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レムリスの鍵~エドラスの行方~  作者: カーレンベルク
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第四章 峠を越えて2


 峠の朝は冷え込んでいるうえに、この日はわずかに霧がでていた。


 露に日が射しこむと幻想的な美しく、淡い赤の光が見る者の心を摑んで離さない。


 「心が洗われるって言うんだよね、こういうの。」


 「最も洗われるべき人間に見せたいものだ。」


 アンシャーブルに別れを告げてからもなお眠ったままのシージェの文句を言いながら、一行の馬車は峠の下り道に入った。


 登っている時よりも見晴らしがよく、パデットたちの他にもアンシャーブルの子供たちが無邪気に小鳥を追いかける様子や、木の陰で腰を下ろして出発の身支度をする者の姿があった。


 「ここらは見通しがよいですからね。 道に迷うなんてことは滅多にありません。」


 確かにファロルの言った通り、ここにくるまでは自分たち以外の人影を目にすることはなかったし、峠を下りきった先の轍も行きと帰りのことを考えて作られたのか二つ分の跡があった。


 「ファロルは商人なんだよね? 今までどんなところを旅してきたの?」


 「私はあくまで商人。 旅が目的ではないですが、商売になるとすればどこへだって行きますよ。 ロムドールはもちろん、王都アディンアレスにも何度も足を運びましたし、危険とされる土地にもね…。」


 これから待っているであろう自分の知らない土地へのあこがれに、峠の下へ広がる景色を見て感化されている。


 そんな少年に対するファロルのささやかな忠告は、あっさりと無視された。


 「どこを見てる。 ロムドールはそっちじゃないだろう。」


 パデットの視線が注がれる方向は北を向いていた。


 峠とロムドールの間に広がる平原は遮るものがないせいで、開放的であったが、嫌なものも目に付いた。


 平原の北には、灰色がかった山があった。


 そこに至るまでの道中に轍はなく、山の上には黒い雲が垂れ込めていて、頂上は見えなかった。


 「ねえ、セセル。 父さんは…。」


 「よすんだ。 そっちに君の父はいない。」


 父の探した禁忌は誰も見つけられない場所にある。


 そこは危険な場所に違いない。


 でなければ、とうの昔に発見した者がいるはずだ。


 パデットの妄想は拡大していき、父の後ろ姿が一瞬だけ見えた気がした。


 きっと父は危険な場所にいる。


 「っ!」


 我にかえった少年は、悪寒というものを初めて経験した。


 呪われし地に引きずり込まれそうになった自分をおろかに思い、恐怖を制するのに苦労した。


 「落ち着けパデット。 何を考えているんだ。 君には我々がついている。 そうだろう?」


 「そう…。 そうだよ…セセル、ごめん。」


 「そんなに落胆することないんじゃない? あれはイクスレム山。 あの山を越えた先に、私の故郷ベリアム帝国があるの。」


 特に緊張した表情を彼女から読み取ることはできない。


 「行ったことでもあるような顔だな。」


 「一回だけね。 でも、一人じゃなく大人数で。 もうかなり昔の話だから、おぼろげにしか思い出せないけど。」


 パデットは違和感を覚えた。


 どことなく、彼女から哀愁の念を感じる。


 だが、勘違いということもある。


 「そんなことより、早くロムドールに行かないと。 あそこは大きな町だから、かわいい服とか宝石とかありそうだし。 さあ、ファロル、気合よ気合!」


 ファロルは調子に乗るシージェに冷や汗をかきながら馬にムチをいれた。






 再び馬車の車輪は乾いた音を立ててロムドールへと進んでいく。


 その馬車の先には反対側から向かってくる商団の姿が見えた。


 「すごいな…。」


 ファロルの操る馬車よりも一回り大きく、複数の馬が馬車をけん引しているだけあって、すれ違う商人たちは十人近い大所帯だった。


 「こんにちは。」


 術師と思しき紺のローブの男や、大きなブロンズの盾を背中に軽々と背負う、戦士のいかめしい目つき、やせ気味で本ばかり読んでいる、聖職者じみた白いフードをかぶった女の緩んだ笑み。


 見たことのない者たちとの出会いに、パデットはいても立ってもいられなくなり声をかけた。


 「こんにちは。 坊やは旅の人?」


 「いえ、違います! あっ、半分くらいはそうですけど、急いでいるんで失礼!」


 白いフードの女に話しかけた瞬間、自分をすごい勢いで引き離したファロルにはさすがに腹が立った。


 「ファロル、何するんだよ。」


 「静かに! あれは商人に見えますが、商人を装った兵士です。」


 「ごめん、君の言っていることがよくわからないよ。」


 「金持ちの商人は自分で旅などしないんですよ。 彼らは旅の危険を最小限に抑えるために、傭兵を雇って取引をさせる、そういう集団も中にはいます。」


 大きな馬車に、大人数での旅。


 今しがたすれ違った者たちの特徴を思い起こした時、彼の頭の中の点は一本の線で結ばれた。


 「だが傭兵は商人とは違って、依頼主からの商品に近づく敵を倒す役割がある。 だからうかつに話しかけるなと言いたいんだろう?」


 「さすがセセルさん。 察しがよろしいですな。」


 彼からの返事はなく、逆に無言で思案にふける厳しい表情が影を落とした。


 「セセル?」


 パデットはセセルの目線の先を追った。


 そこにはシージェの後ろ姿があった。


 

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