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レムリスの鍵~エドラスの行方~  作者: カーレンベルク
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第一章 アルウィン川のほとり1




 パンデルクスの昼下がりの日差しは、何も考えずに小川のほとりの芝生でうたた寝をするには最高だった。


 とりわけ、かびくさい湿った家の中のベッドに毎晩横になるパデットにとっては、至福のひと時と言ってもよかった。


 だが、それも今日限りである。


 ぬけるような青空を見納めとばかりに彼はじっとみつめ、これから先に待つ不安を和らげようとした。


 やはり今からでもやめようかと思ったが、オルセンから渡された本を見ると、彼はすでに一線を越えてしまったところに自分がいると悟った。


 「今、行かなくちゃダメなんだ。」


 永遠にこの村へは戻ってこれないような気がする。


 だが、今いかなければ、永遠にこの村から出られなくなるとも思った。


 旅の支度を急ぐ彼の身振りより、彼の頭の方がはるか先の指示を出していた。


 強いて言うなら、体が次から次に出される頭からの指示を処理しきれないほどだった。


 「急ぐのは結構。 だが、それが命取りとなることもある。」


 荷物を馬に積み終え、パンデルクスの村の看板をくぐろうとした矢先に、村の有志たちが、オルセンを中央に立たせて待っていた。


 「この村を出て、どこに行く気だ?」


 父を探すことしか頭になかったパデットは、肝心な行き先を決めていない。


 老人はすぐにその事実を少年の決まりの悪い表情から察した。


 「別れの挨拶がまだだったね。 とりあえず、父さんの足取りがわかる情報を集めに隣の村に行くよ。」


 「そこへ行くには夜通し歩かねばならんぞ? 荷物を馬に乗せた状況では馬を駆ることもできん。 野盗にとってはよいカモだ。」


 「…。」


 「パデット。 旅は危険だ。 わかるな?」


 少年の緊張してつばをのむ音が、彼だけに聞こえた。


 「目指すのは隣の村ではなく、宿にするのだ。」


 「どうして宿なの?」


 こめかみのあたりに人差し指を立てる老人の答えは、もっと頭を働かせろだった。


 「宿は良いものだぞ? 賊から身を守ってくれる。 雨風をしのげる。 他には?」


 考える前に彼はお手上げ状態になった。


 右も左もわからないのに、いきなり旅などと言っていた自分が情けなくなり、今度は恥ずかしくなってきた。


 「意地悪しないでよ。」


 そう言っていられるうちはまだ幸せだ。 よいか? 勇敢な物語と違い、野宿をするのは剣の道に長けた戦士くらいだ。そこを勘違いしてはならん。それから、宿は商隊の通る馬車のわだちに沿って建てられていることが多い。武器を持たぬ商人は、宿を必要とし、宿は商人から金を得て商売するために、彼らの交易ルートに根を張る。」


 「そ、そうなんだ!」


 自分の馬に乗せた荷物を、彼は気まずそうに見つめている。


 唐突な馬のブルブルと震える鼻息は、パデットの頭の中を見透かしているようだった。


 「逆に宿が少なくなってきたら危険だ。 そこは交易の乏しい地。 お前の想像をはるかに超える絶望が待っているだろう。もしかしたらお前の父は…。 いや、これ以上は言うまい。」


 オルセンは彼の手を取って握った。


 ざらりとして乾いていたが、とても温かな手だ。


 「お前が生きて戻ってこれるように願った。 恐怖に打ち負かされそうなときは、人肌の温もりを思い出せ。」


 「もう行かないと。 きっと戻ってくるよ。」


 馬の手綱を引いて彼は歩き出した。


 顔だけをパンデルクスの方に向けながら。


 皆の顔は、誰もが優しい笑みを浮かべていた。


 ただオルセンだけが名残惜しそうにパデットへ手を上げている。


 今まで見せたこともないような、泣き出す前触れのような表情は、少年に対する慈しみがいかに深かったかを伝え、彼はこの老人との約束を命をかけて果たそうと、決意を固めた。





 馬と一人の人間の足音が森の中に響いた。


 オルセンの旅の日記によると、この周辺はハレニの森といって、村人が狩りによく訪れる場所らしかった。


 地図上では、森を南に下ると村のほとりの小川の合流地点のアルウィン川へと出る。


 彼はこの川沿いを下った先にある、橋を渡った先の宿が書かれていることに注目した。


 「今夜はここに泊まろう。 それにしても、意外と涼しいな。」


 森の中は背の高い樹が群れていて、日光を遮っていた。


 足場は湿っていて、夜になればかなり不気味になることはパデットにも容易に想像できた。


 人肌の恋しさというものをオルセンが大事にする意味を痛感したと同時に、彼の中で早くこの森を抜け出してしまおうという考えが芽生えていた。


 「これが旅なんだね。 父さん。」


 鳥のさえずりは今の彼にとっては、心を和ませる存在には到底なりえない。


 村にいるときとの心境の変化に戸惑いながらも、少年は茶色い外套を着こんで、南へと歩いていく。


 そうしているうちに、馬の歩みが早くなってきた。


 「なんだ? どうしたんだ。 ねえ!」


 持っている手綱がぐいぐいと引っ張られ、スピードを上げる馬に追いつけず、彼は土の上にしりもちをついた。


 「おーい! 待ってくれよ! お前がいないと困るんだよ!」


 必死の呼びかけにも応じず、馬は尻尾を上下に揺らしながら森の中へと消えていった。


 「くっくそ!」


 上がった息を整えていると、耳に聞き覚えのある音が入ってきた。


 いつも青空を眺めて寝そべっている時にも似ているが、それよりは少し荒々しい感じがする。


 「水の音…。 川だ!」


 馬はのどが渇いていて我慢できなくなったのだ。


 今日は村人が馬に水を飲ませるため、いつもの小川へと連れてこなかったことを思い出し時には、パデットにも喉をうるおしたい衝動が生まれていた。


 馬の走っていった方向に向け、本能をむき出しにしている様子は、村人たちには決して見られたくない光景だったが、幸いにも今ここにいるのは自分一人だ。


 無遠慮にも、全速力で木立の間を抜けていく彼の息遣いは、今や品性のかけらもなかった。


 乱れるほどの長さもない短髪をくしゃくしゃにしながら、やがて眼前に開けてくる光景を見た時の興奮は生涯忘れることはないだろう。


 目にしているのはいつもの小川ではない。


 幅が広く、流れの速い雄大としたアルウィン川の姿だ。


 こんな場所まできたのは初めてだっただけに、彼はとっくに馬が川辺にたたずんでいるのに気づくのが遅れた。


 「探したんだぞ。」


 しかしパデットの声に安心するわけでもなく、馬はどこか怯えたように、か細くいなないている。


 どうやら水を飲みたかったわけではないことに、彼は自分のすぐ後ろの物音で感づいた。


 「若いな。 それにこんなところに。 すくなくとも商人ではなさそうだが。」


 



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