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本日2話目です。
夏が近づいてきた頃だった。
いつものように深夜アニメを見終わり、ダラダラとネットを眺めていたある日、動画サイトでリンクをたどっているうち、たまたま彼女と出会った。
たった数分の短いアイドルのPVだった。
激しすぎる楽曲にへんてこな歌詞と歌メロ。
アイドルらしからぬ黒を基調にした無骨な衣装。
可愛さを前面に出していない暗い世界観。
初見の印象はむしろ悪かった。
もともと、アイドルにそれほどいいイメージは持っていなかったし。
それに、色々やり尽くされたアイドル業界で差別化を図るにしろ、奇をてらい過ぎに感じられた。
しかし、不思議と途中で止める気にならなかったし、単なるイロモノと受け流すわけにはいかないなにかがあった。
その理由がなんなのか知りたくて、もう一度繰り返し再生した。
それでもよくわからなかった。まあ、そこそこカワイイ子だなとは思った。
けど、数多いるアイドルの中で特段抜きん出てるわけでもない。
俺は彼女に惹かれているのかどうかすらわからないまま、何回も動画を見返した。
――10回以上リピートした。
やっぱりよくわからなかった。わからなくてモヤモヤしたまま、俺は眠りについた。
寝て起きたときには、彼女のことも彼女の歌もすっかり忘れてた。
忘れたままいつもどおりに、ゲームしたり、ネットしたり――。
――無意識だった。
完全に無意識だった。
まったく意識していなかったが、気がついたら口ずさんでいた。彼女のPVの歌を。
とたん、無性に気になった。
すぐに、PVが観たくなった。
繰り返し観た。何度も何度も。
彼女の魅力の片鱗に触れた気がした。
それから関連動画もかたっぱしから観た。
名前で検索して情報を調べまくった。
彼女の全てを知りたかった。
完全に彼女の虜になっていた。
――何時間経ったか、何日過ぎたかわからない。
ネットを漁り尽くし、気づいたらちょうど朝日が登るところだった。
世界が別物に変わったことに気づいた。
彼女の歌声は俺の体の一部となり、彼女の存在は俺の人生の一部になった。
絶望と孤独しかない世界は終わり、希望と勇気に満ちた世界が始まっていた。
彼女と出会い、もう一度頑張ってみよう、自然とそういう気持ちになっていた――。
◇◆◇◆◇◆◇
彼女の名前は『菊野ヒスイ』。
俺の2コ下、16歳のソロアイドル。
単純なルックスでは、可愛い子ぞろいのアイドルの中では並のレベルかもしれない。
しかし、そんな彼女がステージに立つと――化ける。
凛とした瞳は観衆の心の奥底まで見通し釘付けにする。
澄きとおった歌声は聞き手の魂を揺さぶる。
ダンスは皆の鼓動をシンクロさせ、力強い生のリズムで包み込む。
なにか人ならざるモノが憑依したかのような圧倒的な存在感が、その空間を抱擁し、魅了し、支配する。
そう、まさにステージ上の彼女は観衆に崇拝の念を引き起こさせる存在だった。
ファンカムの粗悪な動画でも、いや、だからこそか、それが存分に伝わってきた。
彼女の本領はライブでこそ発揮される。
CDもDVDも買い揃え、ファンクラブに加入し、実際にライブに足を運んで。
彼女を知るにつれて、その思いはますます強くなった。
それまで俺のアイドルに対するイメージは――
カワイイって言われたい。
チヤホヤされたい。
目立ちたい。
――そういった『自分が一番大好き』な虚栄心と自意識の塊だった。
自分の欲望に忠実で、そのためだったらなんだってする。
見下してるヲタ相手にだって平気で媚びるし、素肌の接触も厭わない。
そう思っていたから、たまに発覚する彼氏や枕営業のウワサを耳にしても、さもありなんとしか感じなかった。
けど、ヒスイちゃんは俺のイメージの対極にいた。
俺の偏見を完全にぶち壊してくれた。
――どうしてアイドルになったんですか?
「夢を叶えたくて。そのために、わたしにできる唯一の方法がアイドルだったんです。歌うことだったんです。踊ることだったんです」
――夢?
「みんなを幸せにし、世界を平和にすることです」
――平和?
「はい。ひとりひとりができることは小さいかもしれません。でも、笑うことは誰でもできます。世界中のひとりずつがみんな幸せに笑っていれば、世界は平和になりますよね。わたしはみんなが笑えるように、そのお手伝いがしたいんです」




