第三話 東条と祓い屋 指輪を奪ったもの
完全に日が沈み、街灯の少ない鷲原町は暗く静かで、虫の音や蛙の鳴き声だけが響いていた。
禍津女が封印されていた洞穴へ続くけもの道を歩いていると、緑色の小さな光が現れた。見覚えのあるそれは、澤田たち三人の目の前まで来ると四緑の姿へと変わった。
『指輪を取り返してくださったのですね』
柊はポケットからハンカチを取り出すと、それを開いて中に包まれていた指輪を差し出した。
「これで間違いないですか」
その指輪は、明らかにおもちゃの指輪だった。真ん中についている石も、プラスチックを宝石のように加工しただけのものだ。
四緑は細い指を伸ばして指輪をつかむと、目の前にかざしてじっと見つめる。
『ああ……これです。良かった、登紀子……』
四緑は指輪を胸に抱え込んだ
「一つ、聞きたいことがあるのですが」
顔を上げて、四緑が柊を見た。
「その指輪を盗んだのは、本当に禍津女ですか」
柊の問いかけに、四緑が頷く。
『そうです。ただ、彼女だけではありませんでした。人間が一人』
「人間?」
柊が眉をひそめる。
『人間が一人、禍津女に協力しているようでした』
「その人間の特徴は」
『頭からマントを被って姿を隠していましたので、何とも……ただ声は、男のもののようでした』
「そうですか」
柊が口元に手を当てる。
禍津女の封印を破ったのも、その人間の仕業だろうか。
『その箱に禍津女が入っているのですね』
四緑が、柊の持っている石の箱を見て言った。
「とりあえず元の通りに封印しておきましたが、あとはお任せします。ただ、人のいる場所には下りてくることのないようにお願いできますか」
『わかりました。指輪を取り返してくれた礼に、もう二度と人に危害を加えることはさせないとお約束します』
四緑は手を伸ばして石の箱を受け取った。
『町守さま。私は人間が好きです。この指輪を奪ったのは人間ですが……取り返してくれたのも、私の大切な友人も人間なのです。鷲原の妖たちから主さまと呼ばれるようになり、登紀子に会いに行くことは叶わなくなってしまいましたが……人との共存を願う思いはこれからも変わりません』
ありがとうございましたと言葉を残しながら、四緑はきらきらと輝く光の粒となって姿を消した。
「なあ、指輪を奪ったっていうその男、心当たりあるか?」
澤田が柊にたずねた。
「いや。だが顔を隠していたということは、妖に顔を知られている人間の可能性があるな」
「妖に?」
聞き返した澤田に答えたのは、和奏だった。
「もしかして、祓い屋かな」
「心当たりがあるのか」
たずねた柊に、和奏が首を振る。
「ううん、そういうわけじゃないけど……でも、町守以外に妖のことをよく知ってる人間なんて、祓い屋しかないんじゃないかって」
祓い屋か、と澤田は心の中で呟いた。頭には、北野と行ったファストフード店で出会った男の姿が浮かんでいた。
祓い屋なのかどうかはわからない。
ただ、妖が見えているようだったその男のことが、澤田は今も気になっていた。




