東京上空、一騎打ち
「どうして!どうしてこんなことになるんだよっ!!!」
夜の東京上空を高速で『飛行』する俺。その俺を追いかけてくる、5機編成の自衛隊F35戦闘機。警察とマスコミのヘリもだいぶん下を飛んでいるが、速度と高度で全く俺には着いて来れていなかった。マスコミのヘリはあろうことか後部座席のドアを開け、タイトスカート姿のお姉さんがマイクを持って何やら叫んでいるようにチラリと見えた。他人事だが、なんて危険な仕事なんだアナウンサーって。下手すると落ちるぞあれ。
「泣き言を言うでないムコ殿!戰場ぞ!相手だけに集中せいっ!」
頭に直接響く女の声。テレパシー。俺はこの声の主が誰だか知っていた。俺が今まさに座っている、尻の下の生き物からの精神感応だ。
皮膜の翼を羽ばたかせ夜空を飛行する、巨大な赤いトカゲのような生物。いわゆる西洋の神話か物語にしばしば登場する『ドラゴン』だ。そう、俺は今、東京上空でドラゴンに乗って空を飛んでいるのだ。竜騎士?ドラゴンライダー?そりゃあ自衛隊機もスクランブル発進するわな。
そしてマホルーーーこのドラゴンの名前だがーーーが言う相手とは、真正面からこっちに向かって飛行してくる緑色の物体。そう、もう一匹のドラゴンだ。その背中には俺と同じように人が乗っていて、3メートルはありそうな巨大な剣を手に携えている。
「ムコ殿!彼奴は本気でムコ殿を斬るつもりじゃぞ!斬らねば斬られる!戦わんかっ1」
俺の手にも巨大な剣が握られている。さっき魔法で作った剣が。馬鹿みたいに重たいはずだが今の俺には軽々と振り回せる。竜人化した、今の俺なら。
そう、今の俺は全身硬い皮膚とトゲトゲに覆われた、特撮ヒーローみたいな姿になっている。この姿になることで高度5000メートルの上空でも風圧やGに耐えられるし、竜の背中に座り続けられる下半身の力も、大剣を振り回す腕力も身についていると言うわけだ。ちなみに視力などの五感も強化されていて、自分と同じように竜人化している相手の顔もくっきりと見える。ちなみにさっきのアナウンサーさんがこの距離で(高度差数千メートルはある)見えたのも、竜人化の視力のおかげだ。
だからと言って、頭の中身が変わるわけではない。ただの平和な国の、精子脳なSNSまみれのありふれた男子大学生に過ぎない。剣で戦った経験なぞあるわけがないのだ。命がけで他人と斬り合う度胸なんてあるわけがない。
「いや、だって!俺日本のだらしない大学生でしかねえしっ!戦うって何?!」
「あーもう!情けないぞ。なんでワシはこんな情けない男と結婚してしもうたのかの!」
「結婚した覚えはねえってずっと言ってんだろっ!」
「来るぞっ!」
敵のドラゴンと超高速ですれ違う。敵竜騎士(便宜上こう呼ぶことにする)が横凪の斬撃を放つ。慌てて俺は剣で受けようとするが一瞬遅く、鋭い痛みが右腕を襲った。
振り返るとーーー剣を握ったままの俺の腕が、宙を舞っていた。
「う、腕がああっ!」
右腕が肘から先、無くなった。切り口から血が吹き出す。げえええええ!
「騒ぐでない!竜人化しておる間なら腕ぐらい再生するっ!」
「え?そ、そうなの?!さすがトカゲ!」
「トカゲ言うなっ!」
めちゃめちゃ痛いのは間違いないが、確かにもう血が止まっている。腕一本切断されて数秒で血が止まるとは、脅威の止血速度だ。ドラゴンの血小板すげえ。傷口にしゅわしゅわした、子供の頃瘡蓋の裏側で感じたあのむず痒い感覚がある。これが再生している感覚なのだろう。
こうやって肉体感覚として感じてしまうと痛感せざるを得ない。ーーー俺、どうやら人間では無くなってしまったらしいと。
「わかったじゃろう?ムコ殿」
マホルが念話で、優しく諭すように言う。
「ムコ殿はすでに竜族の戦士の体になっておる。すでに戦う力があるし、ちょっとやそっとの怪我なら大丈夫なのじゃ。むしろ、戦わねば死ぬ。確実にの」
戦って勝てばもちろん生き残る。また例え戦って勝てなくても、ある程度相手にダメージを与えれば痛み分けで撤退するかもしれない。相手が追って来られない程度に消耗させればこっちが撤退すると言う手もあるだろう。しかし、戦うのを躊躇っていたら、ただ単に斬られるだけだ。そして今の俺にはドラゴンの魔法もあるし、この竜人化した屈強な肉体がある。相手も条件が同じだとしても、そこそこの勝算があるような気がする。
「カムヒア!」
俺は左手を正面に突き出すと、再び大剣を呼ぶ呪文を唱えた。呪文のダサさにツッコミを入れている場合ではない。オールドオタクがなぜと言いたくなるのも後回しにさせてもらう。左手の平が光り輝き、空気中の粒子が結集してきて段々と大剣の形に収束していく。空中に完成した剣の柄を、グッと握り込む。
「おお!やる気じゃな。それでこそワシの選んだ男じゃて」
「やるしかねえだろ!やってやらあ!」
俺は、マホルの背中の上に立ち上がった。足は魔力でくっついているので振り落とされることはない。剣を振るためには、立って構える必要がある。どうせなら漫画やアニメみたいに格好良く戦ってやる!
「よし!行くぞ!ムコ殿!」
マホルは力強く羽を羽ばたかせると、一瞬ホバリングするように向きを変える。緑色のドラゴンに真正面から向き合うと、今までにない速度で飛行し真っ直ぐ突っ込んでいく。
竜騎士も同じように竜の上で、大剣を逆袈裟に振りかぶっている。ギラギラしたそいつの目と俺の視線がぶつかる。そして、再度すれ違うその瞬間ーーー。
「だあああああああああ!!!!!!」
俺は、なんとも言えない雄叫びをあげながら大剣を垂直に、力の限り薙ぎ払った。