09
良かった。
本当に良かった。
ヒスイちゃんが生きていて。
もう一度ヒスイちゃんに会えて。
これでもう、思い残すことはなにもないや……。
感激している俺にヒスイちゃんが話しかけてきた。
「――あなたは誰?」
「ん? 地球にいた時から菊野ヒスイのいちファンで、今は勇者に討伐される直前の魔王だよ」
「あなたも地球から召喚されたのですか?」
「そうそう。ある日起きたら、いきなりこの姿でさー。ビックリしたよ」
「まさか、そんな……」
「でも、こっちの世界でヒスイちゃんに会えてスゴい嬉しいよ。ヒスイちゃんが失踪してからずっと心配だったんだよ。ヒスイちゃんが無事で本当によかった――」
まさか「倒すべき魔王が自分のファンだった」なんて想定もしていなかったんだろう。ヒスイちゃんの動揺が伝わってくる。
「――みんな心配してたよ。でも、みんな信じてたよ。きっと大変なトラブルに巻き込まれたんだろうけど、ヒスイちゃんなら必ず打ち勝って戻って来るって。みんなそれを信じて待っていたよ。まあ、異世界で勇者やってるなんて、さすがに誰も思っていなかったけどね」
困惑しているヒスイちゃんの顔も、やっぱり世界で一番カワイかった。
その表情ひとつで、俺の行動もひとつに決まった――。
まだ戸惑っているヒスイちゃん相手に、俺はたたみ掛けるように一方的に話し続ける。
「よく考えたら、ヒスイちゃんほど勇者がハマり役な人もいないよね」
「――――」
「こっちに来ても全然変わってないね。アイドルやってても、勇者になっても、ヒスイちゃんはヒスイちゃんのままだ。『みんなを幸せにしたい』っていう夢に向かって真っ直ぐに生きている」
「――――」
「それにしても、ほんと、俺が魔王で良かったよ。普通の人だったら、殺されたくないもんね。そして、そんな相手をヒスイちゃんが殺せるわけがない」
心の底から嬉しかった。
俺が魔王で、ヒスイちゃんが勇者。この役割で出会えて。
俺が魔王になったことにやっと納得がいった。
こんな粋な計らいをする神様にホント感謝だ。
「俺を殺してよ。魔王と勇者の力の差はよくわかってるでしょ。今のヒスイちゃんなら、なんてことないよね。いつでもいいからちゃちゃっとヤッちゃってよ。あ、できればあんま痛くないようにお願いね」
少しでもヒスイちゃんが重く感じないように、俺は軽い調子で冗談めかして言い切った。
そして、最期に世界一の笑顔を網膜に焼き付けてから、俺は静かに眼を閉じた――。
――。
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「焦らさないでよ。実はけっこう怖いんだから――」
しばらく待っても、ヒスイちゃんが動く気配はない。
だから――俺は全力で笑った。
ヒスイちゃんを安心させるように。
それが彼女から教わったことだから。
ヒスイちゃんの笑顔とは比べものにならないだろうけど、生涯最高の笑顔ができたと思う。
魔王の姿してるから、本当に笑顔になっているのか自信がないけど…………。
「――魔王が死ねば、みんなが幸せになる。ヒスイちゃんの夢が叶う。キミの夢を叶える手助けができるなら、俺は幸せだよ。あっちにいた時もこっちに来てからも、それだけは変わらない」
――それに、俺が死ぬことによって、大きな大きなメリットが他にもうひとつある。
このことはできれば彼女には伝えたくない。
彼女が知ってしまえば、それは彼女の残りの人生を縛る枷になってしまうだろうから。
幸せだった。
アイドルとしての菊野ヒスイを応援することが。
ファンとして、ヒスイちゃんの夢を手伝えることが。
それがなによりも嬉しかった。
ヒスイちゃんと一緒に歩んでると思えたから、俺は人生に希望が持てた。
だから、今度も同じように彼女の夢を手伝うだけだ。
それが俺のなによりの幸せだ。
「ほら、みんな幸せになれるじゃん――」




