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「うん、じゃあ、早速だけど、俺を殺してよ」

「えっ?」

「えっ?」


 ヒスイちゃんが驚き、そして、俺も驚く。


「あれっ、ヒスイちゃんの疑問は全て解決したんだよね?」

「はい、そうですけど……」

「じゃあ、後は俺が死ねば全部オッケーだよね?」

「なんでそうなるんですかッ! 死ぬとか、気軽に言わないでくださいよ」

「そんな気軽に言ってるつもりはないんだけどなあ」


 これも嘘。


 魔王さまの肉体に引きずられてか、人間だった時に比べて自分の命がはるかに軽く感じられる。

 だからといって、無駄死には嫌だけど、ヒスイちゃんの願いのためなら、俺の命のひとつくらい安いもんだ。


 咬み合わない会話だけど、まあ、それも当然だ。ヒスイちゃんは知らないことがひとつあるんだから。

 これは俺だけが知っていることなんだから。

 魔王さまの記憶と俺の記憶、その二つを持っている俺だけが知り得ることなんだから。


 それは――俺が死なないと、ハッピーエンドにはならないってこと。


 そもそも、どうしてヒスイちゃんと俺はこの世界に召喚されたのか?

 誰によって召喚されたのか?


 ヒスイちゃんの方は簡単に説明がつく。

 魔王を倒すために勇者として召喚されたのだ。

 こっちの世界の人々の召喚魔法で勇者に選ばれたのが、あっちの世界で最も適性があったヒスイちゃんだった。誰よりも世界を救いたいと願っているヒスイちゃんだった。


 じゃあ、俺は?

 誰が俺を魔王にして得するんだ?

 もちろん、元の魔王さまがそんなことするわけない。

 身体を俺に乗っ取られるだけで、魔王さまにはなんのメリットもないからな。

 かといって、他の魔族や人間はそんなことできない。

 そんなチカラがあるなら、こんな事態になるまでこの魔王さまを放っておく理由がない。もっと早くに手を打っていたはずだ。


 俺を魔王として召喚したのは――俺自身だ。

 ヒスイちゃんを救いたいと誰よりも望んだ俺なんだ。

 ヒスイちゃんを救うために、俺は魔王になったんだ。

 この世界でヒスイちゃんと再会して、俺はようやくそのことに気づいたんだ。


 上手くいったのは、たまたま俺と魔王様の波長が一致していたという、奇跡的な偶然のおかげだ。

 勇者ヒスイちゃんの強さを知って、魔王さまは怯んでいたんだ。

 そこにつけ込むかたちで、俺が魔王さまの身体を乗っ取ったんだ。

 だからこそ、俺は今ここに魔王として存在しているんだ。

 

「ヒスイちゃんは知らないと思うんだけど――俺を殺せば、ヒスイちゃんはあっちの世界に戻れるんだよ。逆にいえば、俺を殺す以外にヒスイちゃんがあっちに帰る方法はないんだ」

「そんな……………………」


 こっちの世界からあっちの世界へ転移するゲートを開くのは不可能。その唯一の例外が魔王の死だ。

 膨大な魔力を有する魔王の身体。その魔王が死ぬ際に発生する魔力の暴走――それを上手く利用すれば、あっちの世界へのゲートを開くことも可能だ。

 本来、死にひんした際に他の世界へ逃げ出すために、魔王が準備していた能力だ。

 それを使えば、ヒスイちゃんをあっちの世界へ帰すことができる。

 俺ならそれが可能なんだ。

 それこそが俺の願いなんだ。

 それこそが俺が魔王になった理由であり、俺が生きてきた理由であり、俺が死ぬに足る理由だ。


 当初はその方法を使って俺自身が帰還するつもりだった。

 だから、ビビりつつも恐慌に陥ったりせずに勇者を待ち受けることができたんだ。

 だけど、自分自身とヒスイちゃん、どっちかを選べと言われたら――その答えは言うまでもない。


 ヒスイちゃんは知らなかったはずだ。

 あっちの世界にはもう戻れないと思い込んでいるはずだ。

 そうでなければ、ヒスイちゃんがこっちの世界を救うだけで満足するはずがない。


「みんな待ってるんだ。菊野ヒスイが帰ってくるのを信じて待っているんだ。だから、俺を殺してあっちに帰って欲しい。お願いだ」


 俺を殺すか、こっちの世界に留まるか。

 残酷な二択だ。


「こっちの世界はヒドい。命なんかゴミクズだ。けど、あっちの世界だってロクなもんじゃない。昔の俺みたいに苦しんでる奴がいっぱいいる。そういうやつらには必要なんだよ。菊野ヒスイが。あっちの世界も救ってよ。あっちの世界でも勇者をやってよ。もう一度『菊野ヒスイ』をやってよ」


 だが、今、俺の前に立っているのは、俺が過去に何度も見上げてきたステージ上の『菊野ヒスイ』なんかじゃなかった。

 そこにいるのは――フツーのカワイイ女の子だった。


 ステージ上でのキレッキレのダンスからは想像もできないが、素のヒスイちゃんは運動神経が酷すぎることでも知られている。自転車に乗れないだとか、縄跳びもまともにできないとか。

 ダンスもカウントに合わせて踊るっていうことができないのに、音楽が流れればどの音でどう動けばいいかわかる、みたいな感覚だけで踊っちゃうタイプだそうだ。

 それにステージから降りれば、そのポンコツっぷりがまた魅力的で、そのギャップもファンの心を強く掴んだ。


 そう、俺は忘れていた。

 『菊野ヒスイ』や『勇者』をやっていたって、ヒスイちゃんもフツーのカワイイ女の子のひとりなんだ。

 完璧なパフォーマンスを魅せるフロントマンじゃない、ひとりの人間なんだ。

 しかも、年下の女の子じゃないか。

 他人の生死を委ねられて、平気でいられるわけないじゃないか。

 それなのに「俺を殺せ」なんて押しつけて。

 すべての責任をなすりつけて。

 俺の理想を強制して。


 ――最悪だ。


 憧れのヒスイちゃんと一対一で会話ができるなんて――夢にも思っていなかった。

 これ以上ない冥土の土産ももらったことだ。

 もう、思い残すことはなにもない――。


「ごめん。俺のワガママだ。キミに『菊野ヒスイ』を押しつけちゃって悪かった。ホント、ごめん」


 俺は鋭い爪で自らの首筋を切り裂いた――。

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