第一話 刑事と町守 鈴邑神社
午後五時。
澤田が鈴邑神社の前に来ると、柊はすでに着いていた。
「遅かったな」
「いやいや、時間通りだろ。お前こそ早く着いたんだな」
「時間に遅れるのは嫌いなんだ」
柊は背を向けると、一人、鳥居をくぐって歩いていく。
不愛想な奴だな、と思いつつ、澤田もあとに続いた。
住宅街の一角だということを忘れそうなほどに、敷地の周囲を木々が囲んでいた。有名な神社のように、敷地が広いわけでも社殿が大きいわけでもなかったが、この町では一番歴史のある神社なのだという。
二人は神社のほうではなく、同じ敷地内にある宮司の自宅のほうへと向かった。
インターホンに応じて姿を見せたのは、宮司の装束をまとった男だった。
「こんにちは。黄昏市警察署の澤田と申します。それとこちらは」
言いかけたものの、どう紹介していいのかわからなくなって言葉を止めてしまった澤田に、宮司がにこりと笑いかけた。
「町守の柊さんですね。存じております」
柊家の人は、黄昏市の人たちから町守と言われているらしいことを、澤田は今初めて知った。
「鈴邑神社の周辺で通り魔が出た件と、甲冑が盗まれた件についてお話をうかがいに来たのですが」
「暑いなかご苦労様です。どうぞ中へ」
宮司にうながされて、澤田と柊は玄関を上がった。
「今、社殿から戻ったばかりでして。着替えて参りますのでこちらで少々お待ちいただけますか」
そう言って通されたのは、畳の部屋だった。
柊が背筋を伸ばし綺麗な姿勢で正座をするので、澤田もついそれにならったが、宮司が戻ってくる前に胡坐へと座り直した。
戻ってきた宮司は和装姿で、冷えた麦茶を二人の前に出した。
それを一口いただいたところで、澤田は話を切り出した。
「三日前の午後十時頃と、二日前の午後十時十五分頃、この神社の前で通り魔に遭ったという通報があった件ですが、それはご存知ですよね」
「はい、聞いております。その通り魔がうちの甲冑を着ていたと」
「ええ。ちなみに甲冑は」
「今日も私が社殿を離れたときには、いつも通りの場所にありました」
「扉や窓が壊された形跡もないということでしたよね」
「ええ。もし本当にうちの甲冑が使われているのなら、犯人は一体どうやって盗み出しているのでしょう」
すると黙って聞いていた柊が、宮司にたずねた。
「その甲冑というのは、何か由来のあるものなんですか。例えば、有名な戦国武将が使っていたものとか」
「有名な武将というわけではないのですが、何でも戦国の世にこの神社が焼かれそうになったとき、神職とともに神社を守った武将の甲冑だと聞いております」
なるほど、と言って、柊が口元に手を当てる。
「ということは、この神社は戦国時代からあるってことですか」
驚いた澤田が、宮司にたずねた。
「ええ。何度か焼かれてしまって建て直しておりますが」
「その甲冑だけはずっと残ってるってことか」
がらっと、家の戸が開く音がして、廊下を歩いてくる音が聞こえてきた。
「ただいまお父さ……あ、ごめんなさい。お客さんが来てたんだ」
顔をのぞかせたのは、高校生の少女だった。




