三章没ルート「そして、道は途絶える」
ユニーク10000人突破記念にバッドエンドを書いていくスタイル
(追記)なんか割り込み投稿がうまくいかないのでこのままにしておきます
「君の負けだ、リーン」
『光刃』をまとった剣を突き付け、ラダリアが告げる。
「ええ、完敗よ」
しかしリーンは笑みを浮かべた。
「けれどそれがどうしたの? 私に勝ったところで迷宮の侵食は止まらない。もし止めたいのなら、私を殺しなさい」
「…………」
ああ、来た。とうとうこの時が来てしまった。
最後の局面、ラダリアに負けたリーンが自分の命を盾にすることはわかっていた。わかっていたんだ。 そしておそらくラダリアは殺すだろう。俺には想像もできないほど悩み、苦しんだ末に友人を手に掛けるに違いない。
そんなことはさせない。絶対にさせない。そう思って俺は考えた。リーンを思いとどまらせる言葉を、今この瞬間紡ぐために。
けれど、ああ、だけれど、俺は思いつかなかった。あれほどの激情を抱えた人間に出会ったことはなかったから。他人の怒りをじっと耐えてやり過ごしてきた俺が、そんな言葉を思いつくはずがなかった。
「どうしたの、ダリー? さっきまでの勢いはどこに行ってしまったのかしら?」
「リーン……」
「殺しなさい! 今こうしている間にも、迷宮は町を塗り替えているのよ!」
ならどうするべきか。ラダリアに彼女の親友を殺させないためにはどうするべきか。
決まっている。俺が殺すのだ。
俺は何もできなかった。解決をすべてラダリアの手に任せ、助手という立場に甘えていた。だからせめて、せめて最後くらいは……!
根本的な解決になっていないことくらいわかっている。それでも、もうこれしかない。たとえどれだけラダリアに恨まれようが、友人殺しという重荷だけは絶対に背負わせない。自分の手で友人を殺してしまえば、ラダリアは一体自分以外の誰を責めればいいのだろうか。
「ダリー! 早く!」
「くっ……!」
弓を構える。矢を持ち、番え、弦を引く。
心には何も浮かんでこなかった。こんなときでも俺は俺だった。躊躇も恐怖もなく俺はこの矢を放つだろう。そしてリーンの心臓を貫き、ビリンを襲った騒動に決着をつける。
リーンが驚きのあまり目を見開く。だが、もう遅い。
矢は空を切って飛び、リーンに突き刺さり―――
「ラダリア、どうして邪魔をするんだ!」
は、しなかった。
ラダリアが右手に持った剣で、矢に目を向けることなくそれを弾いたのだ。
「ヤバネ、ありがとう」
ラダリアはこちらを振り返ってそんなことを言う。
「なんだよそれ、意味わかんねえよ!」
何が「ありがとう」だ。どうして俺を恨まない。泣きそうになっておきながら、どうして……!
ラダリアは矢を弾いた剣をそのまま振り下ろす。『大空の盾』を取り出してそれを防ごうとするが、神器の力で強化されたラダリアのほうが速かった。
「やめろ!!」
制止は届かず、ラダリアの剣は今度こそ、リーンの肩から胸にかけてを深く切り裂いた。
56(没)
「……弓で不意打ちだなんて、同じ男とは思えないね」
「俺はお前が同じ人間だと思えねえよ」
ルークの肘を狙った矢は弾かれてしまった。
深夜、最初にモンスターが現れたあの路地にルークはいた。ここは俺たちが最初に出会った場所でもある。
「その分だと、リーンから全部聞いたのかな?」
「いや、全部じゃない。リーンはお前が協力した理由を言わなかった」
「あはは。やっぱり全部お見通しだったんだね」
そう、ルークはリーンとともに迷宮でモンスターを大量に殺し、浸食のスピードを速めた。ラダリアを襲った仮面の男もこいつだ。
「というか彼女言わなかったんだ。じゃ、それを聞きに来たのかい?」
「いいや、理由なんて心底どうでもいい。俺はお前に忠告しに来た」
「忠告? 『罪を認めろ』とでも?」
「わかってるなら話は早い。約束しろ、今ここで」
「うーん、そうだなあ……」
ルークはそう簡単にうなずきそうにないが、これは予想通りだ。だが、最後の仕上げとして、俺はどんな手段を使ってでもこいつを罰する。
「ここはひとつ、僕がリーンに協力した理由を聞いてくれよ。興味がないなんて言わないで、さ。もしかしたら僕たちはわかり合えるかもしれない」
「……わかった、言えよ」
「ヤバネ、君は人間は何のために生まれてきたと思う?」
哲学的な問いだ。ルークはずいぶんと嬉しそうにしている。そして俺が答える前に自分の考えを語りだした。
「僕はね、戦うためだと思うんだ。だってそうだろう? 僕が生まれてから、いや生まれるずっと前から争いが絶えた日はないんだ。これはつまり、戦いは人間の本能ということを意味しているんだよ!」
そりゃ、人間も動物なんだから競争するのは当たり前だろ。
「なら、僕が戦いをこよなく愛するのも当然と言えるだろう? ヤバネ、もうわかったかい? 僕がリーンに協力した理由が」
「まあ、前自分で言ってたからな」
俺もいろいろ考えてはいた。それでも、この理由だけはないだろうと思っていたのだが……。
「そう、僕は戦うのが好きだ。少しでも長く戦いに身を投じていたい」
光悦とした表情、恋人に愛を囁いているような声色。どうにもこいつは好きになれない。
「リーンの提案は本当に魅力的だった。わざわざ迷宮に行かずともモンスターが町に湧き出てくる。素晴らしいと思わないかい? 外の魔物は狩り過ぎれば絶滅してしまう。けれどモンスターが尽きることはないんだから!」
「仮に町が迷宮にすり替わったとして、戦えない人たちはどうするんだ?」
「どうもこうもないよ。死ぬしかないんじゃないかな?」
「そうか……」
少し期待した。それこそ、俺たちはわかり合えるかもしれないという考えが心の隅にあったのかもしれない。それでもやっぱり駄目だった。俺とこいつでは価値観が違いすぎる。今の状況では話すだけ無駄だ。
「さて、理由は聞いた。もういいだろ。早く探索者ギルドにでも行って、お前らがしたことを全部話してくれ」
「あはは、やっぱり嫌だよ」
「……まあ、そりゃそうだよな」
「だって君の言うことを聞く義理なんて僕にはないからね。この年で犯罪者にはなりたくないよ。騎士の職も失いたくないし」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そうだね……。たとえば僕がここで君に負けるようなことがあれば、言うことを聞かざるを得ないかな?」
「……言ったな?」
「お、乗り気だねえ。僕は嬉しいよ。勝つとわかっていても真剣勝負は楽しいものさ」
これ以上ルークの話に付き合う気はない。ここで俺は勝つ。絶対に勝つ。それが俺のするべきこと。助手としての、この町にいる間の義務だ。
57(没)
周囲を壁に囲まれた路地。遠距離攻撃の手段を持ち、一か所しかない出口を押さえている以上は矢羽が圧倒的に優位に立っている。普通なら、ただ矢を射るだけで勝てるはずだ。
だが、ルークとて只者ではない。ラダリアの猛攻を防ぎきった彼にとって、射手が見えている状態なら矢を防ぐなど造作もないことだ。
「おっと」
一つ予想外だったとすれば、矢の威力がかなり強かったことだろう。剣で矢を弾き、次の矢を番えている間に一気に距離を詰めて勝負を決めるつもりだったが前に踏み込めない。
矢羽の狙いは正確で、かつ一射一射の間隔が短い。短すぎる。
絶え間なく襲い来る強烈な威力の矢を放つ矢羽。それらを的確に防ぐルーク。戦況は拮抗していた。この状況が続けば、長い長い時間が経った後にはなるが、先に体力、そして魔力が尽きるのはルークのほうだ。矢羽は攻撃に魔法を一切使っておらず、ルークは『身体強化』がなければ矢を確実に弾くことができない。『炸裂光』が矢羽に通用しないこともルークにはわかっている。つまり、詰みだ。
しかし、しかし矢羽は急いでいた。怒っていた。時間をかけるつもりはなかった。一秒でも早く目の前の男を倒し、罪を自覚させる。すべてを終わらせる。そういう風に考えていたから、だから先に仕掛けた。
「な、何ぃ!?」
すでに幾度となく繰り返された動作。ルークが迫る矢を剣で払おうとした瞬間、剣に届く寸前で矢が消えた。『収納』だ。
当然感じるはずの衝撃がなかったことに驚き、ルークの動きは一瞬止まる。ほんの一秒程度の硬直だが、この状況では致命的だった。相手の攻撃の間隔は変わらず、自分の防御のタイミングがずれる。必然的に、ルークはより自分の体に近い位置で矢を防がなければならなくなった。
(まずい、まずい……! もしもう一度『あれ』をやられれば……)
それだけではない。一度触れたものを『収納』する場合は予兆が一切ないから、魔法の発動を防ぐ方法はない。
(どれだ? 次はどの矢が消える? これか、いやこれか?)
異常な量の汗がルークの肌を伝う。いつ矢が『収納』されてもいいように注視しなければならない。集中しなければならない。その精神的重圧がルークの体力を奪う。
そして、たとえ達人の域に達したルークであっても、集中力が永遠に続くはずがない。
(まさか、もう来ないのか……?)
疲れのあまり、何の根拠もない結論にたどりついたルーク。その一瞬の気の緩みを見逃す矢羽ではなかった。
「あ」
再び矢が消える。剣を振り切った状態で固まったルークに、次の矢を防ぐ術はない。
肩、腰、足首。急所を避けて、次々と矢がルークの体を貫く。『硬化』を使ってはいたが無意味だ。血が飛び散る。声を上げる暇もなくルークは倒れた。さらに、駆け寄ってきた矢羽に乱暴に矢を引き抜かれたことでルークは失いかけていた意識を取り戻した。取り戻してしまった。
「お前の負けだ。諦めろ」
「ま、まだ……。ぎゃあああああ!」
もう一本矢を引き抜く。失血死しないように、矢羽は『止血』でルークの傷をふさいだ。
「さあ、約束しろ。歩けるようになったらすぐに探索者ギルドに行け。逃げても無駄だ」
「俺には、全部見えてるからな」
58(没)
「ビリンの街中でのモンスターの発生は収まった」と探索者ギルドは発表した。正確に言えば収まったのではなく、「モンスターが発生する場所」がこれ以上増えることはないというだけなのだが、人々が安心するには十分だったようだ。
ちなみに、その異変を引き起こしたリーン、そして協力者ルークの名前は出なかった。ついでに、解決に導いたラダリアの名前も。
「ルークはAランクの、貴重な高ランクの探索者だ。強いモンスターの上質な素材を手に入れるために、ギルドは事実を隠蔽したんだろう」
とは、ラダリアの談である。思うところがないわけではないが仕方がない。今はそれよりも大事なことがあるのだから。
「今日は十二層に向かってみよう」
「ああ、わかった」
そう、俺は旅をやめてラダリアと一緒に迷宮の地図を作ることにした。
『私は英雄ではないから、町を根底から変えることはできない。だから私は地図を作る。迷宮の全貌を明らかにしてみせる』
リーンの言葉を受けてもなお、ラダリアは他人のために力を尽くそうとしている。自分ができることを精一杯やろうとしている。
あの戦いの後、リーンは彼女の両親が亡くなった場所に葬られた。
リーンは死んだ。ラダリアが殺した。ラダリアは自分の大親友を殺した。他でもなく俺が殺させたのだ。
あれ以来俺とラダリアは狂ったように迷宮に通っている。苦しみや悲しみを振り払うために。忘れるために。俺にはその手伝いをする義務がある。なにせ俺のせいで抱えることになった重荷なのだから。
迷宮の地図が完成する時まで俺はこの町で暮らし続けるだろう。英雄になるための道を歩き続ける必要は、最早どこにもないのだから。




