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ドラゴンの花嫁  作者: 黒野理知
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裏垢やってる俺の家に、ある日警察がやってきた件①

翌朝目覚めると、部屋中を懐かしい匂いが充満していた。


「こ、この匂いは‥‥」


信州人なら一発で嗅ぎ分けられるソウルフード、信州味噌の味噌汁の匂いである。それに加えてトントントン、と、包丁がまな板をリズミカルに叩く音が耳に届いてくる。貧乏学生の1K部屋につきベッドから体を起こすと、扉も何もなく即キッチンが見える構造だ。起き上がるとそこには、赤色と肌色のツートンカラーが立っていた。


「おう、ムコ殿、起きたようじゃの」


朝起きたらやっぱ夢でしたの可能性を完璧に否定するように、小口切りの万能ネギがこびりついた包丁を持ったマホルがにっこりと笑う。


「この部屋はIHひと口しかないから料理するのに不自由じゃの。いずれ引っ越そうぞ?このネギを味噌汁に入れたら完成じゃから早う起きて顔を洗ってきやれ」


いや待て。色々と理解が追いつかない箇所がある。


「お、お前何してんの?そして、()()()()()()()()()()?」


赤色(エプロン)と肌色(裸)のツートンカラー。そう、それは昭和の脳が蕩けた新婚男子がこの世に生み出し、瞬く間に日本中を席巻、世界進出まで果たし日本人の品位をいい感じに()()()()、その後半世紀を超えて愛され続ける概念ーーー裸エプロン。


「どうじゃ?グッと来るかの?子作りパワーが漲らんか?」


きゃはっ、て感じのポーズを取るマホル。うむ!着眼点はいいぞ!だがなあ!


「30点だっ!!!」

「な、なんじゃとうっ!!!」


がーん、という擬音が聞こえてきそうな顔でショックを受けるマホル。しかし俺には譲れない意思がある。


「まず第一に‥‥発展途上の体つきつまりつるぺたで裸エプロンは二次元での場合は感じなかった目の前で生身でその格好をされた場合のインパクトはものすごいが逆に背徳感が強すぎて萌えない。裸エプロンの真の醍醐味である垣間見える横乳と強調されるはずの谷間と後ろ姿の尻のしっかりとした肉感がないと逆に貧相でしかないそうそれはボンキュッボンしかやっちゃだめな格好なんだそうに違いないと今目前にして思った」

「ぬぬ、(まく)し立て方がこだわりを感じてちょっとだけキモいぞ。そうか‥‥、ふふふ。ならこれでどうじゃ!」


マホルは呪文を唱えた。すると発展途上な少女の姿がぐぐぐと全体的に大きくなって、初めて会った時のボンキュッボンな大人の姿になった。


「ある程度なら自由に体型を変えられるのじゃ!どうじゃ!エプロンの胸元に(こぼ)れんばかりの明確な谷間は!!!」

「うーむ!なかなか良くなった。50点!!!」

「えええーーー!!!」


さらにショックを受けるマホル。擬音で言うならがびーん、と言う感じだ。古いか?古いな。


「マホルよ、お前わかってねえよ‥‥違げえよ‥‥違げえんだよ‥‥‥‥一番大事なことをわかってねえんだよ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


そう、裸エプロンにおいて一番大事なポイントをわかっていないのだ。だから50点なのだ。俺のこの悲しい気持ちは、日本男児の総意を代表していると信じて、信じているんだ‥‥。


「裸エプロンのエプロンはな‥‥白でないといけないんだ‥‥絶対」

「はっ!!!なんと言うこと!!!」

「己の過ちに、気付いてくれたか‥‥‥‥‥‥‥‥?」

「め、目から鱗じゃ!!!ワシが間違っておった!!!ありがとうムコ殿!!!」


ノリがいいっすね、マホルさん!



*****



さて、顔を洗って戻ってくると炬燵テーブルの上には二人分のご飯と味噌汁、そして明らかに手作りな肉じゃがが並んでいた。


「‥‥‥‥」


見た目はうまそうだ。ていうか朝から肉じゃが作ったのかこの女。


しかし‥‥口をつけるのに若干の躊躇(ちゅうちょ)がある俺がいる。


だってさ、日本オタクカルチャーの申し子とまではいかないまでも、それなりに触れ続けてきた俺の頭の中では、こういう『なし崩し型同居ヒロイン』とか『押しかけ女房型非人間系ヒロイン』って、張り切って料理した結果主人公を殺傷せしめる級の『名状し難き何か』を生み出すのがパターンじゃん?食ったらSAN値が上がる程度じゃ済まなそうだ。過去の数多の作品を振り返って統計しても、まずい側の確率は9割を超えると思う。いやこれは現実なのだが、ここまで来るとそういうフィクションと比較する方が正しい気がする。否、気しかしない。


「どうしたのじゃ?冷めるぞ?食わんか」


うーん‥‥だがしかし、ここで食わないを選択できるの世界で星一徹ぐらいしかいなくない?朝から頑張って作った物を食わないとか鬼すぎんだろ。食べ物を粗末にするともったいないお化けが出るし。それぞ本当の据え膳食わぬは男の恥、だろうな。この慣用句をエッチくない意味で使ったの俺初めてだ。


「い、いただきますっ!!!」


目を瞑って、味噌汁を(すす)る。


「う、うまい‥‥」


そうだよ、味噌汁は合わせちゃだめなんだよ。信州味噌100%じゃないとだめなんだよ。うまいよこの味噌汁。上京してからフリーズドライの味噌汁しか飲んでねえから、豆腐もネギも本物の味噌汁ってここまでうまいのかと思い出させてくれる味。


肉じゃがも普通にうまい。朝からどうやってここまで染みさせたのかわからんが、しっかりと肉汁がジャガイモに浸透している。ホックホク。いやこれ、料理スキルゼロの一人暮らし(ぼっち)だらけのこの東京砂漠なら、一人前400円ぐらい取れるぜ。爬虫類なのに人間の絶妙な味覚がわかるのすげえな。


「ええのう。ガツガツ食うてくれるの」


気づくとすごい勢いで飯を食っていた俺を、うっとりとした顔で見つめるマホルが真向かいにいた。もう少女の姿に戻っているが、頬杖をついて嬉しそうな顔をしている。


男って単純だな。我ながら思う。作ってくれた飯がうまいと言うだけで、病気を伝染(うつ)すわ転がり込んでくるわ子作り要求するわのこの迷惑なドラゴン娘が、ちょっとだけいい奴な気がしてきていた。



*****



朝ごはんをやや食べすぎた俺は、満足感に満たされながらベッドで横になっていた。マホルはというと、俺のBアニメストアのアカウントでテレビでアニメを一気見している。90年代のロボットアニメのマイナーなやつで、俺は寡聞にしてその作品を知らなかった。


しかし横目で見ているとまあまあ面白いな。作画は古くて劣化しているが、意外に現代を先取りしているような演出があったりするし、この時代は一年単位の放送だったから間を繋ぐ回が多く、本筋より時々いい話があったりして逆に新鮮な驚きがある。


そうやって昼前ぐらいの時間だろうか?俺の腹もこなれてきて寝るのをやめて結構マジにそのアニメを廻始めた頃、我が家のインターホンが鳴った。


「はいー?どちら様ですかー?」


うちのインターホン、学生向け1Kのくせにカメラとマイクがあるタイプである。おそらく女子学生にも選んでもらえるようにと言う配慮だろう。


『あ、こちら伊藤辰哉さんのお宅でしょうか?』


カメラに写っているのはメガネをかけたスーツ姿の男性だった。その奥にもう一人スーツ姿の腕だけが見えるので、二人組のようである。


「あ、はい。そうですけど」


普通に俺は肯定した。するとメガネの男は、手帳をカメラに映るように手に掲げながらこう言った。


『私、警察の者なんですが、少しお話お伺いしてよろしいでしょうか?』

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