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若干チートな英雄(?)は、無双と呼ぶには弱すぎる  作者: まとりーる
第四章 過去から目をそらさないで
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第一話 山を越えて



 今考えてみると、俺は一度も登山というものをしたことがない。そんな機会はなかったしそもそもやる気がなかった。

 「山に登る」と書いて登山だが、その目的はあくまで頂上にたどり着くこと。俺は今山を登ってはいるが、目的地は山頂ではなく乗り越えた先にある町「シーシャン」だ。

 そこに行きたいと思った理由は、まあ単なる思い付きだ。せっかくだし登山をしてみようかな、ついでにその先にある町にも行ってみようかな、みたいなことを考えていた気がする。

 理由はもう一つあった。シーシャンは海に面した港町なのだ。俺は片手で数えられる程度の回数しか海に行ったことがない。泳ぐ気はさらさらないが(そもそも泳ぐには寒すぎる)、見るだけでもきっと面白いだろう。


 

 さて、どっちに進もうか。

 整備された道を進むことおよそ半日、分かれ道に差し掛かった。『大地の瞳』で見てわかったが、左は山頂へ、右はシーシャンへ続く道だ。

 本来の目的に従うなら右に向かうべきだ。しかし、この機会を逃してしまえばしばらく登山なんてしないような気がする。これまでは何の変哲もない傾斜があるだけの道を歩いてきたが、左に進めば険しい道を進むことになる。登山の醍醐味とはきっとそういうことだろう。

 しかし今の装備でこの高い山を登りきれるだろうか。食糧はともかく防寒着がないのは素人の俺でも危険だとわかる。

 迷った挙句、装備の貧弱さと高山病への恐怖を理由に今回の登頂は断念した。雪が降る前に再挑戦したいところだ。いや、そもそもこの大陸って雪降るのか?



 『大空の盾』に乗っていないので俺の歩みは遅々として進まない。すっかり日も暮れ、どこからか獣の遠吠えが聞こえてきた。

 山に登り始めたのは昼ごろだったが、麓で一晩過ごした方がよかったかもしれない。寝込みを何かに襲われでもしたら大変だ。

 しかしもう疲れた。ビリンから丸二日は歩いているので足がパンパンだ。真っ暗で視界がないのは『大地の瞳』でカバーできるが疲労はどうしようもない。

 道を少し外れた林の、特に木が密集しているところに来た。俺もだいぶ無理をして入ったから、ここに入りこめる敵はそう多くないはずだ。木を背もたれにし、体育座りをして目を閉じる。『大空の盾』を取り出し、俺の体をすっぽり覆うように木に立てかけた。当然その力を使ってしっかり固定しておく。これでも襲われるんだったら、もう何をしても無理だ。




  『すごいぞ矢羽! やっぱりお前は天才だ!』


 『いいかみんな、勉強と部活、どっちか一つだけ頑張っても意味がない。東堂のように文武両道を目指すんだ』


 『ず、ずっと前から好きでした! 私と付き合ってください!』



 目が覚めた。東の空がぼんやりと明るくなっているのが木々の隙間から見える。ずいぶん近くから鳥のさえずりが聞こえた。

 野宿ももう慣れたもので、体中の痛みも気にならなくなっている。『大空の盾』を『収納』して立ち上がり、体をほぐすために軽くストレッチをした。

 それにしても懐かしい夢を見たものだ。夢というよりは思い出か? ともかく昨夜は日本にいたころ言われたことが夢に出てきた。最近は思い出すこともなかったことだ。

 過去を見ることができる『大地の瞳』だが、カーケル大陸に来る以前のことはまったく見えない。見ようとすると視界が真っ暗になるのだ。「神器は別の世界にあるものに効果を発揮しない」というようなことを勇者が言っていたから、きっとそれが原因だろう。

 その『大地の瞳』で敵が近付いてこなかったことを確認し、俺は木と木の間の狭い隙間から出て道に戻った。

 シーシャンまではそう遠くない。普通に歩けば昼過ぎぐらいに到着するだろう。

 念のために『自由の弓』と矢を持って俺は歩き出す。疲れが完全に取れていないのか、やけに足が重かった。



 「おお……」


 長い上り坂を越えると海が見えた。何隻か船が漁に出ている。海沿いに集落がいくつかある中で、ひときわ大きいものが見えた。あれがシーシャンだろうか。

 もう後は下るだけだ。潮風を体全体で感じながらゆっくり歩いていると、ちょうど坂を降りきった辺りの所に人影が見えた。

 深い青色の髪が目を惹く幼い少女だ。真っ白なワンピースを着ているが、それに負けず劣らずに肌が白い。海の近くに住んでいる人は日焼けしているイメージがあったので、俺は少しだけ驚いた。後ろ手に持っているのは木製の杖だろうか。

 少女の足元には一匹の黒猫がちょこんと座っている。時折退屈そうにあくびをするが、その場から離れる気配はない。

 そして、少女の外見で最も特徴的なのはその目だ。体と顔は俺が今歩いている山道を向いているのだが、不思議なことに目は閉じられている。

 飼い猫を連れて、目を閉じて道端にただ立っている。俺も詳しくはわからないが、十代前半(くらいに見える)の女子が熱中するような趣味ではないはずだ。もしかすると立ったまま寝ているのかもしれない。

 考えを巡らせているうちに下り坂ももう終わる。

 

 「ニャーオ」

 

 するといきなり黒猫が鳴き声を上げた。俺を警戒したというよりはむしろ少女に何かを知らせるような鳴き声だった。ぼんやりとしていた少女もその声を聞いて現実に引き戻されたらしい。俺がいる方を、目を閉じながら見ている。……「見ている」という表現が正しいのかどうかはわからないが。


 「あ、あの! もしかして、旅人さんですか?」


 通り過ぎようとしていたところで声をかけられ、俺は足を止める。

 正面から少女と向き合う。期待と緊張が混ざっていることが表情からわかるが、瞼は変わらず閉ざされたままだった。



 

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