06
細い通路を知世の後をついて歩く。
晶紀の後ろに、黒スーツの研修者の『家の者』が付いてくる。車を運転してくれた『家の者』は、会釈して途中にある扉に下がっていった。
延々続くかと思われた通路が突き当たると、横に扉があった。
知世が小さく飛び出している四角い機械を覗き込むと、軽く金属が動く音がした。
分厚い金属の扉が静かに、そしてゆっくりスライドする。
前方にも扉らしき金属の壁がある。そこは小部屋になっていて、扉はインターロックが掛かっていた。
後方の扉が閉じると、今度は前方にあるもう一枚の扉がスライドして開いた。
「さあ、中へどうぞ」
知世が扉の先にすすんでから、振り向くとそう言った。晶紀は様子をみながら、ゆっくりと入っていった。
中は大きく、コンサートホールのように下に掘り下げられていた。コンサートホールと違うのは、滑らかに下っていく傾斜に椅子がないことだった。
傾斜が一番下まで行くと今度は、同じようなカーブを描いて上がっていく。
そうやって、全体をよく見るとここは球形に開いた空間になっていた。椅子のない傾斜部分には、一定間隔で細かくカメラかなにか、レンズが配置されていた。
知世や晶紀がいるところは、球を上下に割るように通路用の窪みになっている。この通路は球をぐるっと一周できるよう、同じ高さに伸びていた。
後ろから研究者である『家の者』が入って来て言った。
「この部屋にあるたくさんのレンズによって、霊が発する微かな光を測定し、霊の強さや形が分かるような仕組みになっています」
「部屋?」
晶紀は『部屋』と呼ぶのに違和感をもった。部屋という言葉で表現するには、あまりに大きい空間だった。
「あちらの先にある窓が見えますか? あそこで我々が測定や計算を行います」
球を上下に割るように走った通路の先に、窓がついていて、白衣を着た男がこの『部屋』の中央の方を見ていた。
「多分、今もここに何か霊を誘導しているはずですが…… 見えますか?」
「えっ?」
晶紀は中身の無い球体を目で追った。
この中で霊が動いている、というのか。上、下、左、右…… 何も見えない。だめだ、目で追っても何も分からない。
晶紀は球体の中心を向いた状態から、目を閉じた。
右から左、左から上に回り右下、右下から上を旋回して下。微かな光が移動しているように思えた。そのままじっと息を整えていくと、何か小さなささやき声のようなものが、聞こえてくる。
『小娘。神楽鈴など持って、この俺を除霊でもするつもりか』
「!」
晶紀は目を開くと、球状の空間の中心に、大きな顔が見えた。距離感から考えて、晶紀の身長ほどある頭だろう。髪の毛はなく、目の周りは眼と区別がつかなくなるほどの数えきれない皺が入っていた。
晶紀は神楽鈴を収めているホルスターに手を掛けた。
『やる気か』
「晶紀さん!」
「見えるのですか?」
「今、ここの中心に」
研究者の『家の者』がスマフォで連絡する。
白衣の男が『家の者』の方を振り向き、スマフォに返信する。
その返信を確認した結果を告げる。
「確かにこの中心にいるようです」
晶紀は大きな頭の怒りの表情を見て言う。
「怒っている」
「何がです?」
晶紀にだけ見えている大きな頭は、輝く光に分割されると八方に散った。
広がるように散った光が再び球体の中心付近の空間で、怒りの表情を作り出した。
「もしかして、この施設は霊を閉じ込めているのかしら」
「そんな仕組みはないはずですが」
再び頭が光の集まりに変わると、放射状に広がった。
しかし、しばらくすると同じように帰ってきていて、一つの塊に戻った。
「重金属のような比重の大きいもので、ここを覆っていないですか?」
晶紀は手を広げてこの空間の周りを指した。
「そもそもこの研究室のある深さがかなりの深度になります。岩盤とか地層を考えると、結果としてそうなっている可能性はあります」
とすると、勝手に霊がこの空間に入ってくる確率は少ないだろう。
さっきから何度もこの空間から去ろうとしているが、何かに阻まれて戻ってきている。
「ではこの霊はどうやって」
「地上から『呪いの掛け軸』と言われるものを、ここまで持ってきて中に放ったものです」
再び拡散した光が、球体の壁から戻ってくる。
見かけない小さな光が一筋、降りてくると頭の形をした霊に降りかかって消えた。
「……」
「あそこに、掛け軸がみえますわ」
知世が球状の空間の底の方を指差した。
「本当だ」
小さくてよく見えなかったが、どうやら山水画が描かれているようだった。
「天摩様。あちらの部屋に参りましょう」
三人は通路を四分の一ほど移動して、計測値を集計する部屋に入った。
様々なディスプレイがこの球体に配置されたレンズで受けた光を計測し、計算し、分析し、数値はグラフにして映し出していた。
「これが球体のなかで計測されている霊力の分布図になります」