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レムリスの鍵~エドラスの行方~  作者: カーレンベルク
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第一章 アルウィン川のほとり2


 「若いな。 それにこんなところに。 少なくとも商人ではなさそうだが?」


 やや知的な、落ち着きのある男性の声はアルウィン川の中でもよく通ったようにパデットには感じられた。


 「あなたは誰? 僕の後をつけてきたの?」


 さらりと伸びたストレートの黒髪は長すぎるためか、後ろで一本に束ねてあり、耳には金の丸いピアスが一つずつ並んでいる。


 一見して旅の経験を積んだ男であることは、その格好からして容易にわかった。


 年はパデットより十は上に見えた。


 だが、わかったのはそれだけではなかった。


 男の手には弓があり、彼は矢を今にも馬に向けて放とうとしている。


 「しまった! 盗賊だ!」


 逃げようにも背後には川があり、パデットの焦りは頂点に達したように思われた。


 「ふっ…ははは。」


 「何がおかしい!」


 「残念だが、私は盗賊ではない。 やれやれ、せっかくの獲物かと思ったが、これでは狩り甲斐がないな。」


 何を考えたのか、男は弓を下ろし、パデットに片手を差し出した。


 握手に応じるべきか、見知らぬ人間からの友情の誘いに、彼はうろたえることしかできなかった。


 「安心しろ。 もう馬を襲ったりはしない。」


 「あなたは一体?」


 「私はセセル。 旅人だ。 おそらくは君もそうだろう。 それにしても若すぎる。 しかも独りでの旅を強いられるとは。 よほどの不幸にあったろうに。」


 やむを得ず家庭の事情で村から追い出された少年。


 セセルの想像は言葉の端々から察しがついたが、彼は自ら故郷を飛び出してきたのだ。


 格下に見られていることに腹が立ったものの、今のパデットが見栄を張ったところで、ベテランの目はごまかせないだろう。


 「父さんを探しに行くんだ。 もう十年も会っていない。」


 「生き別れか?」


 「あなたが考えていることとはちょっと違うけどね。」


 「セセルでいい。 君の名も教えてくれないか?」


 先程から差し出されたままの彼の手を、パデットはしっかりと握りしめた。


 すらっとした体系に似合わない、ごつごつとした豆の跡が感じられるたくましい手だった。


 「パデット。 パンデルクスから来たんだ。」


 パンデルクスの名を聞いたとき、セセルの顔が穏やかならぬものへと変わった。


 「パンデルクス…。」


 何か気分を害したことでも言ったのかと気になり、セセルの顔をじっと見つめる彼の平穏は、はかなくも打ち砕かれた。








 「気を悪くしたらすまないが、決して君に対して恨みがあるわけではないことはわかってほしい。」


 「どういうこと?」


 「実は、パンデルクスから来たという男が、何年か前におたずね者になっているとの情報を耳にしてね。」


 「なんだって? ど、どこでそれを?」


 「ここから南方のゲルウェイドという町だ。 もしこここで君がパンデルクス出身であることを名乗ってしまったら、きっとひどい目に遭う。 いかないほうがいいだろう。」


 セセルの助言など構う様子もなく、彼の狂ったようにほんのパージをめくる動きは、馬に殺気すら感じさせた。


 「あった。 ゲルウェイド!」


 アルウィン川の橋を渡り、いくつかの町を越えた先にある大河をさらに越えなくてはならなかった。


 おまけに町の説明には、大きいが治安は悪いとか、王都に近いため、騎士団の影響下にあり腐敗しているとも書かれていた。


 「まさか、行く気なのか?」


 「だって気になるじゃないか! そこに父さんがいるかもしれないんだ。 セセルだったらいやでしょ? 自分の親が悪いやつだなんて!」


 「…。正直、行きたくない。 私ならゲルウェイドへは行かない。」


 血相を変えるパデットの前で、セセルは苦々しく笑った。


 「人でなし!」


 「ではもう一つ正直に言わせてもらおう。 旅で一番早死にするのは君のような者だ。 感情に振り回されて、見境いがつかなくなってしまう。 世の中は恐ろしく冷たい連中であふれている。 私は今しがた君の馬の命を奪うのをやめた。 その私に対して君は人でなしだと言い放った。 私でない別の誰かだったら馬はおろか、君の命すらなかっただろう。 奴隷として売られたかもしれない。」


 「なっ!」


 「怖くなったのか? たとえば、王の雇った傭兵は金のために人を殺す。 憂さ晴らしのために人を殺すことだってあるかもしれない。 民の慕う王も人を殺す。 正義を振りかざすのは命とりになる。 君はそれをよく覚えておかなくちゃならない。 君のために。」


 がっくりと肩を落とし、パデットは顔を上げようとはしなかった。


 強く握られた手からは、自分の無力さに腹が立った感情が見え隠れしている。


 セセルには少なくともそう思えてならなかった。


 「そう落ち込むこともない。 君の考えていることは立派だ。 だから、私もできる限り協力したい。」


 「ゲルウェイドへはいかないと言ったじゃないか。」


 「行くのは危険だからいかないだけだ。 共に旅をしてくれる者をさがせばいい。 はっきり言って、君のような新米というハンデを抱えてのことだ。 相当な猛者か、あるいは大勢仲間を集めなければならないが。


 セセルはパデットの本をめくるとおもむろに地図のある地点を指差した。


 「ここだ。 ここなら期待できそうだ。」


 「ロムドール?」


 「そうだ、ロムドール。 通称、風の都。 交易ルートの重なる地にあって、次々と情報が運ばれてくる。 私は何度か行ったことがあるが、とても賑やかな場所だ。 君にも見せたい。」


 旅の初日にも関わらず、いろんなことがありすぎて彼の頭の中はごちゃごちゃだった。


 馬は逃げ出し、初めて目にする川で新たな旅人に出会い、その旅人から新たな旅人を紹介されようとしている。


 「世界は広いか…。 見てみたいな。 何があるのかを。 僕を残してまで父さんが求めたものを。」


 「気が早いな。」


 「そうと決まれば出発だね。」


 セセルの髪はアルウィン川の流れのように雄大で、かつ繊細さを兼ねた美しさを放っていた。



 

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