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 リリアスノートは生まれからして呪われていた。

 父親である高位魔族が低位魔族である母親を戯れに孕ませた末に生まれた子がリリアスノートであった。

 下賤な生まれ故に、父の一族からは蔑まれ、迫害され、虐げられた。

 そして、父はそれを庇いもせず、最低限の施しを与えたのみであった。

 残酷な事実ではあるが、その最低限の施しがあったからこそ、リリアスノートとその母はなんとか生きながらえることができた。

 しかし、それもリリアスノートに『忌み子の証』が現れるまでだった――。


 千年前に魔界を阿鼻叫喚の地獄に変えたとされる最凶最悪の魔王ファウスト。

 冷酷無比で残虐無道な魔王ファウストは、歯向かう者がいれば一族郎党皆殺し。圧倒的なチカラで魔界を支配し、気の向くままに恐怖で魔界を支配した。

 全魔族の3分の1がファウストによって殺されたともいう。


 そのファウストだが、その全身は刺青のような黒い幾何学的模様で覆われていた。

 それはファウストの代名詞となり、魔族はそれを恐れ、似たような模様すら忌避するほどであった。


 そして、ファウストの死後、理由は不明であるが、同じような模様を身体に持つ者がごくまれに出現するようになった。

 生まれつき持つ者もいれば、生後数年たってから突如模様が現れる者もいた。

 ファウストの残した恐怖の爪痕は深く、魔族はそのような模様を『忌み子の証』と恐れ、迫害したり、殺害したりするのが常であった。


 幼子であるリリアスノートに『忌み子の証』が現れた時、もちろん、父の一族はリリアスノートを殺そうと試みた。

 リリアスノートが一命を取り留めたのは、母親がリリアスノートを庇ったおかげであるが、そのせいで、リリアスノートの母は命を落とすことになった。


 命からがら逃げおおせたリリアスノートは『忌み子の証』を隠しながら、街の闇から闇を渡り歩いた。

 魔族においては、「チカラこそ掟」である。

 強ければ奪えるし、弱ければ奪われる。

 だから、魔族は強きを頼って群れを成す。


 寄る辺なき幼子であるリリアスノートが魔界で生き延びるのは地獄であった。

 その日の糧を得るのも命懸け。

 まだ幼い子供であったリリアスノートはまともな職につくこともできず、泥水をすすり残飯を漁って命を繋ぐしかなかった。

 残飯といえど、貴重な資源。

 似たような落ちぶれた境遇の者たちとの奪い合いだ。

 なんとかして手に入れた残飯ですら、気を抜けば横からかっ攫われる。

 誰も信用できない。信じられるのは自分だけ。

 徒党を組むこともできず、眠る時ですら気が抜けない。


 そんな一日を生き延びることで精一杯の暮らしを数年も続け、リリアスノートは疲弊しきり、生きることを諦めきっていた。


 生きているわけではない。死んでいないだけ。

 本能に従って、餌を求めるだけ。


 運命の日、リリアスノートはいつものように、ボロ布を纏って貧民街の路地裏に腰を下ろし、腹の虫の訴えを握りつぶし、すべての憎む視線を通りに投げかけていた。


 敵にナメられないように。

 カモがいれば、襲いかかれるように。


 その時、ふと、リリアスノートを覆うような影が現れた。

 影が突然現れたことに、リリアスノートはとっさに身構える。


『リリアスノートよ』


 影が呼びかける。

 地獄の底から響いてきたような低く割れた声だった。

 しかし、リリアスノートが驚いたのは、声が発した内容に対してであった。


 自分の名前を呼ばれたことなど、何年ぶりだろうか。

 自分ですら、自分の名前を忘れかけていたくらいだ。

 優しかった母親のことが思い出され、心がじんわりと滲んだ。

 しかし――リリアスノートは気を引き締め、キッと影を睨みつける。


『いい顔だ』


 不気味な影だ。

 男なのか、女なのか。

 若いのか、年をとっているのか。

 まったく不詳だった。

 それどころか、生きているのかすら。


『チカラが欲しいか、リリアスノートよ』


 影の問いかけに、リリアスノートは考え込む。

 もちろん、欲しいに決まっている。


 だが、この影は一体何者なんだ?

 なぜ、自分の名前を知っているんだ?

 コイツを信じるのか?

 こんな不気味な影を?


 幾つもの疑問が頭の中を駆け巡る。

 しかし、リリアスノートの答えは決まっていた――。


「……………………欲しい」

『ほう。なぜチカラを望む』


 心なしか、影が笑みを浮かべたような気がした。


「…………もうイヤなんだッ!!!」

『なにが嫌なのだ』


 傷付けられないためにッ!

 蔑まれないためにッ!

 奪われないためにッ!

 虐げられないためにッ!


「チカラが欲しいッ!!!!!!」


 リリアスノートの心からの叫びだった。

 生まれてからこれまで溜まりに溜まった憤懣が爆発したのだ。

 それを聞いて、影が満足そうに頷いた。


『ソナタが望むのであればチカラを授けよう。その代わり、そのチカラをもって望みを叶えるのだ。傷つけろ! 蔑め! 奪え! 虐げろ!』


 リリアスノートは力強く立ち上がり、影を睨みつける。

 全身の怒りを影にぶつけるようにして。


『その代償はそなたの全てだ。身体も記憶も感情も意識も。全てを我に捧げよ』


 リリアスノートはコクリとうなずいた。

 そして、その日、リリアスノートは魔王となった――。

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