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第一話 刑事と町守  通り魔の目的

「あ、あれだ! 俺を襲った甲冑は!」

 澤田の後ろで、木内が叫び声を上げた。

「木内さん、落ち着いて。俺の後ろから離れずに聞いてください。この神社の娘さんにストーカーをしているのは、あなたですね」

「なっ」

 木内が言葉を詰まらせた。

 柊に立ち塞がられた甲冑は、無理に通ろうとすることなく静かにたたずんでいたが、兜の奥にあるのだろうその瞳は、真っ直ぐに木内のほうを向いているように見える。

「い、いきなり何を言って」

「この甲冑は付喪神だ」

 甲冑と対峙したままで、柊が言う。

「大切にされていたものに心が宿り、妖となったものだ。この甲冑も、代々この神社に大切にされてきたものだそうだからな。依代から離れてまで、お前から宮司の娘を守ろうとしているんだろう」

 つまり今柊の前にあるのは、依代である甲冑から離れた付喪神ということだ。だから神社の扉を壊すことなく、すり抜ける形で外へ出ることができた。一方で、木内に触れることもできなかったというわけだ。

 本物の甲冑は、今も社殿の片隅でガラスケースに収まっているはずだ。

 澤田は、背後の木内に向き直った。

「美緒さんへの非通知の着信、朝八時までと、夜の九時以降にしかきたことがないそうです。それ、あなたの仕事が始まるまでの時間と、終わったあとの時間なんじゃないですか」

「そんなの、どこの会社だって似たようなものだろう。それでけじゃ俺がストーカーだって証拠には」

「美緒さんは、ストーカーが郵便受けへ入れていく手紙も全て保存しています。調べればそこに、指紋が残ってるんじゃないですかね」

 澤田の言葉に、木内がぎくりと肩を揺らす。

「あなたが犯人じゃないっていうなら、指紋、取らせてもらっても大丈夫ですよね」

 言い返せずに黙ってうつむいていた木内が、にやりと笑う。

「違いますよ刑事さん。ストーカーじゃありません。俺はただ、美緒が寂しくないように、俺の愛を毎日伝えてあげてるんです」

 言うなり、木内が澤田の横をすり抜けて、付喪神へ向かって走り出す。

「俺と美緒の愛を邪魔するやつは、妖だろうがぶっ潰してやる!」

 木内は持っていた鞄を振り上げて、付喪神に殴りかかった。だが付喪神に当たるはずはなく、振り下ろした鞄はすり抜けてしまい木内は地面へと倒れ込んだ。

「霊体である付喪神に鞄が当たるはずがないだろう。だが付喪神が依代である甲冑に戻ればお前の攻撃も当たる。相手の攻撃も当たるようになるがな」

 地面に手をつきながら顔を上げた木内が、澤田に向かって叫んだ。

「刑事さんよお! 俺の身の安全を保障してくれるんだろ! 早くその付喪神とかいうやつを何とかしてくれよ!」

 澤田は呆れながらも、柊のほうへ顔を向ける。

「柊さん」

 柊は小さく息を吐くと、一枚のお札を出して、触れないはずの付喪神の額に貼った。

「縛」

 声とともに、付喪神の甲冑がまとっていた白くほのかな光が消える。

「これで付喪神は動くことも依代に戻ることもできない」

 通り魔事件は、ひとまず解決した。

 あとは、この男だ。

「木内さん。美緒さんはあなたの行動をとても怖がっているんですよ」

「嘘だ。俺は怖がらせることなんて何もしていない。ただ彼女を愛してるだけだ。想いを伝えて何が悪い。警察に通報されることなど何も」

「あなたがどんなに愛してると言っても、相手が警察に通報するほど怖がっていればそれは犯罪なんですよ」

 澤田の一言に、木内が力なくうつむいた。

 会社員である彼が、女子高生である彼女とどのようにして出会い、ストーカーまがいのことをするようになってしまったのかはわからないが、今ならまだ間に合う。

「これ以上彼女に近づかないことを約束してくれるなら逮捕はしません。多少、行動を監視させてもらうかもしれませんが」

「……言いましたよね、刑事さん。俺の美緒への愛を邪魔するやつはぶっ壊すって!」

 がばっと立ち上がった木内の手で、ナイフが光った。

「澤田刑事!」

 柊が叫んだ。

 木内のナイフはとっさに避けた澤田の腕をかすめた。だが澤田はそんな小さな傷などもろともせず、木内の腹に思いきりこぶしを突き上げた。

「ぐっ」

 手からナイフを落とした木内は、地面に倒れて意識を失った。

「ったく。銃刀法違反で逮捕だな、こりゃ」

 しかしナイフなんかを持ってきていたということは、初めから誰かを襲うつもりだったのだろうか。

 標的は、電話をかけて呼び出した澤田だったのだろうか。それとも愛していると言ったはずの美緒だったのか。

 ぺり、と柊が甲冑に貼ったお札をはがした。

「あれ? それはがすのか」

「ああ。心配しなくても、こいつがむやみに人を襲うことはない。これからも鈴邑神社と宮司の家族を守ってくれるはずだ」

「そうか」

 再びほのかな光をまとった甲冑は、柊と澤田に背を向けると静かに社殿へと戻っていく。

「一度、高田家に戻ろう。高田さんには俺が説明しておく」

「ああ、頼む。俺じゃ上手く説明できそうにないしな。この男の引き取りにパトカー回してもらうように連絡するから、先に中入っててくれ」

「わかった」

 明かりのついた高田家に入っていく柊の背を見て、澤田はふと、北野の言葉を思い出した。

(妖の味方をする、か)

 今回の木内のように、人間のほうが明らかに間違っていれば、当然、澤田も人間に味方することはできない。

 人だろうが妖だろうが、いいものはいいし、悪いものは悪い。

(親父もそうだった、ってことなんだろうな)

 誰にも聞けないその疑問は、澤田の心の中で静かに消えていった。



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