第三話 東条と祓い屋 忠告
点滴をつながれたままでベッドに寝転がっている澤田に、柊の容赦ない攻撃は止まらない。
「早く病院に行かないから入院などすることになるんだ」
「いや和奏ちゃんは病院に行けって言ってたけど、お前は何も」
「俺が行けと言ったら病院に行ったのか」
「いや、それは……まあ」
たぶん、行かなかったけれど。
「大体お前は無茶をしすぎだ。人を守ろうと行動することはいいが、もう少し自分のことも考えてだな」
「わかったわかった。わかったって」
瘴気を受けた体の不調と怪我に加えて、安堵と疲労で丸一日以上寝込んでしまった上に、目が覚めた途端に文句を言われ続けてはたまらない。
「確かに祐一さんのような理解のある相方を求めてはいたが、怪我の多さまで似ていてほしいとは」
「え?」
柊がはっとした顔をする。
「いや、悪い。別に祐一さんと比べているわけでは」
「そっか。お前も親父のことを良く思ってくれてたんだな。ありがとな柊」
嬉しそうに笑った澤田に、柊も思わず笑みをこぼした。
「全く。お前には敵わないな」
澤田が入院して寝込んでいる間に、登紀子は無事に退院した。目を覚ました彼女の体に異常はどこにもなく、憑りつかれていたときの記憶は全くないようだったという。
ただ、夢を見たと言っていた。
幼い頃の友人と遊んでいる夢で、彼女は人ではないとわかっていたけれど、とても優しくて大好きな友人だったと、懐かしそうに笑っていたそうだ。
「あっ、なによ。起きてるじゃない」
ドアが開いて顔を出したのは和奏だった。
「あれ、和奏ちゃん。来てくれたのか」
「彼女なら昨日も来てくれていたぞ」
「えっ、そうなのか」
「ちょ、柊さん! そんなこと言わなくていいから!」
和奏は手に持っているビニール袋を振り上げながら、病室の小さな冷蔵庫のほうへ歩いていく。
「ちょうどよかった。俺は今から市役所へ行かなければならないんだ。結城さん、こいつが点滴を勝手に抜いたり病室を抜け出したりしないように見張っていてくれ」
「お前、俺のことなんだと思ってるんだよ」
「さっき、もうこの点滴抜いていいよな、とか言ってチューブを引っ張っていただろう。それじゃあ、俺は行くからな」
「おう。ありがとな」
柊が出て行ったあと、澤田は思わず呟いた。
「いつからあんなに口うるさくなったんだ、あいつ」
「あなたが無茶ばっかりするからじゃないの?」
和奏が明けた冷蔵庫の中には、ペットボトルの水が二本入っている。
「これ、ゼリー買ってきたから。こういうものなら食べやすいんじゃないかと思って」
「お、さんきゅ。和奏ちゃん、意外と優しいよな」
「意外とってどういう意味よ。言っとくけど、東条さんはそんな失礼なこと言わなかったんだからね」
和奏は先ほどまで柊が座っていた丸椅子に座り込んだ。
「なあ。和奏ちゃんはなんでそんなに親父のこと慕ってくれてるんだ?」
町守と祓い屋は、相容れない存在だった。妖とみれば問答無用で祓ってしまう祓い屋のことを町守の柊家は良く思っておらず、祓い屋も、妖の気持ちまで汲み取るがゆえになかなか問題を解決しない町守を良く思っていなかったからだ。
東条は、町守側の人間だった。
そして和奏は祓い屋の家に生まれて、今も祓い屋を名乗っている。
「優しかったのよ、東条さん」
東条のことを思い出してか、少し寂しげな顔で和奏が言う。
「祓い屋ってね、この町ではあんまりいいイメージじゃなかったのよ」
「でも町の人に依頼されて妖を祓ってたんだろ?」
「そうだけど、でもそれだけ。だって悪い妖じゃなくても祓ってしまえば問題は解決するんだからそれでいい、なんて考え方、ちょっと酷いと思わない?」
「まあ……」
澤田ははっきりとは言えなかった。だがもしそんな場面を目の前にしたら、きっと賛成はできない。
「町守は市にも認められた正式な妖の対処人。祓い屋は市から認められていないアンダーグラウンドな人たち、っていう感じになってたのよ。それでもさっさと片づけてほしいことはみんな、祓い屋に頼んでくるの」
すぐに妖を祓ってくれる祓い屋のほうが、当然解決も早いから。
「そんな祓い屋の子供だったから、同じ祓い屋の子としか友達になれなくて……一人で遊んでいたところに話しかけてくれたのが、東条さんだったのよ」
町守と組んで仕事をしている刑事の東条祐一、ということを和奏は気にしていたけれど、東条は初めから、和奏が祓い屋の子供だということを全く気にしていないようだった。
「見かけるたびに声かけてくれて、話し相手になってくれて……東条さんってすごい人だよね。他の祓い屋の人たちも、東条さんには心を開いていたみたいだった。……一人を除いて」
ぎゅっと、和奏が膝においた両手を握りしめる。
「東条さんは、町守と祓い屋が協力し合えないかって考えてた。柊家の人たちも真剣に耳を傾けていたし、祓い屋の人たちも賛同する人が多くて……だから、殺されたの」
和奏の最後の一言に、澤田が思わず問い返す。
「……殺された?」
「そう。だから気をつけて澤田さん。東条さんの息子が町守と組んでるなんて、もしあの男の耳に入ったりしたら……」
和奏の必死の忠告も、澤田には届いていなかった。
殺された。
彼女が発したその一言だけが、頭の中をぐるぐると回っていた。
第三話終了です。
第四話もよろしくお願いいたします。




