ありがちな俺のありがちな日常
俺の名前は伊藤辰哉。二十歳。大学三年生。大学進学のために田舎から上京して一人暮らしをしている。彼女はいない。これだけ言うと何の変哲もない、ありがちな普通の存在だろう。
田舎者だった俺は東京の文化にすぐに適合できなかったため、一年の新歓の時期の立ち回りに失敗し、何となく入ったサークルは少々嫌なことがあって辞め、結果語学のクラスで多少世間話する奴が二、三人いる他、友達と呼べる人間はついに一人もできずじまいになってしまった。黙々と一人で大学に通い、黙々と一人で講義を受け、黙々と一人でコンビニの夜勤バイトで生活費を稼ぎ、暇な時間は家で一人でアニメとゲーム三昧で過ごす日々を送っている。ここまで言っても、やはりありがちなぼっちオタク大学生の典型だと思う。聞いていて身につまされる男子大学生諸兄も多かろうと思う。
でも俺にはもう一つ、とても『普通』とは言えないが、昨今の大学生にはありがちなパーソナリティがある。
「うーん、今日はそう言う気分だなあ‥‥」
バイトのない土曜日の朝。俺はベッドのヘッドボードで充電していたスマホを取り上げると、とあるアプリを起動した。
「よーし、行くぜ必殺!超高速右スワイプ!」
さまざまな女性の顔が次々とスマホ画面の右側に飛んでいく。飛んでいく際ピンク色の文字で『LIKE』と表示されながら。そう、いわゆる一つのマッチングアプリだ。我ながらものすごい速度で次々にページをめくりまくり、誰も表示されなくなるまでスワイプしきる。
「次はWhistlerだな」
まずDMはと。うーん、今日は来てないか。次は相互フォローしている裏垢女子のWhistleをチェックする。暇そうなのはいるかな?‥‥うーん既セクに暇そうなのはいない。新規フォロー通知も無い。フォロリクも来てないな。仕方ないから『今日は暇だよー!お相手してくれる人ー!』とWhistleだけしてスマホを置いた。
そうーーーSNSに詳しい人ならわかるだろうが、俺は典型的な『裏垢男子』と言う奴だった。動画アップしない主義な割に500フォロワー超えているので、東京の裏垢界隈ではそこそこ頑張っている方だと思う。始めたきっかけは何だっただろうか?例の何となく入ったサークルで退廃的な先輩に童貞つまみ食いされたからだろうか?その後その先輩がサークル男子全員制覇していることが発覚し、軽く人間不信になりかけたことだろうか?孤独で何もない大学生活が嫌になったからだろうか?それとも単に性欲を持て余した結果か?何とも言えないが、そのどれも違うと思う。別に逃避しているわけでも、いわゆる評論家的な人の言う『承認欲求』というわけでもない。マッチングアプリは顔出ししているが、そもそも自撮りすらアップしていないし。ただ何となく、なるようになっていた、というのが最もしっくりくる説明だと思う。
悪いことをしている、とは全く思っていない。業者と関係があったり、業者と関係のある子を相手にしたりはしないし、金銭のやりとり付きーーーいわゆる売春行為も一切していない。力づく、強引なこともなく、相手も裏垢女子だから当然だが、双方の合意は当然ある。ただお互い『そういう気分』な者同士で会って、致して、少し話して、楽しむだけだ。そんなの昔からナンパだとかリアルコミュニケーションでもそこそこ当たり前に繰り返されてきた日常である。SNSを介した途端に邪悪になるというわけでもないだろう。とはいえ自分が裏垢やっている割にキラキラ系とか何か勘違いしている奴は男でも女でも嫌いだけれど。
ちなみにオタクと裏垢成功者が頭の中で結びつかない人も多いだろうが、昨今はそうでもない。ガチでオタ発言しかしない真性の奴はもちろん女子に嫌われるが(それは社会のどこでも同じだろう)、SNSという電子媒体フィールドとオタクはそもそも昔から親和性が高いし、女子の裏垢、病み垢系はオタ発言の宝庫である。そのフィールドで面白がられる、気の利いた事が言える人間というのはある程度のオタク素養が逆に必要だったりする。前面にオタクを押し出していないもののオタ発言へのリアクションは切れ味が鋭いみたいな、微オタが意外とモテたりするのである。
しかも俺みたいな自撮り顔出ししていないアカウントでも、話が弾んで気に入られれば裏垢女子は『繋がって』くれる。ルックスすらリアルより重要度が低いのだ。まあ最終的に会おうとなったらココアトークなり何なり交換して事前に顔見せする場合が多いので、極端なブサイクとか清潔感が欠如していると断られるだろうが、俺はそこまで話が進んだ後に断られたことは一度もない。裏垢女子側も顔見せ、待ち合わせまで進んで断られたりすっぽかされた経験もあるので、そこまで進んで断るのは失礼だという意識もある。今時オタでもイケメンや裏垢男子は普通にいるし、活動は充分に可能だ。
そんな感じで裏垢界隈の人間は、10万フォロワー超えてドヤっているような一部を除き、実は普通で常識人が多かったりする。若いうちしかできない、今しかできない、将来自分の中で封印するであろう青春の一つの形としての、社交を楽しんでいるといった感覚に近いだろう。
ピーン
その時スマホから甲高い通知音が鳴った。マッチングアプリでマッチしたらしい。
「ウホッ!!!即開いてしてメッセしなければ!!!」
ーーーというのは、実はあんまりよろしくない。と俺個人が思っている。女性側からしたらスマホで右スワイプした瞬間にメッセージが即来ることになり、がっついているというか、BOTか業者の打ち子臭い反応速度というか、いいイメージがしない気がするのだ。いやどんだけ待ってんだよお前とスマホの向こう側から聞こえてくるのは、おそらく幻聴だが幻聴ではないだろう。それに自分がスワイプ中にメッセ来るの俺も経験あるけど、横槍入れられた気分で邪魔に感じるんだよな。あれ。『早えよお前』って言いながら、勢いで消したくなる。
俺はちょうどいいアイスブレイクを取るために、朝ご飯を作ることにした。
*****
TATSU:ハロー!『Chinder』から来たよ!(今日 10:27)
☆まほる☆:あ、『ドラごん』さんですか?(今日 10:29)
TATSU:うん、そうだよ。ちなみにいきなりですが、今日会わない?(今日 10:29)
☆まほる☆:いきなりwww(今日 11:03)
TATSU:あ、今日忙しい?それともメッセ重ねて派?(今日 11:07)
☆まほる☆:いや、別にいいけどw(今日 11:18)
TATSU:ならば良し。ちなみにどこ住み?いや、特定するつもりはなく、どの辺が便利?(今日 11:20)
☆まほる☆:じゃあ東新宿で(今日 11:24)
TATSU:ラブホ街(爆笑)(今日 11:24)
☆まほる☆:いやもうこの際手っ取り早い方がいいしょwww(今日 11:24)
TATSU:話のわかるお方ですなあ(今日 11:25)
☆まほる☆:どうもwww(今日 11:25)
TATSU:じゃあ、今日午後3時に駅近辺でいい?(今日 11:26)
☆まほる☆:いーよん(今日 11:26)
TATSU:じゃあその辺りの時間に、近くからまた連絡する(今日 11:26)
☆まほる☆:わかった(今日 11:27)
TATSU:近くまで来たよ。どこにいる?(今日 14:56)
TATSU:どんな服装してる?(今日 14:59)
☆まほる☆:駅来たよ。そっちこそどんな服装してるの?(今日 15:06)
TATSU:あ、良かった。俺は黒髪マッシュで黒いパンツで青いシャツ着てる。首に金色のアクセ付けてるよ。そっちは?(今日 15:06)
☆まほる☆:白のカットソー、ミモレ丈のデニムスカート。赤いスニーカー。(今日 15:06)
TATSU:ごめん。ファッション用語わかんね笑。スカートがデニムなのはわかった(今日 15:06)
☆まほる☆:充分じゃねえかw(今日 15:07)
TATSU:そうとも言うw(今日 15:07)
☆まほる☆:あ、見つけたかも知んない。今コンビニの前にいない?(今日 15:07)
TATSU:うん、コンビニの前に今来たとこ。あ、俺も見つけたかも(今日 15:07)
*****
「まほるさんですか?」
「あ、ハイ。『ドラごん』さん?」
「うん、そう」
やったー!!大当たりーーーーーーーーー!!!めちゃくちゃかわいいいいいい!!!!
この瞬間が一番緊張するんだよな。初見の相手だと。行ってみたらおヤクザ様登場とか普通にありうるから。待ち合わせしながら心の中で逃走ルートとか考えているし、身元を特定するものをコインロッカーに預けておいたりしている。財布の中には数万円の現金と避妊具しか入っていない。人となりが知れるまではある程度の警戒心が当然必要なのだ。
あと、事前に交換した顔画像とかけ離れた人が来るのもあるあるだろう。特にマッチングアプリの女子の顔の加工っぷりったらひどいのですよ。最近はアイドルとか女性アーティストが普通にプロフに加工画像使うので皆さんも加工顔を見慣れていると思うが、マッチングアプリは盛り度合いの次元が違う。ココアで顔交換する時すら、加工済を当然のごとく送ってくるからなあ。だからマッチングアプリのバイオ画像を見ながら俺は、脳内で目の大きさを縮めて肌をくすませて顔のサイズを膨らませたものをイメージして判断することにしている。女子には失礼極まりないので言ってはいけないぞ?
しかし今日は最高の日かもしれない。今俺の目の前に立っている女の子、マホルちゃんは正真正銘の美人さんだった。ゆるふわウェーブのセミロングの茶髪、色素の薄いブラウンの瞳、くっきりした目鼻立ちにきめ細やかな肌。大人と子供の中間ぐらいの雰囲気だが、出るところは出て締まるところは締まる黄金比のスタイル。日本人なのにどこか外国人ぽい、国籍不明な感じ。ほとんどの男が二度見するレベルの圧倒的美女。テレビ出ても遜色なさそうに思う。
「じゃ、じゃあ、行こうか?」
若干声を上擦らせて俺は言った。しかし彼女は無表情に、ただじーっと俺の顔を見つめている。どうしたんだろう?顔を合わせてみて気が引けたパターンかな?と、彼女が聞こえないボリュームで、何か呟くようにその形の良い唇を動かした。
と、不意にくらっと、立ちくらみがした。何か体の外から力が働いたような感覚。しかしすぐに治まった。緊張で循環器系が一時的に不安定なのだろう。
「あ、あの?やっぱり嫌?俺は無理強いしない主義だから、嫌なら帰るけど」
俺が恐る恐るそう聞くと、やっと彼女は表情を取り戻した。
「いえ?大丈夫です。少し確認してただけです」
「確認?」
「いいんです。こっちの話です。行きましょう!」
ニコッと笑って、力強く言う彼女。
「お、おおう」
裏垢女子ってこういう割り切った積極性が好感持てるんだよな。基本いつもこっちが気圧される。歩き始めた彼女の後ろを、俺も同じスピードで歩き始めた。
「やっと、見つけた‥‥‥‥」
歩きながら呟いた彼女のその言葉はしかし、俺の耳には届かなかった。
ふっと思いついたので形にしたくて書きました。
書き溜めが全くない状態なので、超不定期になると思います。
期待せず長い目で見ていただけると幸いに思います。
ちなみにこの手のSNS活動は実際経験がないのでリアリティに欠けるかもしれませんが、フィクションなので気にせずにいただけるとありがたいです。
あとずっとこの手の話は続きません。ストーリー上の必然で今回こうなっている次第です。