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 最後のレスポンスを歌い終えた瞬間、白い光が俺たちを包み込んだ――。


 ――やがて、白い光が消え、視界が戻ってくる。


 最初に視界に飛び込んできたのは、崩折くずおれた魔王に対峙し、凛々しく剣を構えているヒスイちゃん。

 魔王の青い返り血を浴びているが、それは彼女の美しさを損なうどころか、むしろ際立たせていた。


 ヒスイちゃんがこちらを向き、歌を紡ぎ始める。

 そうだ、コール・アンド・レスポンスが終わっても、まだ曲は終わっていない。

 ヒスイちゃんは歌を続ける。オレたちのために。


 どうやら俺は、リリアスノートの精神世界からだけじゃなく、魔王の身体からも飛び出してしまったようだ。

 俺の隣には幼い姿のリリアスノート。

 俺はリリアスノートと肩を組んだままであることに、ようやく気がついた。

 そして、俺の姿は――腕は二本だし、爪もトンガッてないし、ツノもキバもない。おまけに、肌はムラサキ色じゃないし、身体のサイズも成人男性サイズ。ムキムキな筋肉もどっかいっちゃった。

 俺は一週間ぶりに元の人間の姿を取り戻していた。


 だが、その喜びよりも、ヒスイちゃんの歌声の方が俺の心を掴んで離さない。

 堂々と胸を張り、ダンスは控えめで、歌を届けることに専心したラスト・コーラス。

 高らかに歌い上げるヒスイちゃんの視線はリリアスノートの瞳をとらえて離さなかった。


 隣のリリアスノートが小さく肩を震わせる。

 その瞳から一筋涙が流れ落ちると――堰を切ったかのように、リリアスノートは号泣を始めた。


 俺もつられて、涙が止まらない。

 嬉しかった。

 やっぱり、ヒスイちゃんはやってくれた。

 リリアスノートまで救ってくれたんだ。


 泣きじゃくるリリアスノートを抱き寄せ、俺は勝利の拳を高くあげる。

 二人で大泣きしながら、ヒスイちゃんの歌声に魂を揺さぶられる。

 曲の歌詞も最後のサビは戦いの勝利を歌ったものだ。

 今のシチュエーションにドンピシャで、感動のあまり、震えがとまらない。

 名残を惜しむように、一音一音を心に刻みこんだ。


 やがて、終わりが訪れる――。


 最後のフレーズを歌い上げ、ヒスイちゃんは剣を天高く突き上げる。

 そのままの姿勢で固まったヒスイちゃん。

 その凛とした瞳から、一粒の涙がこぼれ堕ちた。

 長いようで短かった一曲が、今、終わった。


 文句なしに最高のライブだった。

 こんなステージはもう二度と体験できないだろう。

 俺も呆然と立ちつくしているし、リリアスノートに至っては腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


 高く掲げていた剣を下ろし、ヒスイちゃんは剣を鞘にしまう。

 そして、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「魔王さんですよね?」

「ああ、もう人間に戻っちゃったけどね」


 尋ねながらヒスイちゃんが俺の下へ近づいてくる。


「やったね、ヒスイちゃん」


 掲げた俺の両手にヒスイちゃんも手を合わせてくれて、ハイタッチ!

 万感の思いがこみ上げてくる。

 ヒスイちゃんもやり遂げた思いで、満足している様子なのが伝わってくる。


「その子は?」

「リリアスノート。魔王に身体をのっとられていた魔族の子だよ。この子も魔王の被害者だよ」


 リリアスノートは魔王にそそのかされて、身体も意識ものっとられた。

 その後の敵味方を問わない残虐な行動は彼女の意志じゃない。

 すべて魔王ファウストの残留思念が行ったものだ。

 確かに、最初にチカラを欲したのはリリアスノートだ。

 だから、責任はリリアスノートにあるのかもしれない。

 だけど、あれだけ虐げられ絶望の淵にいた幼子にその責を負わせることは、俺にはできない。


 だから、俺はしゃがみ込むリリアスノートの頭を軽くポンポンと叩く。


 もう、大丈夫だよ。

 君を虐めるヤツはいないよ。


 そういう気持ちを込めて、安心させるように。


「そうですか。無事で良かったです」

「ヒスイちゃん、ありがとう。俺だけじゃなくて。この子も助けてくれて。本当にありがとう。やっぱヒスイちゃんはすごいね」


 ほんとにスゲーや。

 言っていたとおりに、みんな救っちゃったよ。


「いえ、私だけじゃありません。魔王さんの助けがあったからです」

「俺が頑張れたのも、君のおかげだよ。それに『菊野ヒスイ』はいつも歌っているじゃん。『みんなひとつ』だって――」


 ――わたしは『菊野ヒスイ』の一部なんです。


 ――みんなが集まって、全部あわせて『菊野ヒスイ』なんだと思います。


「この子も含めて『ひとつ』になれたんだよ。ちゃんと聞こえたでしょ?」

「ええ。たしかに、この子の思いも届きました」

「だってよ、良かったな」


 俺はリリアスノートの手を掴み立ち上がらせる。

 今度は力を入れなくても、素直に立ち上がった。

 そして、うつむいているリリアスノートの頭を撫でる。


「…………ありがとう……ござい……ました」


 今回、一番頑張ったのは、俺でもヒスイちゃんでもなく、リリアスノートかもしれない。

 リリアスノートの心が魔王ファウストに打ち勝ったからこその、この結末だ。


「……こんなチカラが……あった……なんて…………知らなかった…………」


 途切れ途切れの言葉をリリアスノートが紡ぐ。


「……チカラは…………誰かから……奪うものだと……そう思ってた。……まさか……誰かに……与える……チカラが…………あるなんて……」

「それが『菊野ヒスイ』なんだよ。スゲーだろ。『菊野ヒスイ』はみんなを救って、みんなを幸せにして、世界を平和にするんだよ。オマエも幸せになって良いんだよ」


 俺がそう伝えると、また、リリアスノートの涙腺が決壊した。

 泣きじゃくりながら、俺の胸に顔をうずめてくる。

 俺はそれをそっとなだめてやった。

 ヒスイちゃんもそれを、黙って見守っている。


 ――しばらくそうして、ようやく、リリアスノートも落ち着きかけたところ、魔王の魔力反応が変化し始めた。


「ヤバい。早くしないと、帰れなくなる。ヒスイちゃん、俺の手を掴んで」


 このままでは魔王は消滅してしまう。

 俺は魔王の身体へと駆け寄り、ヒスイちゃんに告げる。


「俺を信じて。手を繋いだまま、帰りたい場所を思い浮かべるんだ」


 俺は魔王の身体へと左手を伸ばし、魔王の魔力に波長を合わせる。

 身体は人間に戻ってしまったけど、一週間過ごしてきた身体だ。

 すぐに魔王の残留魔力を掌握することができた。


 よし、これなら大丈夫だ。

 無事に、元の世界に変えることができそうだ。


 ヒスイちゃんも慌てるようにこっちに駆け寄ってきて――なにもないところでつまづいて盛大にコケた。


「ヒスイちゃん、早くっ」

「はっ、はいっ!」


 こんなところで持ち前のポンコツっぷりが発揮された。

 あれだけ、キレッキレのダンスができるのに、なんでこんな大事な局面で、しかも、なにもないところでコケるのか、ほんとに不思議でしょうがない。


 俺は必死で右手をヒスイちゃんに向かって伸ばす。

 立ち上がったヒスイちゃんは、俺の元に駆け寄り、俺の手をつかもうとして、またバランスを崩して倒れかけ――思いっきり俺に抱きついてきた。


「きゃっ、ごっ、ごめんなさい」

「だっ、大丈夫だよ」


 柔らかい感触と甘いイイ香り。

 ヒスイちゃんの汗が身体につく。


 予想外のラッキーに、動転してしまう。

 まさか、こんなご褒美まで用意されているとは……。


 嬉しさのあまり、ずっとこのままでもいいかな、という思考が頭をよぎるけど、そういうわけにはいかない。

 『菊野ヒスイ』の戦いは、まだまだ続くんだ。

 この世界を救ったから、次はあっちの世界を救う戦いが残ってるんだ。


 大丈夫。まだ、時間はある。

 後は転移術式を起動させればいいだけだ。

 勇者を待っていたこの一週間、俺は繰り返しその練習してきた。

 落ち着いてやれば、失敗することはない。


 でも、その前に――。


「リリアスノート、今度こそ、幸せになるんだぞ」


 いきなりの展開に、ポカンとしているリリアスノートに俺は声をかける。

 せっかく、『菊野ヒスイ』に救われたんだ。

 幸せになってもらわなきゃ困る。


「…………でも」

「幸せになって良いんだよ。幸せにならなきゃいけないんだよ。絶対に幸せになれよ」

「……………………」


 困惑したようにこっちを見るリリアスノート。


「自分の心の声に耳を傾けるんだ。どうしたいのか。どうしたら嬉しいのか。ちゃんと自分の心に聞いてみるんだ」

「…………こころに…………きく…………?」

「ああそうだ。俺たちは元の世界に帰る。だけど、オマエもちゃんと幸せになるんだぞ。わかったな」


 リリアスノートはじっとこっちを見つめたまま、なにか考え込んでいる。


 そして――。


「もう、時間がない。お別れだ。本当に幸せになれよ。じゃあな」

「……………………うん」


 魔王の魔力が消滅寸前だ。

 俺は、慌てて転移術式を起動させる。


 俺の別れの言葉に納得したようで、リリアスノートは大きく頷いた。

 そして――こっちに向かって走り寄ってきた。


「えっ!? ちょっ!?」


 リリアスノートは俺とヒスイちゃんに向かって、抱きつくように飛び込んできた。


 そこで、転移術式が完成。

 俺の視界は真っ白な光に包まれた――。

 いよいよ、次回最終話です。

 お楽しみに!

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