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三冠への道(日本ダービー編)

 時は2005年シーズンの5月5週。ここ東京競馬場では競馬の祭典「日本ダービー」が開催される。このレースは日本のホースマンすべての憧れの最高の舞台で「最も幸運な馬が勝つ」と言われている。この日はダービーウイークということもあって観客動員数も通常のG1レースよりも多い約12万人を記録した。そんな状況の中、最初の1Rでとある事件が起きた……。


「全くなんてことをしてくれたんだ! せっかくの計画が台無しだ! どうしてくれるんだ!」


一人の馬主が検量室隣のモニター室である陣営にものすごい剣幕でまくし立てていた。その陣営は押切とちゅんであった。他の陣営も押切達を非難の眼で見ていた。事の発端は1Rの最後の直線でちゅんが乗るユーロチャペル号が急に内側に斜行して殆どの馬の進路を妨害したことによりその煽りを受けて1人の騎手が落馬したことからはじまる。押切とちゅんに食って掛かってる人物の名は須藤利直という『ブラック』の冠名で知られている馬主である。以前は有力な競走馬でG1もいくつか制していたが、ここ5年間はイマイチ重賞勝ちに恵まれてはいない。また須藤オーナーはいろいろと黒い噂があるが真相は謎のままである。


「ホンマに申し訳ありません……。ウチの馬で斜行させて騎手を落馬させてしまいまして……。G1タイトルに向けての計画をこんなんで台無しにしてしまって大変遺憾に思っています……」


強面の押切もさすがにこの場では須藤に平謝りだった。不利を被った騎手の大半はメインの10R日本ダービーを控えてることもあって、もしここで落馬負傷させたら押切やちゅんの今後の立場が危うくなる。ちなみに落馬した壬生騎手にダービーの乗鞍はなかったことが不幸中の幸いだった。しばらくして審議の内容の場内アナウンスが流れた。


《場内アナウンス》


 お待たせしました。審議の内容についてお知らせ致します。東京1R、第2位入線の13番ユーロチャペル号は最後の直線走路で急に内側に斜行し、11番メガロジェルトン号などの進路を妨害し、3番ブラックバースト号の騎手を落馬させたため失格となり、第3位入線以降の競走馬をそれぞれ順位を繰り上げてレースは確定します。


 レース確定後、押切とちゅんは裁決室に連れて行かれた。ここで様々な制裁を受けることになり、ちゅんは開催4日間の騎乗停止・押切はユーロチャペル号の調教審査を言い渡された。


 一方モニタールームでは斜行で不利を食らった陣営の険悪な空気が流れていた。ほとんどの陣営はちゅんの斜行に対する非難をしていたが、ただ1人違う見方をしていた騎手がいた。1位入線したセントーウイッチ号に乗っていた岡西である。


(ちゅん君、スマン……。ほんとは擁護してやりたかったんだが、今はダービーのことで頭が一杯なんだ……。確かに斜行はマズいことだが、もしあれがなかったら俺の命はなかったかもしれない……。それに押切先生、あの須藤オーナーの言っていた『計画』とはそういう意味ではない……)


岡西は険しい表情でモニター室を後にしていった。ちなみに岡西は1Rの時、1枠1番で最内を走っていたため幸い不利を被らずにまんまと逃げ切り勝ちをおさめていた。


「あ、あの……。まなさん……。2Rの勝負服ですけど……」


さきほどのレースのことを考えていた岡西に恐る恐る話しかけてきたのはバレットの道明だった。


「ああ、ミッチか……。スマンな、ちょっといろいろと考え事をしててな」


岡西は1Rで使用した勝負服を脱いで2Rで使う勝負服に着替えた。険しい表情は変わらないままだった。


「次のレースも頑張ってくださいね」

「ああ、では行って来る」


いつもは穏やかに答える岡西だったが、この日はピリピリしていた。道明は審議の内容について知りたかったのだが、とてもでないが聞き出せる雰囲気ではなかった。道明は大レースでのほんとの緊張感というのを肌で感じていた。


(僕はすごいところで仕事してるんだな……)



──5時間後──


 ダービー出走の時間まで刻一刻と迫ってきた。岡西が騎乗するギガクロスブレイクは現時点で単勝1.3倍の断然の1番人気。ギガクロスブレイクが2冠目を達成するかどうかというのに焦点は絞られていて、専門誌の殆どがギガクロスブレイクに本命を打っていた。世代の頂点に立つために選ばれし18頭の精鋭が出揃った。馬柱表は以下の通り。


東京10R 日本ダービー 芝2400M 良 15:25~発走


1枠 1番 ブレスレットシティ 牡3 57 佐渡哲  栗・笹見晶

1枠 2番 ヴィランドル    牡3 57 池越   栗・坂内

2枠 3番 アルマイヤサンズ  牡3 57 石田   栗・殿道

2枠 4番 ケイエムセンテンス 牡3 57 十和田  栗・石本

3枠 5番 オリエンタルバード 牡3 57 蛇奈   美・鹿野

3枠 6番 ブルーライトパフェ 牡3 57 デニーロ 美・小柴

4枠 7番 カグラノセンプウ  牡3 57 ルベール 栗・芦口

4枠 8番 キュクレイン    牝3 55 藤井   栗・林田

5枠 9番 アドニスヴァレー  牡3 57 三井   栗・河口

5枠 10番 マークブリザード  牡3 57 武井匠  栗・石塚

6枠 11番 エアロモントレー  牡3 57 福沢   栗・池井寿

6枠 12番 アルマイヤゴールド 牡3 57 安城勝  栗・松木博

7枠 13番 セイテンガルーダ  牡3 57 増岡   美・稲田

7枠 14番 シルバーブレイン  牡3 57 横井典  美・国木田

7枠 15番 ダンテヴィオラ   牡3 57 柴畑善  美・田沼

8枠 16番 リードネメシス   牡3 57 幸田   栗・池井朗

8枠 17番 ギガクロスブレイク 牡3 57 岡西   美・藤枝和

8枠 18番 ウインザートーレス 牡3 57 前藤   美・大東


 時刻は15時を過ぎて本馬場入場がはじまった。『グレート・エウクス・マーチ』の入場行進曲に乗り、18頭の精鋭達が次々とターフに現われてきた。


《実況アナ》


 お待たせしました。2005年シーズン日本ダービー、世代の頂点に立つのはどの馬か? 選ばれし精鋭18頭の本馬場入場です。


前走NHKマイルは9着。距離延長でどこまで好走できるか? ブレスレットシティと佐渡哲夫!


前走皐月賞は5着。夢の大舞台で巻き返しなるか? ヴィランドルと池越謙介!


アルマイヤ軍団5年ぶりのダービー制覇に向けて自慢の末脚で頂点を! アルマイヤサンズと石田康徳!


前走プリンシパルSを快勝! 5年前に同じ勝負服で取り忘れたダービーのタイトルをお馴染みのタッグで奪還へ! ケイエムセンテンスと十和田竜三!


前走皐月賞は不本意な10着。府中の舞台に変わって一変を! オリエンタルバードと蛇奈正俊!


青葉賞の勝馬が出てまいりました。重賞制覇の勢いをそのままに! ブルーライトパフェとイタリアの名手マルコ=デニーロ!


前走皐月賞は4着。前走以上の走りで頂点へ! カグラノセンプウとフランスの名手クライスト=ルベール!


出走馬の中で唯一の紅一点。果敢な牡馬との挑戦にどこまで通用するか? キュクレインと初コンビを組む男・藤井伸也!


25分の2の抽選をくぐりぬけたラッキーホースの1頭。調教師も制したこの大舞台を次はトレーナーでも頂点へ! アドニスヴァレーと三井博康!


打倒ギガクロスブレイクの筆頭株が出てきました。前走皐月賞は3着。陣営が欲しいのはもちろんダービーという名の金メダル! マークブリザードとダービー最多勝更新を狙う天才・武井匠!


こちらも打倒ギガクロスブレイクをスローガンに掲げた1頭。前走皐月賞は2着。ダービー馬の称号だけは関東馬には譲れない! エアロモントレーと福沢祐介!


アルマイヤ軍団2頭出しのもう一角を背負うのはこの馬。アルマイヤのワンツーを目指して駆け抜けるか? アルマイヤゴールドと昨年のダービーに続いて連覇を狙う安城勝臣!


抽選を抜けた2頭目のラッキーホース。祖父が制覇したダービーを孫の手でも制覇か? セイテンガルーダと騎手3年目で悲願のダービー初騎乗・増岡正和!


前走青葉賞は3着。同じ府中の2400Mの舞台で逆転を狙う! シルバーブレインと騎手20年目で悲願のダービージョッキーを目指すベテラン・横井典保!


前走青葉賞は僅差の2着。亡き父が果たせなかった夢舞台での勝利を自分の手で! ダンテヴィオラと柴畑善明!


トライアルでは粘りの走りで2着に食い込み本番の舞台でも持ち前の粘りを見せるか? リードネメシスと幸田英晴!


さあ出てきました! 60年以上のダービーの歴史の栄光の1番人気馬! 22年ぶりの関東馬のダービー制覇、そして三冠に向けて王手をかける! ギガクロスブレイクと今年G1をすでに3勝して波に乗っている岡西摩那舞!


人気は落としてもG1ホース。2歳王者の意地を隣の馬に見せつけられるか? ウインザートーレスと前藤浩明!


以上18頭の本馬場入場でした。解説の井坂さんに話を伺いますが……。


(いいフットワークだ。皐月賞の時よりもデキがいい。今がピークで万全の状態だ。枠も大外寄りでコイツには競馬はしやすいだろう。藤枝先生が打ち合わせの時に言っていたダービーポジションもコイツにはお構いなしって感じだろうな)


岡西は返し馬でギガクロスブレイクの動き1つ1つを確認していた。どこを見ても非の打ち所がないため、あとは自分の腕次第というのも確信した。


 その頃、押切は競馬関係者しか入れない特別席でダービー観戦をしていた。お目当てはもちろん岡西が乗るギガクロスブレイクであった。


(う~わ、ダービーの舞台で単勝1.3倍ってごっついなぁ。いずれはワシの管理馬でダービー出走させたいわぁ。今年は岡西君が勝つやろうから応援していろんな意味で繋げれればええんや~)


午前中はちゅんの斜行で肩身の狭い思いをしていた押切だったが、そのこともすっかり忘れて双眼鏡でギガクロスブレイクの返し馬を熱心に見ていた。押切はギガクロスブレイク陣営とは全くの無関係なのになぜか岡西が勝つことを自分なりに予想していた。その光景はまるで岡西の追っかけをしてるようにも見えた。ちなみにちゅんは裁決室から出た後、別室で押切に3時間ほどこっぴどく説教されて調整ルームでへこんでる最中であった。


 発走時刻20分前のセレモニーとしてプロの歌手の国家独唱が行われていた。一瞬静まり返った東京競馬場に透き通った歌声が響いた。その雰囲気は正面スタンド前で輪乗りをしている18頭の出走馬にもヒシヒシと緊張感が伝わってくるような感じだった。独唱も終わりターフヴィジョンでは過去の日本ダービーのVTRが流れていた。15:20分、ターフヴィジョンはスタート地点前で輪乗りをしている18頭を映し出し、出走する競走馬の枠順が下から上に向かって枠順通りに流れていた。そして係員のスターターが向かっていくシーンが映し出されると同時に約12万の大歓声が響いた。白旗の合図と共にG1ファンファーレが鳴って大観衆の手拍子が響く。ファンファーレが終わったのと同時に観客のヴォルテージは最初のピークを迎える。出走馬達は次々とゲートにおさまっていく。



《実況アナ》


 お待たせしました。2005年シーズン日本ダービー、数千頭の同世代の中で選ばれし18頭の戦い。世代の頂点に立つ馬は果たしてどの馬か? 奇数番の馬のゲート入り、1番人気のギガクロスブレイクもおさまりました。続いて偶数番の馬も続々とゲート入りをしています。最後に18番のウインザートーレスがおさまりまして体勢が完了……。スタートしました! きれいに揃ったスタート! 最初の先行争い、押して押して大外のウインザートーレスがハナを奪う勢い。それに続いてオリエンタルバードやマークブリザードなども続いていきます。各馬1コーナーから2コーナーを回り向こう上面へと向かっていきます。まず先手を取ったのはウインザートーレス、その内にオリエンタルバード、1馬身ほど離れましてカグラノセンプウとマークブリザードが並んで追走、半馬身後ろ外にアルマイヤゴールド、その後ろ内からヴィランドルと黒い帽子アルマイヤサンズとアドニスヴァレーが併走、その後ろにリードネメシス、その内にブレスレットシティ、大外にダンテヴィオラとシルバーブレイン、その内にケイエムセンテンス、その後ろにブルーライトパフェとセイテンガルーダ、間を挟んでエアロモントレー、最後方の2頭は内が紅一点キュクレインと外が1番人気ギガクロスブレイクという展開。さあ岡西はどこで動くのか? 中間を平均ペースで通過、展開には影響はなさそうです。各馬3コーナー大欅の向こうを通過! 徐々にペースが上がってきた! 先頭は依然ウインザートーレス、すぐ後ろの2番手にオリエンタルバード! マークブリザードがジワジワと上がってきた! 連れてカグラノセンプウやアルマイヤゴールドも上がってくる! 4コーナーを回って先頭はここでマークブリザードに替わった! リードは1馬身! カグラノセンプウ、アルマイヤゴールドも必死に追いかける! 大外からギガクロスブレイクが凄い脚でやってきた! 残り400を切った! 先頭はマークブリザード! しかし先頭が替わる勢いでギガクロスブレイク迫ってきた! 残り200を切った! 先頭はギガクロスブレイク! リードを3馬身4馬身と突き放しにかかる! 2番手はマークブリザード! カグラノセンプウやエアロモントレーも懸命に追っているが追いつけない! 先頭はギガクロスブレイク! ゴールイン! 完全な横綱競馬! 他の17頭を全く寄せつけませんでした! 勝ち時計は2分23秒3のダービーレコードタイ記録! 三冠に王手をかけました! 着順掲示板も上がっています。1着は17番ギガクロスブレイク、2着に6馬身ほど離れて10番マークブリザード、3着に7番カグラノセンプウ、4着には後ろから迫ってきた11番エアロモントレー、5着争いは2番のヴィランドルと8番キュクレインの写真判定です。確定までしばらくお待ちください!


(ついにやった、俺も念願のダービージョッキーになれた。ギガにはほんとに感謝してるよ)


岡西はギガクロスブレイクの首筋を軽くポンと叩いて激走を労った。他の騎手達からも通りがかりにおめでとうの祝福の言葉をもらっていた。ウイニングランの時、岡西は12万の大観衆に向かって二冠目を達成したことを意味するピースサインを高々と掲げた。観客も大観衆で出迎える。岡西は近場道を通って検量室前までギガクロスブレイクを誘導させた。1着のゲートのところには吉原・藤枝・草野のお馴染みの面々が揃っていた。


「摩那舞、素晴らしい走りだったぞ。関東の厩舎がダービーを制したのは22年ぶりになる」

「そうですね。無事人気に答えられて僕もホッとしています」


岡西は草野に支えてもらって下馬した後、藤枝とガッチリ握手を交わした。陣営の目はすでに菊花賞に向いていた。


「やっぱりダービーは何回制しても嬉しいものですね。三冠に向けて次走もよろしくお願いしますね」

「はい、吉原さん」


岡西は藤枝に続いて吉原ともガッチリ握手を交わした。その後、草野に渡された鞍などを持って後検量に向かおうとした。入る前に道明に会った。


「ま、まなさん……。おめでとうございます! ついにダービージョッキーになったんですね!」


いつもは控えめな道明だったが、この時はいつも以上に興奮がおさまらなかった。


「おう、ミッチか。ありがとな。このレースで使われたムチとかヘルメットなどの道具一式は間違っても持って帰ったり捨てたりするなよ。こいつは展示されるんだから」

「は、はい!」


岡西に手渡されたムチを道明は嬉しそうに受け取った。ちなみにG1レースの時、勝利騎手が観客に向かってヘルメットやムチを投げてプレゼントする時もあるが、名誉ある格式高い日本ダービーの時はそれがタブーとなっている。後検量に含まれないものを道明に手渡した岡西は、後検量も無事にパスしてレースも確定した。そしてヒーローインタビューを迎えた。


『放送席、ヒーローインタビューです。ギガクロスブレイク号で見事日本ダービーを制した岡西摩那舞騎手にお越しくださいました。おめでとうございます』

「あっ、ありがとうございます」

『悲願のダービージョッキーになれた気持ちはいかがでしょうか?』

「そうですね、純粋に嬉しいの一言です」

『ふたを開けてみれば6馬身差の圧勝劇にダービーレコードタイのおまけつき。ギガクロスブレイク号の強さを見せつけた勝利でしたね?』

「そうですね、皐月賞の時も同じような事を言ったと思いますけど、僕自身ほんとにすごい馬に乗せてもらってるんだなと実感しました」

『三冠へ王手をかけたわけですが今の気持ちはどのような感じでしょうか?』

「そうですね、夏を越えて他の同世代のライバル馬も力をつけてくると思いますので、今日の結果だけに満足せずこちらも気を引き締めて1戦1戦いい競馬をしていきたいと思います」

『最後にファンに向けて一言お願いします』

「えー、これからもこの馬の強さを引き出させるため全力でレースを挑んでいきますので応援をよろしくお願いします」

『ありがとうございました。インタビューの談話は以上です。本日はほんとにおめでとうございます』

「ありがとうございます」


インタビュー席を後にしてモニター室を通ろうとしたときに見覚えのある顔が両腕を組んで嬉しそうに岡西を見ていた。押切である。


「いやいやいやいや~、岡西君ホンマにおめでとさん! 身近に騎乗依頼を受けてくれる岡西君がダービージョッキーになってワシは自分のことのように嬉しいわぁ」

「あっ、押切先生。ありがとうございます……」

「ごっつ強い勝ち方やったなぁ。ああいう競走馬ワシも管理してみたいもんやわぁ」

「ははは、まあどの先生もああいう競走馬は欲しがると思いますよ。僕は今から表彰式に行かないといけませんのでまた後で」

「おうよ!」


岡西は押切といくつかの会話をした後に表彰式へと向かっていた。去っていく岡西を押切は嬉しそうに見送っていた。



──PM18:00、都内某所の高級料亭にて──



 夕刻、ギガクロスブレイク陣営一行はオーナーの吉原のはからいで祝勝会を開いていた。高級料理に舌づつを打ちながら今日のレースをしみじみと振り返っていた。


「摩那舞、今日は相当プレッシャーあったんじゃないのか?」

「そうですね、あれだけの人気を背負ってましたので勝ててホッとしてます。放牧を挟んで秋はセントライト記念あたりから始動するのですか?」

「そうだな、菊花賞までのローテは決めているけどその先はまだ考え中だ」


岡西は藤枝と今後のことについてのんびり語っていた。祝勝会が始まって1時間ほど経過した時、店の女将が吉原に伝言を言いに来た。


「あの~、オーナーさん。お客様がお見えです。かなり容姿が変わった男性が御樽を持ってきたのですけどいかがいたしましょうか?」

「競馬関係者かもしれないのでお通ししてください」

「はい、わかりました」


女将が去って言った後、しばらくして気さくな口調でその男が入ってきた。


「いや~、どうもどうも~」


入ってきたのは紛れもなく押切だった。


(なっ、なんで押切先生がここに……。なんで場所わかったんだ? 俺教えた覚えないのに……)


岡西は突然の押切の来訪に飲んでいた烏龍茶を危うく噴出しそうになった。また吉原など他の競馬関係者は押切の容姿を始めて目の当たりにして唖然としていた。


「あ、あの~。どちらさまでしょうか……」


吉原は勇気を振り絞って押切に話しかけた。


「あっ、突然の訪問すんません! 申し遅れました、わたくしは栗東で調教師をしている押切といいます! まだまだ若輩者の駆け出しの身でありますが以後お見知りおきを。いや~、今日はダービー制覇おめでとうございます! わたしもああいう名馬を1度は管理してみたいものです! あっ、これはわたしの地元の地酒ですけどお祝いにと持って参りました」

「あっ、はい……。わざわざありがとうございます……」


一方的に営業する押切に困惑した表情を隠して対応する吉原。その時、3~5歳くらいの子供数人が押切のレザーを物珍しそうに触ろうとしていた。


「あっ、だめだよ。お客さんの服にさわっては……」

「ん? こんばんわ。オーナーのお孫さんですか?」

「え、ええ……。そうです」

「いや~、子供は可愛いですね。わたしもこの子達くらいの年齢の娘がいますので」

「そうでしたか、ははは……」

「よっしゃ、おじさんが遊んであげる! とっておきの芸をみせたるでぇ! ほな、向こうのほうへ行くか?」


そう言って押切は子供達と部屋の端のほうに向かって行った。その数分後、押切は子供達の前で南京玉簾の芸を見せ始めた。ガラの悪いサングラスをかけたあの顔に南京玉簾のコスチュームのギャップに異様さを感じるその場の大人達であった。ちなみに子供達には大好評だったという。


 21時頃、祝勝会はお開きとなりその場で解散になってそれぞれ家路についた。押切と岡西は途中まで話ながら一緒に歩いて帰っていた。


「押切先生、よくこの場所がわかりましたね」

「ワハハハハ、このへんで競馬関係者が祝勝会してるって噂を聞いてやってきたらビンゴやったって話や~。いや~、オモロかった! 午前中はアホのちゅんが失態おこしたせいでへこんでたけど、岡西君がダービージョッキーになり、社来のオーナーとも会話できてヤなことがおかげで全部吹っ飛んだわぁ」

「そういえば来週はユーロステイテッドの出番ですね」

「せやで、この勢いでよろしゅう頼むで~!」

「ええ、それはもちろんです。押切先生に重賞初制覇をプレゼントしないといけませんので」

「ウンウン」

「そうだ、重賞レースなのでユーロのオーナーがやってくるみたいですね。僕、今までユーロの馬主は代理の福盛さんしか見たことないんですけど……」

「う~ん、ワシもほんとのオーナーは見たことはあれへんのや~」

「福盛さんいわく相当の変わり者だと聞いてますけどどんな感じなんでしょうかねぇ?」

「さあ、それはわかれへん。まあ勝てば官軍! ワシと岡西君が力を合わせれば大丈夫!」

「そうですね」

「おっと駅に着いたな。ほなここで今日はお別れや」

「はい、おやすみなさい。水曜のユーロの最終追い切りの日に逢いましょう」


別れた二人はそれぞれの家路についた。

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