っていかないと!」
そう言ってトメさんは先週持って行ったボロ切れの応援幕とは違うものを押入れから取り出した。その後、トメさんは土日共にちゅんが札幌で騎乗することを確認して旅支度を始めた。なお、クイーンSの出馬表は以下の通り。
札幌9R クイーンS G3 芝1800M 良 発走 15:25
1枠 1番 タニーネイル 牝6 55 蛇奈 美・阿仁原
2枠 2番 ライネエルドラド 牝3 53 増岡 美・稲田
3枠 3番 メビウス 牝4 55 鈴木中 栗・押切
3枠 4番 アドニスヒスイ 牝5 55 三井 栗・森田
4枠 5番 タイガヘリオン 牝5 55 藤井 美・土谷
4枠 6番 マジックレジスト 牝5 57 池越 栗・麻美
5枠 7番 ニッシーセラフィム 牝4 55 武井幸 栗・田之上
5枠 8番 タケサンハーモニー 牝6 55 横井典 美・栗石
6枠 9番 セツイチフローラ 牝4 55 岡西 栗・松木国
6枠 10番 アシガラシンガー 牝6 55 新川 栗・藤枝則
7枠 11番 エアロニース 牝5 55 前藤 美・仁藤正
7枠 12番 トーレスライラック 牝5 55 柴畑善 美・江本
8枠 13番 コスモスティンクル 牝4 55 木場田 美・松川
8枠 14番 ヘイザンブロッサム 牝6 56 吉井豊 美・古久保洋
出走馬14頭にG1馬がいなくて、なおかつ専門家の印はかなりバラバラの傾向であった。予想屋達の頭を悩ませてるのはレース展開がわかりにくく、出走馬の中でハナ(先頭)を主張してくる馬が不在だということである。ちなみに岡西の馬は3~5番手くらいの評価でちゅんの馬はほとんど無印だった。トメさんはいつも通りちゅんが乗る馬を3連単1着固定して他の13頭を流すというプランはすでに決まっていた。
──レース当日──
ここは札幌市内にある札幌競馬場。猛暑の中、夏休みということもあってたくさんの客が来ていた。家族連れでやってくる人もいれば、競馬場デートの名目でやってくるカップルなど目的は人それぞれであった。そんな中、パドック内では1つの応援幕が競馬関係者やパドックに来ている客の間で話題になっていた。
「おい、あの電光掲示板の反対側にある幕すげーなぁ」
「誰の応援だろ? ぶっ、またアイツかよ。勘弁してくれよ全く!」
「めっちゃヴァージョンアップしてるやんか。あれ秋葉原で走ってる痛車のボディよりタチ悪すぎだろ……」
「うわぁ、俺土日共にアイツと同じ競馬場だ……。今週は厄日だ……」
その応援幕はもちろんトメさんが持ってきたものである。どのような応援幕かというと新品の白い縦横50センチほどの正方形状の布にちゅんの満面の笑みのドアップの顔が描かれていて、なおかつ色使いや絵のタッチが精巧に描かれている。とどめに顔写真の右部分のスペースにトメさん直筆の達筆な文字で『疾風伝説』、そして左部分に『鈴木中』と縦文字で書かれていた。もはやここまでくると応援幕というよりは芸術作品である。せっかくちゅんの熱愛の話題が下火になって落ち着くかと思った矢先、またもやちゅんの別の話題の襲来によりちゅんと騎乗が同じになった競馬関係者達は次第に混乱のドツボに陥っていった。しかし、レースのことしか頭にない岡西だけは周りがどんなに混乱に陥っても応援幕には一切目もくれず、ひたすら冷静に自分が騎乗依頼を受けたレース勝つためのプランだけを考えていた。なお、日曜メインの9RクイーンSの前までの岡西とちゅんの対戦成績は以下の通り。
土曜版 札幌レース 岡西&ちゅんの対戦結果
岡西 鈴木中
1R 1着 なし
2R なし 1着
3R 1着 2着
4R なし 1着
5R なし なし
6R 1着 2着
7R 2着 1着
8R 1着 なし
9R なし なし
10R 1着 2着
11R 1着 なし
12R なし 1着
日曜版 札幌レース(1~8R) 岡西&ちゅんの対戦結果
岡西 鈴木中
1R なし なし
2R なし 1着
3R 1着 なし
4R なし 1着
5R 1着 なし
6R なし なし
7R 1着 2着
8R 1着 なし
対戦表を見てわかる通り両者が共に出ていないレース以外はすべて岡西かちゅんのいずれかが勝ち鞍を挙げるという。競馬ファンの目からみて岡西が破竹の勢いで勝ち鞍を挙げ続けることに関しては『上半期のG1で4勝していよいよ本格化か?』というごく一般的な評価をする。それに対してちゅんが勝ち鞍を挙げ続けることに関しては『恋愛による突然変異の覚醒』というネタ要素だけで評価して、競馬に関する技術のことは一切盛り込まれていないという。そんな対照的な2人がいよいよ重賞で激突する。
──クイーンS発走1時間前──
時刻は14:30分頃、札幌競馬場のパドックには14頭の出走馬がそれぞれの担当する厩務員に引かれて周回していた。どの馬も猛暑の中でのレースのため発汗が目立っていた。岡西はいつも通り待機所でライバル馬をチェックしていた。
(現在俺の馬は3番人気かぁ。うーん、上位人気の謙の馬と豊一さんの馬はデキ自体は俺の馬と大して変わらんなぁ。かといって飛びぬけてデキのいい仕上がりの馬が他にいるわけでもないし……。わからんのがどの馬がハナを切るかだな。どの馬も差し追い込み馬だから。まあ俺の目から見て思い当たる節は1つだけあるけどね……)
そう思って岡西はちゅんの姿をチラリと確認した。ちゅんはソワソワ落ち着のない状態で騎乗指示がかかるのを待っていた。
(ん? ちゅん君はずいぶん緊張してるみたいだな。まあはじめての重賞だから無理もないけど、かといって沈んでもらっても困るんだよね。人気も後ろから2番目だからそこまで気負う必要もないのに……)
「とま~~~~~れ~~~~~!」
いつもの通り騎乗指示がかかる。そして各騎手は一礼した後に小走りでそろぞれの乗り馬に騎乗する。ちゅんはぎこちなくもどうにかメビウスのところまで行って大林厩務員に支えられて乗ろうとしたが、鐙を足にかけて乗ろうとした時、極度の緊張のため滑らせてしまいそのまま地面にドサっと尻餅をついた。その瞬間パドックがドッとわいてしまった。
「おいおい、ウケ狙わなくてもいいって! お前はおるだけでネタになるんやから!」
「これ以上競馬関係者を笑い死にさせる気か~?」
「そんなやってたらお前の大好きな彼女に絶交されるぞ~!」
ちゅんは顔を真っ赤にして慌ててメビウスに乗りこんだ。ちゅんの珍プレーと下火になったはずの話題を客に再び蒸し返されたため、他の騎手は笑いのドツボにハマりはじめた。ただし岡西だけは知らん顔してセツイチフローラが本馬場に入るのをじっくりと待っていた。
こちらは札幌競馬場の競馬関係者のみが入れる最上階の場所。押切は双眼鏡でメビウス号の返し馬の様子を見ていた。ちょうど3番目に自分が管理するメビウスがターフに入って駆け抜けようとした時、ちゅんは危うく落馬しそうになって慌てて手綱をとってどうにか放馬は免れたが、他の騎手に比べてなにかぎこちない乗り方だった。
(あのアホタレなにしとんのやぁ、パドックだけでなく本馬場でも恥晒す気かいなぁ。鞍上が岡西君やったら安心してみれるんやが、ちゅんやと不安か絶望しか思いつかへんわぁ……)
押切は頭を抱えながら戦況を見つめるしかなかった。
場所は変わってこちらは正面スタンドのスタート地点前。14頭の出走馬が輪乗りをしてスタートを待っていた。ちゅんは相変わらず緊張した面持ちで落ち着きのないそぶりだった。その様子を見かねた岡西はさりげなくちゅんに話しかけた。
「ちゅん君、大丈夫かい? ずいぶんガチガチみたいだけど……」
「は、はい……。な、なんとか……」
「G1の舞台はもっとすごいよ。地方の重賞くらいでビビってはダメだよ……」
「そ、そ、そんなこと言われましても……か、体が言うこと効かなくて……」
「じゃあこうしよう。このレースで君が俺に先着したら好きなスイーツなんでもおごってやるよ」
「ホ、ホントですか! ぼ、僕、頑張ります!」
さっきまでガチガチだったちゅんはスイーツの一言で一瞬にして緊張が解けて勝つためのモチベーションを一気に上昇させた。その時、ちょうど札幌&函館で使用されるファンファーレが鳴った。そして各馬は係員に次々と誘導されていく。
《実況アナ》
お待たせしました、本日のメイン札幌第9競走クイーンSグレードスリー芝1800メートル良馬場のコンディション。今年は14頭立てで行われます。ゲート入りは順調、あとは14番のヘイザンブロッサムが入りまして体勢完了……。スタートしました!好スタートを決めたのは3番のメビウス、9番のセツイチフローラもいいスタート、まずは最初の先行争い、3番のメビウスがハナを切りました。すぐ外後ろにセツイチフローラがぴったりとつける形で各馬1コーナーから2コーナー向こう正面に入っていきます。まず先手を取ったのは3番メビウス、すぐ後ろには9番セツイチフローラ、この2頭がレースを引っ張る形、3馬身から4馬身ほど後ろに1番タニーネイル、4番アドニスヒスイ、5番タイガヘリオンが並んで追走、その後ろに7番ニッシーセラフィム、半馬身後ろに10番アシガラシンガー、その外にヘイザンブロッサム、1馬身ほど後ろ内から2番ライネエルドラド、1番人気6番マジックレジストはここにいました、その半馬身後ろ外に8番タケサンハーモニー、お終いから3番目に11番エアロニース、最後方に2頭12番トーレスライラックと13番コスモスティンクルというやや縦長の展開……。
「あのアホタレなんで逃げなんか打つんやぁ。面子からして逃げ馬おれへんのはわかっとったんやが、メビウスは脚をためてなんぼの差し馬やでぇ。だが、岡西君がすぐ横についてるのもなんか引っかかるわぁ……」
押切は関係者席で双眼鏡を使ってメビウスのレースを見守っていた。
(岡西さんが僕の横についてる。いつもだったら僕は大逃げばかりしてたけど岡西さんがこの位置にいるということはペースはたぶんこれで合ってるんだな……。よし、直線に入ったらスパートかけてふりきるぞ! そして僕が前から気になっていた有名パティシエの最高級新作スイーツをおごってもらうんだ!)
(さあ、ちゅん君。どうするかな?)
スイーツの賞品がかかってやる気満々のちゅんと冷静沈着にちゅんの動きを観察する岡西。先頭を走ってる2人の馬は3コーナーから4コーナーの位置にいた。そして2人同時に追い出しにかかって最後の直線へと入っていく。3番手以降の馬も徐々に差をつめて迫ってくる。
(よし! いまだ!)
(ここかな……)
残り400のところでちゅんは岡西が動くと判断してメビウスにムチを一発打ってスパートをかけた。岡西はスパートと見せかけてわざとムチを空振りした。追い比べでは当然のことながらスパートをかけたメビウスがセツイチフローラをじわじわと引き離しにかかる。
(よし! このまま勝てる! スイーツはもらった!)
ちゅんが乗るメビウスは残り200メートルのところに差し掛かった。その時メビウスはソラ見を始めて脚色が鈍くなった。
(ああ! こんな時に……。頼む、まっすぐ走って!)
ちゅんは慌てて立て直そうとするがなかなかメビウスの首は右を向いたまま。
(ちゅん君、敗れたり!)
岡西はちゅんの動きを狙いすましたかのごとく、絶妙のタイミングでほんとのスパートを仕掛けてセツイチフローラの追い出しにかかった。
《実況アナ》
各馬4コーナーを回って最後の直線、先頭はメビウス! リードは1馬身! 2番手セツイチフローラ! 後ろからタニーネイル、ヘイザンブロッサム、マジックレジストも迫ってきた! 残り200を切った! セツイチフローラ迫ってきた! メビウス! セツイチフローラ! メビウス! セツイチフローラ差し切ったゴールイン! わずかに外9番セツイチフローラが粘るメビウスを差し切りました! 岡西騎手、今日は5戦5勝の負けなし。3着に1番のタニーネイル、4着に14番ヘイザンブロッサム、1番人気マジックレジストはどうにか5着入線、確定までしばらくお待ちください……。
「あああ、スイーツが……。スイーツが……」
「ちゅん君、残念だったね。でも重賞初出走で連対できれば上出来だよ。展開が向いてたというのもあったけど。リベンジはいつでも受けて立つよ。まあ、これからも頑張って」
「は、はい……」
今のちゅんは岡西に重賞で負けたことよりスイーツがお預けになったことのショックのほうが大きくしょんぼりしていた。
「あぁ、ちゅん君が負けてしまった……。あとちょっとだったのに……」
同時刻、ちゅんを1着固定していたトメさんはあとちょっとのところで馬券を取り逃してしまい別の場所でガックリと肩を落としていた。それでもトメさんはちゅんが勝ったレースはすべて馬券取ってるため収支はプラスである。
──検量室前ゲートにて──
レースを終えた馬の各陣営が自分の管理する馬が戻ってくるのをそれぞれの着順のゲートで待っていた。押切は2着のゲートに腕を組んで腑に落ちない表情でちゅんを待ってきた。押切のそばには担当厩務員の大林がいた。一方、1着のゲートには松木国明調教師と馬主の門口が待っていた。松木は冷静沈着な表情だったが門口は自分の所有する馬が重賞勝ちを決めたため満面の笑みだった。先にちゅんが乗るメビウスがゲートに戻ってきた。
「オマエは相手より自分が乗る馬の癖を理解してへんでどないするんやぁ。最後の最後でヘタレかましやがって……」
「ス、スイマセン……」
押切の説教がはじまろうとしたが、以前のような怒り一辺倒の雰囲気ではなかった。重賞勝ち鞍を挙げた相手が岡西だったのと、元々不安のあったちゅんが予想外の2着に健闘したことが含まれていたからである。
「いや~、押切先生すいませんねぇ。大変恐縮です」
その時、隣にいた門口が話しかけてきた。
「あ~、門口さん。おめでとうございますわぁ」
「いやいや、どうもどうも。ちゅん君、惜しかったね。最近彼女ができて張り切っていたみたいだけど、でも残念ながら重賞勝ちは譲れないよ。まあこれからも彼女のために頑張ってね、ガハハハハ!」
「は、はぁ……」
門口は嬉しそうに労いの言葉をメビウス陣営にかけてニコニコと表彰台があるウイナーズサークルのほうに向かって行った。そして観客に向かって投げキッスをするなどして喜びを爆発させていた。
「チッ、あの爺さん相変わらずやな~」
押切は呆れるように門口の脳天気ぶりを静観していた。またちゅんはこの日以来重賞勝ちにこだわりを持つようになりさらなる飛躍、そして岡西に少しでも追いつきたいという意志が高まったという。
日曜版 札幌レース(9~12R) 岡西&ちゅんの対戦結果
岡西 鈴木中
9R 1着 2着
10R 2着 1着
11R 1着 なし
12R なし なし