サバイバル馬主
時は2005年の6月1週。場所は先週のダービーの興奮の余韻を残した土曜日の東京競馬場。この日は3歳馬限定のG3重賞ユニコーンSが行われる。このレースには押切厩舎所属のユーロステイテッドが出走する。2歳時は3戦して勝ち星なしだったユーロステイテッドは、3歳になり岡西とコンビを組むようになってからは2戦2勝。いずれも2着以下に大差をつける圧勝劇でオープンクラスまで上りつめた。現時点で単勝オッズは1.3倍と圧倒的な1番人気。ダートレースでは前のレースで2着以下を圧勝してきた馬にどうしても人気が集中してしまう。ましてやレース経験が古馬に比べて断然浅い3歳馬となればなおさらである。馬柱表と枠順は以下の通り。
東京11R ユニコーンS G3 ダート1600M 良 15:40~発走
1枠 1番 メイトウカゲツ 牡3 56 石垣衛 栗・足立
1枠 2番 ヘイザンクリスタル 牡3 56 福沢 栗・尾崎
2枠 3番 ライネシオン 牝3 54 増岡 美・相田
2枠 4番 ノボルオーキッド 牡3 56 前藤 美・天馬
3枠 5番 アルマイヤサントス 牡3 56 石田 栗・殿道
3枠 6番 エアロカリム 牝3 54 武井匠 栗・仁藤雄
4枠 7番 キルケ 牡3 56 横井典 美・仁藤正
4枠 8番 ユーロステイテッド 牡3 56 岡西 栗・押切
5枠 9番 サンダーマーテル 牡3 56 勝田 美・但馬
5枠 10番 セツイチショウグン 牡3 54 安城勝 栗・松木国
6枠 11番 ゴッドブレス 牡3 56 ルベール 栗・角
6枠 12番 オリモライセンス 牡3 56 渡部 栗・沖田
7枠 13番 サンセットガンズ 牡3 56 十和田 栗・音有
7枠 14番 シンダルサバイバー 牡3 56 中田勝 美・藤枝和
8枠 15番 ナビゲーター 牡3 56 下村 栗・芦口
8枠 16番 ショウエイアキレス 牡3 56 木場田 美・氏原
──競馬関係者専用入口前にて──
「あの~、ですから関係者以外は立ち入り禁止で……」
「無礼者! 余は馬主であるぞ! おぬしらは何故に余の邪魔をするか!」
出入り口で警備員2人と1人の人物が言い合いになっていた。馬主と名乗ってる男は村山毅というものであのユーロステイテッドのオーナーである。2年前に馬主申請をして晴れて馬主になれたのだが、トラブルになりやすい理由は他の馬主に比べて明らかに容姿が異様だからである。まず背丈は190cmの長身そして筋肉質の丈夫な体つきで髪は長髪で後ろをゴムで束ねている。服装は上下迷彩で上着の下には防弾チョッキを装着していて、胸ポケット周辺には手榴弾のようなものを2.3個ぶら下げていた。そして極めつけは背中に装着している模造品ライフルである。このように武装しているためどう考えても軍人マニアかテロリストにしか思われないのである。
「だ、だからそんな物騒なものを持ち込まれても困ります……」
「愚か者! これはアクセサリーだ! これらが本物ならおぬしらはとっくにあの世に行っておる! それに余は競馬法も熟読してすべて暗記した! 服装の規則なんてどこにも書いてなかったぞ!」
警備員を押しのけて入ろうとする村山と必死で入れさせまいとする警備員の押し合いが続いていた。その周辺にいた人達は唖然としてその光景を見ているものもいれば冷ややかな目で見ているものもいた。その時、一人の男性が駆けつけてきた。秘書の福盛である。
「大変お騒がせして申し訳ありません……。わたしは村山の秘書の福盛というものでして……」
福盛は2人の警備員に話をつけ始めた。幸い福盛の顔は警備員に知られていたので村山はどうにか通れるようになった。
「大変失礼を致しました。どうぞお通り下さい」
「全く最初から言っておったのに……。余の機嫌の悪さの度数があと少し高かったら、おぬしらは地獄車の刑に処してたであろう」
「は、はい……。大変失礼しました……」
「うむ、この者達のせいで時間を無駄に費やした。福盛、はやく陣営の現場まで案内せい!」
「はい、こちらでございます」
福盛は慌てて村山を連れて押切と岡西がいるところへと向かって行った。村山はブツブツ小言を言いながら福盛の後を着いて行った。
「さっきの人おっかねーなぁ。あのガラの悪い調教師とはタイプが違うけど……」
「そうだな、福盛さんも大変だよ」
村山と福盛が去って行った後、ひそひそと会話する警備員達だった。
場所は変わってこちらは控え室。メインレースに出走する各陣営が最後の打ち合わせをしていた。その中にはもちろん押切と岡西のタッグもいた。
「いや~、ワシもやっと管理馬を重賞に出走させることが出来たわ~! やたら人気背負ってるが先週ダービージョッキーになった岡西君が鞍上なら安心や~。作戦自体は岡西君に全部一任するさかいガンバって~な」
押切はレース前にも関わらず既に勝ったような気分だった。身近に騎乗依頼する岡西がダービーを制してからというもの押切の機嫌はうなぎ上りによくなる一途だった。
「いやいや、レースごとに折り合いは少しずつよくなってるとはいえ、決して油断はできません……」
脳天気な押切に対して岡西は冷静沈着だった。彼はユーロステイテッドのレースの時は3ヶ月前のドバイの時の宿敵のことを常に思い浮かべている。前走の500万下で2着に大差をつけて勝ったとはいえ、あくまでも3歳馬限定の条件戦。その時も初コンビを組んだときと同じように鞍上と喧嘩するような騎乗内容だった。
「ワハハハハ、岡西君! そんな心配せんでもええって! そういや福盛さんがオーナー連れてくる言ってたんやけどどないしたんやろ?」
「そろそろ来るんではないでしょうか?」
しばらくすると控え室の向こう側にある廊下からやたらとざわめきの声が聞こえはじめた。他陣営の人達の眼の先は村山だった。通常馬主の人は立派なスーツを着ているものだが、村山だけは武装状態のため奇怪な眼で見られる一方だった。そして押切と岡西がいるところまで来ていよいよ対面となった。
「押切先生、岡西騎手。こちらがオーナーの村山です」
「うむ、おぬしらがトレーナーと乗り手のコンビだな。余が村山だ。話はこの福盛から聞いておる」
「あっ、どっ、どうもはじめまして……。調教師の押切です。い、いつもお世話になってます……」
(う~わ、おっかねぇのがやってきたなぁ。やたらデカイし……)
「騎手の岡西です。オーナーに初重賞制覇をプレゼントできるように精一杯乗りますのでこれからもよろしくお願いします」
(なんだこの人……。なんちゅう格好してるんだ……。押切先生だけでも面倒なのに……。表彰台の時がすげ~やな予感……)
押切と岡西は村山を目の当たりにしてあっけに取られながらもどうにか挨拶をこなした。
「うむ、よいぞよいぞ。百獣の王もたかだか1匹のウサギを狩るときも常に全力を尽くす! おぬしらなら余を楽しませてくれようぞ! では余は特別席に向かうとする! 福盛、案内せい!」
「はい、オーナー」
福盛に案内されながら村山は勇ましく笑いながら控え室を後にして特別席へと向かって行った。呆然と見送る押切と岡西。他の陣営は押切達を気の毒そうに見ていた。
「岡西君、あのオーナーごっつヤバいなぁ」
「そうですね、アクション映画に出てくる某ハリウッドスター顔負けですね……。まあ村山さんがいてもいなくても僕らにとって落とせない1戦であることはなんら変わりありません。ではそろそろ時間ですのでパドックに向かいます」
「おうよ、今日もいいレース期待してるでぇ」
押切は満面の笑みで岡西を見送った。岡西が去った後、押切は村山と福盛がいる特別席へと向かって行った。
──レース発走20分前──
時刻は15時10分、ユニコーンS出走馬は入場行進曲『クロマティック・マーチ』に乗って次々と本馬場入場していた。岡西が乗るユーロステイテッドも小倉橋が引き手綱を放したのと同時に力強く駆け抜けて行った。
(フットワークとか負けん気の強いところは相変わらずだな。問題は折り合いだ……。おそらくカッツが乗るサンダーマーテルか、または最内枠にいる石垣さんのメイトウカゲツあたりがハナを奪い合うだろう。道中はムキになって前2頭に競りかけないようにしないと……)
押切に乗り方を一任された岡西は府中ダート1600の必勝プランを頭の中で思い描いていた。ちなみにカッツとは岡西と同期の勝田樹騎手のことで、騎手学校時代岡西とは同じ部屋だったという。ちょうどスタート地点で輪乗りをしてたときに岡西は勝田に話しかけられた。
「よう、摩那舞。お前の馬でかいなぁ。俺の馬が嚙み疲れそうな雰囲気感じるよ」
「他馬に噛み付くなんて大袈裟な。まあ気性難なのは当たってるけど、これくらいでないと今後いい走りはできんからなぁ」
「しかし今年のお前はすごいなぁ。去年までは俺やタケコーと同じ平馬のG1勝ち鞍数2つで並んでたのに今年だけで4つも抜け駆けされてしまったからなぁ」
「まあ今年はほとんど馬の力でG1勝たせてもらったようなものだよ。このレースはもちろんコイツで獲りに行く」
岡西は勝田の他愛もない話をのらりくらりとかわしながらも勝利への執念を隠し通す。弱みを見せず強気すぎずというのが岡西のレース前のライバルとの心理戦の戦法。ちょうど腹の探りあいをしてる時、関東の重賞ファンファーレが鳴って各馬が次々とゲートに入っていく……。
《実況アナ》
お待たせしました本日のメインレース、G3重賞ユニコーンSダート1600メートル良馬場で行われます。奇数番の馬の枠入りも終わり偶数番の各馬も誘導されています。現在圧倒的1番人気8番のユーロステイテッドもおさまりました。最後に16番ショウエイアキレスがおさまりまして体制完了……。スタートしました! まずまず揃ったスタート! 押して押して9番のサンダーマーテルと最内1番のメイトウカゲツがハナの奪い合い。各馬ダートコースに入りました。まず先手を取ったのは1番のメイトウカゲツ、すぐ横にサンダーマーテル、半馬身後ろに1番人気ユーロステイテッド、ちょっとかかり気味か? 懸命に手綱を抑えています。その外半馬身後ろにゴッドブレスがピッタリとマーク。その後ろヘイザンクリスタルとライネシオンが並んで追走、その外にピンクの帽子ショウエイアキレス、1馬身後ろにノボルオーキッドとオリモライセンスが併走、大外にサンセットガンズ、半馬身後ろ内からエアロカリムとキルケが並んで追走、その後ろに14番シンダルサバイバー、お終いから3番手に10番セツイチショウグン、最後方2頭はアルマイヤサントスとナビゲーター。先頭から最後方まで10馬身の展開各馬3コーナー大欅の向こうを通過……。
(くっ、また悪い癖が出やがった……。まだ3コーナー入ったばかりだぞ! 抑えろ抑えろ!)
ユーロステイテッドは自分の目の前を走るメイトウカゲツとサンダーマーテルの間を抜けようと行きたがる。岡西はスタートしてから道中はずっとユーロステイテッドの手綱を引っ張って抑えっぱなしだった。550キロ超の巨漢馬を抑える岡西の両腕は次第に感覚が麻痺してきた。
(マナブ・オカニシ、ずいぶん乗りにくそうに乗ってるなぁ。このレースはいただきかな?)
ユーロステイテッドのすぐ横をピッタリマークしてるゴッドブレス号のルベールは不可思議そうに岡西の騎乗を見ていた。
(摩那舞、今年の春のG1クラシックで俺は2回もお前の2着に敗れたがこのレースは負けん。先週ダービージョッキーになったとはいえ、騎手学校時代の札付きの問題児だったお前のことを完全に信用したわけではないからな。アイツの事についてはお前だけの責任ではないが悪く思うなよ)
内ラチ沿い5番手で競馬をしてるヘイザンクリスタル号に乗る福沢祐介騎手は、複雑な心境を浮かべながら岡西の馬をマークしていた。この福沢は岡西より1つ上の先輩で『花の12期生』と言われた人材の宝庫の世代でも1.2を争う国内トップクラスの関西所属の騎手。武井家同様、福沢自身も競馬関係者の家系育ちである。福沢の父親はかつて天才と言われた名ジョッキーだったが、落馬事故で騎手生命を失って早すぎる引退をして、現在は調教師をやっている。福沢も1年目で新人賞を取りその後もコンスタンツに勝ち鞍を挙げているが、岡西の通算勝ち鞍は福沢の約2倍である。福沢は岡西に対して常に距離を置いている。しかし別にお互いに利害関係などで直接衝突したという事実はない。競馬関係者の家系で真面目だった自分よりも、競馬関係者との縁故もない問題児だった岡西のほうが勝ち鞍の実績が上ということで嫉妬のような感情を抱いていたこともあるが、それ以上に過去のある事件をひきづってることが福沢の心に重くのしかかっていたからである。
各騎手それぞれの思惑を抱えたまま各馬3コーナーを通過していった。
場所は変わってこちらは競馬関係者しか入れない最上階の特別席。押切は村山と福盛と共にレースの戦況を見つめていた。
「押切殿、乗り手が余の馬にずいぶん乗りにくそうに乗ってるように思えるのだが……」
村山は遠くに見える馬群の中のユーロステイテッドに乗ってる岡西の騎乗を見て突然ポツリと言い出した。
「まあ確かにまだユーロステイテッドはまだ気性が幼いところがあるので、岡西君も抑えるのに必死やからやと思います。大丈夫です、彼を信じましょう! ところでオーナー、双眼鏡も使わずによく騎手の表情がわかりましたねえ」
「ん? 余の視力は若かりし頃、広大なアフリカの大地で培われたもの。あれくらいの距離なら乗り手の顔や馬の表情もくっきり見えるぞ。これも日頃の鍛錬の成果である!」
「そ、そうでしたか……。お、恐れ入りました……」
(う~わ、このオーナーアカンわぁ。一体日頃なにしとんのやろ。こんな胸つっかえる気持ち久しぶりやわぁ。頼む岡西君、はよレース終わらせて~なぁ)
村山のオーラに今でも飲まれそうで押切は今にもこの場を離れたいという気持ちで一杯だった。岡西がレースで折り合いに苦戦してるのに対して押切は村山との兼ね合いに四苦八苦していた。押切がユーロの馬を預かった経緯は村山の奇天烈ぶりにほとんどの調教師に預かるのを拒否されたからである。結局それで残ったのが厩舎経営が危うい押切と、競馬関係者の縁故が全くない馬主の選択の余地がない本岡の2人だけで、村山にとってこの2人以外でユーロの馬を預かってくれる調教師が誰もいないのが現状である。
レースに戻って各馬4コーナー過ぎて最後の直線に入った。前を走っていたメイトウカゲツとサンダーマーテルは脚が鈍り後続集団にのまれていた。先に動いたのはゴッドブレスに乗るルベールだった。続いて福沢が乗るヘイザンクリスタルもスパートをかける。ユーロは行きたがっているがまだ抑えていた。そして残り400を通過したのと同時にムチを入れた……。
《実況アナ》
残り400を切った! 先頭はゴッドブレス! 差がなく内ヘイザンクリスタル! 間からユーロステイテッド凄い勢いで迫ってきた! 先頭が替わる勢い!残り200を切った! ここで先頭はユーロステイテッドに替わった! 1馬身2馬身とリードを広げる! 2番手にゴッドブレス! ヘイザンクリスタルも懸命に追ってる! 3馬身4馬身とリードを広げる! ユーロステイテッドそのままゴールイン! 圧倒的な1番人気に見事答えて重賞初制覇! 勝ち時計1分35秒2、上がり3ハロン34秒フラット! 2着に11番のゴッドブレス、3着に2番ヘイザンクリスタル、4馬身差で4着に後方から伸びてきた5番アルマイヤサントス、5着に同じく後方から伸びてきた14番シンダルサバイバーが入線。確定までしばらくお待ちください……。
「うっ、俺の手足が痺れて力が入らない……。今までいろんな馬に乗ってきたけどこんなの初めてだ……」
岡西はレースを圧勝したとはいえ、行きたがるユーロステイテッドを最後のスパート以外の道中で常に抑えっぱなしだったため、その反動が両腕と両足に来ていた。岡西は残された気力でユーロステイテッドを検量室前まで誘導させた。1着のゲート先には押切をはじめ馬主の村山・秘書の福盛・厩務員の小倉橋が待っていた。
「いや~、ご苦労さん! ワシも重賞ウイナーの仲間入りやぁ。ホンマにありがとな~」
無事に初重賞制覇を果たした押切は満面の笑みだった。
「うむ、大儀であった! はじめてレースとやらを観たが、改めて競馬の奥の深さを知った。余のサバイバル大会にも弾みがつくであろう。余にとっては歴史的な1日だ」
村山はクールな表情で岡西の騎乗を労った。だが言動はなぜかズレているという。
「僕も無事に村山さんと押切先生に重賞初制覇を同時に果たせて安心しています。うっ!」
岡西は押切達としゃべりながら片方の足を鐙から外して降りようとしたとき、鐙を外してないほうの脹脛から激痛が走り地面に落ちた。受身はしっかりしてたため大事には至らなかったが、思わぬハプニングにその場は騒然とした。
「うわ、岡西君! どないしたんやぁ? 大丈夫か?」
「ま、まなさん! 大丈夫ですか?」
岡西が落ちたのと同時に押切と道明が血相を変えて駆け寄った。
「スイマセン、大丈夫です。道中行きたがるユーロをずっと抑えていてその反動が来たみたいです。コイツはすごい馬力ですよ。たぶん一晩筋肉を休ませれば明日のレースも乗れますので。ミッチ、俺のロッカーからスプレータイプのシップを持ってきてくれ」
「わ、わかりました!」
道明は岡西からムチと帽子を受け取るやいなやダッシュで駆けつけていった。
「ホンマにビビったわぁ。心臓止まるかと思ったわ~」
「スイマセン、ご心配をおかけしまして」
岡西は小倉橋から後検量で使う鞍などを受け取って検量室に向かっていったが、レースの反動のため足取りが重かった。
「ふむ、あの岡西殿はまるで戦場をくぐりぬけた戦士のようなオーラだった。賞賛に値する。さて、表彰式になるが……福盛、例の手はずは整えているだろうな?」
「はい、ぬかりなく」
「うむ、では向かうとしよう」
そう言って村山は一人ウイナーズサークルに勇ましく歩いていった。
「あっ、村山さん。待ってくださいな~」
押切は慌てて村山の後を追う。小倉橋と福盛もそそくさと後を追う。その間に後検量も無事にパスしてレースは確定した。完全な人気サイドの決着で配当も堅いものだった。
──表彰式にて──
ウイナーズサークルには多くの客が集まって携帯で勝ち馬の写真を撮っていた。そこに関係者が揃って出てきた。そのメンツの組み合わせにファンやプレゼンターの人は皆唖然とした。それもそのはず馬主の村山は武装モード、調教師の押切は全身黒のレザーでガラの悪いサングラス。この2人だけで異様な雰囲気を出していた。
「うわ~、なんだこの組み合わせ……。とくに最初の2人はほんとに競馬関係者か?」
「岡西もあんな組み合わせの陣営の馬によー乗るわ」
「あれが噂の関西の強面調教師かぁ。マジで怖ぇ」
客席のいたるところからいろんなヒソヒソ話が出ていた。その雰囲気の中でインタビューがはじまった。まず最初に騎手の岡西にアナウンサーがコメントを求めてきた。
『それではヒーローインタビューです。本日ユニコーンSを勝ちました岡西摩那舞騎手にお話をうかがいます。おめでとうございます』
「ありがとうございます」
『先週のダービーに続いて2週連続の重賞勝利、ふたをあけれみれば5馬身の圧勝劇。今日のレースをふりかえっていかがでしょうか?』
「そうですね、人気背負ってましたし落とせない1戦だったのでまずは勝ててホッとしてます」
『岡西騎手は道中手綱を抑えているシーンが多かったように思えたのですが?』
「そうですね、あの馬はまだ3歳ですしまだ気性が幼いところがありましたので道中は我慢するように気をつけてレースを進めていました」
『勝利を確信したのはどのあたりでしょうか?』
「そうですね、僕が残り400でムチを入れたときにすごい勢いで走り出したのでこれは先にしかけた他の馬を抜けるなと思いました」
『次の目標はG1獲りですか?』
「そうですね、機会があれば狙っていきたいなと思っています」
『最後にファンの皆様に一言お願いします』
「えっと、これからもユーロと二人三脚で勝ちに行きたいと思いますので応援よろしくお願いします」
『ありがとうございました。岡西騎手でした。盛大な拍手をお願いします』
盛大な拍手に岡西はファンに向けて手を振った。もちろん腕や脹脛が痛いのを隠していた。ここまではまともなのだが……。
『え~、続きまして見事重賞初制覇を果たしました押切知良調教師にお話をうかがいます。先生、今日はおめでとうございます』
「いや~どうもどうも! ありがとうございます~。ワハハハハ!」
気さくでやたらテンションが高い押切の返事にドン引きするアナウンサー。岡西と小倉橋は頭を抱えて押切のノー天気ぶりに呆れる一方。
『重賞トレーナーになった今の気持ちはいかがでしょうか?』
「いやぁ~、ホンマに嬉しいですわぁ~。苦節6年、ようやくわたしにも春が訪れたという感じですわ~。岡西君と出会ってから厩舎の雰囲気も一変しましたからねぇ。まあこれからどんどんはばたいていきまっせ。ワハハハハ!」
『今後の目標はどのように考えてますか?』
「ん~、多分地方の重賞めぐりでもしよかなぁ思ってますわぁ。中央ではダートの重賞少ないもんで」
『ではファンに向けて一言お願いします』
「うわ、もう終わりかいな~。まあわたしの馬が走るときは応援よろしゅうお願いしますわ~」
『ありがとうございます。押切調教師でした』
(押切先生、自重してくれよ頼むから……)
岡西は押切を諌めようにも体が言うことをきかないためそのための気力は残されていなかった。
『最後に馬主の村山毅さんにお話をうかがいます。オーナー、重賞初制覇おめでとうございます』
「うむ……」
今度は押切とは正反対で言葉が少ないため困惑するアナウンサー。村山はガッチリ腕を組んで微動だにしない。
『馬主3年目ではじめての重賞制覇についてどう思われますか?』
「うむ、余に勝利が舞い降りたのは天命であろう」
『て、天命……』
突拍子もない発言にざわつく観客。アナウンサーもどう答えていいかわからず言葉を失った。
(何言ってんだこの人……。早く調整ルームに入って寝たい……)
岡西はただでさえ疲労が溜まってるのに押切と村山のインタビューでさらに疲労の度合いが増す。微妙な空気の間合いを数秒挟んでアナウンサーが気を取り直してインタビューを再開した。
『次の目標はズバリG1勝利でしょうか?』
「言わずとわかってることであろう。今後のことは現場の者達に一任しておる。時間があれば余はどこでも飛んでくる。そろそろ例の時間だな……」
『えっ、例の時間って……』
村山が見上げる東京競馬場の上空から軍用ヘリが10機ほどやってきた。ちょうどターフのスレスレまで機体を近づこうとしてきた。
「な、なんやてぇ!」
「軍用ヘリがやってくるなんて聞いてないぞ!」
風圧に苦しみながらもどうにかバランスを保つ押切達。村山は自分が乗るヘリのところまで駆けつけてはしごによじ登った。そして10機のヘリコプターは飛び始めた。
『戦場が余を待っておる! 諸君、また会おう!』
狙いすましたかのごとく大音量のマイクで一言残して悠々と競馬場を後にしていった。残された他の人達は唖然として空を眺めていた。
「まさかとは思いますが今後ユーロで勝つたんびにあれが起こるのでしょうか?」
「金持ちが考えてることはわかれへんわぁ」
「次走はジャパンダートダービーですかね?」
「せやな、本賞金も入ったさかい」
「うわ、次は大井かぁ……。マズイなぁ……」
「ん? 岡西君、なんかあるんかい?」
「いや、村山さんがもし大井で今日と同じことをすると考えると大惨事になりかねません……。中央の競馬場だからターフがあるからいいとして地方競馬場はダートしかないのであれをされると砂嵐になります……」
「ア、アカンわ~! どうにかせなアカンわ~!」
岡西からもしも話を聞かされてパニくる押切。ユーロステイテッドのローテにメドは立っても別問題がついてくるため陣営は勝っても気が重くなる一方だった。
《モデル騎手紹介》
勝田樹→勝浦正樹(騎手)
福沢祐介→福永祐一(騎手)