第二話 見える人、見えない人 後悔
風もないのに舞い進んでいく不思議な花びらのあとを追っていくと、住宅街の道できょろきょろしながら立っている舞姫の姿があった。
「舞姫の中に美珠がいるな」
駆け寄りながら柊が言った。眼鏡をかけている澤田の目にも、舞姫の中に淡く光る何かがあるのが見える。
目の前まで来ると、彼女の着ている着物の裾が少し切れているのがわかった。どうやら狩風に襲われたらしい。
「怪我はないようだな」
「そっか、よかった」
だがほっとしたのもつかの間。
「澤田、後ろだ!」
背後に気配を感じるとともに、柊が叫んだ。
澤田は腰に持っていた警棒を抜いて伸ばし、構えた。だがそこを狩風が通り過ぎた瞬間、警棒がすぱっと真っ二つに切られてしまった。
「げ、まじかよ! どうすれば」
「澤田! そこの公園まで狩風を誘導してくれ!」
言うなり柊が一足先に近くの小さな公園へと走り出す。
「は!? んなこと言われたってどうすれば」
だが迷っている暇はない。
「っ、くそ! ちょっとごめんな!」
澤田は舞姫をひょいと抱えあげると、公園へと駆け出した。
背後からは狩風が迫ってきている。
追いつかれる、と思った澤田はとっさに舞姫を頭から抱え込んだ。だが狩風は襲ってこない。ちらりと振り返ってみれば、狩風は竜巻のような花吹雪に囲まれて動けなくなっている。
おかげで何とか先に公園までたどり着くことができた。
「澤田、狩風をこの陣に誘い込んでくれ!」
見れば地面に円形の何かが書かれている。
花吹雪を抜け出した狩風が再び追いかけてくる。澤田は陣の前に立った。そして狩風が向かってきたと同時にさっと身を引くと、かわされた狩風は勢いあまって陣に飛び込み、そのままぴたっと動きを止めた。
「柊、これは?」
「妖の動きを止める陣だ。これは簡易的なものだから数分しかもたないが」
「あれ? じゃあ舞姫は」
「陣を直接踏まなければ効果はない。狩風もちょうど陣の上に足を置いたからかかってくれた」
見れば確かに、狩風は陣の上に片足を乗せて方向転換をしようとしているところで固まっている。
柊は狩風に封じの札を貼った。
そこへ全てを吹き飛ばすほどの爆風が巻き起こった。ずん、と地響きのような音がしたかと思うと、目の前に華炎が現れた。
『町守さま、澤田さま。我が子を守っていただきありがとうございました』
美珠が、舞姫から離れて華炎へと帰っていく。
「今回のことは人間の責任もある。すまなかったな華炎」
『いえ。こうして手助けいただきましたので。それに生きる力のある子というのは、たとえどんな環境だろうと生き残っていくものなのです』
喰われてしまった子は生きる力がなかったのだから仕方がない。
そうあっさりと切り捨てているように聞こえた華炎の言葉に、澤田は自分の子を心配する人間の親との違いを感じた。
『それでは失礼いたします』
ばさっと大きな翼をはばたかせて、華炎は青い空へと飛び去っていった。あんなに堂々と空を飛んでいるのに人の目には映っていないのだと思うと、なんだか不思議だ。
澤田もちらりと眼鏡をずらして見てみたが、レンズを通していない目では華炎の姿は欠片も映らなかった。
「そういやさっきの花吹雪、お前だよな。ありがとな、助かったよ」
澤田が舞姫の頭をなでると、彼女はくすぐったそうに笑った。あれがなかったら狩風を捕まえられていなかったかもしれない。
柊は上着のポケットからビー玉のようなものを取り出すと、そこに狩風を映した。すると狩風はビー玉の中に吸い込まれてしまった。
「なんか、色々と不思議なものを持ってるんだな」
「まあな。町守になるときに受け継いだ商売道具だ」
狩風の入ったビー玉を、柊は再びポケットにしまい込む。
「その捕まえた狩風はどうするんだ?」
「森へ返す。普通なら人のいるところまで下りてくることはない妖だからな」
「そっか」
「甘いと思うか」
柊がたずねたので、澤田は答えた。
「いや、俺もそれでいいと思うよ。人間を襲おうと思って襲ってきたわけじゃないんだしな。元々いた場所に返してやるのが一番だろ」
「そうか」
少し安心したように言って、柊が小さく笑う。
「森へ返すなら俺も付き合うよ。お前の家に車止めてあるから、一度戻ろうぜ」
「ああ」
返事をしながら、柊は足で地面の陣を消した。
「そういえば、さっきは何を聞こうとしていたんだ」
「さっき?」
澤田が首を傾げる。
「茶室を出る前に、俺に何か聞こうとしていただろう」
「ああ」
よく覚えていたなと、澤田は感心してしまう。
別に、わざわざ聞くことでもないかもしれない。
だけど父と近いところにいた彼ならきっと、よく知っているのだろうから。
「親父のことなんだけど、さ。人間から攻撃された妖をかばって殉職したって聞いたんだけど、本当なのか」
父親の葬式さえ、澤田は出られなかった。
ただ、大学生になって家を出てからこの町へ墓参りに来たときに、吉野から噂話として聞いた。
それ以来、ずっと確かめることができずにいた。
「……ああ。父からそう聞いた」
辛そうに、柊が眉をひそめる。
「昔、この町には祓い屋という家業を行っている人たちがいた。その一人が祓おうとした妖をかばって命を落としたと」
「……そうか」
聞いていたとおりの答えだった。
妖なんかをかばって殉職した刑事、として東条祐一は有名だ。
だが澤田にとっては、ただ大好きな父親で、独り立ちしたらもう一度会うことを楽しみにしていた。
こんな風に二度と会えなくなってしまうのなら、母の反対を押し切っても会いに来ればよかったと、後悔している。
今も、ずっと。
無事、第二話終了です。読んでいただいて本当にありがとうございます!
もちろん話はまだまだ続きますので、よろしくお願いします!




