失恋
同じクラスの松木理名。僕は彼女に恋をしている。
小さな体に緩くウェーブがかかった長い髪の微かな芳香がたまらない。
大きな瞳の上の長い睫が動くたび、僕の心はぐるぐるかき混ぜられて体温が2度ほど上がる。
話しかけられると頭がくらくら、ふわふわして、呂律が回らなくなる。
彼女はそれだけ蠢惑的な麻薬で、僕の健全だったはずの精神は日に日に蝕まれていくようだ。
要するに、僕は彼女を好きすぎてちょっとヤバい人間になりつつある。
『やっぱりさ、どんな可愛い女の子にでも幻滅する事ってあるよな。百年の恋も醒める瞬間、とかさ』
友人が話していた。僕には到底理解できない話だ。彼女への恋から醒めるなんて。
例え彼女がどんなに性格が悪くても、あの可愛い顔に酷い火傷を負ったとしても。僕の恋心が無くなるなんて、あり得ない。僕は彼女に、どっぷり、どうしようもないくらいハマってしまっているのだから。
いつもの帰り道、赤く染まる河川敷に松木理名が居た。遠目で、後ろ姿だけど、僕にはすぐに彼女だと分かってしまう。彼女はしゃがんで、何かしているようだ。
気付かれないように近づく。彼女との距離が縮まる程、胸がばくばく煩く鳴った。その鼓動でさえ愛おしくて、僕は幸せな気分に浸った。
ゆっくり、慎重に足を進めていたのに、僕の出来損ないの右足が小枝を踏んでぱきりと音が鳴った。
松木理名が振り返る。
天使の笑顔で、僕を見た。
「あ、健太くん」
天使の声で僕を呼ぶ。もう、死んでもいいかもしれない。実際、心臓は張り裂けてしまいそうで、僕はもう限界だ。
さようなら。
ふと、彼女の手元を見た。
鮒のような魚がぴちぴちと瑞々しさを振りまいていて、お腹からは内臓が出ていた。
松木理名が微笑む。良く見ると、綺麗な弧を描く口元が濡れて艶めいていた。
「健太くんも食べる?」
首を可愛く傾げる彼女。
「……いや、ぼ、僕はいいよ」
思わず、足早に立ち去った。僕の彼女への対応はいつもと変わらない。
でも、気持ちは大きく変わっていた。いつもは恥ずかしくて避けてしまって、いつまでも熱い気持ちを持て余すのに、今は不思議なほど冷めてしまっていた。
百年どころか、小学校の入学式で一目惚れしてから四年そこらの恋は、一瞬で、ドライアイスみたいに気化してなくなってしまったみたいだ。
こんな些細な事で彼女への恋を失ってしまうなんて、なんて薄情なんだろう。
僕は自分に失望しながらも、少し大人になった気がした。
了
くだらない話で申し訳ございません。個人的には気に入ってます。