15
俺は鋭い爪で自らの首筋を切り裂いた。
いくつもの太い血管が切断され、大量の血が噴き出る。
あっ、魔王の血って青いんだ…………。
「もう大丈夫だよ、ヒスイちゃん。俺が転移ゲートを開くから、きみはあっちの世界へ帰れる」
失われていく命とともに、魔王の体内にある魔力が爆発的に増大していく。
この魔力を利用すれば、転移ゲートを開ける。
けど――、
「あっ、ヤバいッ……」
「どっ、どうしたのですかっ!?」
「クッ……」
魔王の魔力が高まっていくのはいいのだが、それに伴って魔王の自我も強まっている。ヤバい、このままでは意識が乗っ取られる。
今まで俺が支配していたこの身体が、本来の持ち主である魔王に取り戻されてしまう。
「ごめん、ヒスイちゃん。俺、嘘ついてた」
「えっ!? それは?」
ヒスイちゃんには知らせたくなかった。
できることなら、彼女にその十字架を背負わせたくなかった。
だけど、このまま黙っていれば……。
「さっき、魔王はもう死んだって言ったでしょ」
「…………」
「あれ、嘘なんだよね」
ヒスイちゃんが小さく息を飲む音がやけに鮮明に聞こえる。
「実は魔王の意識は、この身体の中でまだ生きてるんだよね。今までは俺の意識が支配していたんだ。だけど、死にかけたこの状況で、また息を吹き返してきたみたい。ごめん、ヒスイちゃん」
魔王が身体の支配権を取り戻そうと、俺の意識を縛り付ける。
俺は懸命に抵抗するが、魔王の強靭な精神力の方が上回った。
「ヒスイちゃん、離れてッ――」
俺は油断していたのだろう。
たとえ戦いになってもヒスイちゃんの方が強いから問題ないだろうと。
だから、その忠告は遅れてしまった。
俺の意志に反して、魔王の二本の右手が同時に薙ぎ払われ、ヒスイちゃんに直撃した。
ヒスイちゃんは10メートル以上も弾き飛ばされ、激しく床に叩きつけられた。
「ヒスイちゃんっ、大丈夫っ?」
咄嗟の攻撃をモロに喰らってしまったヒスイちゃんだったが、すぐに身体を起こして剣を構える。
だが、その間に魔王は距離を詰めきっており、続けざまの連続攻撃を放った。
ヒスイちゃんの倍以上もある巨体の魔王。遥か頭上から四本の太い腕を振り下ろし、叩きつける。絶え間なく、反撃の機会を与えずに。
ヒスイちゃんは巧みな剣捌きで防ごうとするが、魔王の手数の多さには勝てず、魔王の鋭い爪がヒスイちゃんの鎧にいくつもの深い傷を与えていく。
身体のコントロールは完全に魔王に取られてしまった。
こうやって考えることしか今の俺にはできない。
為す術もなく見守るしかない俺は居ても立ってもいられなかった。
だが、おかしい。こんなはずはない。
いくら魔王が強いとはいえ、勇者であるヒスイちゃんのチカラは魔王を圧倒するレベルだったはずだ。
それは魔王をやっていた俺が一番よく知っている。
…………いや、違う。
俺はとんでもない思い違いをしてた。
思い当たる節がある。
魔王の腹心であるヴィガントス。
俺はコイツと何度も模擬戦を繰り返した。その中でヴィガントスは俺の80パーセントの威力の攻撃をギリギリではあるが凌いでいた。
けど、魔王の記憶によれば、過去のタイマンで魔王は半分くらいのチカラでヴィガントスをフルボッコにしてた。
俺はてっきりヴィガントスがそれから腕を上げたのだとばかり思い込んでいた。
だけど、そうじゃなかったんだ。
俺は魔王のチカラを過小評価していたんだ。
俺の精神では魔王の能力を引き出しきれていなかっただけだ。
魔王本来のチカラはこんなもんじゃなかったんだ……。
そう考えると、本気の魔王のチカラはヒスイちゃんを上回るかもしれない…………。
魔王の攻撃は烈しさを増していく。
ヒスイちゃんも反撃を繰り出す。
だが、まだまだ躊躇しているのが伝わってくる。
完全に俺のミスだ。
ヒスイちゃんが混乱するのも当然だろう。
俺に究極の二択をつきつけられて。
唐突な俺の自害に翻弄されて。
死んでいたはずの魔王が生きていて。
その魔王から攻撃されて。
しかも、その魔王の中には、俺がいる。
いきなりの展開に、彼女自身どうしたらいいか、分からなくなっているのだろう。
こんなことから、最初から悪の魔王のフリをしておけばよかった。
ヒスイちゃんが憂いなく退治できる極悪非道な存在として対峙すればよかったんだ。
ヒスイちゃんに逢えて浮かれていた俺が欲張ったからだ。
俺という存在が彼女の足を引っ張ってるんだ。
このままじゃあ、ヒスイちゃんが負けるかも……。
俺は必死で心を強く持ち、魔王の意志に抗い続ける。
「俺はいいから魔王を殺せッ!!」
どうにか口だけを動かすことができた。
今の俺ではそれが精一杯だった。
魔王が強烈な一撃をヒスイちゃんに放つ――。
同時に、俺との主導権争いでも魔王は反撃してくる。
俺の中に一気に流れ込んできた。
魔王の精神。
魔王の記憶。
魔王の感情。
魔王の意志。
魔王のココロ。
俺はやっと魔王を理解した――。




