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第二話 見える人、見えない人  妙な傷

 午前中に受付をした患者の診察が全て終わり、澤田と柊が診察に入った。

 通報者は形成外科医の永井という男だった。

「黄昏市警察署の澤田と、こちらは捜査に協力していただいている町守の柊です。診察後にお時間をとっていただいてありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざ来ていただいてありがとうございます。どうぞおかけください」

 患者用の丸椅子が一つしかないことに気づいた女性看護師が、すかさず椅子をもう一つ持ってきてくれる。

「あの、柊家の方が来られたということはその、人ではないものが関係していると……」

 言いよどみながら、永井がたずねてくる。

「いえ、そうと決まったわけではないのですが、妙な傷を負った患者さんがよく来るとお聞きしたので。とりあえず詳しいお話を聞かせていただけますか」

「はい、お願いします。先にこれを見ていただきたいのですが」

 永井は白衣の胸ポケットから携帯電話を取り出すと、その画面を二人に見せた。

「これは患者の方に許可を得て撮らせていただいたものなのですが」

 大人の男性のものらしきふくらはぎを映した写真だった。そこには大きく裂けた傷が一つできていた。

「うわ、すごいですね」

 あまりに痛そうで、澤田は思わず顔をゆがめた。

 傷からの出血はおさまっているようではあるものの、目を覆いたくなるような衝撃的な写真だったが、柊も隣で真剣に見つめている。

「刃物ですぱっと切られているように見えますね。この位置だと、自分で切ったとは考えにくいように思うんですが」

 澤田の意見に永井も頷く。

「私もそう思います。ただ、何者かにこれほどまでに思いきり切られたら、切られた本人は気づきますよね」

「そりゃ、気づくと思いますけど」

 当たり前のように澤田が答えた。

 しかし。

「この患者の方は、誰かに切られた覚えはないというんです。ただ、風にあおられて転んだときに、なんか足が痛いなと思ったらふくらはぎが切れていたそうで」

 まだあるんです、と言って、永井が写真をスクロールしていく。腕だったり足だったりはするものの、見せられた六枚の写真に写っている傷は全て同じもので切られているように見える。

「医師会の集まりのとき、他の形成外科医に妙な傷を負った患者の話をしたら、どこも同じような患者が来ていたそうで」

 つまり同じような傷を負った患者は、この六枚の写真に写っている人たちだけではないということだ。

「みんな、誰かに切られた覚えも自分で切った覚えもないと?」

「うち以外に来た患者さんはどうかわかりませんが、少なくともここに写っている六人の患者さんは、覚えはないと言っていました」

 澤田は再度、永井の携帯電話の画面の中の写真を見つめたが、どう考えても知らないうちに負った傷とは思えない。

「ちょっとしっかり見せていただいてもいいですか」

 ずっと黙って写真を見つめていた柊が、永井に言った。

「ええ、もちろんです」

 永井が差し出した携帯電話を受け取ると、柊が傷の部分をじっと見つめる。

「……狩風かりかぜだ」

「カリカゼ?」

 聞きなれない言葉に、澤田が首を傾げる。

「風にまぎれて狩りをする妖だ」

「妖、ですか」

 戸惑うように問い返したのは永井だった。

「確定はできませんが、おそらく」

「そうですか」

 言葉では納得しているものの、永井は信じきれないと言った様子だった。

 気持ちはわかる。澤田も、この町に存在しているという目には見えない妖の存在を、どうにも信じ切れずにいた。

 甲冑の通り魔の事件に関わるまでは。

「永井さん、この写真を俺の携帯電話に送っていただけませんか」

「ええ。それは構いませんが」

「とりあえず傷害事件の疑いで捜査することになりますが、何かありましたらまたご連絡にうかがいますので」

「わかりました」

 澤田の現実的な言葉には素直に頷いた永井に、澤田は妖の存在をすんなりと受け入れていた鈴邑神社の神主との差を感じていた。


お盆は忙しくなりそうなので、今のうちにアップしました。

次はちょっと日が空いてしまうかもしれないです。

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