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第四話 十一年前の事件  柊家の夜

 鍵を開けて玄関の戸を開くと、広い玄関は真っ暗だった。家の中も全て明かりが落ちていて、柊が玄関と廊下の電気をつけた。

 前にも案内された和室で柊が入れてきたお茶を飲んで、澤田は思った。

「この家って、お前以外住んでないのか?」

「今はな。体の弱かった父は八年前に亡くなったし、祖父は入院中で、母はどこかで仕事をしている」

「どこかでって、場所知らないのか」

「日本であることは確かだ」

「範囲広いな」

「元々、母は働きたい気持ちの強い人だったんだが、父が生きていた頃は仕事を諦めて家を支えてくれていたんだ。だから今は自由にしてもらっている」

「そっか。そりゃ親孝行な息子だな。俺は家出したようなもんだから」

 柊が意外だと言わんばかりの顔をする。

「折り合いが悪いのか」

「そういうわけでも……いや、そうかもしれないな」

 警察官になってから一度も会っていない母のことを、めずらしくじっくりと思い出す。

「俺の母親、心配性って言うか、ちょっと過保護でさ。親父が妖が見えるってことをわかってて結婚したはずなのに、俺が産まれて生活が変わっていくにつれて、目に見えない妖への恐怖が日に日に強くなっていって……それでついに、母親から離婚を切り出したんだ」

 東条が黄昏市に赴任して、あやかし関連係という部署に配属したことも原因だったかもしれない。どんどん妖の世界に関わっていく夫の姿に、これ以上ついていけない。子供を関わらせたくないと思ったのだろう。

「その後も親父に会いにいかせてもらえないどころか、門限は七時だとか言われてさ。部活も入ってたけど、一分でも遅れると携帯の着信が止まらなくてさ」

「それは、なかなかだな」

「だろ? で、高校卒業したタイミングで警官になって家を出たってわけ」

「なるほどな」

 今でも携帯に着信はくるので、時間のあるときは母の長い電話に付き合うこともあるが、まさか父と同じあやかし関連係をしているなんて口が裂けても言えない。

「警察官になったのは祐一さんの影響か」

「どうかな。まあ、少なからずそれも……」

 澤田の携帯電話が音を立てて鳴り出した。

 相手は柳瀬だ。

「はい、澤田です。なにか……ああ、そうですか。……え? そうですね、心当たりというか、先日の件と関わりがあるんじゃないかとは……わかりました。明日、また詳細をうかがいます」

 電話を切った澤田は、柊に向き直った。

「上司からだ。アパートの部屋を調べたら、ガスのホースが刃物みたいなもので切られてたらしくてさ。誰かが意図的にガス爆発を起こさせた可能性があるけど心当たりあるかって」

「心当たりどころか、犯人の目星はついているだろう」

「そうなんだけど、俺が東条の息子だって知ってる人はいないし」

「言っていないのか」

「別に隠してたわけじゃないけど、自分から言うことでもないしな。けど今知られたら、親父の事件の再捜査をさせてもらえなくなる可能性が高いから言えねえんだよ」

 もし事情を離して再捜査になったとしても、そこに自分が携わらせてもらえなかったら意味がない。

「そういやお前、電話でなんか言ってたよな。目撃情報があったとか」

「ああ。情報と言っても人からではなく妖からなんだが」

「どっちでも一緒だろ。で、どこだって?」

 あっさりと言った澤田に、柊が小さく笑う。

「そうだな。場所は矢富町の住宅街だそうだ」

「矢富……」

 澤田が独り言のように繰り返した。

「気づいたか。十一年前、祐一さんの事件があったビルのある町だ」

 東条祐一の事件が起こったのは、黄昏市矢富町の完成前のビルだった。だがそこで祐一が亡くなり、人が死んだことで工事もストップし、今も工事が進むことも解体されることもなく未完成のままで残されている。

「そこ、明日行ってみるか」

「ああ。本当は先に舞姫を向かわせて調べさせようと思ったんだが、もし江藤の妖に操られたりしたらやっかいだからな」

 澤田は知っている。

 父が庇った妖というのが、柊の父が契約していた妖だったということを。

もしかして、柊の父の妖は操られたりしていたのだろうか。東条祐一は、柊の父親は。そもそも江藤修吾は、本当に東条を……。

知っているのは、当事者である江藤修吾ただ一人だ。


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