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岡西打診

『届かなかった! あと4センチの世界の壁! 岡西&キタノアルタイル』


『頂点まであと一歩! 米国三冠馬の豪脚に屈す! キタノアルタイル』


『アルタイル、大健闘! ドバイWC2着も岡西は大号泣!』


 時は2005年4月1週、各スポーツ紙の一面のほとんどがキタノアルタイルのドバイワールドカップ2着に関する記事だった。押切は自厩舎の詰め所で椅子に座って足を組んでスポーツ紙を読んでいた。


「うわ~、こらキッツいなぁ。ほんの数センチの差やからなぁ。写真に写ってるジョッキーの姿が痛々しいわぁ。カメラマンのアホ共は写真撮るの控えればええのにほんまに空気読めへんやっちゃわぁ」


押切は舌打ちしながらスポーツ紙の写真を見ていた。


「せや、ドバイワールドカップの賞金ってなんぼやろ?」


押切は何種類かのスポーツ紙をしらみつぶしに探した。


「あった、このスポーツ紙に書いてあった。なになに? 1着賞金は360万ドルで日本円にすると3億6000万……。ほんまかいな~! こらごっついなぁ~! ちょっと計算してみるかぁ」


押切はポケットに携帯してる電卓を取り出して計算を始めた。


「えっとまず3億6000万のうち20%税金で引かれて、その金額にワシの取り分10%とすると…。2880万!!! うわぁ、このレース勝てたらアホのちゅんがどれだけポカかましても生活できるわ~! 僅か数センチの差で獲り逃してもーたんやからなぁ、この陣営だけでなくても同じ立場に立たされればそら誰でもヘコむわな~」


押切は再び舌打ちをしなが現時点では叶わぬ皮算用を済ませてふんぞり返った。


「あの~、先生……」

「う、うわぁ!!!」


小倉橋に不意に声をかけられて押切はバランスを崩して椅子ごと後ろに倒れて思いっきり背中を打った。


「全くなにやってるんですかぁ……」


小倉橋は押切の醜態に呆れる一方だった。


「あいたたた……。いやいや、小倉橋さんがいきなり声かけてきたらピックリしても~たんですわぁ」


押切は慌てて起き上がって頭を掻きながら笑ってごまかした。


「あの~、今週のユーロステイテッドについてお話があるんですけど?」

「ユーロのことでっか? なんでっしゃろ?」

「鞍上の騎手をこのままちゅん君にしたままだと、ユーロは力を発揮できなくて現役を終えてしまう可能性があります。そこでウチも新しい騎手を確保したほうがよろしいかと……」

「ワシもアホのちゅんを乗り替わりさせれるならとっくの昔にさせてましたわ。だが、他にワシんとこの馬に乗ってくれる騎手がおれへんからしゃーないのでちゅんを使うしかあれへんのですわ」

「でもこのままでは厩舎全体の経営も危ういです。昨年は30馬房の名門厩舎が定年で引退したおかげで首の皮一枚で残ったんですけど、今年はまだウチは未勝利です。このままでは毎年同じことの繰り返しになります」


小倉橋は神妙な面持ちで押切に厩舎の現状を説明した。小倉橋は前々から厩舎に新しい騎手を迎えようとしていたが、押切自身の容姿や日頃の素行が身内以外を遠ざけていた。もちろん厩舎の雰囲気を変えるためという意味も小倉橋の案には含まれている。


「あ~、小倉橋さんのおっしゃいたいことはよ~わかりますけどその騎手とは誰のことを言ってるんでっしゃろか?」

「そのスポーツ新聞に載ってる騎手です」

「ん? え~~、この騎手をですか? マジっすか?」


押切は岡西を迎え入れるということを小倉橋から聞いて自分の耳を疑った。


「ウチを救えるのは彼しかいないと思っています」

「小倉橋さん、ずいぶん自信満々ですなぁ~。まあこの岡西騎手はドバイワールドカップの大舞台で惜しくも2着という実績を残したんですが他にもなんかあるんすか?」

「ええ、いろいろと調べてきました」


そう言って小倉橋は自分が集めた岡西に関する資料を押切に見せた。


「うわ~、いろいろありますなあ」

「岡西騎手はルーキーイヤーの1997年に75勝して新人王に輝いています。彼が登場する前までの新人記武井匠騎手が保持していた69勝でしたがそれを抜いての記録で現時点では誰も塗り替えていません」

「な、75勝もしてるんですか~~~!! あの武井匠騎手の記録まで抜くってごっついですなぁ~~!! それに比べてウチのちゅんなんかポンコツそのものやなぁ」

「ええ、数字的な記録もすごいんですけどこの勝ち鞍の内訳も驚きです。5分の4の勝ち鞍が人気薄の関東馬です。しかも厩舎経営が危うかったところばかりでいずれも勝ち鞍を挙げてるんですよ。さらに驚愕なのは岡西騎手はその時からフリーだったということです」

「な、なんやてぇ! ルーキーの時からフリーでしかも関東でそれだけ実績持ってるなんてこの騎手どこまですごいんや~! まさに救世主そのものやわぁ!!」


小倉橋が調べたデータにただ驚嘆する押切。


「岡西騎手の腕を裏付けるデータはまだあります。これは真向かいの本岡先生の管理馬のここ3年間の成績なんですけど」

「ほう、どんなんですか?」

「乗ってる騎手と着順を見てください」

「なっ、これは真向かいの厩舎の鞍上は全部岡西騎手やないですかぁ~。しかも着順見たら色ばっかやぁ」

「そうです。騎手の確保の重要さがこのデータからうかがえると思います」


押切が見た本岡厩舎管理馬の鞍上はすべて岡西で、ほとんどのレースで複勝圏内まで持ってきているという。色というのは表を見やすくするために1着は赤・2着は青・3着は緑で枠内が塗られている。


「逆に言うたら真向かいの厩舎かてもし岡西騎手を失ったら致命傷になるってことやんけ……」

「そういうことです」

「それに比べてワシんところの着順は4着以下の真っ白ばっかりやなぁ! そらちゅんだけで勝てるんやったら苦労はせ~へんわな」


押切は小倉橋のデータにただ納得するだけだった。


「あと厩舎のあり方ということでいい例の厩舎を紹介します」

「ん? なんでっしゃろか?」

「これは関東の名門藤枝和彦厩舎のこれまでの勝ち鞍なんですが……」


小倉橋は今度は藤枝厩舎のここ最近10年の成績のデータを押切に見せた。


「どれどれ? う~わ、常に年間50勝前後しとるわ~~~!! さすがリーディングトレーナーの常連はすごいなぁ」

「まあ藤枝先生は英国に渡って調教に関するいろんなノウハウを仕入れてきて調教に生かしてるというのもありますけど、この厩舎は常に騎手の確保を徹底しています。出走した馬の鞍上の騎手を見ると常に要所どころの騎手を確保してることがお分かりだと思いますけど」


藤枝厩舎管理馬の騎乗騎手を見るとほとんどがG1ジョッキーだった。


「せ、せやなぁ。ワシんところにも1人は回してもらいたいくらいやわぁ」

「昨年岡路氏が騎手を引退してから藤枝厩舎の超逸材馬のギガクロスブレイクの新パートナーは誰か? ということでかなり話題を呼んだんですが、周囲をあっと言わせたのが今までタッグを組んだことが岡西騎手を迎えたことです」

「ほえ~~、今までの小倉橋さんの話からすると今年の牡馬クラシックはギガクロスブレイクで決まったようなもんやわぁ。ほんでどうやって岡西騎手を迎え入れるんでっしゃろか?」

「それは岡西騎手と懇意の本岡先生に頼みこみに行きます」

「日頃、ワシらの厩舎は周辺の厩舎にいろいろと迷惑かけてばっかやったからなあ。本岡先生は岡西騎手を紹介してくれるやろか?」


押切は不安そうに小倉橋に尋ねた。


「本岡先生は日頃から温厚な性格です。意地悪な面はないとわたしは思います」

「ま、まあ小倉橋さんが言うんなら間違いないでしょうなぁ~。ほな行ってみますか?」

「ええ、参りましょう」


そう言って押切と小倉橋は本岡厩舎へと出向いていった。


 こちらは本岡厩舎前。入口の所で大西と西岡が会話をしていた。


「大西さん、岡西君となんか話しました?」

「ん? 特に話していない。挨拶はしていったんだが。なんでだ?」

「いやぁ~、あのドバイのハナ差の2着の事ですわ~。大西さんが前言ってた不安とやらが的中しても~たからちょっと心配やぁ~思いまして……」

「ああ、あのことか。岡西君は1つの敗戦をズルズル引きずるような男ではない。むしろバネにして今年はブレイクするとわたしは思うが」

「ひや~、ずいぶん高く買ってますなぁ」


雑談をしてる二人の前に押切と小倉橋がやってきた。


「あの~、すいません」


小倉橋が大西に話しかけた。


「ん? これは小倉橋さんに押切先生。二人揃ってウチになにかご用でも?」


大西は怪訝な表情を隠して営業スマイルで二人を迎えた。


「実は本岡先生に大事なお話がありまして」

「ウチの先生に? まあここじゃなんですので事務所にお入りになってください」

「あっ、ありがとうございます」


大西は押切と小倉橋を厩舎中に案内した。ちなみに押切はこの時、極度の緊張状態で歩き方がすごくぎこちなかった。自分の厩舎の運命がかかってるというターニングポイントを押切は肌で感じていた。本岡厩舎の事務所に応接室があって二人分腰掛けられる椅子があった。


「まあそこの椅子に腰掛けて待っててください。今から先生を呼んできますので」


大西は押切と小倉橋をその場に置いて本岡を呼びに行った。


「こ、小倉橋さん……岡西騎手は……乗ってくれますかね……」


ちょうど二人っきりになってようやく押切は口を開いた。緊張もピークに達していてソワソワと貧乏ゆすりをしていた。


「先生、なにやってるんですか? しっかりしてくださいよ」


小倉橋は押切の貧乏ゆすりに呆れるばかりであった。


「わ、わかってる……。どうも武者震いが……。止まらなくて……」

「それは武者震いでなくガチガチに緊張してるだけです」


押切のボケに小倉橋は冷静にツッコミを入れて対処していた。


 その頃、本岡はオンリーゴールドの中間追い切りを終わらせてちょうど厩舎に戻ってきたところだった。そこに大西がやってきた。


「先生、お客さんが来てるぞ」

「お客さん? 馬主の人ですか?」

「いやいや、聞いて驚くな。真向かいの厩舎のチンピラと小倉橋さんだぜ」

「あの押切先生ですか? なんでまたウチに?」

「さあな。事務所に待たせているから行ってみなよ」

「あっ、はい」


本岡は首をかしげながら押切と小倉橋を待たせている事務所へと向かって行った。本岡はドアを開けて中へと入っていった。


「あっ、大変お待たせしました」


本岡は押切と小倉橋に一礼して近づいていった。


「本岡先生、お忙しいところすいません。わたしは押切厩舎に所属してる小倉橋といいます」

「お、押切です……」


小倉橋は平静に挨拶をしていたが押切は自分の名を名乗るだけでいっぱいだった。


(この人が噂の押切先生かぁ。間近で見るのは初めてだけどすごい迫力だなあ……)


本岡は押切の容姿に圧倒されながらも平静を保っていた。


「わたしにお願いがあると厩務員のほうから言伝を聞いてきたんですけど?」

「あ、あの~……本岡先生のところに……岡西騎手が……来ていますよね……」


押切はぎごちない口調で岡西のことを本岡に尋ねた。


「え、ええ。岡西君には大変お世話になっていますけど~」

「あ、あの~……本岡先生に……お願いが~……ありまして~。岡西騎手に……ウチの馬にも乗ってもらいたいと…おもいまして~、岡西騎手を~紹介してもらえないでしょうか?」


いつもはガラの悪い関西弁口調の押切だが、慣れない標準語をチグハグながらも喋っていた。


「岡西君をですか?」

「え、ええ……。そそ、そうです。お、お願いできないでしょうか?」

「ええ、それはかまいませんけど。乗るかどうかは本人に聞いてみてください。ちょうど中間追い切りに来てますので呼びに行ってきますね」


本岡は岡西を連れて来るために事務所を出た。


「ハァハァハァ……。疲れた、ほんましんどいわ……」


本岡が去って行った後、押切は椅子の背もたれにドッと背中を押し当てて寝そべった。


「まだまだ岡西騎手と話してないのでまだ終わってませんよ」


小倉橋は再び冷静な口調でピシャリと押切にクギをさす。


 その頃、岡西は追い切りを終わらせて厩舎内の洗面所で顔を洗っていた。洗い流した顔をタオルで拭いていたときにちょうど本岡がやってきた。


「あっ、岡西君ここにいたね。今事務所にお客さんが来てるんだ。ちょっと来てくれるかな?」

「あっ、はい。わかりました。そのお客さんとは誰のことですか?」

「真向かいの押切厩舎の先生と厩務員なんだ」

「押切先生って近所迷惑な怒号で有名なあの人ですよね? なんでまた……」

「どうも騎乗依頼みたいだねえ。今日の押切先生はかなり切羽詰ってる状態だったので危害はまずないよ」

「まあ危害があってもらっても困りますけどね。では参りましょう」


本岡の後を岡西がついていくように二人は事務所へと向かった。


 再び本岡厩舎内の事務所。押切は相変わらず貧乏ゆすりをしながら本岡と岡西が来るのを待っていた。一方小倉橋は押切とは正反対で寡黙に待っていた。しばらくして本岡と岡西が入ってきた。


「岡西君、紹介するよ。こちらが押切先生でこちらが厩務員の小倉橋さんだよ」

「あっ、どうもはじめまして。わたしが岡西摩那舞といいます」


岡西は押切と小倉橋に一礼した。小倉橋は自然に立ち上がったが、押切は不自然に体を小刻みに震えさせながら立ち上がった。岡西と対面してますます緊張の度数が増えてしまったからである。


「どうもわたしは押切厩舎に所属している小倉橋といいます」

「お、お、お、押切……です……」


二人は岡西に一礼した。小倉橋は本岡と岡西が見えない死角でガチガチ状態の押切の背中をパンと一発叩いた。


「本岡先生からわたしに押切先生の管理馬の騎乗依頼があるというのを聞いてやってきましたが」


岡西は押切に話をふった。


「え、えぇ。じ、実は~岡西騎手に~~~ユーロの……う、馬に乗って……も、もらいたいと~、お、思いまして……」


押切は極度の緊張のためスムーズに喋れない状態だった。


(この人が押切先生かぁ。間近で見るとすごい迫力だなあ……。なんかいつもと様子が違うみたいなんだが……)


岡西は押切のかんでばかりいる口調や、ぎこちないしぐさをみてイマイチ言いたいことがわかりにくかった。それを見かねた小倉橋は押切の口を無言でふさいで語り始めた。


「すいません、岡西騎手。実はウチの厩舎は今経営の危機に立たされています。わたし達は初めてお会いしますが、あなたの活躍ぶりはよく聞きます。特に先週のキタノアルタイルのドバイワールドカップでは数センチの差で惜敗してしまいましたのは大変残念に思っています」

「いや~、恐縮です。実はドバイに来てから街の規模の大きさに驚いて自分自身舞い上がっていたので、本番の時、最後の最後で米国の三冠馬に差されてしまったんですよ。ハナ差で負けた時は相当ショックでしたけど一夜明けて気持ちも吹っ切れました。レースが終わって、競馬場から宿泊地に戻って、長野先生にいろいろとハッパをかけられましたけどねえ」


小倉橋のねぎらいの言葉に岡西はなぜか自然とキタノアルタイルでのドバイワールドカップの裏話をした。


「単刀直入に言います。ウチの馬でドバイのリベンジをしませんか?」


突然の小倉橋の爆弾発言に押切は心臓が止まりそうになった。


『ちょっ、ちょっと小倉橋さん! なんちゅうこと言ってるんですかぁ~』


押切は小声で小倉橋に話しかけるが小倉橋はすぐに押切を制して再び語りだした。押切の心臓はいまにもはちきれそうな勢いで鼓動をしていた。


「第三者のわたしの目から見てキタノアルタイルに2000は少し長かったように感じました。岡西騎手の腕であそこまでカバーできたとは思いますが」

「確かにフェブラリーSの時、僕はアルタイルはこれくらいの距離がベストだと感じていました。長野先生は8年前のドバイワールドカップで競走馬をレース中の事故で予後不良でなった苦い過去があり、8年前のリベンジの意志が強かった長野先生にとてもでないが距離適正の提案は持ち出せませんでした」


再び岡西は小倉橋の話の内容にキタノアルタイルの裏話を自然に出してしまった。


(この小倉橋さんってすごいなぁ。初対面なのにここまで俺の裏話を引き出させるなんて……。実際は間近で見てないのに、まるでアルタイルを間近でみたような持論を持ってるなあ)


「ウチの厩舎には将来大舞台の地に立つ馬がいます。岡西騎手もその馬名は知ってるかもしれませんがユーロステイテッドという3歳の牡馬です」

「!!!!」


岡西は久しぶりに聞いた馬名に言葉を失った。


(うわぁ~、小倉橋さん……。いくらなんでも出すぎやでぇ。こらアカン……)


押切は心の中で交渉が決裂しそうな予感を感じた。


「今から4ヶ月前の未勝利戦の時にちょうどウチのユーロステイテッドと本岡先生の管理馬サロメ号が対戦したとき、パドックで岡西騎手は執拗にユーロステイテッドをチラチラ見て相当気にしていましたよね?そしてレースでは勝ちましたが納得のいかない表情をしてましたね?」

「!!!!」


岡西は再び絶句した。初対面の小倉橋に自分の心理を見透かされてるような気分だった。


「け、慧眼恐れ入りました……。実はあの時、あの黒鹿毛の巨漢馬を一目見たときからすごい迫力を感じていました。レースでは2.3着が限度かなと思ってたらあの馬は直線で伸びを欠いて5着に沈んでサロメが勝ちましたが、自分の眼に間違いはないはずなのになんで沈んでしまったんだとずっと考えていたんですよ」

「そのユーロステイテッドなんですが今週の阪神日曜の1Rの未勝利戦に出走予定ですが岡西騎手にぜひ乗ってもらいたいと思いまして、本岡先生に頼み込んで岡西騎手を紹介してもらったわけです」

「そうだったんですか、えっと日曜は阪神で騎乗します。今予定を見てますけど1Rはまだ空白のままですね。わたしでよければ引き受けますよ」

「ありがとうございます」


こうして話はまとまった。ユーロステイテッドと岡西の運命の輪がつながったような感じだった。


「いや~、ホンマおおにきですわ~。よろしゅうお願いしまっせ~」


さっきまでガチガチに緊張してた押切はすっかり緊張が吹っ飛びいつもの状態になって、岡西とガッチリ握手した。


「え、ええ。こちらこそ……」

(この先生わかりやすいなぁ。さっきまでオイル塗ってないロボットみたいな動きしてたのに)


岡西は苦笑いの状態で押切の嬉しそうな表情を見ていた。


「あの~、押切先生。ユーロの最終追い切りは今日ですか?」

「あ~、実は明日を予定してるんや~」

「あちゃ~、明日は美浦で2つほど追い切りの依頼があったんだった……。ちょっと待っててくださいね」


そう言って岡西は事務所の窓際まで言って電話をかけはじめた。


「あっ、もしもし。下原先生ですか? 岡西です。あの~明日のダイヤバークレイ号の最終追い切りなんですけど鞍上を僕から調教助手の人に替えてもらえないでしょうか? ちょっと栗東のほうで急遽超有力な3歳馬の超有力馬の騎乗依頼が入って、まだ乗ったことがない馬なのでどうしても最終追切に乗ってもらいたいと馬主の方に強く願われてまして……。はい、どうもありがとうございます。では失礼します」


岡西は美浦の下原調教師に最終追切の調教依頼のキャンセルの連絡をした。そして続けてまた別の調教師に電話をかけ始めた。


「あっ、足塚先生。おはようございます、岡西です。あの~明日のサリナス号の最終追い切りなんですけど……。はい、はい、ありがとうございます。それでは失礼します」


続けて足塚調教師にも同じような内容で、最終追切の調教依頼のキャンセルした。


「すいません、お待たせしました。明日はユーロの追い切りに参加させてもらいます」

「お、岡西君。他の厩舎の調教依頼をわざわざキャンセルしてワシんところの馬に乗ってくれるん?」

「ええ、騎乗依頼でテン乗りの馬はどんな馬でも必ず1回は追い切りに乗らないといけないと思ってますので。それにさっきキャンセルした2頭は乗り替わりではありませんので」

「かぁ~、初対面なのにそこまでしてくれるなんてワシは感激やぁ!!!」


岡西の行動に押切は一気に有頂天になった。すでに押切の頭の中は勝ち鞍が金山から出てくる金塊のようにザクザク出てくるような予感をしていた。


「それではわたし達は失礼します」

「今日はホンマに助かりましたわ~」


小倉橋と押切は本岡と岡西に一礼して自厩舎に戻っていった。


「本岡先生、押切先生って案外話がわかる人でしたね。いつも怒鳴ってばかりで気難しい人かと思ってたんですけど」

「うん、そうだね」


小倉橋と押切が歩いていく後姿を見ながら本岡と岡西は話していた。



──遠くの位置にて──



「小倉橋さんにウチのタネがバレてしまったか~。まああのチンピラの有力馬と岡西君がコンビを組むってなるとこれは面白くなるなぁ」


さきほどの会話を盗み聞きしていた大西は複雑な心境ながらも今後の競馬に楽しみな一面も見出していたという。

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