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脱!シルバーコレクター

 時は2005年シーズンの2月4週。場所は栗東の押切厩舎の休憩所。昨シーズン持ち前の悪運(?)でどうにか馬房を減らされるのを免れた押切だったが、2005年シーズンも丸2ヶ月経過して未だに勝ち星がないという状態だった。トータルの成績からすると2着と3着が1回ずつあって、あとは全部4着以下というひどい有様。押切の精神状態は昨シーズンの年末のようなノイローゼはすでに完治してるものの、厩舎の勝てない病は未だに治らなず、押切のスタッフに対する無茶振り指令は日常茶飯事だった。


「ったくホンマにアカンわ!!! 外は寒いし勝ち鞍は挙げきれんしスタッフは小倉橋さん以外てんで役に立たんし~。数週間前かてアホのちゅんが危うく八百長に誘われるところやったし~。今年もホンマにロクなことあれへんわ!!!」


押切は何度も舌打ちしながら体をコタツの中にもぐりこませてぼやいていた。ちゅんが八百長に加担しそうになったのを押切が見つけたのはちょうど岡西がキタノアルタイルで平安Sを制覇した10間前のことだった。追い切り後、その日挙動不審だったちゅんを押切は感知し、あとをつけたところヤクザ関係者二人に八百長を強要されてるのを発見して押切がそこで突き止めた。そこまではよかったが、押切が警察にその二人を突き出したところ、ヤクザ関係者より強面だった押切のほうが危うく警察に捕まりそうになったというエピソードがあった。


「しかしあの八百長のヤクザ共をワシが突き出したときの警察のアホっぷりはどうしようもあれへんやったわ~。犯人はこいつらや言ってるのにワシを悪人扱いしよるからなぁ~。名誉毀損で訴えてやろうか思っとったわ~。あそこでも小倉橋さんがいたおかげでどうにか解決できたんやけどなぁ。ほんま小倉橋さんにワシは何回助けてもらったことやら……」


押切が犯人を突き出した時、警察は押切をヤクザの親分と勘違いして逮捕しようとした。押切は中央競馬の調教師だと訴えてるのに信用してもらえなかったという。それもそのはず身分証の写真が今の容姿と全然違う真面目な好青年の時の写真だったのも間違えられた原因でもある。他にも一緒に居合わせたちゅんが自分の師匠ですと言っても、警察はちゅんが脅迫されてるものと勘違いして脅迫容疑で逮捕状を取ろうとしたくらいだった。ラチがあかないということで急遽小倉橋を警察署まで電話で呼び出してようやく事おさまったという。翌日のスポーツ紙の一部に『お手柄!押切調教師、八百長を阻止する!』という記事が出て本人の顔写真付きで出たが、周りの人は「これ逆だろ?」と疑惑の目を向けるほど押切は周りに誤解されやすい人間だった。当の本人は自分の人相の悪さに全く気づいていないという。


「ちょっとスポーツ新聞見てみるか~。ん? 今日はフェブラリーステークスの日かぁ。ワシも競走馬をG1出走とかさせてみたいわぁ」


押切は現時点では叶わぬ願いを頭の中で思い描きながら、いくつかのスポーツ新聞のゴシップ記事を見ていた。スポーツ紙はフェブラリーSの有力馬のことが掲載されていて岡西が乗るキタノアルタイルも『来るか? 関東の女傑!』というふうに大きく報じられていた。押切が休憩所の時計を見ると15:20を差していた。フェブラリーSの出馬表は以下の通り。


東京11R フェブラリーS G1 ダート1600M 不良 15:40~発走


1枠  1番 ヘイザンキャノン  牡5 57 福沢  栗・尾崎

1枠  2番 ダイヤクリスタル  牡6 57 安城勝 栗・松木国

2枠  3番 メイトウカザン   牡7 57 石垣衛 栗・足立

2枠  4番 キタノアルタイル  牝4 55 岡西  美・長野

3枠  5番 オートミテンペスト 牡6 57 武井幸 栗・外尾

3枠  6番 エアロユリシス   牡5 57 横井典 栗・宇治原

4枠  7番 メガロアーチャー  牡6 57 吉井豊 美・古久保洋

4枠  8番 インドラジット   牡5 57 藤井  栗・池井朗

5枠  9番 マイルメダリスト  牡4 57 前藤  美・国木田

5枠 10番 キングフレイル   牡4 57 池越  栗・池井寿

6枠 11番 ナイトシャーク   牡5 57 石田  栗・石塚

6枠 12番 カミカワキングダム 牡5 57 本間  栗・西村

7枠 13番 ライネティンクル  牝5 55 蛇奈  美・国木田

7枠 14番 ロードトゥウイン  牡4 57 松山幹 栗・仁藤雄

8枠 15番 イースタンウルフ  牡4 57 柴畑善 栗・山崎

8枠 16番 グラディエーター  牡5 57 武井匠 栗・芦口  


「そろそろG1の本馬場入場の時間やな……。ほなレースでも見るかな……」


そう言って押切はテレビをつけてフェブラリーSを観戦しはじめた。


「うわぁ~なんやこれ~、府中は芝に雪積もっとるやんけ~。こらキッツいなぁ」


押切がテレビ中継で観ている東京競馬場は雪が積もっていて、この日の準メインの10RアメジストSと最終12Rの甲斐駒特別は芝レースの予定だったがダート変更での発走ということになった。これにはそのレースに出走させる陣営や馬券を競馬ファンは非常に頭を悩ませるものだった。ちょうど関東G1入場行進曲『グレート・エウクス・マーチ』の音楽をバックに本馬場入場がはじまって、実況アナウンサーが出走馬を紹介するところだった。


《実況アナウンサー》


 降りしきる雪の中、2005年シーズン最初のG1フェブラリーSの本馬場入場。出走馬16頭の砂の猛者達の熱き戦いが繰り広げられます!


前走平安ステークス5着は道中不利。最内からの豪脚炸裂で頂点へ! ヘイザンキャノンと福沢祐介!


前走川崎記念は惜しくも2着。この悔しさをバネに中央G1獲り! ダイヤクリスタルと名手安城勝臣!


7歳で重賞初制覇!前走ガーネットステークスの勢いをこの大舞台で! メイトウカザンといぶし銀・石垣衛!


さあ東の女傑が出てまいりました! 昨年の牝馬クラシックはいずれも2着、前走平安ステークスの勝ち馬。ダート変更3戦目で悲願のG1タイトルを!キタノアルタイルと昨年の関東リーディングジョッキー・岡西摩那舞!


前走平安Sは僅差の3着。大舞台のG1タイトルは隣枠の同期だけには絶対譲れない! オートミテンペストと武井幸治!


重賞初挑戦がG1の大舞台!関東の名手のエスコートで持ち前の粘りを! エアロユリシスと横井典保!


前走根岸Sはクビ差の2着。関東の師弟タッグでダートG1獲り! メガロアーチャーと吉井豊一!


前走根岸Sは直線一気の完勝劇! 本番の舞台でも同じ豪脚を! インドラジットと男・藤井伸也!


国木田厩舎2頭出しの一角。OP勝ち3勝の実績を引っさげて目指すは1着という名の金メダル! マイルメダリストと前藤浩行!


500万クラスからオープンクラスまで4連勝で晴れのG1舞台が重賞初挑戦! 連勝の勢いそのままに!キングフレイルと池越謙介!


前走平安Sはクビ差の2着。得意の府中でG1タイトル狙い撃ち! ナイトシャークと兵庫の雄・石田康徳!


昨年は怪我で棒にふるった1年。復活の舞台はG1の大舞台! 3歳ダートチャンピオンの意地を見せるか?カミカワキングダムと本間秀!


国木田厩舎の2頭目。10分の1の抽選を抜けた幸運をそのまま晴れのG1レースへ。ライネティンクルと蛇奈正俊!


名門仁藤厩舎の遅れてきた素質馬。前走川崎記念でファンを驚愕させた逃げ切りで勝利の道へ突き進め! ロードトゥウインと松山幹久!


前走ガーネットステークス2着。掲示板は一度もはずしたことがない堅実な走りをG1の舞台でも! イースタンウルフとベテラン柴畑善明!


前走平安Sはまさかの失速で4着! 昨年の最優秀ダート馬が2つ目のG1タイトルに向けて虎視眈々! グラディエーターと天才・武井匠!


以上の16頭でフェブラリーSが行われます。解説の井坂さんにお話を伺いますが…


 雪雲に覆われた東京競馬場。各馬思い思いに返し馬に入り、白い吐息を吐きながらダートコースを走る。そしてスタート地点に集まった出走馬は輪乗りをはじめた。この時の時計は15:30分を差していた。発走まであと10分となった。岡西はキタノアルタイルの鞍上で長野に伝えられた作戦を心に秘めてファンファーレを待っていた。



──約1時間前、控え室にて──



 レース発走70分前前検量を終わらせた岡西は長野と道中の位置取りなどについて打ち合わせをしていた。G1レースなだけに各陣営も虎視眈々と狙っているため、控え室内は通常の条件戦のレースよりも何十倍もの緊張感が張り詰めていた。


「摩那舞、いよいよ本番だ。最初は芝を走るがアルタイルは芝レースでもそれなりの実績を残してるのでその点は問題ない。位置取りは前走と同じ3.4番につけて、直線に入ったらすぐに先頭に立たずに残り400の標識を切ったあたりからスパートをかけてくれ。今日の馬場状態はかなり悪いのでおそらく後続の馬は伸びにくいので外を走らされる馬には厳しいレース展開になるだろう」

「わかりました。好スタートを決めて内ラチ沿いを走ります。おそらくハナを切るのは横井さんと松山さんの馬だと思いますので。前の2頭を追走する形になると思います」

「うむ、よろしく頼むぞ。あとはハイペースにならないように道中はペース配分を考えるように」


岡西は長野が考えた作戦を元に自分の騎乗プランを組み立てて確認する。岡西と長野とのタッグでは長年このようにしていくつもの勝ち星を挙げてきた。ちなみに岡西がルーキーの時に叩き出した75勝の勝ち鞍のうち5分の1が長野厩舎所属の馬であった。


 時間はレース発走前に戻って、この頃、正面スタンドの真向かいにあるターフビジョンでは過去3年間のフェブラリーSのレース画像を紹介していて、集まった観衆約10万人のまもなく始まるG1レースに対するモチベーションを向上させていた。『砂の頂上決戦! フェブラリーS』という締めの文字の後にターフビジョンの画面は出走馬が輪乗りをしてるところが映った。その後、係員のスターターが向かうシーンに切り替わった瞬間、スタンド前の観客から歓声が沸いた。観客の中には競馬新聞またはスポーツ新聞を円筒状に丸めて手拍子を始める客もいた。そしてスターターの台が上がって旗を振った時、生演奏の関東G1ファンファーレが鳴った。ファンファーレに合わせて約10万人の観客が手拍子をする。その間に出走馬達は各ゲートへ係員に次々と誘導されていく。生演奏ファンファーレが終わったのと同時に大歓声へと変わる。いよいよ発走の時間である。



《実況アナ》


 雪が降りしきる東京競馬場での最初のG1レース。ファンファーレが終わり各馬順調にゲート入り。さあ、最後に16番グラディエーターが入って体勢完了! 2005年シーズンフェブラリーS! スタートしました! キタノアルタイル絶好のスタート! まずは芝コースでの激しい先頭争い! 押して押してエアロユリシスとロードトゥウイン2頭のハナの奪い合い! 各馬ダートコースへ入っていきます! 先手を奪ったのはロードトゥウイン! エアロユリシスがクビ差2番手を追走! 2馬身ほど後ろ内ラチ沿い3番手にキタノアルタイル、人気の一角! 1馬身後ろにダイヤクリスタル! その外にメガロアーチャー、関東馬! さらにその外はキングフレイル! 半馬身後ろに同じ勝負服2頭9番のマイルメダリストとオレンジの帽子ライネティンクル! 半馬身後ろ、内にメイトウカザン! 大外に16番グラディエーターと武井匠! その1馬身後ろにカミカワキングダムとイースタンウルフが併走! その内に赤い帽子オートミテンペスト! お終いから3番手に1番ヘイザンキャノン! その後ろにナイトシャーク! 最後方にインドラジットという展開……。


(計算どおり3番手につけたぜ。前の2頭は残り400Mあたりで抜いて駆け抜ける!)


岡西は内ラチ沿いにキタノアルタイルを走らせながら、この不良馬場では外側を走る馬はまず届かないと確信した。そして3コーナーのカーブに差しかかる。



《実況アナ》


 各馬3コーナーを通過! 先頭はロードトゥウイン、半馬身のリード! そのすぐ後ろにエアロユリシス! 1馬身後ろにキタノアルタイル! 残り800を通過! 後続集団がジワジワと接近してきた! 外目からグラディエーター、ナイトシャークなどが迫ってきた! 馬群はほぼ一団になって4コーナーを通過! ほぼ横一線に並んだ! 先頭はロードトゥウインとエアロユリシス! 内からキタノアルタイル迫ってきた! 残り400を切った! ここで先頭はキタノアルタイルに替わった! 1馬身から2馬身のリード! 外からナイトシャークとキングフレイルが混戦の馬群を抜け出して懸命に追走する! 大外グラディエーターは伸びない! 残り200を切った! 先頭はキタノアルタイル! リードは2馬身! ナイトシャークとキングフレイルが迫ってくる! 後方のほうからインドラジッド、オートミテンペスト追い込んでくる! 残り200を切った! 先頭はキタノアルタイル! 1馬身後ろにナイトシャーク! 連れてキングフレイルも迫ってくる! キタノアルタイル先頭! キタノアルタイル振り切ったゴールイン! キタノアルタイル、シルバーコレクター返上! 昨年G1レース2着3回の鬱憤を真冬の大舞台で晴らしました!



(やったぜ! 久々のG1勝利だ~! やっと長野先生にG1の勝ち鞍プレゼントできたぜ!)


岡西は雪まみれになりながら何度かガッツポーズをした。岡西自身4年2ヶ月ぶりのG1勝利で、長かったトンネルを抜け出して喜びを爆発させていた。2着以下の馬はそのまま検量室前まで引き上げていくが、G1の舞台では大観衆の前でウイニングランをするのが通常である。岡西は芝コースに入って正面スタンドの客席から見て右から左にキタノアルタイルを走らせて観客の声援にこたえていた。そしてウイナーズサークルのすぐそばにある地下馬道を通って検量室へとキタノアルタイルを誘導させた。1着のゲートのところには長野と星崎が待っていた。ゲートのところにアルタイルを誘導させた後、岡西は馬から降りた。


「摩那舞君、やったわね! わたしの世話した馬がやっとG1馬になったわ!」


星崎は嬉しさのあまり岡西に思いっきり抱きついた。


「あっ、あの~、ちょっと星崎さん……。すごく動きにくいんですけど……」


岡西は不意をつかれて照れくさい表情で困惑していた。


「あっ、ゴメン。思わずはしゃいじゃった」


星崎はいい年して大人げないはしゃぎかたに顔を赤らめた。普段は面倒見のいい星崎たが、自分の世話する馬がG1勝てたことで相当舞い上がっていた。


「ははは、星崎君がここまではしゃぐとはな」


長野は星崎の喜ぶ姿を見て少々苦笑いだった。冷静なふるまいをしてる長野だったが、彼自身もアルタイルがG1タイトルを獲ったことは心の底から嬉しかった。


「長野先生、僕も勝ててホッとしました。先生の馬で平地G1は初めて勝てましたので」

「摩那舞、いい騎乗だったぞ。驚くなよ、次走はドバイワールドカップだ」

「ドバイワールドカップってあのダート最高峰のレースのですか?」


次走のレース名を聞いて岡西は耳を疑った。ドバイワールドカップはUAEのナドアルシバ競馬場で行われる世界最高峰のダートレースで、賞金総額は600万ドル(日本円で約6億円)で世界最高金額。1着馬には360万ドル(3億6千万円)もつくという世界のダート一流馬が集まるレースとして名が知られている。1996年から開設されたレースだが、勝馬のほとんどは米国馬か地元UAE馬のどっちかで、日本馬も過去に何頭か挑戦したが2着が最高で、ほとんどの馬は海外輸送の難しさに苦しんで着外に沈むのが通常である。岡西自身海外で乗ったことは一度もなかったので自分の騎手としての腕を世界に試す願ってもいない絶好の機会だった。


「そうだ、まあ詳しい話はレースの後でもいいだろう。後検量やヒーローインタビュー、表彰式が待ってるので早く向かうんだ」

「あっ、はい。わかりました」


岡西は長野に促されて鞍などの馬具を持って後検量に向かっていった。後検量は無事パスしてレースは確定した。その後、岡西はヒーローインタビューへと向かっていった。ヒーローインタビュー席にはフジテレビのアナウンサーが一人待機していた。岡西到着後、インタビューが始まった。


『放送席放送席、ヒーローインタビューです。フェブラリーSに勝ちましたキタノアルタイル号の岡西摩那舞騎手です。おめでとうございます』

「あっ、ありがとうございます」

『岡西騎手自身G1勝利は4年2ヶ月ぶりみたいなんですが今の心境はいかがでしょうか?』

「そうですねほんとに長いトンネルでした。僕自身がG1勝てなかったこの4年間の間に、同期の何人かがG1勝って追い抜かれないようにと思ってましたが、今日久しぶりに勝ててほっとしています」

『キタノアルタイルについてなんですけど昨年の牝馬クラシックは3回とも2着、ダート転向3戦目の今日の古馬相手のダートG1で悲願のG1タイトルを獲った気持ちはどうでしょう?』

「そうですね、昨年は芝のG1でいずれもあと一歩のところで獲れなくて今まで我慢して自分を使ってもらった長野先生にやっと恩返しができたと思っています」

『なるほど、では最後になりますがファンに向けて一言お願いします』

「え~、久しぶりにG1勝ててこれをバネに飛躍できる騎乗を心がけていきますので応援よろしくお願いします」

『ありがとうございます。以上ヒーローインタビューでした。今日はおめでとうございます』

「ありがとうございました」


淡々としたテンポでヒーローインタビューは終わった。インタビュー席を後にした岡西はキタノアルタイル陣営の関係者と共に表彰式に向かっていった。インタビュー中に画面の下に岡西に関する内容のテロップが流れたが内容は以下の通り。


《岡西摩那舞騎手。騎手9年目26歳。今シーズン重賞制覇は平安Sに続いて2勝目。フェブラリーS制覇は初。平地G1勝利は2000年朝日杯フューチュリティーSをチャイコフスキーで制して以来4年2ヶ月ぶり。キタノアルタイル号とのコンビはデビューから10戦手綱を取って7勝2着3回。ダート転向3戦目で悲願のG1タイトル》


 再び場所は押切厩舎の休憩所。ちょうど岡西のヒーローインタビューが終わったのと同時に押切はテレビの電源をリモコンで切ってどっかりと寝込んだ。


「恩返しかぁ~。この騎手ええこと言うなぁ~。それに比べてアホのちゅんは恩返しの『お』の字も感じられへんわ! あ~、ワシも自分の管理馬をG1レースに出したいわぁ!」


押切はいつも通り寝転がって似たようなことをぼやき続けた。今年に入ってからの押切は管理馬がレースの時はちゅんがヘタレをするたびに長時間説教、レースがない時はこのように休憩所で腐るという生活が続いていた。


 東京競馬場に戻って、ウイナーズサークルの前にJRAのスタッフがお立ち台などの会場造りの準備を始めて、スポーツ記者のカメラマンも会場の前で多数待機していた。


「長野先生、岡西君、星崎さん、ついにやりましたね。ドバイに向けてのメドが立ちましたね。次走が楽しみです」


吉原は念願のG1制覇で満面の笑みだった。


「ええ、わたしも楽しみにしてます。8年前にわたし自身ドバイWCに挑んだんですけど、その時の競走馬が最後の直線で転倒して競走中止になって、その馬は予後不良になったという嫌な思い出があります。アルタイルには8年前の無念をぜひとも晴らしてもらいたいと思っています」

「確かその時は僕がちょうど駆け出しの頃でしたねえ? 当時のスタッフはみんなレース結果が競走中止予後不良というニュースを知らされてみんなお通夜状態だったのを覚えています」

「あれから8年かぁ~。わたしはあの頃は長野先生のところに入ったばかりで、あの時の重苦しい雰囲気は息苦しかったわ。今度はわたしの世話してる馬が世界の大舞台に挑戦というからなんか不思議な気持ち」


長野・岡西・星崎の順番で昔の思い出や今の心境を語った。


「みなさん、それぞれいろんな思い入れがあるみたいですね。来週くらいにドバイWCの打診が来ると思いますので、出走が決まった時は輸送などの諸費用のサポートはわたしがすべて負担します。米国や地元UAEの馬を倒してドバイの地に日の丸を刻みましょう」


吉原はキタノアルタイルの今後の方針を語った。キタノアルタイル陣営はまだ日本馬が勝ったことない世界最高峰のG1制覇に向けてモチベーションを上げていた。


「キタノアルタイル関係のみなさん、表彰式の準備が整いましたのでどうぞこちらに」


JRA職員に案内されて、吉原・長野・岡西・星崎の4人は笑顔で表彰台に向かっていった。外の雪は今は止んでいて、雪雲の中からかすかな太陽光が競馬場を照らしていた。まるで陣営を祝福するかのような光だった。

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