シスターとか聖母とか呼ばれる彼女について
シスター。
俺らは影で彼女をそう呼んでいた。
いや、実際には表立って彼女にそう声をかける輩だっているにはいるわけだが。
そもそも話しかける勇気すら微塵も持ち合わせていない俺にとっては、ただのあだ名でしかない。
何故彼女がそんな聖人じみたあだ名で呼ばれているのかといえば、彼女が実に優秀であり、赤点補講補習再試追試まみれの俺らにも優しく、そして投げ出すこともなく丁寧に教えてくれるからだ。
かの姿はまるで聖母のようだったからだ。
彼女のおかげであわや留年、というところを逃れた輩もいることだろう。
まあ、つまるところ俺らは彼女に恩があるわけで――というより恩しかないわけで、足を向けて寝るなんて以ての外。
よくもまあ、こんな頭の悪い連中に根気よく付き合ってくれたものだ、と思う反面、担任などから要請があったのかと考えると、実に申し訳なくなる話である。
かと言って、急激に成績がよくなるのかと問われれば、まあ、無理だが。
更に言えば、その容姿はやはり、聖母やシスターと呼ばれるに相応しいものだった。
校則を遵守した膝を隠したスカートに、加工されていない黒髪はサラサラと流れる。
日焼けという言葉を知らないような肌は、クラスの女子からも羨ましがられていたはず。
そんな彼女が熱心に窓の外、グラウンドの方を見る姿を目にしたのは、三ヶ月も前に思いつきで借りてすっかり忘却の彼方にあった本を、督促状に促されるまま静かな図書室に返しに来た時だ。
本を抱えて返却カウンターへと向かっていた時、それよりも奥の窓の方でちょうど下を見下ろす彼女の姿が目に入った。
それはなんというか、所謂、そうだ、恋する乙女のような面持ちで。
それこそ、慈愛に満ちた表情ではあったが、誰にでも向けるような朗らかな笑顔ではなく、どちらかと言えば何かを愛でる時のような。
下がった目尻が優しげで、緩やかに上げられた口角が嬉しげで、窓から吹き込む風に前髪を遊ばせていた。
何秒ほど経っただろうか。
無意識に足を止め見つめ続けてしまったらしいこちらの視線に、ハッと気が付いた彼女は俺の顔を見てすぐにへにゃり、笑ってみせた。
それはそれは気恥ずかしそうに、柔らかそうな薄く色づいた口元に、人差し指を当てて彼女は呟く。
開け放たれた窓から吹き込む風が、彼女の細い髪を揺らす。
西日が彼女を薄く彩っていた。
まるで映画やドラマのような、青春アニメのような――どれもあまり見ないが。
そんな姿に見惚れてしまうなど、なんて単純で、そして、なんて不毛なことだろう。
抱えていた本を強く握る。
「ナイショ、だよ」
神様、彼女はシスターでも聖母でもなんでもない、ただの高校生のようです。




