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トライアル戦線(前編)

 時は2005年3月1週。3月の競馬は春のG1のトライアル重賞が目白押しの月。今年3歳の牡馬は皐月賞・日本ダービー、牝馬は桜花賞やオークスをそれぞれ目指して凌ぎを削り合う。今年のクラシック戦線の注目の的となってるのはやはり美浦・藤枝和厩舎の3歳牡馬、ギガクロスブレイク号だった。各競馬雑誌はギガクロスブレイクに関することを大々的に取り上げていた。しかし、次走の弥生賞について岡路引退後誰が乗るかということはまだ書かれていなかった。何人かのスポーツ記者は藤枝のところに来てギガクロスブレイクの新しい主戦騎手について直撃インタビューを試みていた。


『藤枝先生!岡路騎手引退後の新しい主戦騎手は誰でいくつもりですか?』

『美浦の騎手で順当に行くと横井典、中田勝騎手あたりですか?』

『武井匠騎手へ打診してるんですか?』


藤枝は1頭の自分の管理馬の調教を終わらせて、トレセン内を5.6人の記者に囲まれながら歩いていた。


「まあ来週の出馬投票でわかることですのでその日を楽しみにしてください」


 ギガクロスブレイクの新しいパートナーが岡西ということは決まっているが、藤枝は決して記者の前では話さない。もしここで公表すると取材陣が岡西に殺到して、騎乗など様々なことに支障をきたすからである。


『先生、お願いしますよ~。ウチの編集長からギガクロスブレイクの新しい主戦騎手聞いて来いって言われてわからないまま帰るとどやしつけられるんですよねえ~』


記者の一人は同情作戦で聞き出そうとする。


「ははは、騎手の確保は万全なのでご安心を。知りたければ編集長さんに直接来るように報告してはどうでしょうか? では今からウチはミーティングに入りますので記者の皆さんはお引き取りください」


記者対策万全の藤枝は独自のはぐらかし戦法で記者達の質問をうまくかわす。話しているうちにちょうど自厩舎前に着いた藤枝はそそくさと建物内に入っていった。それと同時に藤枝厩舎のスタッフ2人が入口の扉を閉じた。


『ちょっと、藤枝先生! 待ってくださいよ~。最後に教えてください~!』


記者の言葉は閉ざされた壁に遮られてしまい、記者達は途方にくれた。


『困ったな~。これでは記事にならん……』

『こうなったら思い当たる騎手を当たってみるしかないか。もしかしたらその中に新しい主戦騎手いるかもしれん』


そう思って記者達はそれぞれ思い思いのところに向かって行った。


「先生、記者の人達は去っていきましたよ」


窓から見張っていたスタッフの1人が藤枝に報告した。


「うむ、ありがとう。やれやれ、1頭の競走馬の新しい主戦騎手であれだけ騒ぎになるなんて困りものだな。ミーティングを始める前に誰か渦中のヤツの連絡先を知ってるのはいないか?」


藤枝は岡西の連絡先を知ってるスタッフを尋ねた。


「あっ、先生。岡西先輩の携帯番号は僕が知ってます」


そう言ってきたのは藤枝厩舎に所属してる騎手の北町宏之だった。北町は岡西より2つ下の後輩で、彼自身1999年シーズンでは37勝を挙げて新人王も獲得している。その後の年もコンスタントに二桁の勝ち鞍を挙げて重賞も何勝かしている。岡西と比べると実績は劣るが、北町も西側にそれなりに抵抗できる腕を持つ騎手の1人であった。


「そうか。では宏之、ヤツに電話をかけてくれないか。ギガクロスブレイクの追い切りの日程を変更しようと思ってるので」

「はい、わかりました」


藤枝に促されて北町は岡西に電話をかけた。


 その頃、岡西は京都の別荘からオートバイを走らせて栗東トレセンに向かってる最中だった。ちょうど信号待ちしてる時に携帯の着信音が鳴った。


「ん? 関東のレースの入場行進曲の着信音。誰だろ?」


岡西の競馬関係者の着信音は関西と関東に分けていて、美浦所属の騎手からかかってきた時は関東、栗東所属の騎手からかかってきた時は関西の入場行進曲が流れるように設定してある。通常では着信見て電話に出るが、オートバイに乗ってる時は着信を見ずにイヤホン機能を使うようにしている。


「はい、もしもし」

『あっ、岡西先輩。おはようございます、北町です。今電話に出ても大丈夫でしょうか?』

「おお、宏之か。イヤホン機能で話してるから問題ないがどうしたんだ?」

『あの~、今から厩舎のミーティングが始まるんですけど、その前にウチの先生が岡西先輩にギガクロスブレイクのことでちょっと話があるみたいで電話したんですけど』

「藤枝先生が?」

『はい、今から先生に電話替わりますので』

「ああ、わかった」


そう言って電話の声は北町から藤枝に替わった。


『もしもし、摩那舞か? わたしだ』

「あっ、藤枝先生。おはようございます」

『ギガクロスブレイクの追切についてなんだが、確か明日は乗り込みに来る予定だったな?』

「はい、弥生賞の2週前からなので先生のおっしゃる通りにスケジュールを組んでます」

『それなんだが今日、記者の連中にギガクロスの新しい主戦騎手のことをしつこく問われてね。もちろん出馬投票当日までは極秘だがな』

「そんなに記者が来るほどの騒ぎだったんですか?」

『そうなんだ。ノリとか勝秋ならタッグを組んだことあるから違和感はないが、お前の場合はわたしとタッグ組むのが全く初めてだからウチに追い切りに来たのを見たことがない騎手が、張り込んでた記者の連中から不審に思われてウチの厩舎に入った途端、摩那舞に記者の取材が殺到するだろう』

「なるほど、では僕はどうすればいいのでしょうか?」

『そこで明日の乗り込みはウチの所属騎手か調教助手に任せる。来週の最終追切はさすがに摩那舞に乗ってもらわないとまずいので、ギガクロスの最終追切は来週の木曜にするのでその日の前日にウチの厩舎の休憩所で一泊してくれないか?』

「明日はマスコミ回避のために藤枝先生のところに来るのはNGということですね、わかりました。では先生の厩舎に来るのは来週の水曜の18時くらいでよろしいでしょうか?」

『そうだな、その時間帯なら人も少ないのでベストだろう』

「わかりました。ではスケジュールを変更しますね」

『すまんな、手数をかけて。追切の詳細は来週にするのでその時に。では今からミーティングを始めるのでまたな』

「はい、失礼致します」


こうして藤枝とのギガクロスブレイクに関する打ち合わせの通話は終了した。


(やれやれ、今年はいろいろと忙しくなりそうだなあ……)


岡西は今後のことを考えながらバイクを走らせていた。そして約10分後、栗東トレセンの駐車場に到着した。バイクを降りた後、トレセン内に入っていった。この日は本岡厩舎のオンリーゴールドの最終追切の予定が入っていた。今週オンリーゴールドは阪神競馬場でアーリントンCという3歳限定のG3重賞に出走予定で、本岡厩舎に初重賞制覇をプレゼントできるチャンスであった。本岡厩舎に向かっている途中、怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! ちゅ~~~~~ん! オマエはゲート練習もロクにできへんのか? セツイチボンバー号が暴走して危うく他厩舎スタッフを大怪我させるところやったんやでぇ!!! わかっとんのかオマエは!!!」

「ス、スイマセン……」


怒号の主はもちろん押切である。ちゅんがセツイチボンバーの出遅れ癖を直すためにゲート練習をしていた時、そのセツイチボンバーがゲート内で急に暴れだしてちゅんを振り落として暴走したという。押切が管理するセツイチボンバー号は管理馬の中で最も気性が激しい暴れ馬であった。幸い他厩舎のスタッフの適切な判断で怪我人は出なくてよかったものの、またもや押切の評判を悪くしてしまう結果になってしまったのである。


「オマエはワシんとこ来てどれくらい経ったかぁ!!!」

「ま、丸1年です……」

「1年経ってもオマエは何も変わってへんやんけ~! 勝ち鞍はロクに挙げん! 調教はまともにできへん! オマエはどこまで役立たずなんやぁ!!!」


押切の怒鳴り声は相変わらず衰え知らずで15厩舎離れてるところを歩いている岡西のところまで筒抜けだった。


(今日もあの厩舎は騒がしいなあ。これだけ離れてるのにあの先生の怒号がここまで聞こえてくるんだからなぁ。あの怒鳴り声で周辺の厩舎の競走馬達はメンタル面を鍛えられそう。これも西側が優勢に立ってる要因の1つなのかなぁ?)


怒号の震源地に近づいているため次第に押切の怒鳴り声はヴォリュームを増す。岡西は本岡厩舎に追切に向かう度に押切の怒鳴り声が常に耳に入ってくる。何度も通ってる道なので慣れてはいるが、どうにかしてもらいたいと思う岡西であった。あれこれ考えているうちに本岡厩舎に到着した。


「あっ、大西さん。おはようございます」

「やあ、岡西君。おはよう」


岡西は入口で仕事をしていた大西に挨拶をして、建物内に入って詰め所に向かっていった。詰め所には本岡と四宮がいた。


「本岡先生、四宮さん、おはようございます」

「あっ、先生。岡西君がちょうど来ましたね」

「おはよう、岡西君。今からオンリーゴールドの最終追切の打ち合わせをしようとしてたところだったんだ」

「そうだったんですか。オンリーゴールドの最終追切メニューはどういった内容でしょうか?」

「うん、坂路5ハロンを強めで2馬身先の併せ馬に先着してもらうという感じなんだけど。併せ馬役はスーパービーナスで15-15よりも少し速い感覚で四宮君に走ってもらう。岡西君はオンリーゴールドでスーパービーナスを追いかける。前半の3ハロンは2馬身をキープして残りの2ハロンで差し切るといった内容だよ」

「わかりました。では向かいます」


本岡の指示をもらった岡西と四宮はそれぞれ準備に取りかかった。オンリーゴールド・スーパービーナス共に騎手を乗せる準備は完了して岡西は菅野の支えでオンリーゴールド、四宮は大西の支えでスーパービーナスに騎乗して建物内を出た。


「お~い!!! 大林!!! オマエは飼葉の分量間違えるってどういうこっちゃ!!! 最終追い切りで仕上げたメビウスに通常の2倍の飼葉与えてどうするんや!!! こいつはアホのちゅんと同じでタダでさえ太りやすいんやでぇ!」

「す、すいません……。セツイチボンバーの飼葉とテレコになっていまして……」

「はぁ? オマエは何年厩務員やっとんのやぁ!!! 世話する馬たった2頭しかおれへんのに間違うってどういうことやぁ! 自分の世話する馬も区別つかへんってオマエの目はヒラメか? あぁ?」


 岡西達が本岡厩舎の入口に出た時、真向かいの押切厩舎からまたもや怒号が響いてくる。ちゅんの次は大林厩務員がポカをかました模様。押切厩舎スタッフのポカの連鎖はおさまらない。


「よくあんな怒鳴り声出してて疲れないんでしょうかねえ?」


岡西は常に怒鳴りっぱなしの押切を不思議に思いながら他の3人に聞いてみた。


「いつものことよ」

「これくらいのことはザラやで~」

「あのエネルギーが世の中の役に立てればいいと思うが無理な話だな」


菅野・四宮・大西の順で耳に入ってくる押切の怒号をサラっと受け流す。岡西一行は馬道を通って坂路コースへと向かって行った。この後、岡西達はキッチリと本岡が立てた調教メニューをこなしてレースを迎えることになる。


──3日後──


 ここは阪神競馬場。天気は快晴で絶好のレース日和。レース自体も滞りなく進んでいた。やはり阪神の開幕週なだけに前残り決着が多いレースが続いていた。毎年のことだが、阪神の開幕週は芝の状態がものすごくいいため前の馬が止まりにくい競馬になることが多い。土曜のメインレースの時間も刻一刻と迫ってきた。


阪神11R アーリントンC G3 芝1600M 良 15:45発走


1枠 1番 ロケットダイブ   牡3 56 中竹  栗・石塚

2枠 2番 カゼノナイアオゾラ 牡3 56 柴畑善 栗・音有

3枠 3番 アオノタイザン   牡3 56 幸田  栗・羽鳥

4枠 4番 プリンシパリティ  牝3 54 武井匠 栗・森田

5枠 5番 ガッツヘラクレス  牡3 56 藤井  栗・山口

5枠 6番 シンダルサバイバー 牡3 56 横井典 美・藤枝和

6枠 7番 オンリーゴールド  牡3 56 岡西  栗・本岡

6枠 8番 テンノマガタマ   牡3 56 大牧  栗・葉月

7枠 9番 アルマイヤサンズ  牡3 56 石田  栗・殿道

7枠 10番 ライネミラクル   牝3 54 蛇奈  美・国木田

8枠 11番 カムラオーロラ   牝3 54 安城勝 栗・副島

8枠 12番 アドニスリンゼイ  牡3 56 三井  栗・河口


 アーリントンCはいちおうNHKマイルカップ(G1)のステップレースの重賞の1つというふうに位置づけられているが、NHKマイルカップを目標にしているメンバーは基本的に3月の終わり頃にある毎日杯(G3)、または桜花賞の前日に中山競馬場で行われるニュージーランドトロフィー(G2)をステップレースにする。したがってこの重賞レースはメンバー的に比較的薄い傾向がある。今回のメンバーの中に重賞ウイナーは不在でどの馬にも勝てるチャンスはあると専門誌は予想している。人気を背負ってる馬は重賞で好走した馬や前走強い勝ち方をした馬で、オンリーゴールドは前走白梅賞(500万下)を辛勝ながらも勝ってデビューから2連勝しているが、勝ったレースはいずれも少数頭レースでレース間隔も空いていため7番人気と低い評価だった。本岡は前走を勝った時点でこの重賞に照準を絞っていた。ここで好走して本賞金をプラスしてNHKマイルカップに出走させるというのが本岡の狙いであった。


「岡西君、今日の重賞は前を走る馬が止まりにくいレースなので前のほうで競馬をするように。もし大逃げを打った馬がいたらその馬の2馬身差まで追っつけて直線に入るまでその差をキープすれば好勝負ができる」

「わかりました。今日は本岡先生に重賞初制覇をプレゼントできる絶好のチャンスですので狙いますよ。逃げを打つ馬はメンバーの中で思い当たる人がいますので」

「うんうん、よろしく頼むよ」


岡西は勝つ気満々の発言をするが、本岡は脚部不安を抱えるオンリーゴールドが無事に走って戻ってきてくれることだけを祈っていた。


「では行ってまいります」


岡西はいつもの通り本岡に一声かけて控え室からパドックのほうに向かっていった。本岡は岡西が去っていく姿を見ながら新たな可能性を頭の中で思い描いていた。


 パドックにはアーリントンC出走の12頭の馬が歩いていて、各競馬ファンが競馬新聞やスポーツ新聞を照らし合わせながら各馬の気配を見て買い目を考えていた。そのパドックの客の中にオンリーゴールドの新馬戦の時の学生カップルもいた。


「今日はあんまお客来てへんなぁ~」

「そらそうやろ~。デカイ重賞あれへんから。今日のアーリントンのメンバーかてうっすいやろ?」

「薄い言われてもよ~わかれへんのやけど」

「あのな、有力馬はだいたい来週の弥生賞出るんや。エネマイ(NHKマイルカップの略称)狙ってる陣営はたいがい毎日杯かニュージーランドトロフィーをステップレースにするんや。せやからこの重賞に出てくる馬はあんま強いのはおれへんのや~」

「ふ~ん。そうなんやぁ~。じゃあなんでメンバー薄いレースに来たの?」

「メンバー薄いっつうことはどれ来るかわかれへんので馬券もそれだけ美味しいということや。俺の狙い目はもう決まってるけどな」

「何買うん?」

「馬単1番1着固定であとは5番人気以下の馬で2着総流しやぁ~。阪神の開幕週は前が止まれへんからなぁ。しかもこの中竹は逃がしたら怖いんやでぇ~。今4番人気やから2着に人気馬さえ来なければ勝てる可能性大やぁ!」


男は得意気に語っていた。


「当たればの話やけどな」


女は冷静に有頂天前の男に水を差す。


「そんなんわかっとるがな~! んで、オマエどうするん?」


茶々を入れられた男は女に買い目を聞いてきた。


「う~ん、わたし7番の単勝行こうかなあと思ってる。この間勝たせてもらった馬だし」

「またあの馬の単勝かいなぁ~。オマエも好きやなぁ。今日は馬連くらいやってみたらどうや?」

「そんなん言われても他の馬わかれへんから~」

「なら俺の推奨馬相手にしたらどうや? 1-7の馬連や。これやったら中竹・岡西の順番で来たら俺ら二人当たりや~」

「う~ん、じゃあそれに1000円賭けようっと」

「ほな投票所に行くか!」


そう言って学生カップルは投票所のほうに向かっていった。しばらくして騎乗合図が出て各騎手達はパドックに向けて一列に並んで一礼して、小走りにそれぞれの騎乗馬のところに向かっていった。岡西はいつもの通り菅野に支えてもらってオンリーゴールドに騎乗した。


「岡西君は重賞レース毎回出てるからいいとして、わたしは自分が世話する馬が重賞レース出すの初めてなので緊張してしまうわ」


いつも気丈に振舞う姉御肌の菅野もこの日は少し緊張気味だった。


「確かに厩舎初の重賞出走ですし、なにしろ面倒な吉原さんも来てますからねえ。まあ僕も緊張してないと言ったら嘘になりますけど、口うるさい吉原さんを驚愕させてやろうと思うと緊張って飛んでしまうんですよねえ。まあ他にも楽しみがありますし」


岡西は先週G1を久しぶりに勝てた影響もありかなりの強気モード。もちろん本岡に重賞勝ちをプレゼントしたいという気持ちも表れてるが、それ以上に岡西が燃えていたのは今回のメンバーの中で1番のロケットダイブ号に騎乗している騎手のことだった。この騎手の名は中竹英次という関東のベテラン騎手で馬主や調教師などのネットワーク構築のスペシャリスト、いわゆる営業上手として知られている。様々な競馬関係者から信頼を得ていてそれを元手にこれまで1000勝以上も勝ち鞍を挙げてG1レースも2勝している。実は駆け出しの頃の岡西に「営業のイロハ」を教えてくれたのはこの中竹であった。最近は中竹がローカルで騎乗することが多く、岡西との対戦があまりなかった。久しぶりの中竹との対戦に岡西は燃えていたのである。


「フフ、強気なのもいいけど勢い余ってゴールドの脚を怪我させないようにね」

「ええ、わかってますよ」


岡西と菅野は話しながら近馬道を通り過ぎて本馬場へと入っていった。関西の重賞入場行進曲「ドラマティック・ワン」の音楽に乗って出走馬達が本馬場入場してそれぞれ返し馬をしていた。


「じゃ、いってらっしゃい!」


菅野が手綱を放したのと同時にオンリーゴールドは岡西を背に芝を駆けて行った。春の日差しがたなびくオンリーゴールドの金の鬣をよりいっそう光り輝いているように見せていた。


 その頃、本岡は最上階の競馬関係者の特別席にいた。


「脚部に疲れも溜まってなくリズムよく走ってる。人気も真ん中のほうだし岡西君も気楽に乗れるだろう。あとは無事に走ってもらえれば……」


いつものように双眼鏡でオンリーゴールドの1つ1つの細かい動きをチェックしていた。


「本岡先生、調子のほうはどうかな?」


本岡に話しかけてきたのは馬主の吉原だった。


「あっ、こんにちわ吉原さん。いつもお世話になってます」

「いや~、いい意味で計算外だよ。今年の3歳馬で最安値の馬が辛勝とはいえ無傷の2連勝で重賞の舞台まで出走にこぎつけるなんて」

「いえいえ、わたしはゴールドを故障させないように日々調教を積ませているだけで連勝の立役者は大事に乗ってくれる岡西君のほうです」

「なるほど、確か彼は先週わたしの弟の馬で久しぶりにG1を勝ってノリに乗ってるからねえ。勢いに乗って勝ちまで持っていければおもしろいんだが」

「ええ、そうですね。そろそろレースがはじまるみたいです」


すでに発走時刻の1分前でスターターが合図の旗をふるのを待つのみだった。


 向こう正面のスタート地点はいつものように出走馬達が輪乗りをしている状態。ちょうど発走の時間になって係員のスターターがやってきた。そして白い旗を横に振って関西重賞のファンファーレが鳴った。


《実況アナ》


 本日のメインレース阪神11Rアーリントンカップ・グレードスリー芝1600M良馬場で行われます。ゲート入りは順調、最後に12番アドニスリンゼイがおさまって体勢完了……。スタートしました! まずまず揃ったスタート! 最初の先行争い、1番のロケットダイブがスっと前に出ました! それを追うように7番のオンリーゴールドが2番手の位置! その2馬身後ろに2番カゼノナイアオゾラと外に6番シンダルサバイバー関東馬! 半馬身後ろ外に1番人気アルマイヤサンズ! その内にアオノカザン! それから1馬身から2馬身後ろにガッツヘラクレスとテンノマガタマが併走! すぐ後ろにアドニスリンゼイ! お終いから3番手に4番プリンシパリティ、後方の2頭は内がオレンジの帽子ライネミラクルで外にカムラオーロラという体勢! さあ各馬3コーナー外回りをカーブしてまいりました。先頭はロケットダイブ、2馬身のリード! 2番手にオンリーゴールド! そこから6馬身から7馬身ほど後方に3・4番手にカゼノナイアオゾラとシンダルサバイバーが並んで追走! 残り800Mを切りました! あとはアルマイヤサンズ、アオノカザン、ガッツヘラクレスなどが半馬身後ろを追走! 外からアドニスリンゼイまくるように上がってきた! それに続いてテンノマガタマ、プリンシパリティも上がっていった。後方は依然ライネミラクルとカムラオーロラ! 各馬第4コーナーのカーブを通過! 先頭はロケットダイブ、2馬身のリード! 2番手にオンリーゴールド、ムチを入れて上がってきた! さあ直線コース、粘るロケットダイブ! 懸命に追うオンリーゴールド! 前は2頭の争い! 3番手にアドニスリンゼイ! カゼノナイアオゾラとシンダルサバイバーも連れて迫ってくる! 残り400を切った先頭はロケットダイブ! 半馬身から1馬身後ろにオンリーゴールド! 3番手以下も5馬身4馬身と迫ってきた! ロケットダイブ! オンリーゴールド! 完全に2頭の叩き合い! オンリーゴールド並んだ! 粘るロケットダイブ! 2頭並んでゴールイン! わずかに外オンリーゴールドが体制有利に見えましたが……。


 前の2頭で決着したこのレースだったが写真判定に持ち込まれる。正面スタンドのスクリーンのスローで見てみると決勝板手前でオンリーゴールドがクビの上げ下げの差で先着していたことがわかり、中竹の馬を1着固定にしていたファンにとっては痛い負け方であった。あの学生カップルの男のほうも僅差で馬券を取り逃し前回以上に狂乱して地団太を踏んでいた。一方女のほうは馬連40.2倍的中で大はしゃぎだったという。


「本岡先生、岡西君がやってくれたではないか。初重賞制覇おめでとう。初めて出走させて勝つとはたいしたものだ」

「あっ、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


吉原と本岡はガッチリと握手した。


「さあ口取りに行かないとな。重賞を勝ったことで記者も何人か来るようになるから、先生自身マスコミ慣れしておかないといけない」

「あっ、はい。頑張ります。ちゃんと喋れるかなあ……」


本岡は口下手なため人前で話すのはあまり得意なほうではない。記念撮影の前にマスコミ慣れしている吉原や岡西に本岡はインタビューについていろいろとレクチャーしてもらったという。

《モデル騎手紹介》


中竹英次→中舘英二(騎手)

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