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ちゅんの秘密(結果&展開編)

 時は2005年シーズンの7月4週の水曜の追切日の早朝。押切厩舎もいつもと変わらない朝を迎えていた。しかし押切だけは1人雰囲気が他のスタッフと違っていて、昨日撮影した写真の束を1枚1枚確認していた。ちゅんが来るのを不敵な笑みで待っていた。昨日は朝から晩まで活動していたにも関わらず押切は元気ピンピンだった。他のスタッフは押切のあまりの不気味さに誰も近づいてこない。無愛想な通常と違うことがかえって他のスタッフに恐怖心を抱かせていたからである。朝のミーティングを終わらせた後、押切が動いた…。


「ちゅ~~ん君~~~」

「え? は、はい……。な、なんでしょうか?」


いつもの威圧的な呼びかけとは違う押切の雰囲気に戸惑うちゅん。


「オマエ~、昨日の休みはなにしとったん?」

「き、昨日ですか? え、え~と、家にいました……」

「ほぉ~、家におったんか~」

「は、はい……」


押切はちゅんのバレバレの嘘に不敵な笑みを浮かべながら内ポケットから1枚の写真を取り出した。


「ひょっとしてオマエが家で一緒に過ごしてたのはこの子か?」

「え、えぇ~~~!」


押切は計算したかのごとくちゅんの前に1枚の写真を出した。それは最初に栗東若駒寮で撮影したちゅんと彼女の2ショットの写真。ちゅんの焦りの色は一気に濃くなってくる。


「この子誰やねん? けっこうかわいい顔してるやんけ~。あぁ?」

「え、え~っと、そ、それは……。ご、ごめんなさい! 僕、嘘ついてました! ほんとは車でドライブ行ってました!」


彼女の写真を見せられてパニックに陥ったちゅんは思わずほんとのことを言ってしまって墓穴を掘る展開に持ち込まれる。


「ほ~、ドライブかぁ~。そらさぞオモロかったろうなぁ。140キロも高速で飛ばすくらいやからなぁ」


押切は次に名神高速道路を走行中のちゅんの車と、140キロを表示している岡西のバイクのスピードメーターの写真を出した。


「アワワワワ、な、なんで知ってるんですか?」

「ワシはオマエのことはなんでもお見通しやぁ!」

「お、お願いします……。け、警察に言わないでください……」

「まあまあまあ、これはええんやぁ。ワシも飛ばし屋やから気持ちはわかるでぇ。んでこんなごっつ速いスピードでどこに行ったん?」

「え、え~っと、いろんなところにいきました……」

「ほ~、いろんなところかぁ。例えばこれか?」


そう言って押切が出してきたのは吹田SAの食堂でちゅんが彼女の前でスイーツをほおばってる数枚の写真。今まで押切に出された写真を他のスタッフも揃ってニヤニヤしながら鑑賞していた。ちゅんは次第に追い詰められていく。


「いたるところでグルメ三昧。そらオモロかったろうなぁ」


押切は立て続けに神戸市内でのちゅんの一連の行動が写ってる写真を次々と公開し始めた。


「あ、あの……。僕、汗取り行ってきます……」


ちゅんはその場から逃げるため慌ててサウナに駆け込もうとしたが押切にガッチリ捕まってしまった。


「まあまあまあまあ、逃げんでもエエって。これはエエんやこれは。今は夏真っ盛りやからオマエの体重かて増えにくいと思うさかい。そんでもって最後はこれか?」


押切は最後のトドメの写真としてちゅんと彼女が手を繋いでラブホテルに入っていくシーンが出た。その瞬間ちゅんの顔は噴火した火山のマグマのように真っ赤になってしまった。


「うわ~、ごめんなさい! 勘弁してください! 実は彼女とは先輩が主催してくれた合コンで知り合って最近付き合いはじめたばっかりなんですよ! 隠してるつもりはなかったんですけど、落ち着いたら報告しようと思ってました! 別れろなんて言わないでください! お願いします! 本業も今まで以上に頑張ろうと思いますので!」


ちゅんは人生でも1.2を争う恥辱をみんなの前で晒されてしまって必死に土下座して押切に嘆願し始めた。今の自分のステータスからみて異性との交際は拒否されると思っていたからである。


「ワシが別れさせようとする極悪人に見えるか? 本業ではオマエをどやしてばっかやけど、ワシはその中で交際禁止なんて1回も言った覚えないで~」

「た、確かに……」

「しかしよ~、勝負弱いオマエもや~ることはやるもんやな~!」


押切の最後の一言の瞬間周りにいたスタッフは腹を抱えて笑い始めた。おそらく押切厩舎開業以来はじめての大爆笑であった。その大爆笑は1時間ほど続いて、周辺の厩舎も前代未聞の異常事態に唖然とするだけだった。


 一方こちらは本岡厩舎の詰め所。オンリーゴールド戦線離脱以降は細々と各馬のローテーションに合わせて地道に活動していた。複勝率の高さは相変わらずだが稼ぎ頭がいないのが難点。現時点で鍵を握るのが障害馬のユーロギャラクシーであった。ちゅんに乗り替わって初戦こそ落馬競走中止だったが、それ以降は未勝利戦、OPクラスと連勝して次走は8月4週の新潟ジャンプS(G3)に出走予定となっている。本岡厩舎のスタッフ達はミーティングを終わらせて追い切りなどの活動をしようとした時、真向かいの押切厩舎の大爆笑の嵐に巻き込まれた。


「な、なんだ? 押切先生のところずいぶん賑やかみたいだけど……」


本岡は今までにない押切厩舎の雰囲気に驚いていた。


「えらい楽しそうですな~。なんかオモロいことあったんでっしゃろか? 最近押切先生やたら景気いいみたいですし。岡西君の力ってごっついですなぁ。悪いイメージしかなかった厩舎をあそこまで一変させるくらいですから」


好奇心旺盛な西岡は押切厩舎の大爆笑の理由が気になってしかたなかった。


「ふん、どうせアイツらのことだから朝飯の時に笑い茸でも食べて頭おかしくなったんだろ……。怒鳴り声の時も困るが、これはこれでハタ迷惑だな……。西岡、気になるなら見に行ってこいよ」


西岡とは正反対で大西は相変わらずの冷めた態度。


「ほな、ちょうどわての担当馬出払ってますのでちょっと様子見にいってきますわ~」


西岡はダッシュで押切厩舎内へと入っていった。


──約20分後──


「ウヒャヒャヒャ、こらアカンわぁ! ワハハハハハ! ちゅん君が~! ちゅん君がやることやって……大人の階段のぼって……。ア~ハハハハハハ! アカンわぁ、まともに話できへん~! あのちゅん君が…ちゅん君がぁ。ウヒャヒャヒャ!」


笑い転げて帰ってきた西岡は腹筋崩壊状態でまともに会話できない状態。他のスタッフは西岡の変わりっぷりにただ呆然とするしかなかった。西岡はトイレに向かっていったが、ちゅんの顔が要所要所でチラつくたびに笑いが止まらなくなりいたる場所で体をぶつける始末。


「まったくアイツに頼むとロクなことがない……。わたしが行ってくる……」


西岡の様子を見かねた大西は1人押切厩舎へと向かって行った。大西は本岡厩舎を出て、ちょうど押切厩舎の入口のところで小倉橋と凹んでるちゅんの2人と鉢合わせになった。


「あっ、小倉橋さん。ウチの西岡がそちらに行って笑い転げて帰ってきたんですけどなんかあったんですか?」

「あっ、大西さんおはようございます。実はちゅん君がですね……」


大西は小倉橋からさきほどの一連の事情の要所要所を聞き出した。


「なるほど、ハハハハ。君も彼女ができたんだからこれからもしっかりと頑張らないといけないね。彼女に見切りをつけられないように。まあ節度のある交際を……」

(ここで笑ってはちゅん君を傷つけてしまう……)

「お、大西さんまで~」


大西は表向きは苦笑いの表情だったがほんとは西岡みたいに大笑いをしたかった。しかし、ここで大爆笑すると今後のユーロギャラクシーの騎乗に影響する可能性があるため必死で我慢していたという。大西のアドバイスにちゅんは顔を真っ赤にしてなきそうになったという。



《20分前の押切厩舎詰め所にて》



 詰め所内はいまだに爆笑の渦。ほとんどのスタッフが腹を抱えてまともに仕事ができない様子だった。西岡は笑い転げているスタッフをうまくかわしながら押切を探していた。そして休憩所のところで押切を見つけた。


「押切先生、なんかごっつ笑い声が聞こえてきたんですけどなんかあったんですか? スタッフみんな笑い転げてるんですけど?」

「おお~、西岡さんかいな~。ちょうどええところに来てくれたわ~。この写真みて~な~」


満面の笑みで押切は西岡に写真を渡した。


「ん? この女の子誰でっか? ちゅん君と一緒に写ってるのは?」

「ワハハハハ、もちろんあのアホタレのコレやコ~レ!」


そう言って押切は右手の小指を上に向けてジェスチャーをした。


「マ、マジっすか? けっこうカワイイ顔してるんちゃいます? あのちゅん君に彼女いたなんて……。いや~、わて驚きですわ~」

「せやろ~? だがこれだけではあれへんで~。まだまだいろいろあるさかい」


押切は最後のとどめの写真以外のシーンが写った写真の束を渡した。


「どれどれ、う~わ! けっこうありますな~。でも思ったんですけどカメラ目線の写真が1枚もあれへんのはなんででっしゃろ?」

「西岡さんイタいところ突きますな~。これらは秘密ルートで入手したさかい。そんでもって最後はこれなんや~」


そして最後にあのラブホテルに入っていくシーンの写真を西岡に渡した。


「うひゃ~、こらすごいですなぁ! あのちゅん君がこんなに積極的やなんて~!」

「せやろ~? これにはワシもビビったで~」

「この写真どこで入手したんでっか?」

「う~ん、申し訳あれへんのやがそれだけはちょっと教えられへんのや~」

「え~、そんなぁ~。教えてくださいな~」

「いやいや、いくらワシと西岡さんの深~い仲とはいえこれだけはアカンのや~。他の願いやったらなんぼでも叶えてやるさかいこれだけは堪忍やわ~」


入手ルートを知りたがる西岡に頑なに教えない押切。押切はどんな状況に置かれても岡西との約束を決して忘れない。ここで秘密をバラすと岡西との信頼関係が完全崩壊するからである。ちなみに押切は西岡を説得するのに20分ほどかかったという……。



──新幹線車内にて──


 ちゅんの熱愛発覚でやたら盛り上がってる栗東トレセンから場所は変わってこちらは東海道新幹線『ひかり号』のグリーン指定席がある車内。その客の中に京都を出て東京に向かってる岡西の姿があった。昨日、押切に朝から晩まで付き合わされた影響もあって、ほとんど廃人状態で座席でぐったりしていた。岡西は眠りに就こうにも車内で寝るのが苦手なためなかなか寝つけられないでいた。京都-東京間は約2時間40分かかるが、間が悪いことに50分おきに誰かからのメールが来て携帯のバイブ音でさらに仮眠が取れないという不憫さ。もちろんこの時の岡西にメールチェックをする気力は微塵もなかった。岡西が東京駅に着くまで3人からメールが来たが、内訳は来た順番に小橋・西岡・ちゅんであった。それぞれのメールの内容と着信時間は以下の通り。なお岡西が乗った新幹線は6:41京都発9:40東京着である。


7:21 小橋 哲也


《本文》

 おはよう。今日はすごいおもしろいことがあったんだ。あのちゅん君に彼女がいたんだぜwミーティング後はみんな大爆笑だったよw摩那舞にもあの写真みてもらいたかったよ。ウチの先生が極秘ルートで入手した写真みたいなんだけどこれがよく撮れてるんだよねぇ。いや~、ちゅん君やってくれるよw


8:05 西岡さん


《本文》

 おはようさん! ようやくわての笑いもおさまってやっとメール打てるようになった。岡西君、今日は栗東での追い切りなかったんかいな? いや~、もったいない……。今日は押切先生のところごっつ凄かったでぇ。あのちゅん君が大フィーバーなんやぁwwwまさか付き合ってる女の子おったとは予想外やったわぁ。岡西君にもぜひ写真見せたかったわぁ。今度栗東に来た時に押切先生に見せてもらったらどないやろ? ニコニコしながら見せてくれる思うでぇ。残念なことに入手ルートまでは教えてくれへんやったけど……。


8:54 鈴木 中


《本文》

 岡西さん、おはようございます。朝早くスイマセン……。今日はホントに凹んでます。実は僕、付き合ってる彼女がいまして昨日デートしたんですけど、僕の一連の行動が誰かに激写されていまして…。ホントにショックです……。僕は騎手としてのステータスはまだまだなので誰にも撮られないと思ってただけに油断してました……。岡西さんはなんらかの形で一連の行動を週刊誌にスッパ抜かれたことありますか? もしあるんでしたら今後の対策についてのアドバイスをいただけたらと思ってます……。


ちなみに岡西がこれらのメールを読んだのは本宅に着いてからだが、どれも同じ内容でなおかつ自分が絡んでいるためとてもでないが返信する気になれなかったという……。



──翌日、美浦トレセンにて──



 時刻はAM5:00。夏場のトレセンの朝は春や秋に比べて1時間早い。またこの時間帯の気温は涼く人馬共に過ごしやすいものである。疲れを引きずっていた岡西は本宅に昼前に着いてそれからぐっすりと眠れたため体調はすっかり元に戻っていた。そして追い切り依頼をされていた厩舎に出向きメニューを次々とこなしていった。岡西にとってはごく当たり前の仕事であった。追い切りをこなし、騎乗予定の競馬場の調整ルームに向かおうとしていた時、1人の後輩騎手が岡西に話しかけてきた。


「岡西さん、おはようございます~」


岡西に気さくに話しかけてきたのは増岡だった。


「おお、マスか。おはよう。お前ずいぶん嬉しそうだけどなんかあったのか?」

「いやいや、僕自身じゃなくて面白いことを聞いたんですよ!」

「面白いこと? なんのことだ?」

「西側の僕の同期から入手した最新の極秘情報なんですけど1つ下の後輩に彼女がいたことがわかったんですよ」

「ふ~ん、それでその話題になってる後輩とは誰のことだ?」

「驚かないでくださいよ~。その噂になってるのはいろんな意味で有名なあのちゅん君なんですよ~。いや~、これには僕もビックリ仰天でしたよ~!」

「……」

(まさか美浦にもちゅん君の噂伝わってるのかよ……。西側の騎手からのネットワークでコイツらに伝わるのはわかるとして、押切先生がなんらかの形で広げてしまったんだなぁ。押切先生、やりたい放題だな……。俺は散々苦労したのに人の気も知らないで……)


岡西にとってちゅんの交際は生でイヤと言うほど押切に付き合わされて知ってしまったため、その話題になるたびに嫌な思い出がフィードバックして岡西を苛立たせる。もしここで感情的になってキレてしまうと自分が黒幕に関わったことがバレてしまい、ちゅんとの人間関係が悪化してしまうため岡西はぐっと我慢するしかなかった。


「あ、あれ? 岡西さん、どうしたんですか? 他の先輩達はみんな爆笑してたのにひょっとしてこの事誰かから聞いて既に知ってました?」


岡西の事情を知らない増岡は無邪気に質問してくる。


「知ってたけどさぁ、ちゅん君が誰と付き合おうとどうでもいいだろ……。別にたいしたことじゃないし……」

「いやいや、ちゅん君だからすごいんですよ! 僕の1期下の後輩なんですけどよくみんなの前で教官に怒られていて、20期生の中で最後まで彼女ができない人間とまで言われてたくらいでしたから。大穴の馬が来るくらいの一大事ですよ!」

「別にどうでもいいし……。俺、土曜新潟で乗るから行くぜ……」


岡西にとって既に知ってることをこれ以上聞きたくないために立ち去ろうとした。


「あ、あの~、この話にはまだいろいろと話題がありまして……」

「お前、また俺の『巨乳理論』聞きたいのか? 新たなる情報を仕入れたんだけどなぁ」


岡西は増岡が裏話をしようとした時に真顔で必殺の脅し文句を言った。


「い、いえ! 遠慮しておきます! では競馬場にて!」


増岡は真っ青になって岡西の元を逃げるように走り去っていった。歌舞伎町に遊びに行った帰りに車の中で聞かされて以来、増岡にとって岡西の『巨乳理論』はトラウマであった。


(やれやれ、やっとうるさいのが消えたか……)


うまい具合に増岡を追っ払った岡西は一旦本宅まで車で帰り、そこから公共機関を使って新潟競馬場の調整ルームへと向かって行った。自分の悩みを打ち明けたくても誰にも打ち明けられない岡西は心の中で孤独感と常に戦い続けていた。



──さらに翌日──


 金曜日の某スポーツ新聞の1面記事の端っこのほうに小さくちゅんのことが取り上げられていた。『鈴木中熱愛中』と出だしがあったが、ロゴのデザインがハートマークでその中央に「中」と大きめに書かれていて上部分に「鈴木」、下部分に「熱愛」という位置で文字が書かれていた。しかも運が悪いことにカラーの1面記事だったためイヤでも購読者に目がついてしまうという。スポーツ新聞にまで載ってしまったいきさつとしては、爆笑中だった押切厩舎に専属の新聞記者が取材ついでにたまたま近くに居合わせていたため、探りを入れられてバレたという流れである。


 ここは千葉県木更津市の一軒家。八重桜賞の時に1300万馬券を取ったトメさんの家である。いつものように仕事から帰ってきたトメさんは帰りがけにスポーツ新聞を購入してちゅんが出走するレースをチェックしていた。


「えーっと、ちゅん君が出るレースは……。土曜は函館で……。日曜は……あっ、どっちも函館なんだ。これは移動の手間が省ける。ちゅん君には大変お世話になったからねぇ。もちろんレースはちゅん君が乗る馬を1着固定で他は流すよ」


八重桜賞で1000万馬券を取って以来、トメさんは悠々快適な生活をしていた。八重桜賞以来もずっとちゅんを追いかけていたがほとんど当たる気配はなかった。それでも手持ちのお金はまだ残っている。買い目を決めてトップ面を開いた時、トメさんの目にあのハートのロゴマークに目がついた。


「おお、ちゅん君に彼女がいたんだ」


トメさんはちゅんの熱愛の記事を読んで自分の孫のことのように大変喜んだ。


「そうだ! 応援弾幕にあれを書き込もう! 確か文字が書けるスペースが残ってたはずだから」


そう言ってトメさんはいつものしみだらけの応援団幕を押入れから取り出して広げた。ちょうど真ん中のところに横書きで文字を書けるスペースが空いていた。次にトメさんは書道の先生が添削指導使用するオレンジ色の墨汁を、その墨汁のために使用する硯や筆と一緒に持ってきた。適度の量のオレンジの墨汁を硯に注いで筆に墨汁を適度につけてある4文字の熟語を書いた。


「よし、いい出来だ! これならちゅん君の士気も上がるだろう」


トメさんは書いたばかりの文字を乾かした後、函館市内のホテルを電話で予約して公共機関を使って宿泊先へと出かけていった。このトメさんの応援弾幕が今年の夏競馬に波乱を巻き起こす要因の1つとして機能することは他の競馬ファンはもちろんのこと、トメさん本人も全く知る由はなかった。

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