ドラゴンの生態
俺はマホルと一緒に家に帰った。ベッドとテレビ、電気ポッド、一人用コタツテーブル(春先なのでコタツ布団は片付けてあるけど)と座椅子しかない典型的なワンルームの大学生の部屋。一応冷蔵庫から烏龍茶を出してやったが、『ワシは冷たい飲み物は飲まぬ』とか言いやがったので電気ポッドで熱い煎茶を入れてやった。今マホルはちんまりと座椅子に座って美味そうにお茶を啜っている。なんなんだこの状況は。俺は爬虫類ライクな姿のままベッドに腰掛けている。ゴツゴツした皮膚に所々あるトゲのような突起が、マットレスやシーツを痛めてしまわないか少々気を使いながら。
「ふむう、どこから話そうかのう‥‥」
「とりあえずこの姿どうしたらいいかが一番先だろっ!!!」
のんびりしてんじゃねえよ。
「あー、それなら、『ヒトモドル』と唱えてみい」
「ひ、ヒトモドル?」
俺がそういうと、突如俺の体がピカッと光った。驚いて手のひらを見ると、見慣れた寿命短そうな手相。一瞬で人間の姿に戻っていた。
「一言で済むならさっさと言えよっ?!なんで河原から怪人姿で歩いてきたの?!」
「いやだって、裸の人間姿で外歩くより竜人の姿の方がまだマシじゃろ?」
「‥‥‥‥‥‥確かに」
今絶賛全裸だったね。クローゼットから服を取り出しながら、話を続ける。
「変身したのって、あのチ◯コ光る現象と関係あるの?」
「もちろんじゃ。主は『ドラゴン病』にすでに罹患しておる。竜人化ーーーというか『ドラゴンの魔法』が使えるようになったのは、『ドラゴン病』が原因しておる」
「なんなんだよドラゴンドラゴンって。ファンタジー好きすぎだろ」
「うーむ?まず最初にそこを理解させる必要がありそうじゃの。ここで成体に戻るとマンションごと壊すし‥‥じゃあこうするかの」
そう言うとマホルはモニャモニャと何やら唱えた。すると彼女の首から上が一瞬ピカッと光って、次に見た瞬間には首から上が西洋ファンタジーのドラゴンそのものになっていた。この厳しい顔で、マホルは言った。
「ドラゴンは地球に実在する。そしてワシは、ドラゴンじゃ」
*****
その後のマホルの話は難解な部分も多いので、口語体で筆記するのはやめて地の文で説明する。専門用語の連発になるが、詳しくは百科事典とか古生物学の文献などを当たって欲しい。さもないと説明だけで単行本10冊は超える分量になるだろう。
まず、ドラゴンと言う生き物は想像上の動物ではなく、実在する。その正体は6550万年前(白亜紀末)に絶滅したとされる恐竜のうちの一種類だという。この辺はSF作品にままある話だろう。白亜紀の終焉は人類の仮説通り隕石落下を原因とした大絶滅期の到来(KーPg境界と言う)であるとドラゴン達の伝承にも伝えられていて、人類の仮説は概ね正解だそうだ。
「隕石落下で一気に全種類全滅するわけなかろう。何種類かは生き残ると考える方が自然じゃろ?実際アラモサウルスなどは新生代の地層からも出土しておるしの」
KーPg境界で生態系が激変し、食物連鎖のバランスが崩れた地球は超絶サバイバル時代へと移行した。どの生物も生き残るための戦略として、小型化や消化器官の変化(体内微生物の変更による食料変更)、生殖方法の変化(より他生物に捕食されにくく、成体まで達しやすい安全な子作り子育て方法が必要になる)などの突然変異を行った。というか、突然変異しないものは絶滅していった。この時期に多くの生物に進化の痕跡があるのはそのためである。その中でも生き残る方法として『知的生命体へのシフト』を選択した種族が二つあった。そう、霊長類(人間のご先祖様)と、翼竜の数少ない生き残り、ドラゴンだ。
霊長類はまだこの頃は低レベルの知的生命体止まりだったが、絶滅の危機度がより高かったドラゴンは一気に(一気にと言っても1000万年ぐらいのスケールだが)高度知的生命体へ進化した。そしてその知性はついには自分たちが生き残るための『ドラゴンの魔法』という力を発生させるに至った。
ちなみに魔法の原理は
「詳しい原理は説明せんが、一言で言うとESPじゃ。進化してESPを普通に使えるようになった。不思議なことは何もないぞ?人類とて高度知的生命体になって10万年程度じゃろ?1000万年あれば人類だって全員エスパーになっとるよ。なんらかの方法でのう」
との事だ。なるほど、そうなのかもしれない。この魔法によってドラゴンは変身したりテレパシーやその他さまざまな事ができるようになった。むしろ変身して体を小さくするために魔法を生み出したと言っていい。他の恐竜が絶滅し、その他の生物もKーPg境界期に小型化し、巨体を維持する食料を確保するのは不可能に近かったからだ。恐竜の優位性ーーーつまり巨大な体を捨てずに絶滅しない方法は、そのぐらい突飛な力が必要なのだろう。『いやそんなご都合主義的な』と思われるかもしれないが、実はドラゴン以外の生物の進化でも、尋常でないご都合主義ファンタジーが連発されているのである、実際。『生き残るためにそう進化するしかないなら、俺、進化します!魔法使いになります!』ぐらいのファンタジー、生物学では何ら異常事態ではない。
そして始新世の開始から終焉の間、ドラゴンは文明を築き繁栄した。なんと5550万年前〜4000万年前と言う事だから、1500万年も文明を維持した事になる。この期間は地球全体が熱帯気候のようなもので、この灼熱の気候への親和性が高くドラゴンは有利だったのだ。ドラゴンはその頑丈な皮膚と変温動物としての特性から衣服と住居の文化は持たなかった(屋外生活をしていたらしい)が、それ以外の科学分野では現在の人類以上の科学力まで発達した。
しかしそんなドラゴンの絶頂期も終焉の時がやってきた。始新世と漸新世の境界期ごろから、徐々に地球の気温が低下し、変温動物であるドラゴン達はそれについていけなくなった。科学力と魔法によって死にはしなかったものの、魔法がまだ使えない卵の時期に受けるダメージが深刻だった。出生率の著しい低下や身体的異常などに晒され段々と個体数が減り、ついには100頭前後、一部族を残すのみにまで追い込まれた。最後の部族の族長は決断した。
1、活動し交配する個体を制限すること
1、活動しない個体は火山の火口付近で、特殊なカプセルによって地中で冬眠する
1、卵は火山の火口付近の地中に埋め、地熱で温めて孵化する方法を取る
1、近親交配性を下げるため、霊長類の遺伝子とバイオ技術で交配する方法を開発する
もはや多数を地中に隠して安全を確保しつつ、雑種交配する事でしか種を保存することができなくなっていたのである。そんな事して大丈夫か?お前らそもそも爬虫類だろ?と思うかもしれないが、マホルはこう言う。
「脊椎動物ならゲノムはほとんど同じじゃよ。ちなみに現在のドラゴンと人間なら、99.8%ゲノムが一致するぞ。ならその遺伝子を科学的に取り出せれば、掛け合わせて子孫を作ることはできる」
よくもまあ自分達で品種改良じみたことできるものだ。ところで、種間雑種交配の場合、ほとんどの雑種個体は生殖能力を持たないことをご存知だろうか?この部分においてドラゴン達はそのテクノロジーを用いて、自分達と異種族とが交配した場合、『100%異質四倍体(全ゲノム重複)が起こる』ように交配することを可能にしているらしい。そのためには交配先の種の中で『適合者』を選定する必要があるのだけれども。異質四倍体や全ゲノム重複の説明は大変なので省くが、要は生命数億年の神秘たる突然変異を人為的に毎回引き起こしていると考えてもらっていい。その結果不稔二倍体が生まれないため、雑種第一世代は自力で子孫を残せる生殖能力を獲得する。この雑種を『ドラゴンハーフ』と呼ぶ。
ドラゴンハーフは外見は交配先の種(つまり人間)に似た形とサイズで生まれ、ドラゴン並みに頑強な肉体とドラゴンの魔法、つまりESP能力を持って生まれてくる。そしてこれは実はもっと複雑で難しい話なのだが、簡単に誰でもピンとくる説明の仕方をすると、2×2のマスのメンデルの法則や血液型交配表を思い浮かべてくれると分かり易いだろうーーードラゴンハーフ同士を掛け合わせると、1/4の確率で交配先の純血種、1/2の確率でドラゴンハーフ、そして1/4の確率で純血のドラゴンが生まれる。(実際の確率はハーフ率が多少低めである。また、第二世代はハーフは親と同じく四倍体だが純血は正常二倍体である)しかもこの時人間とハーフは母体から普通に新生児として生まれるが、ドラゴンだけは10月10日後に卵状態で出産される。この1/4の純血のドラゴンの卵を集めて、部族の長は火山に埋める。こうして種族を維持しているのが、現代の竜種なのである。
*****
「さらにの、人類が高度知的生命体になって共に語らう事ができるようになってからは、さらにワシらは進化した。それまでは試験管的に作っておった子供を、人類との直接性行によって作ることができるように、どこかの世代のドラゴンハーフから進化したのじゃ。魔法で変身して人間になって、つがいになって、子供を作るようにの」
俺、生命科学部の学生で良かったな。じゃなかったらきっとこの話半分もわからなかっただろう。
「そして初期の頃は成体のデカさでカプセルで休眠しておったのじゃが、それも卵のまま休眠できるように進化して、今では直径2メートルぐらいの卵で生まれて、それを火山に埋めて、700年ぐらい休眠して、その間卵の中で小さいままで竜人状態で成体になって、活動期になると地面から出て100年ぐらい人間のフリして一生を終えるようになったんじゃ」
「へえ、ドラゴンって、蝉みたいな生態してんのな」
俺がそう言うと、マホルは真っ赤になって怒った。変温動物でも赤くなるのな。
「なっ!ななななななななんじゃとっ!!!地上最強のドラゴンをあんな昆虫などと同一視するとはっ!」
「いやだって、一生のほとんどを暗い地中の中で過ごして、成長したら出てきてセックスして子供産んで死ぬんだろ?」
「なんて酷い言い草じゃ!そんなこと言ったら哺乳類だって母親の腹から出てセックスして子供産んで死ぬじゃろうがっ!それにワシらは卵の中で50年もすれば物心ついて、活動期の仲間とテレパシーで五感共有し続けておるから、仲間が経験した人間社会の出来事や、学問や娯楽を全て学んでおるのじゃぞ?ワシなんぞ日本のアニゲー漫画相当制覇しておるからの!土の中でも充分活動しておるわ」
「てことは、暗い部屋でずーっと画面見てるみたいな感覚か。つまり600年ぐらい引きこもりオタな生活してるみたいなもんだな」
「なんちゅーこと言うんじゃあああ!」
ちょっとこいつのイジり方が分かってきたかもしれない。まあ蝉は地上で生まれて食料の多い土に潜るだけなので、生態としては全くと言っていいほど意味合いが違うけどな。
「まあドラゴンの生態は分かったよ。で、結局、『ドラゴン病』についてと、俺の体が治るかどうかにについてはどうなったんだ?」
やっと話が本筋に来た。
「ああ、『ドラゴン病』と言うのは、ESP能力が感染するんじゃよ。通常ヒトからヒトへは母子感染のみじゃが、ドラゴンからヒトへは適合者ならほぼ100%、粘膜感染する」
「やっぱ知っててやったんじゃねえかお前!!!」
「ああ、済まんのう。そこは正直、狙ってやった。して、治るかどうかと言えば、治らん」
「な、なんだってーーーーーーー!!!!!」
「そんなハルマゲドンが来ると言われた雑誌の編集部みたいな驚き方するでない」
「知っているのかMMRを」
「わからいでか。日本のサブカルは南北朝時代から読んでおる。主よりオタ歴長いわい」
多分世界最強だな。種族的意味だけでなく、オタ知識とかでも。
「まあ、治らんのじゃが、ESP能力をちゃんと制御できれば今みたいに変身もせんし、何も困らんはずじゃ。むしろエスパー、魔法使いになれる。ちなみに男根も光らん」
「そうなのか!どうすればいいの?」
そう聞くとマホルは、あのホテルでの時と同じ片頬笑いを浮かべて言った。
「ワシとつがいになってくれれば、手取り足取り教えてやる」
「つ、つがい?」
俺の脳裏に、ついさっき聞いた話がフラッシュバックする。
『近親交配性を下げるため、霊長類の遺伝子とバイオ技術で交配する方法を開発する』
『魔法で変身して人間になって、つがいになって、子供を作るようにの』
つまり、彼女の要求はーーー
「実はドラゴン病感染者の人間の男を、『ドラゴンの花婿』と言うんじゃ」
ドラゴンの花婿ーーーつまり感染者は例外なく、半強制的に、感染元の伴侶になると言うこと。
マホルはスッと立ち上がると、俺の肩にそっと手をかけて、耳元で囁いた。
「よろしく頼むぞよ―――ムコ殿」
そのマホルの手の温度も、かすかに感じる息遣いも、余りにも生々しく生気に溢れているように、俺は感じた。