21
最後のレスポンスを歌い終えた瞬間、白い光が俺たちを包み込んだ――。
――やがて、白い光が消え、視界が戻ってくる。
最初に視界に飛び込んできたのは、崩折れた魔王に対峙し、凛々しく剣を構えているヒスイちゃん。
魔王の青い返り血を浴びているが、それは彼女の美しさを損なうどころか、むしろ際立たせていた。
ヒスイちゃんがこちらを向き、歌を紡ぎ始める。
そうだ、コール・アンド・レスポンスが終わっても、まだ曲は終わっていない。
ヒスイちゃんは歌を続ける。オレたちのために。
どうやら俺は、リリアスノートの精神世界からだけじゃなく、魔王の身体からも飛び出してしまったようだ。
俺の隣には幼い姿のリリアスノート。
俺はリリアスノートと肩を組んだままであることに、ようやく気がついた。
そして、俺の姿は――腕は二本だし、爪もトンガッてないし、ツノもキバもない。おまけに、肌はムラサキ色じゃないし、身体のサイズも成人男性サイズ。ムキムキな筋肉もどっかいっちゃった。
俺は一週間ぶりに元の人間の姿を取り戻していた。
だが、その喜びよりも、ヒスイちゃんの歌声の方が俺の心を掴んで離さない。
堂々と胸を張り、ダンスは控えめで、歌を届けることに専心したラスト・コーラス。
高らかに歌い上げるヒスイちゃんの視線はリリアスノートの瞳をとらえて離さなかった。
隣のリリアスノートが小さく肩を震わせる。
その瞳から一筋涙が流れ落ちると――堰を切ったかのように、リリアスノートは号泣を始めた。
俺もつられて、涙が止まらない。
嬉しかった。
やっぱり、ヒスイちゃんはやってくれた。
リリアスノートまで救ってくれたんだ。
泣きじゃくるリリアスノートを抱き寄せ、俺は勝利の拳を高くあげる。
二人で大泣きしながら、ヒスイちゃんの歌声に魂を揺さぶられる。
曲の歌詞も最後のサビは戦いの勝利を歌ったものだ。
今のシチュエーションにドンピシャで、感動のあまり、震えがとまらない。
名残を惜しむように、一音一音を心に刻みこんだ。
やがて、終わりが訪れる――。
最後のフレーズを歌い上げ、ヒスイちゃんは剣を天高く突き上げる。
そのままの姿勢で固まったヒスイちゃん。
その凛とした瞳から、一粒の涙がこぼれ堕ちた。
長いようで短かった一曲が、今、終わった。
文句なしに最高のライブだった。
こんなステージはもう二度と体験できないだろう。
俺も呆然と立ちつくしているし、リリアスノートに至っては腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
高く掲げていた剣を下ろし、ヒスイちゃんは剣を鞘にしまう。
そして、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「魔王さんですよね?」
「ああ、もう人間に戻っちゃったけどね」
尋ねながらヒスイちゃんが俺の下へ近づいてくる。
「やったね、ヒスイちゃん」
掲げた俺の両手にヒスイちゃんも手を合わせてくれて、ハイタッチ!
万感の思いがこみ上げてくる。
ヒスイちゃんもやり遂げた思いで、満足している様子なのが伝わってくる。
「その子は?」
「リリアスノート。魔王に身体をのっとられていた魔族の子だよ。この子も魔王の被害者だよ」
リリアスノートは魔王にそそのかされて、身体も意識ものっとられた。
その後の敵味方を問わない残虐な行動は彼女の意志じゃない。
すべて魔王ファウストの残留思念が行ったものだ。
確かに、最初にチカラを欲したのはリリアスノートだ。
だから、責任はリリアスノートにあるのかもしれない。
だけど、あれだけ虐げられ絶望の淵にいた幼子にその責を負わせることは、俺にはできない。
だから、俺はしゃがみ込むリリアスノートの頭を軽くポンポンと叩く。
もう、大丈夫だよ。
君を虐めるヤツはいないよ。
そういう気持ちを込めて、安心させるように。
「そうですか。無事で良かったです」
「ヒスイちゃん、ありがとう。俺だけじゃなくて。この子も助けてくれて。本当にありがとう。やっぱヒスイちゃんはすごいね」
ほんとにスゲーや。
言っていたとおりに、みんな救っちゃったよ。
「いえ、私だけじゃありません。魔王さんの助けがあったからです」
「俺が頑張れたのも、君のおかげだよ。それに『菊野ヒスイ』はいつも歌っているじゃん。『みんなひとつ』だって――」
――わたしは『菊野ヒスイ』の一部なんです。
――みんなが集まって、全部あわせて『菊野ヒスイ』なんだと思います。
「この子も含めて『ひとつ』になれたんだよ。ちゃんと聞こえたでしょ?」
「ええ。たしかに、この子の思いも届きました」
「だってよ、良かったな」
俺はリリアスノートの手を掴み立ち上がらせる。
今度は力を入れなくても、素直に立ち上がった。
そして、うつむいているリリアスノートの頭を撫でる。
「…………ありがとう……ござい……ました」
今回、一番頑張ったのは、俺でもヒスイちゃんでもなく、リリアスノートかもしれない。
リリアスノートの心が魔王ファウストに打ち勝ったからこその、この結末だ。
「……こんなチカラが……あった……なんて…………知らなかった…………」
途切れ途切れの言葉をリリアスノートが紡ぐ。
「……チカラは…………誰かから……奪うものだと……そう思ってた。……まさか……誰かに……与える……チカラが…………あるなんて……」
「それが『菊野ヒスイ』なんだよ。スゲーだろ。『菊野ヒスイ』はみんなを救って、みんなを幸せにして、世界を平和にするんだよ。オマエも幸せになって良いんだよ」
俺がそう伝えると、また、リリアスノートの涙腺が決壊した。
泣きじゃくりながら、俺の胸に顔をうずめてくる。
俺はそれをそっと宥めてやった。
ヒスイちゃんもそれを、黙って見守っている。
――しばらくそうして、ようやく、リリアスノートも落ち着きかけたところ、魔王の魔力反応が変化し始めた。
「ヤバい。早くしないと、帰れなくなる。ヒスイちゃん、俺の手を掴んで」
このままでは魔王は消滅してしまう。
俺は魔王の身体へと駆け寄り、ヒスイちゃんに告げる。
「俺を信じて。手を繋いだまま、帰りたい場所を思い浮かべるんだ」
俺は魔王の身体へと左手を伸ばし、魔王の魔力に波長を合わせる。
身体は人間に戻ってしまったけど、一週間過ごしてきた身体だ。
すぐに魔王の残留魔力を掌握することができた。
よし、これなら大丈夫だ。
無事に、元の世界に変えることができそうだ。
ヒスイちゃんも慌てるようにこっちに駆け寄ってきて――なにもないところでつまづいて盛大にコケた。
「ヒスイちゃん、早くっ」
「はっ、はいっ!」
こんなところで持ち前のポンコツっぷりが発揮された。
あれだけ、キレッキレのダンスができるのに、なんでこんな大事な局面で、しかも、なにもないところでコケるのか、ほんとに不思議でしょうがない。
俺は必死で右手をヒスイちゃんに向かって伸ばす。
立ち上がったヒスイちゃんは、俺の元に駆け寄り、俺の手をつかもうとして、またバランスを崩して倒れかけ――思いっきり俺に抱きついてきた。
「きゃっ、ごっ、ごめんなさい」
「だっ、大丈夫だよ」
柔らかい感触と甘いイイ香り。
ヒスイちゃんの汗が身体につく。
予想外のラッキーに、動転してしまう。
まさか、こんなご褒美まで用意されているとは……。
嬉しさのあまり、ずっとこのままでもいいかな、という思考が頭をよぎるけど、そういうわけにはいかない。
『菊野ヒスイ』の戦いは、まだまだ続くんだ。
この世界を救ったから、次はあっちの世界を救う戦いが残ってるんだ。
大丈夫。まだ、時間はある。
後は転移術式を起動させればいいだけだ。
勇者を待っていたこの一週間、俺は繰り返しその練習してきた。
落ち着いてやれば、失敗することはない。
でも、その前に――。
「リリアスノート、今度こそ、幸せになるんだぞ」
いきなりの展開に、ポカンとしているリリアスノートに俺は声をかける。
せっかく、『菊野ヒスイ』に救われたんだ。
幸せになってもらわなきゃ困る。
「…………でも」
「幸せになって良いんだよ。幸せにならなきゃいけないんだよ。絶対に幸せになれよ」
「……………………」
困惑したようにこっちを見るリリアスノート。
「自分の心の声に耳を傾けるんだ。どうしたいのか。どうしたら嬉しいのか。ちゃんと自分の心に聞いてみるんだ」
「…………こころに…………きく…………?」
「ああそうだ。俺たちは元の世界に帰る。だけど、オマエもちゃんと幸せになるんだぞ。わかったな」
リリアスノートはじっとこっちを見つめたまま、なにか考え込んでいる。
そして――。
「もう、時間がない。お別れだ。本当に幸せになれよ。じゃあな」
「……………………うん」
魔王の魔力が消滅寸前だ。
俺は、慌てて転移術式を起動させる。
俺の別れの言葉に納得したようで、リリアスノートは大きく頷いた。
そして――こっちに向かって走り寄ってきた。
「えっ!? ちょっ!?」
リリアスノートは俺とヒスイちゃんに向かって、抱きつくように飛び込んできた。
そこで、転移術式が完成。
俺の視界は真っ白な光に包まれた――。
いよいよ、次回最終話です。
お楽しみに!




