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若干チートな英雄(?)は、無双と呼ぶには弱すぎる  作者: まとりーる
第四章 過去から目をそらさないで
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第九話 彼は解き放ち、そして解き放たれた

四章完結です!



17


 来るぞ、来るぞ。英雄気取りの男が、負け犬を連れてやって来る

 

 全てはこの時のために。人間どもの絶望を味わうために。反抗の芽を摘むために


 嘗てのように打ち負かし、我は絶望と暴力を以て奴らを支配しよう


 そして、この大陸全てを手中に収めてみせる。我こそが竜王降臨の礎を築くのだ



18



 『何の用だ』


 山頂。ドラゴンは火口の縁に立っていた。俺が来ることを知っていたのだろうか。


 『身代りにでもなるつもりか? 生憎とそれはできぬ。我が平穏を乱したあの一族の血でなければ我が怒りは収まらぬのだから』

 

 「用なんて、見たらわかるだろ?」


 弓を、構える。


 「俺は、お前を倒しに来たんだ」



 『策はあるのかい?』


 『ある。うまくいきそうにないけどな』


 『そうかい。……何が足りない?』


 『時間だ。数十秒でもいいからドラゴンの攻撃を抑えられれば絶対勝てるんだけどな』



 『その貧弱な魔力で何ができる!』


 この距離でさえ矢は鱗に弾かれてしまった。やはりダメージを与える手段は限られている。

 ドラゴンが叩きつけてきた右腕を『大空の盾』で受け止め、俺は機会を窺う。

 チャンスは一度きりだ。必ず成功させる。


 

 『なら任せてくれ。短時間ではあるが、私の魔法ならそれができる』


 『本当か』


 『誓って真実だとも』


 『わかった、信じるよ。それなら合図に合わせて俺を守ってくれ』


 『……合図は?』


 

 『小癪な!』


 爪、牙、尾。ドラゴンの攻撃はすべて驚異的な威力だったが、神器を破るには至らない。

 焦れたドラゴンは生身ではなく魔法での制圧を選んだ。翼をはためかせて空中に飛び立つ。


 そして、その瞬間俺は───


 

 『ドラゴンが飛んだら弓を投げる。真上にだ。それが見えた瞬間に、火口をふさぐように魔法を使ってくれ』


 

 火口の縁から飛び降り、全力で『自由の弓』を放り投げた。

 

 『貴様、何を……!』


 ドラゴンの口から放たれた魔法は巨大な魔力の壁に阻まれた。マーガレットが言った通りだ。これなら少なくとも一分は耐えられるに違いない。


 『負け犬如きが邪魔をするな!!』


 『残念、私は猫さ』


 考えていた。ドラゴンを倒すにはどうすればいいのだろうか。

 まず鱗は硬く、神器の矢でさえも弾かれてしまう。

 そして魔法も通用しないらしい。まあ、俺が魔法で攻撃することはめったにないので関係ないが。

 であれば、ドラゴンを倒すにはどうすればいいか。簡単だ。矢の威力を上げればいい。

 では矢の威力を上げるには? これも簡単だ。弓を大きくすればいい。『自由の弓』ならそれができる。

 だがここで一つ問題がある。弓を大きくし過ぎてしまえば、当然それを持つことも、矢を引くこともできなくなってしまうのだ。


 だが、このすり鉢状の火口なら問題はない。弓の大きさを調整し、内壁にその両端を突き刺せば完全に固定できる。

 後は大きくなった矢を右脇に抱え、『大空の盾』を左手で持って底まで降りて行くだけでいい。


 『ええい、まずは貴様から消し炭にしてくれる!』


 その声を聞いてとっさに叫ぶ。


 「逃げろマーガレット!」


 声が、出た。矢を引いている間なのに。こんなことは生まれて初めてだ。ここにきて、俺はとうとう弓の才能を失ってしまったのだろうか。


 いいや違う。俺は変わったんだ。

 「矢を射るために生まれてきた」、日本でよく言われた言葉だ。もちろん俺だってそう思っていた。

 だが逆だ。本当は逆だったんだ。俺が弓のために生まれたんじゃない。俺が何かを成し遂げるために、弓矢があるんだ。

 俺は人間だ。東堂矢羽だ。ただの矢羽根、矢を正確に飛ばすための道具じゃないんだ!



 『待て! ……な、何だ!?』


 マーガレットを追おうとしたドラゴンの真上で『至高の兵士』を取り出す。誰もいないはずの空から攻撃されて混乱したドラゴンは、そのまま落下して魔力の壁に叩きつけられた。

 壁に大きな亀裂が走り、これ以上はもたないということが嫌でもわかる。それでも今のでドラゴンがダメージを受けた様子はない。


 しかし、壁が破壊されるよりも俺が火口の底に着く方が早かった。


 気分が高揚している。矢を射る時にやる気が出たのは初めてだ。それでも絶対に外さないという確信がある。俺は天才のままだ。俺は英雄になれる。

 『至高の兵士』を『収納』し、右腕の力を緩める。ドラゴンは体勢を立て直し、再び飛び立ったがもう遅い。


 この一射で、解き放つ!



19



 はち切れんばかりに引き絞られた弦は、その痛みから一刻でも早く逃れようとするように空を切って進む。

 自身を押し戻そうとする空気を押しのけて矢もまた駆ける。前に立つ者全てを貫こうとするように。

 

 立ち塞がるは白い壁。穿たんとするは黒い竜。

 朽ちる寸前の魔力の壁を鎧袖一触に食い破り、そして───


 『ぐわあああああああ!!!』


 シーシャンの人々は、地獄の亡者の如き叫び声を叩きつけられた。

 その主があの竜だと知っていた彼らは、滅亡がすぐそこまで迫っていることに震えるほかなかった。

 竜の棲む山から巨大な黒い影が飛び立つ。人々はいまだそれを呆然と眺めることしかできない。


 山から飛び立った黒い影。それこそが竜の血で汚れた矢、英雄が放った救済の一矢なのだと人々が気付くのは、ほんの数秒後のことだ。



20



 いても立ってもいられませんでした。あの叫び声がよいものだとはとても思えなかったから。

 ヤバネさんは、マーちゃんはどうなったんだろう。嫌な想像ばかりが頭の中に浮かんできたのです。

 山のふもとまで私は走りました。何度も休憩をはさみましたが、毎日行っていた場所ですから一人でも問題はありませんでした。


 なんとなく「眩しい」と思ったのは、ヤバネさんと初めて出会った場所に着いた時でした。

 その時の私の心をどう表現すればいいでしょうか。断たれたはずの光が、潰えたはずの希望が返ってきたのです!


 今すぐ世界を知りたい! 山はどんなに大きいんだろう。空はどんなに高くて、海はどんなに広くて、木は、家は、人はどんな姿なんだろう。

 でも、一番最初はあの人がいいな。私に世界をくれた人。私に光をくれた人。私に命をくれた人。

 こんなことを言ったら、マーちゃんは拗ねちゃうかもしれないけど。


 ガサガサと、何かが茂みをかき分ける音が聞こえてきました。


 「あれ、ユリアちゃん?」


 そのすぐ後に、優しい声が聞こえてきました。それだけで、疲れきっているはずの私の足は動きだすのです。声が聞こえた方に、あの人がいる方に向かって。


 杖を捨てて、私は見えないヤバネさんの胸めがけて飛び込みました。怖くはありませんでした。だって、きっと受け止めてくれるから。



21



 「おっと」


 いきなり飛び込んできたユリアをなんとか抱きとめる。方向は合っていたのだが距離が足りなかった。まさかまだ視力が戻っていないのだろうか。


 「ヤバネさん!」


 「うん」


 「ヤバネさん!、ヤバネさん!」


 「ど、どうしたの?」


 「私、見えるようになったんです! それで、それで、初めてはヤバネさんがいいって、そう決めてたんです!」


 「そ、そうなんだ」


 その言い回しは、ちょっと危ない。


 「ヤバネさん、顔を見せてください! 私の目を見てください! ヤバネさんの顔は、ここですか?」


 「うん、合ってるよ」


 俺は少しかがんで、ユリアが伸ばした手を取って自分の頬に当てた。

 それにしてもずいぶんと強引だなこの娘。いや、ユリアはもともとこういう娘だったか。


 「す、少し待ってください。心の準備が……」


 そのままの姿勢で俺はユリアの深呼吸を見守る。彼女を安心させるために、少しだけ握る手の力を強めた。


 「そ、それでは、行きます……!」


 ユリアは慎重に、ゆっくりと目を見開いた。


 「……!」


 あのおぞましい紫色の呪いはもう影も形もない。ユリアの本来の瞳は、髪色と同じ美しく深い青色をしていた。

 少しでも多くの物を見ようと開かれたユリアの瞳。世界と初めて出会う喜びに輝くそれは、まるで真夏の日差しを受ける海のようだった。



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