ドラゴンって、感染るもんなの?!
熱い‥‥熱いバトルだった‥‥‥‥。
俺はダブルベッドの上に汗だくのまま突っ伏した。マホルちゃんは鼻歌を歌いながらバスルームへ行ってしまった。ピンピンしてやがる。タフすぎるだろ。俺は多分数分は動けんぞ。なんか全てを吸い取られたような脱力感と眠気で一杯になる。人それを賢者タイムと呼ぶ。
「あ‥‥やべマジ寝落ちする‥‥」
必要最低限しか金‥‥持ってきてないから‥‥延長料金かかると‥‥詰む‥‥。
「熱っ?!」
視界が真っ暗になる寸前、突如下腹部に強烈な熱感を感じて俺は目を覚ました。いや下腹部というか、具体的には局部が熱い。
「な、なななななななな、なんじゃこりゃあっ?!」
きょ、局部が光っているっ!あのちょっとウフフなアニメでよくある、光らせて隠すエフェクトとかそういうのではない。本気で光を発しているのだ。いわゆる一つの俺自身の、肌の表面に謎の紋様と言うか紋章みたいなものが浮かび上がり、それが眩い光を放っている。
「おー!発動したようじゃの」
気づくとマホルちゃんがお風呂から戻ってきていた。ホテル備え付けのガウンを着て、ほのかに湯気が立ち昇る髪の毛をバスタオルで拭きながら、呑気にはしゃいだ声でそう言う。‥‥なんか口調が変だな?
「やはり、適性があったみたいじゃのう」
マホルちゃんは片頬を上げてニタアと笑う。え?なんですかその悪役っぽい表情?してやったり感は何故?
「ま、マホルちゃん、この事態、何か知ってるの?」
いや、て言うか、何をエネルギー源に何の物理法則でナニが光るのか、摩訶不思議すぎるんですが?物質が発熱して発光するのって燃焼とか化学反応とか、そこそこのエネルギーを消費する現象なんだぞ?人体発光現象だけでも、俺を幽閉してサンプルとして全世界の科学者の研究対象にされてもおかしくない話だ。それを驚くどころか原理を知っていそうな発言をする、この女は何者だ?
「うむ、それはの、『ドラゴン病』じゃ」
「ど、ドラコン、びょう?」
「違うわ。それじゃドライビングコンテストじゃろうが。ドラゴンじゃ。お主そもそも『Chinder』のアカウント名『ドラごん』じゃっただろうが。竜のドラゴン」
「あ、あの、ファンタジーで火を吹くやつ?」
「そうそう。ちなみに本物のドラゴンは火を吹くなんて効率悪いことせんがの」
話の展開が意味不明すぎて頭が全くついていかない。
「お主はワシと目合って、『ドラゴン病』に感染したのじゃ」
「何それ性病?!」
裏垢活動とかするなら気をつけよう!性感染症。俺は充分気をつけていたつもりなのだが。どれだけの誘惑を受けても必ず避妊具を使うのは当たり前のこと、お相手の秘部の匂いやできものなどに異常を少しでも感じたら、どれだけ辛抱たまらなくても中止して帰る。自分自身も清潔を保つとともに異常がないか敏感にチェックしてきた。そしてマホルちゃんには一切怪しい部分はなかった。
しかし、いずれこうなる運命だったのかもしれない。ずっとこんなこと続けていれば。偶然ヒットする可能性自体は低くても、累計したら感染率は100%に漸近するはずだ。それに愉快犯的に他人に伝染そうとする輩は男女関係なく一定数いることから、いずれは必ずなんらかの性感染症に遭遇すると断言できるだろう。しかも昨今のマッチングアプリで外国との垣根が下がっているから、島国で比較的性感染症リスクが低い日本人同士でも危険度は跳ね上がっているし、日本では珍しい聞き慣れない感染症に罹患する可能性も高まっている。
「な、なんてことすんだよ!病気ばら撒くのが狙いか?!」
なんて女だ。意図的に伝染してこの後どうするつもりだ?!いや、考えている場合じゃない!こんなことするなんて普通じゃない!背景に何かあるのかもしれない。ぶん殴ってやりたいが、変な業者とかと繋がりがあったらやばい。とにかく逃げないと!
服を着ている暇なんて無い。俺は素早く自分の服を引っ掴むと、そのまま女の横を通り過ぎて部屋の外へ向かおうとした。
「あ、これ!」
「離せっ!」
すると女が俺の手首を掴んで止めようとした。俺は咄嗟に振り払おうとして、ちょっとだけ腕をバタつかせた。
たったそれだけでーーー女が部屋の向こう側まで吹っ飛んだ。
え?な、何この怪力?人一人宙に浮かせて吹っ飛ばすとかありえないんですけど?
「ひ、ひええっ!」
やばい。変な業者とかおヤクザ様が絡んでいてこの現場を押さえられたら、傷害罪で言い訳できないっ。俺は部屋の玄関で強引に靴を引っ掛けて、両手に服を抱えたまま、全裸で部屋を飛び出した。
*****
結論を言う。無事逃げ切った。
ラブホの廊下なんて運がよほど悪くなければ無人である。そこで必死に服を着て、靴を履き、非常階段からホテルを脱出。ちなみにホ代は払っていない。払ってたまるか。
そのまま東新宿の路地を全力ダッシュ。四季の路の交差点で一回後ろを確認したが、別段追われている感じはなかった。とにかく人がたくさんいる場所へ行きたくて、花道通りを通って歌舞伎町に入り、大久保病院の交番まで来てようやく一安心した。こう言う時交番があるのってとてもとてもホッとする。そこで心を落ち着けたあと、ゆっくり西口まで歩いて、コインロッカーで私物を回収(ここは少し周囲を確認した)、電車に乗ってたった今、自分のアパートへ帰ってきた次第である。
部屋についた途端、本当に安堵した。ワンルームなので扉を開けて5歩も歩けばベッドである。そのベッドに前のめりに身を投げたして、心の底からのため息をついた。
「はあああ‥‥焦ったあ‥‥」
こうして自分の家へ帰ってきて現実空間に戻ってくると、今日の体験は実は気のせいと言うか妄想と言うか白昼夢なんじゃないかと思えてくる。部屋着に着替えるのも兼ねて、試しに服を脱いでみる。うむ、元気に眩く輝いております!
「現実、なんだよなあ、やっぱ」
病気なんだったらすぐ病院行かないと。でもこんな発光現象他人に見せられないよな。帰りの電車でスマホでめっちゃググったけど、光る性病なんて勿論見つからなかった。『ドラゴン病』という病名自体も見つからなかったし、本当にこれは未知のトンデモ現象として世界中の有名人になりかねない気がする。だってチ◯コ光るんだぜ?面白すぎだろ。俺の顔写真付きで世界中のネットを大草原にすること請け合いである。
『ちょwwwチ◯コ光る病気になったニキがおるらしいぞwwwwwwwww』
頭の中でそんな活字が渦巻く。悪夢だ。悪夢すぎる。もう今日は嫌だ。何も考えたくない。もう寝よう。そうだ!寝て起きたら夢オチの可能性もあるじゃん!(←ありがちな現実逃避)
電気を消して布団に潜り込む。こんな興奮状態で眠れるかちょっと不安だったが、めちゃくちゃ疲れていたので一瞬で眠りに落ちることができた。
*****
目が覚めた。枕元の時計を見ると、午前3時過ぎ。寝たのが宵の口だったからこれでも8時間は眠った計算になる。外は真っ暗だが、頭はクリアで二度寝できそうもない。
顔を洗いにバスルームに向かう。昨日はあのまま風呂に入らずじまいだったのでお湯を張るのもいいかも知れないなとボーッと考えながら鏡を見る。するとそこにーーー
ーーー全身赤色の硬い皮に覆われた、爬虫類人間が映っていた。