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若干チートな英雄(?)は、無双と呼ぶには弱すぎる  作者: まとりーる
第四章 過去から目をそらさないで
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第二話 隠しきれない不穏さ

ブックマーク登録が60件を超えました。いつもありがとうございます。

(追記)ユリアが杖をついて歩いているという描写を一話と二話に追加しました。



 「私、ユリアって言います」


 「そうなんだ。俺は矢羽。よろしく」


 「は、はい! はじめまして、よろしくお願いします!」


 少女、ユリアは礼儀正しい子だった。

 シーシャンに住んでいるという彼女は、俺の目的地がそこだということを聞いて案内を申し出てくれた。今は二人で並んで話をしながら歩いているところである。


 「あの、ヤバネさんはどちらからいらしたんですか?」


 「山を越えて南西に歩いたところにビリンっていう町があるんだけど、そこから来たんだ」


 「ビ、ビリンって、迷宮があるあのビリンですか!? すごい! もしかしてヤバネさんは迷宮にも……?」


 「うん。長くいたわけじゃないからあまり詳しくないけど」


 「それでもすごいです! 迷宮はたくさんのお宝がある、『夢と希望と危険の場所』だって、私が読んだ本にも書いてありました!」


 俺の立場からすると素直に賛同できない言葉だが、確かに子どもが夢を持ちそうな謳い文句だ。俺は実際にすごい量の財宝を見つけたわけだし。


 それにしても、だ。ユリアはいま「私が読んだ本」と言った。出会ってからまだ二十分も経っていないと思うが、彼女は一回も目を開いたことがない。

 想像力に自信がない俺でもわかる。杖をついて歩いていることからもわかるように、ユリアは視力に問題があるのだ。もしかすると目を怪我したのかもしれない。いや、目立つ傷が顔にないからその可能性は低いか?

 

 「ヤバネさん、強いんですね! やっぱり、旅をしてると危ないことってたくさんあるんですか?」


 「まあ魔物とはよく会うけど、俺もできるだけ危ない目に遭わないように心がけてるからそうでもないよ」


 質問に答えながら考える。「読んだ」という言葉が嘘でないとすれば当然誰かに読んでもらったということだ。それは親か、兄弟姉妹か、友人あるいは近所の誰かかもしれない。

 単純な疑問、きっと聞けば答えてくれるだろう。それでも口には出せなかった。目を閉じている、目を隠しているなら、ユリア自身から明かしてくれるのを待つべきだ。他人の事情に勝手に踏み込むのは、もうやめよう。

 代わりに、それとは別に気になったことを尋ねることにした。


 「シーシャンに旅人が来るのは珍しいの?」


 「はい。山を越えるのは大変だし、特に有名な物もないので。それに……」


 「それに?」


 「いえ、なんでもありません。そのせいで、来る人といえば訳ありな人ばかりなんです」


 「……そんな町に住んでて大丈夫なの?」


 「はい! 私にはマーちゃんがいますから!」


 ユリアは、彼女の前を歩いていた黒猫に駆け寄り、それを両手で大事そうに抱きかかえた。


 「マーちゃんはこんなに可愛いのに、とっても強いんですよ!」


 「ニャーオ」


 確かに、黒猫はその小さい体に俺以上の魔力を抱えている。


 「ヤバネさんが普通の旅人さんだとわかったのも、マーちゃんのおかげなんですよ!」


 そうなんだ、と答え、どことなく誇らしげにしている黒猫に視線を向ける。この猫はもしや『大地の瞳』と同じような力を持っているのかもしれない。尊敬の念を込めて握手代わりに右前足を握ると、嫌がるそぶりも見せずに、むしろ俺の手を舐めてきた。


 「ニャーオ」


 「マーちゃん、『よろしく』って言ってますよ」


 そう語るユリアは嘘をついているようには見えない。今さらかもしれないが、ここが日本とは全く違う世界だということを突き付けられた気分だ。

 さすがに猫が話すということを信じているわけではないが、この一人と一匹の間には強い絆があるんだな、と俺は思った。


 


 先導していた黒猫が足を止め、こちらに呼びかけるように鳴いた。

 俺達はすでにシーシャンに入っていた。木造の家が立ち並ぶこの町はやはり海と共に生活しているようで、漁に使うであろう道具を直している人や、魚を天日干しにしている人が見られた。


 人が多い割には静かな町だな。

 確かに、ユリアが言ったように柄の悪そうな人が何人もうろついている。しかし彼らの表情はどこか沈んでいて、周囲に全く敵意を向けていない。

 そして、何よりもおかしいのは、人々が俺達から必死に目をそらしていることだ。よそ者の俺を警戒しているのかと思ったがそうではない。彼らはユリアを見ないようにしている。


 ユリアは嫌われているのか? 違う。恐れられているのだ。彼女自身が、なのか彼女に関係のある何かが、なのかはわからない。わからないが、ユリアに関われば何かよくないことが起きるのは間違いないようだ。彼女がずっと目を閉じていることと関係があるのかもしれない。


 さて、猫はある一軒家の前で立ち止まった。装飾もなにもない、木を組み立てただけの非常にシンプルな家である。


 「ここが私の家です」


 「あ、そうなんだ」


 育ちがよさそうなユリアとは結び付かない家だが、それは余計なお世話というものだ。

 しかし、具体的な目的地を言わなかったとはいえ、どうしてユリアは俺を自分の家に連れてきたのだろうか。


 「ヤバネさん、ここでどれぐらい過ごす予定なんですか?」


 「え? まあ、一週間くらいかなあ」


 予想していなかった質問に少し考えてから答える。言ってから思ったが、一週間は長いかもしれない。ざっと見た限りではこの町に観光名所はなさそうだからだ。意味もなさそうだったので訂正しないでいると、これまた予想外の言葉が飛んできた。


 「それでしたらヤバネさん、ぜひ私の家に泊まってください!」


 「いやいや、ちょっと待って」


 「部屋はたくさん余っていますから!」


 「そうじゃなくて、勝手に決めたらダメでしょ? お父さんとお母さんの許可をもらわないと」


 俺の話を聞いていないらしいユリアは猫と一緒にドアを開けて家に入っていった。


 「ただいま」も、「おかえりなさい」も聞こえてこなかった。


 当たり前のことですが、主人公は小さい子を相手にするときは口調が変わります。普通の話し方だと高圧的になってしまうので。

 キクル相手に口調が変わらなかったのは、まあつまりそういうことです。

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