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小泉が勢いよく保健室の扉を開けると、佐倉が怒ったように言った。
「なんじゃ。扉を乱暴に開けるでない」
「さっきすずの声が聞こえたって、天摩がいうから」
「ああ。さっき仲井が起きた時、大声をあげたのじゃが、お前たちにも聞こえたのか。儂もびっくりした」
「目が覚めたの?」
小泉は急いでベッドの方へ移動した。
「佐倉先生」
晶紀は手首をみせた。
「なんじゃその痕は」
「綾先生だよ。やっぱり普通じゃないよ」
「確かに、何か格闘技系の心得はあるとは思うな」
「山口さんの時も、石原さんの時も、そして今回の仲井さんのことだって。全部、綾先生が一枚かんでる。そうとしか思えない」
ベッドの方から仲井と小泉、知世がやってきた。
「職員室に行こう。すずの鞄を取り返そう」
「……」
知世が言う。
「みんなで職員室に行きましょう。仲井さんの鞄に何か仕掛けがあるなら、職員室の方に強い霊力が現れるのでは?」
「何? 仕掛けって」
「気にするな」
仲井の質問を小泉が制した。晶紀は知世の言ったことを考える。今、職員室の方向に霊力レーダーを向ければ何かわかるはずだ。
スマフォと霊力レーダーをセットして、晶紀は言った。
「職員室に行こう」
保健室から職員室はすぐ近くだった。晶紀はスマフォの画面を確認する。
職員室の方に、強い霊力の塊が表示されている。これが『仲井』の鞄だとすれば、相当な力だ。ちょっと前、教室に現れた仲井を霊力レーダーで見た時より遥かに大きくなっている。晶紀は違和感を覚えた。
これは『仲井の鞄』ではないのかもしれない。
強い霊能力者がいる。
そう考えるのが自然だ。そしてそれは……
霊力のレーダーがその強い霊力が近づいてくるのを示した
「あっ!」
と、晶紀が叫んだ瞬間、職員室の扉が開いた。
「ちょうど来たか。はいれ」
「綾先生」と言って小泉は先生に続いて入っていく。
「?」と不思議な顔をして仲井が晶紀の顔を一瞬振り返った後、小泉に続いて職員室に入っていった。
「何があったんですか」
知世は職員室に聞こえないように、小声で言った。
「今、ものすごい大きさの霊力を検知した」
「綾先生だっていうことですか」
「うん」
知世が不安そうな表情で、教室を覗き込む。
「……どうしましょう」
「ち、知世は佐倉を呼んできて」
「分かりました。晶紀さん、どうか冷静に」
晶紀はうなずく。
知世が保健室に戻ると同時に、晶紀は職員室に入った。
綾先生の近くには、髪をツインテールにした阿部真琴が、鞄を持って立っていた。小泉と仲井が阿部と机を挟んで正対するように立っている。
職員室は、綾先生以外にも先生がいて、各々、机で仕事をしており、佐倉を呼ぶまでもなかったか、と晶紀は思った。この状況で、綾先生が霊力を使って戦いを挑んできたら、正体をさらすようなものだからだ。
「すみません遅れてしまって」
「じゃあ、お互い鞄を机に出して、外についているタグやアクセサリ以外に入れ替わったり、無くなったり、していないか確認して」
『はい』
タグと『どっこいパンダ』を外すと、小泉はその鞄を阿部の方へ押しやった。
阿部も名前のタグとフェルトで作った人形を鞄から外すと、小泉の方に渡した。
阿部は渡された鞄を開いて、中身を机に並べて、指差して数えるような仕草をすると言った。
「全部あります。大丈夫です」
「すずも、ほら。中身を確認して」
小泉が言うと、仲井も鞄の中を開けて、机に広げる。
晶紀は立つ位置を変えながら、手元のスマフォの画面を確認した。
仲井と鞄が近くにあることで、仲井に霊力が集まるかを確かめたかったのだ。しかし、綾先生の霊力の影響で仲井と鞄の霊力が画面で確認出来ない。正確に区別がつくようにじりじりと動くと、急に椅子を引いて立ち上がった児玉先生にぶつかってしまった。
「あっ!」
スマフォが手を離れ、派手な音とともに床に落ちていた。
「ご、ごめんなさい」
ほ、本当に勘の悪い先生だ、と晶紀は思った。そして慌ててスマフォを拾い上げる。スマフォの画面や本体は傷ついていなかったが、霊力レーダーの機械の方に派手な凹みが出来ていた。
「それ、こ、こわれちゃったかしら?」
「いえ、こんなところでながらスマフォをしていた私がわるいんです」
スマフォの画面を開くが『霊力レーダーと接続が出来ません』と表示される。接続ケーブルを確認して、抜いたり刺したりするが、結果は同じだった。
「いくらぐらいするのかしら」
いや、これは宝仙寺トイズの研究所で作った特別なレーダーだ。金額で言ったったら、児玉先生の月給ぐらいかもしれない。晶紀は手を振って言って。
「だ、大丈夫ですから。スマフォは無事でしたし。忘れてください」
晶紀は、そんなことよりこの状況で、仲井が霊を集める状態になっているかを確認したかった。まぶたを閉じて、意識を集中する。
巨大な霊力の手前に、小さな霊力の影が見える。
しかし、霊力の動きはない。ただ静止しているだけだ。
晶紀は目を開いて、現実と霊力の関係を確かめた。巨大な太陽のような霊力が綾先生に見え、その手前にいる仲井、小泉にも少しであるが霊力が感じられる。しかし、漂う霊力が引き寄せられるようなものではなかった。どこかに霊力を転送している様子もない。
「……」
「天摩さん?」
児玉先生が晶紀の様子を見てそう言った。
「あ、いえ。ホントウに大丈夫ですから」
「じゃあ、これで元通りだな」
綾先生が言って、阿部と仲井がうなずくと、鞄すり替え事件は解決でお開きになった。
その時、佐倉と知世が職員室に入ってきた。
佐倉は状況を察したのか、晶紀に近づいてきて言った。
「この状況だ。心配はいらんだろう」
「は、はい」
「天摩、こっちは一緒に帰るからな」
小泉は職員室を出るところで振り返り、そう言った。
晶紀の見立てでは、今の仲井に呪われているような、おかしな霊の流れはない。それに霊力レーダーも壊れてしまって、これ以上調べようがなかった。
「ああ、さよなら」
「私は部活があるので、これで失礼します」
阿部が綾先生にそう言って、職員室を出て行く。
綾先生は阿部に手を上げて応えると、晶紀達に近づいてきた。
「佐倉先生。どうかしましたか?」
「ああ、綾先生。確かめたいことがあるのじゃが」
「なんでしょう?」
佐倉は晶紀の指先をつまむようにして、手をひっぱり上げた。
「ど、どうしたんですかこれ!」
児玉先生が、それを見てびっくりしたように指さす。周りにいた先生方も晶紀の手首に注目してしまった。
そして、自動的に綾先生に視線が注がれた。
「それは秘密です」
少し微笑んだような表情をして、そう言い切った。
「……」
佐倉はびっくりした表情から、理解したといわんばかりに口元だけ笑みが浮かんだ。
「お互いの為にならないことは言わないに限ります。ねぇ、天摩さん」
「……」
この手首の痣を体罰だなどと言えば、晶紀が襲い掛かってきたことを話すぞ、ということなのだ。晶紀はそう思って、すぐに手首を隠すように下げた。
「はは…… 忘れてください」
「……」
職員室は妙な雰囲気になったが、誰もこの件を追及することはなかった。




